サバイバル
浜辺に向かって確認するまでもなく、5人にはもうなす術がないことは明らかだった。
それにもかかわらず、5人が一直線にクルーズ船の元に走って行ったのは、それ以外のなす術もなかったからである。
熱風を浴びずに近付ける限界の距離まで近付いたところで、5人は足を止めた。
クルーズ船はエンジン部分から激しく燃えていた。
仮に何らかの方法で今すぐ消火することができたとしても、もうすでに機能は廃してしまっているだろう。
「……ねえ、一太、クルーズ船って勝手に爆発するものなの?」
安曇が一太に問いかけたのは、小型クルーズ船の免許を持っている一太がクルーズ船の構造にもっとも詳しいと考えたからに違いない。
「爆発するためには当然熱が必要だ。停泊中のクルーズ船はエンジンを切った状態だから、自然と爆発することはありえないよ」
「じゃあ、どうして爆発したの?」
一太はこの質問に答えることができなかった。
考えられる可能性は大きく分けて2つある。
しかし、そのいずれも、一太には信じられないものだったのだ。
「妖怪狐火の仕業かしら。まだ夕方だけど」
月奈が冗談めかして言う。この状況を楽しんでいるわけではないのだとすると、おそらく月奈も一太同様、現実的な選択肢から目を背けたいに違いない。
「妖怪なんていないよ。クルーズ船を爆発させられるのは人間だけだ」
幹康がハッキリと言う。幹康には現実と向き合う度胸があったのだ。
「人間の仕業? ここは無人島よ。クルーズ船を爆発させられる人間がどこにいるわけ?」
安曇が少しイライラした口調で質問する。おそらくそれは恐怖から来るストレスに違いない。
「誰かが無人島に隠れてる、って可能性もなきにしもないだろうな」
「そんなことありえないわ!! この無人島には人間が隠れられるような場所なんてないんだから!!」
安曇の言う通り、この無人島は、狭くて何もない。
5人以外の人間が隠れているというのは、正直考えにくい。
もっとも、5人はまだこの無人島の全貌を知ったわけではないのである。
無人島にどこか人が隠れるスペースがあり、そこに誰かが隠れているという可能性は完全に否定しきることはできない。
「姉貴、無人島に誰も隠れていないだとすれば、犯人は俺たち5人の中の誰か、ということになるがいいか?」
「それもありえないわ!! だって、爆発した瞬間、私たち5人は館の中にいたのよ。浜辺に停めてあるクルーズ船を爆発することができるはずがないじゃない!!」
幹康は、チッチと舌を鳴らした。
「そうとは限らないぜ。館にいながら浜辺に停めてあるクルーズ船を爆発させることだって十分可能だ」
「どうやって?」
「遠隔操作できる爆弾、もしくは、時限爆弾を使えばいいだろ?」
幹康の言う通りだ。
爆発させるのには、何もその場にいなくたっていいのだ。
「じゃあ、幹康は、この5人の中の誰かが遠隔操作か時限爆弾を使ってクルーズ船を爆破させた、と言うの?」
「その可能性は高いだろうな」
「信じられない!!」
厳密に言うと、時限爆弾が使われたのだとすれば、5人がクルーズ船を使う前に爆弾を仕掛けることも可能であるため、5人以外の本土にいる人間が犯人である可能性も否めない。もっとも、旅行先の九州で、5人にそのような仕打ちを行う人間が果たしているのだろうか。これはかなり考えにくいように思えた。
「……ねえ、犯人探しなんてやめようよ」
震える声でそう言ったのは未優だった。未優は地面にしゃがみ込んで、泣いていた。
「そんなことより、この無人島に閉じ込められた私たちが、どのようにして助かるかの方が大事でしょ?」
未優はもっとも取り乱しているようでいて、発言内容は的確だった。5人の置かれた状況は生きるか死ぬかの瀬戸際であり、過去に起きたことについて議論をしている場合ではないのである。
一太が状況を整理する。
「未優さんの言う通り、僕らは無人島に閉じ込められるんだ。本土からここまではクルーズ船でも1時間程度かかる。泳いで行くことなんてできないと思う。そして、ここは電波が届かず、スマホも使えない。誰かに助けを求めることもできないんだ」
「じゃあ、諦めて5人で心中するしかないかしら?」
月奈が相変わらず縁起でもないことを言う。
「いや。そんなことはない。本土には、僕らの家族だとか、僕らが帰ってこないことを不審に思う人がいるはずなんだ。だから数日も待てば、必ず助けが来るはずなんだ。それまでこの無人島で過ごせさえすればいいんだ。各自、少しくらいなら水や食料を持っているだろ?」
これは不幸中の幸いだが、無人島旅行をピクニック気分で考えていた5人は、飲食物を持ち込んでいたのである。それはお菓子だったりお酒だったりであり、非常用とは言えないものだが、ないよりは遥かにマシである。
「なるほどね。この島で数日間サバイバル生活を送ればいいわけね」
「ありがたいことに、寝泊りする場所もあるしね」
振り返った一太は、メビウス館を指差した。そこにはベッドが置かれた客室があることもすでに確認済みである。
クルーズ船を爆破した犯人が誰か、ということは、その目的が何なのか、ということと併せてとても気になるところではあったが、即座にそれを明らかにできるだけの証拠はない。
今自分たちにできることは、とりあえず目の前の今を生きることだけなのである。