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メビウス館の殺人  作者: 菱川あいず
館と無人島
7/30

螺旋階段とシャンデリア

 内装は華美なものであったが,一方で,家具や調度はほとんどなく,その意味では殺風景な広間であった。

 「メビウスの輪」の銅像が安置されているカウンターの中で,一太が唯一見つけたものといえば,ジェラルミンでできた箱であった。


 鍵のないその箱を開けると,中にはドライバーやらペンチやらといったものが入っていた。


 要するに,これは工具箱なのだ。



「みんな、こっちに来いよ」


 広間の奥まで進入していた幹康が、ドアの前に4人を集めた。


 おそらく別の部屋に通ずるドアなのだろうと、一太は考えていたが、違っていた。


 幹康が引いたドアの向こうにあったのは、上へと登る螺旋階段であったのである。

 ドアの向こうの空間をいっぱいに埋めるように階段がとぐろを巻いている。考えてみると、メビウス館の高さは、決して1階建ての平屋の高さではなかった。2階建てか3階建てか、それくらいの高さはあったのである。

 階段が存在していることは自明だった。



「階段室、といったところか。とにかくこの階段で2階に上がれるみたいだぜ」


 言うが否や、幹康は階段を上り始めていた。そのすぐ後を一太が着いて行き、それに女性陣も続いた。



 螺旋階段を上ったのは人生で数えるほどしかない。しかも、足場以外はスケルトンな骨組みとなっており、足を踏み外してしまわないかと不安になった。


 そのため一太は手すりに掴まりながら、慎重に階段を上った。


 振り返ると、女性陣はさらに慎重に、腰を屈めながら1段1段確かめるように上っていた。

 


 螺旋階段のカーブはそれなりに急であり、階段を上りきるまで360度分回転を要した。


 階段を上りきった先にはまたドアがあった。幹康がそのドアを押す。



 一太が少し遅れて辿り着いたときには、幹康によって2階の明かりは点けられていた。


 そのため、立ち止まっている幹康の視線の先に映っているものが何かをハッキリと認識することができた。



 長い廊下の中心に、シャンデリアが落ちていたのである。


 もちろん、ガラスでできたそれが無事なはずはなく、四方八方に破片が散らばっていた。



「地震で落ちたんだろうな」


 幹康の推理に一太も賛同する。

 無人の館である以上、それくらいしか原因は考えられないだろう。1階のシャンデリアは無事だったが、一般的に上層階にいくほど地震の揺れは激しいのだから、2階のシャンデリアのみが落下するということは十分に考えられる。



「危ないね」


 最後に2階に到着した未優が、自分の爪先を見下ろしながら言う。

 未優は素足にサンダルという格好だった。

 それは他の4人も同じである。南の島でのバカンスなのだから、革靴などを履いているはずなどない。

 5人全員がシャンデリアの破片に対して,あまりにも無防備な状態だった。



「これ、片付けられないのかな?」


 実に主婦らしい発言である。



「別に俺らはこの館に住むわけじゃないんだぜ。片付けてやる義理はないだろ」


 幹康の言う通りだろう。

 たしかにガラスの破片は危険であり、それは廊下の中央に広く散らばっているから、サンダル姿の5人は、シャンデリアを片付けない以上は廊下を通ることはできないが、単なる観光客である5人が無理して廊下を通る必要などないのである。

 それに、廊下にはシャンデリア以外にも普通の蛍光灯がいくつか設置されており、シャンデリア抜きでも十分な明るさがあった。



 廊下沿いには、ドアがいくつも並んでいる。それはホテルを連想させる作りであった。



「おそらく客室だろうね」


 一太の予想どおり、目の前のドアを開けると、そこにはビジネスホテルの一室のような空間が広がっていた。机と椅子、そしてベッドが置かれていたのである。ベッドにの上には、布団も畳んで置いてあった。



「刑務所みたいね」


 月奈がそう表現したのは,客室に窓がないためだろう。



 壊れたシャンデリアが道を塞いでいるため、廊下を通ることはできないが、この階には客室が8部屋分並んでいるようであった。



「結局、中に入っても何の変哲もない館だったわね」


 月奈が落胆の声を漏らす。


 一太も同じ気持ちであった。


 無人島まで来た以上は、他所では見れないような奇抜な建築物を見てみたいという気持ちがあったのである。

 たしかに1階にあったメビウスの輪の銅像は奇抜ではあったかもしれないが、わざわざクルーズを運転してまで見に来る価値はないだろう。


 不磨島は、今回の旅行で唯一と言っていいハズレの観光スポットだったのだ。



 一太が月奈に相槌を打とうとしたちょうどそのとき、けたたましい音がして、床がグラリと揺れた。


 一体何が起こったのかは分からなかったが、一太は反射的にその場にしゃがんだ。女性陣もそれに従った。


 もっとも、音と振動がしたのは、一度きりであり、その後しばらく経っても何も起きなかった。



「外の様子を確認してみよう」


 ただ1人立ち上がったままであった幹康が、階段室へと小走りで駆けていった。

 先ほど聞こえたのは爆発音だったように思う。


 館の内部には何の異変もない。すると、館の外で何か爆発があった可能性がある。


 一太の頭に、一瞬例の焼却炉のことが頭をよぎった。




——しかし、その推理は最悪の形で裏切られた。




 館の外に出た5人の目に映ったのは、絶望的な光景だった。


 煙を上げて燃えていたのは、焼却炉ではなく、浜辺に停めてあった小型クルーズ船だったのである。


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