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メビウス館の殺人  作者: 菱川あいず
館と無人島
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メビウスの輪

 5人はメビウス館の外周をぐるりと回ってみた。


 やはりそれは何の変哲もない、地味な外観の建物だった。唯一奇妙なことといえば、窓が一切設置されていないことである。館の正面入り口を除き、メビウス館と外部との接点がなかったのである。


 上陸時には見えなかったが、館の真裏には、落下式のトイレが設置されていた。いわゆるボットン便所である。

 これは件の焼却炉とは異なり、幾分か実用的である。




 一周して正面入り口まで戻ってきた5人は、ついに館の内部を探索することにした。



「扉の鍵は本当に開いてるのかしら」


 安曇がそう言いつつも、ドアノブを捻ると、扉はいとも簡単に玄関に向かって開いた。


「出入り自由」の触れこみどおりだったのだ。



 5人の眼前に現れたのは、地味な外観とは対照的に、豪華な調度の施された内観だった。


 一太の目を真っ先に奪ったのは、玄関とつながった広間の天井にぶらさがっている巨大なシャンデリアであった。



「これ、本物のシャンデリアだよな?」


「さすがにこれは飾りではないんじゃない。シャンデリアがあるということは——」


 月奈は玄関の壁にスイッチがあるのを見つけると、それを押した。


 月奈の推理どおり、館には電気が通っており、シャンデリアが煌々と輝いた。



「綺麗」


 安曇がシャンデリアに負けないくらいに目をキラキラと輝かせる。



「へえ、無人島に電気が通ってるとは驚きだな」


「そうだな」



 同時に首を傾げる一太と幹康に対し、


「ソーラー発電じゃない?」


と答えを与えてくれたのは未優だった。



「私、クルーズ船に乗っていたとき、この館の屋上にソーラーパネルみたいなものがあるのが見えたんだ」


 たしかに言われてみると、メビウス館の屋上にはそのようなものがあったかもしれない。


 この島には電線は一切ないから、消去法からしても、館自体で発電をしていると考えて間違いないだろう。



 広間には、大きな机を挟むようにして、高級そうな皮のソファーが2台並んでいる。


 その背後である玄関の逆側の壁沿いには、バーカウンターのようなスペースがあった。


 この館の奇妙な名前の由来となるものが、そのカウンターの内部に置かれていることに、一太はいち早く気が付いた。



「なるほど。それでメビウス館なのか……」



 それはメビウスの輪であった。


 例の8の字の模型が、台座の上に飾られていたのである。



「この館を作った変わり者は、銅像を作ってしまうくらいにメビウスの輪が好きみたいだな」


 一太と同じ方向に目を向けた幹康が苦笑する。



「ふーん、あの形のことをメビウスの輪って言うんだ」


「未優、まさか知らないのか?」


 幹康の表情は、無知な妻に呆れる、というよりは、そのことを楽しんでいるように見えた。



 幹康は、ポケットから、今朝コンビニで軽食を買ったときのレシートを取り出すと、それを縦方向に半分に折り、折り目に沿って千切った。

 それにより、帯状の紙片が2つできる。


 そして、幹康は、同じくポケットから取り出したボールペンを未優に持たせた。




「紙片を使って、輪っかを2つ作ってみる。1つは普通の輪っかだ」


 そういって幹康は、七夕の輪飾りのように、帯状の紙片の端と端を合わせ、交点を親指と人差し指でぎゅっと握った。



「未優、この輪っかの外周を一周するように、ボールペンで線を引いてくれ」


「こう?」


 未優は、幹康が指で押さえている部分から線をスタートさせ、次に幹康の指にぶつかるまで線を引いた。



「これで合ってる?」


「そうだ」


 幹康は、未優が線を引いた輪の交点から指を外し、それをまた帯状に戻した。



「当然だが、未優は輪の外側にしか線を引けてないよな? つまり、レシートの一方の面にしか線は引けてないよな?」


「うん。そうだね」


 ボールペンの線があったのは、レシートの白紙の面だけであり、レシートの文字が印字されている面にはボールペンの線はなかった。



「じゃあ、次にメビウスの輪を作ってみる。別に難しいことはない。さっきの輪を作る際に、一回だけ紙を捻ればいいんだ」


 幹康は、先ほど使わなかった方の帯状の紙片で、一捻りを加えた輪っかを作り、交点を指で押さえた。


 銅像と同じように、8の字を描いた輪ができた。



「未優、さっきと同じように線を引いてみてくれ」


「分かった」


 未優は、先ほどと同じように、幹康が指で押さえている部分から線をスタートさせ、次に幹康の指にぶつかるまで線を引き続けた。



 幹康が交点から指を外し、紙片を帯状に戻すと、先ほどとは線の様子が違った。


 線は、レシートの両面に引かれていたのである。



「え? すごい! 手品みたい」


「そうだろ。紙を一捻りすることによって、輪の表と裏が繋がるんだ。これがメビウスの輪なんだよ」


「へえ、なるほど。勉強になったわ」


 一太は当然メビウスの輪の意味を知っているし、実際に紙で輪を作った実験を小学生の頃にしたことがあったが、夫婦のやりとりを微笑ましく見ていた。



「この館を作った人は、どうしてメビウスの輪の銅像なんて作ったんだろうね? 本当に好きなだけなのかな?」


 月奈の疑問は、一太も同様に抱いていた。しかも、館を作った誰かは、銅像を作っただけにとどまらず、それを館の名前にも冠しているのである。



 月奈の疑問に答えを提示したのは安曇だった。



「メビウスの輪って、輪廻とか永遠の象徴として用いられるよね? この館を作った人は、そういったものに憧れていたんじゃない?」


——輪廻と永遠。


 安曇の指摘する通り、メビウスの輪は輪廻と永遠の象徴であり、それゆえに文学や芸術のモチーフとして重宝されるのである。


 この館を作った誰かは、もしかすると死の淵におり、そうしたものに憧れを抱いていたのかもしれない。

 さらにもしかすると、この館は、その誰かの死後に建設されたという可能性もある。

 とすると、実質上所有者のいない館として「出入り自由」となっていることにも一定の説明がつく。


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