ねじれ⑶
次に、月奈殺しである。
これも、メビウス館のねじれさえ理解していれば、そう難しいトリックではない。
つまり、被害者たちの認識とは違い、月奈の客室は3階に存在しており、2階を常時見張っていても意味がない、それだけのことだ。
幹康が月奈を殺したのは、幹康が、タバコを理由にして中座をしたタイミングであった。
タバコを理由にすれば、10分程度席を外していても不自然ではない。
そのときに幹康は、3階の月奈の客室に行き、事前に用意した紐で月奈の首を絞め、殺害した。
月奈はチェーンロックこそ掛けていたものの、拍子抜けするくらいに無防備であり、幹康が「一杯どうだ?」と言って誘うと、すぐにチェーンを外してくれたのだ。
一太は、幹康が犯罪を行うとすれば、一太が2階を見張っていないタイミング、すなわち、一太が中座をしているタイミングだと考えていたようだが、実際はその逆であり、幹康が自由に犯行を実現できたのは、幹康が中座をしているタイミングだったのである。
一太は、メビウス館のねじれに完全に翻弄されたのだ。
月奈の遺体を焼却炉で燃やしたのも、言うまでもなく、幹康である。
これも安曇の死体を燃やしたのと同様、「幹康殺し」の伏線に過ぎない。
そして、3つ目が「幹康殺し」である。
無論、幹康が幹康を殺すはずはなく、実際に「幹康」として殺されたのは、地下1階の広間に監禁されていた沙耶斗である。
沙耶斗は、このためだけに、このときまで生かしておいたのだ。
幹康は、沙耶斗をトイレに連れて行くと、ナイフで胸を刺して殺害した。
その後、ノコギリを使って、沙耶斗の左腕を切断した。
切断した左腕には、幹康の腕時計を巻く。
これにより、「幹康の左腕」を作り、それをあえて燃やさず、焼却炉で燃え残ったものと見せかけることによって、殺されたのが幹康だと見せかけたのである。
被害者たちの認識では、不磨島にいる男性は、幹康と一太だけなのであるから、焼却炉から男性の腕が見つかれば、一太が五体満足である以上、それは幹康のものだと断定するはずである。
安曇と月奈の死体を燃やしたのは、この「幹康殺し」のときに焼却炉を使うことを不自然に見せないためである。
「幹康の死体」だけが「消失」したのであれば、幹康は実はどこかで生きているのではないかと疑われかねない。
残りの未優殺し、一太殺しに関しては、トリックはない。
ただ単に、地下1階の広間に隠れていた幹康を2人が見つけられなかっただけである。
未優は、犯人を相当警戒しており、幹康がドアをノックしてもなかなかチェーンを外してくれなかったが、幹康が声を掛けると、夫がまだ生存していることに希望を見出したのか、ドアを開け、抱きついてきた。
未優の幹康に対する警戒心はその程度のものだったから、未優を広間のメビウスの輪の像の前に連れて行き、そこでナイフで殺害するのは容易なことだった。
そして、一太に関しては、そろそろ地下1階の広間の存在に気付くところであったが、もう少しだけ考えが足りなかったようだ。
地下1階と隠し通路でつながっている2階のナンバープレート2の部屋で休んでいた幹康は、2階のナンバープレート5、4、3の客室のドアを一太が開け閉めしていることに気付き、このまま2の部屋におびき寄せて殺害しようと企てた。
そこで、部屋の奥にある隠し通路へと隠れた。
そのとき、一太が2の部屋に誰かいることに気付くよう、わざと大きな音を立てて隠し扉を閉めた。
そして、幹康の狙いどおり、2の部屋に入ってきた一太を、幹康は銃殺した。
以上が、「メビウス館の殺人」の全容である。