表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メビウス館の殺人  作者: 菱川あいず
止まらない殺人
26/30

ねじれ⑵

 ここまで説明すれば、「メビウス館の殺人」のトリックの半分くらいは明かしたようなものかとは思う。



 ただ、説明には順序というものがあるので、順を追って説明させて欲しい。




 不磨島を購入し、特殊な仕掛けを施した「メビウス館」を建築した幹康は、まず、沙耶斗とコンタクトを取った。


 そして、食事の名目で幹康の家に呼び寄せた沙耶斗に睡眠薬を飲ませ、縄で縛り、身動きが取れない状況にした。



 そして、幹康は沙耶斗を、不磨島へと拉致した。



 沙耶斗を連れ、他の被害者たちよりも一足先に不磨島に到着した幹康は、拉致した沙耶斗を、メビウス館の地下1階に監禁した。


 すぐに死なないよう、水と塩だけを与えて。



 そして、沙耶斗のスマホを使い、沙耶斗を演じ、他の被害者たちに例の招待メールを送ったのである。




 被害者全員がメビウス館に揃った後、クルーズ船を爆破したのは、言うまでもなく幹康である。


 これによって誰にも邪魔されない空間——クローズドサークルを作ったのだ。




 最初の被害者の安曇を殺すのには、この館の仕掛けをふんだんに利用した。


 安曇がいたのは「2」の客室であり、それは(被害者たちの認識とは異なり、)3階にあった。



 幹康は深夜に安曇の客室へ行き、安曇の客室のドアをノックした。


 来客にはあまりにも不自然な時間帯ではあったが、「大事な話がある」と適当に言ったところ、安曇は素直に部屋に通してくれた。



 そして、客室に入れてもらった幹康は、まず、布に染み込ませたクロロホルムを安曇に吸わせた。


 これは同じフロアにいる月奈にバレないように、音を立てないためである。



 なお、この館には、ギーギーという異音が常時流れているが、これは何かの機械が動作しているわけではなく、スピーカーでそのような音を流しているだけである。


 その目的は、犯行における「不都合な音」を消すためであり、最初の「不都合な音」が、安曇の断末魔であった。



 クロロホルムで意識を失わせた安曇は、背中をナイフで刺された際も、ほとんど声を上げないまま絶命した。

 幹康の計画通りであった。




 安曇を殺した幹康は、チェーンロックに細工をした。


 工具を使ってチェーンを真っ二つに切断したのである。


 このような状態にすれば、いうまでもなく、チェーンロックはその用をなさず、鍵を「掛けた」状態であっても、人が出入りすることができる。



 幹康は鍵を「掛けた」状態で安曇の部屋を出て、客室の外側から、テープを使い、チェーンを「再生」した。つまり、切断部分をテープでくっつけたのである。


 「再生」といえども、テープでくっつけているのみであるため、少し力を入れればすぐに分断する。

 また、外観上も、少し注意して観察すれば、チェーンに細工がされていることが明らかである。



 もっとも、メビウス館の「ねじれ」を使えば、このことは問題ではなくなるのだ。



 幹康は、()()()()()で、2階の「2」の客室へと行った。


 ここは誰も使用していない客室である。



 幹康はまず、この部屋のベッドから床にかけて、事前に用意していた血糊をまいた。


 さらに、スピーカーをこの部屋に設置した。


 リモコンの遠隔操作により、このスピーカーからは、女性の悲鳴が流れるようになっていた。



 実は、この2階の「2」の客室には、隠し通路が2つ用意されている。


 幹康は、この隠し通路を使い、シャンデリアを踏むことなく、この部屋へと入ったのである。


 隠し通路のうち1つは、隣にある、2階の「1」の客室に通じている。


 もう1箇所は、地下1階の広間に通じている。

 

 壁にわずかにあるくぼみに指を掛け、引っ張り、その壁を開くことにより、隠し通路が現れる仕組みとなっている。

 このくぼみは、目立たないものであるが、よほど注意深く見れば、目視することができる。



 幹康は、この隠し通路を使い、2階の「1」の客室へと移動した。

 そして、「1」の客室のチェーンロックを用法どおりに掛けた。



 その上で、また隠し通路を使って、「2」の客室に行き、こちらのチェーンロックも用法どおりに施錠した。

 これにより、「1」の客室も「2」の客室も「密室」となる。

 実際には、隠し通路の存在により、その2室は出入り自由なわけであるが。



 2室を「密室」にした上で、幹康は、隠し通路を使い、地下1階の広間に行くと、リモコンを使い、2階の「2」の客室のスピーカーに指示を送った。


 それにより、同室から女性の悲鳴が上がった。



 この悲鳴はそれなりに音量を大きくしていたので、ギーギーという異音にも掻き消されず、2階で寝ている一太と未優にも聞こえるはずであった。


 これによって、一太が必ず2の客室の様子を確認しに行く、と幹康は確信していた。


 一太は兄妹の中でもっとも行動力と判断力があるし、兄妹想いでもある。


 悲鳴を聞けば、反射的に、安曇ないし月奈の安否を確認しに行くはずだ。



 そして、おそらく一太は、一刻も早く安曇ないし月奈の無事を確かめるために、()()()()()()()()()()()はずだ。



 このメビウス館では、シャンデリアの上を渡るのと渡らないのでは、世界が全く変わってくる。


 シャンデリアの上を渡らない場合には、行ける場所は、1階の広間、2階のナンバープレート6、7、8の客室、そして、3階のナンバープレート1、2の客室に限られる。


 しかし、シャンデリアの上を渡れば、2階のナンバープレート1、2の客室に行ける。

 さらには、地下1階の広間にも行けるのだ。



 悲鳴に反応して、一太がシャンデリアの上を渡った場合、一太は、2階のナンバープレート2の客室のドアを開けるはずだ。


 一太の認識とは違い、その部屋は安曇のいる客室ではないのだが、床には血糊がまかれている。


 チェーンの隙間から部屋の様子を見た一太は、安曇の身に何かが起きたと考え、必死でドアを開けようとするだろう。


 しかし、チェーンロックが掛かっているため、ドアは開くことはない。

 ドア越しでは、壁にある隠し扉の存在に気付けるはずもない。



 そこで、次に一太がとるであろう行動は、1階の広間に行き、工具箱の中からチェーンを切る道具を探すことだろう。



 そして、合理的に考えれば、一太は、まず、玄関から見て左側の階段(見取り図緑)で1階に降りようとするだろう。



 そちらの階段の方が2の客室から近いし、何より、シャンデリアの上を再度渡らないで済む。



 しかし、これも一太の認識とは違い、その階段は、1階の広間ではなく、地下1階の広間と通じている。

 そこには沙耶斗が監禁されている。

 一太に地下1階の存在を知られるわけにはいかない。



 そこで幹康は、事前に地下1階の階段室の鍵を閉めておいた。



 この屋敷の、通常とは逆に、外側から掛ける仕組みの鍵は、このために付けられたものだったのである。



 そして、鍵がかかっていることに気が付いた一太は、それが、「エロ話」をした際に外し忘れたものだと考え、もう一方の階段室(玄関から見て右。見取り図オレンジ)で1階に降りようと試みるに違いない。



 そのためにはシャンデリアの上を渡る必要があるが、それ以外に方法がない以上、一太はそうするだろう。



 幹康は、念のため、こちらの階段室(玄関から見て右。見取り図オレンジ)の鍵も掛けておいた。


 もしも一太がシャンデリアを渡って「安曇の客室」(実際には血糊しかない)に行く前にこちらの階段室を使って1階の広間に来られてしまったら、せっかくのトリックが台無しだからである。


 あのとき、一太は、階段室のドアを叩き、「開けてくれ!! 安曇が大変なんだ!!」と叫んだ。このことにより、すでに一太が「安曇の客室」を確認済みであることを知った幹康は、鍵を開け、一太を1階の広間に通したのである。


 もしも一太が「安曇の客室」を確認せず、安曇について何も言及しないままでドアをノックしてきた場合には、幹康はドアを開けないつもりであった。


 なぜドアを開けなかったのかと後から聞かれた場合には、「寝てて気付かなかった」などと適当な理由を言えばいい。このときにも「異音」が口実になる。



 なお、この間に、もしも一太が、(月奈がいると一太が考えている、)2階の「1」の客室のドアを開けようとしたとしても、このドアも「2」の客室同様に施錠済みである。

 チェーンロック越しではベッドの様子を完全に知ることはできないため、一太は、月奈が眠っていて反応しないのだと思い込むだろう。




 そして、一太が1階に降りてきて、工具箱を漁り出したタイミングで、幹康は、自分がチェーンを切ることを名乗り出た。


 これも、今回のトリックを成り立たせる上で、重要な演技であった。


 チェーンを切る役割は、幹康でなければいけないのである。



 ペンチを持った幹康と一太は、当然、玄関から見て左側の階段(見取り図赤)を上って、2階へと行く。



 そして、実際には、3階へと到着する。



 月奈と安曇の客室が実際に存在しているフロアである。



 先だって一太が確認した「安曇の客室」(2階の「2」の客室)と違い、実際の安曇の客室(3階の「2」の客室)のチェーンは、テープでくっついているだけであり、簡単に開けられるようになっている。



 そのことが一太にバレないように、幹康は、一太よりも先に客室のドアの前に立ち、ペンチで切ったフリをして、実際にはテープだけを剥がし、客室のドアを開けた。



 これによって、「密室殺人」が成立するのである。


 幹康がテープを回収すれば、後から確認しても、チェーンにはペンチで切断された後が一箇所あるだけである。



 その様子を見れば、安曇の部屋に乗り込んだときにはじめてチェーンが切断され、それ以前にはチェーンは何ら傷ついていないように見える。

 ゆえに、安曇を殺した犯人は出入りが不可能であるように見える。


 しかし、実際には、一太とともに乗り込むよりも前にチェーンは切断されており、人が出入りできる状態だったのである。



 そして、シャンデリアの上を通った際、シャンデリアには一太の血痕が付着したが、2階のシャンデリアに血痕があり、3階のシャンデリアにはそれがないということに万が一気付かれてしまうとマズイ。そこで、幹康は、3階のシャンデリアにも、血糊を使い、同様に一太の血を再現した。



 これが、安曇殺しのトリックの全容だ。




 安曇を殺した後、遺体は焼却炉で燃やした。



 遺体を燃やしたのは、もちろん幹康であり、これも当初の予定どおりであったが、安曇の遺体を燃やすこと自体には、何ら意味はない。


 

 これは、後の「幹康殺し」の伏線なのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ