隠し部屋
日が沈み、メビウス館に戻った一太を迎えたのは、変わり果てた姿の未優であった。
広間にあるメビウスの輪の銅像の前でうつ伏せで倒れる未優の遺体には、安曇同様、ナイフが背中から刺さっていた。
——どこだ。どこにいるのだ。
無人島の中は何度も探した。
しかし、この無人島には人が隠れる場所などどこにもない。
とすると、残された隠れ場所は——
一太は、階段を駆け上がる。
廊下には客室が等間隔で8つ並んでいる。
このうち、一太たちが使っていた客室は、ナンバープレート1と2の部屋、そして、6、7、8の部屋である。
3、4、5の客室は、割れたシャンデリアで塞がれているため、「開かずの間」となっていたのである。
——まさか、このいずれかの部屋に隠れているとでもいうのか。
シャンデリアの破片が刺さることなどを気にしている場合ではなかった。
一太は、むしろ痛みを歓迎するかのように、シャンデリアの上を、ジャリジャリと音を立てながら歩き、まず、ナンバープレート5の客室のドアを開けた。
チェーンロックは掛かっておらず、ドアは容易く開いたが、中には誰もいなかった。
部屋の作りも、一太らが入っていた客室同様で、ベッドと簡単な机が置いてあるだけである。
ナンバープレート4の部屋も同様だった。中は空っぽである。
残された部屋は、ナンバープレート3の客室である。
この客室以外、もはや犯人の隠れ場所などどこにもないのだ。
一太は大きく深呼吸をすると、ドアノブに手を掛ける。
少しドアを引いたところ、チェーンロックは掛かっていないことが分かった。
一太は意を決し、力いっぱいドアを引いた。
——しかし、この部屋もまた空っぽであった。
——そんなはずはない。この館のどこかに沙耶斗がいるはずなのだ。
一太は、3の客室に雪崩れ込むと、ベッドや机、そして壁を叩いて回った。
この館には、何か仕掛けがあるに違いないのだ。
そのときだった。
隣の「2」の客室で、ゴトンという物音がした。
——2の客室に誰かいるのだ。
そこは、安曇の客室であり、今は安曇の死体が「処分」され、血痕のみが残っている部屋である。
一太は、3の客室から出ると、忍び足で2の客室の前へと向かい、そーっとドアを開けた。
チェーンが切断されているため、当然、ロックは掛かっていない。
ドアはすーっと開いていった。
しかし、中には誰もいなかった。
とはいえ、2の客室に足を踏み入れた一太は、大きな違和感を感じた。
通常、空気に触れてしばらく時間が経つと、人間の血液は変色し、黒ずんでいくはずである。
しかし、この部屋に残された血痕は、鮮やかな緋色のままなのである。
これはどう考えてもおかしい。
安曇が殺されてから、すでに2日以上が経過しているのである。
もっといえば、一太たちが安曇の死体を運んだときには、すでに血液は変色し始めていた。
今現在、血液がこんなに鮮やかな色をしているはずがない。
振り返って、客室のドアに目を遣った一太は、さらに目を疑った。
切断されているはずのチェーンが、元通りにくっついているのである。
そんなはずはない。そんなことは絶対にありえない。
一太はチェーンを持ち上げ、それをじっくりと観察したが、切断された跡は見つからなかった。チェーンは新品同様、何ら傷のない状態なのである。
「一太、惜しかったな」
不意に背後で聞こえた声に、一太は恐る恐る振り返る。
そこに立っていた男は沙耶斗ではなかった。
「……幹康」
そこにいたのは、殺されて、焼却炉で焼かれたはずの幹康だったのである。
なぜ生きているのか。
「この館に『隠し部屋』があるという発想は間違っていない。ただ、それはお前が思っているような場所にはない。そして、この館の隠し扉は、すべてこの部屋に通じてるんだ」
ドアから見て対面にある壁の一部が開いていた。
幹康はその「隠し扉」から客室に入ってきたのである。
これもどう考えてもおかしい。
この部屋に隠し扉がないことはすでに確認済みなのである。
幹康の右手には、黒光りする銃が握られていた。
銃口は一太へとまっすぐに向かっている。
「おい!! 一体どういうことなんだ!!??」
幹康は、慌てふためく一太の様子を見るのがさぞかし楽しいらしく、ニヤリと笑った。
「一太、悪いが俺は死後の世界というのは信じてないんだ」
「……どういう意味だ?」
「つまり、お前に冥土の土産は持たせないってことだよ」
再びニヤリと笑った幹康。
銃口から散る火花。
それが一太が最期に見た光景となった。




