「第三者」
幹康が殺されたことを知った後、一太は、未優と会うのが怖かった。
もし未優がこの連続殺人事件の犯人だったとすれば、出会い頭に一太を殺してもおかしくはない。
しかし、実際に広間で鉢合わせると、そのようなことはなく、むしろ、未優の方が一太に怯えているようであった。
「一太さん……、幹康が……夫が殺されてしまいました……」
未優は真っ赤に腫らした目で、一太の顔をじっと見る。
睨む、というよりは、もはや感情を使い果たしたような目であった。
一太は、未優に掛ける言葉がなかった。「ご愁傷様でした」と言って慰められるほど平和な状況ではない。
もっとも、未優に対して、「あなたが犯人ですか」と聞くのも躊躇われた。
たしかに、幹康殺しに関しては、未優にも実行可能である。それどころか、もっとも実行しやすいポジションにいると言える。
しかし、目の前の憔悴しきった華奢な女性が、夫を殺し、さらに夫の兄弟をも殺したようには到底見えなかった。
「一太さん、私は一太さんを信じていいんですか?」
この「信じていいんですか?」というのは、「犯人ではないんですか?」という意味に違いない。
一太は大きく頷く。
「もちろん。俺は幹康を殺してない。無論、安曇も月奈も」
「……じゃあ、犯人は誰なんですか?」
「……分からない」
未優が犯人でないとなると、犯人は無人島に隠れている第三者ということになる。
幹康に関しては、状況的に、明らかな他殺であり、自殺の可能性は考えられないのだ。
「一太さん、あなたたち兄妹を恨んでいる人物は誰かいないんですか?」
たしかに殺された人間の共通項は、薩川家の血を分け合った兄妹ということになる。
とはいえ、兄妹はみな成人し、別々の場所で別々の人生を歩んでいるのだ。
兄妹全員をまとめて恨んでいる人物など思い当たらない。
「たとえば、相続絡みの可能性とかはないですか?」
なるほど。その視点は今までなかった。たしかに薩川家はそれなりの名家であるし、資産をそれなりに有している親父はまだ存命である。
ゆえに、その親父の資産を狙った殺人、というのは動機としては納得できる。
とすると、犯人は、相続に絡んでくる人物であり、かつ、殺された者が相続から排除されることによって得する者、ということになる。
「……俺しかいないな……」
親父の相続人になるのは、お袋がすでに亡くなっている以上、子どもということになるが、現時点で残された子どもは一太だけなのである。
「じゃあ、やっぱり一太さんが……」
「いや、違う。断じて違う。何を言っても信じてもらえないかもしれないけど……」
未優は、唇をわなわなと震わせ、今にも発狂して泣き出しそうだった。
その気持ちは、一太もそう大きく変わらない。
「ここでお互い話し合っていても何も解決しませんね」
「そうだな」
「私、自分の部屋に戻ります」
そう言って、未優は、小走りで階段室へと向かっていった。
一太に背後から襲われることを警戒し、チラチラと背後を確認しながら。
未優の背中を見送った後、一太は続くようにして螺旋階段を上り、自分の客室へと入っていった。
そして、ベッドで仰向けになり、考えを巡らす。
ふと、気付くことがあった。
「沙耶斗か……」
先ほど、相続人は一太しかいない、と未優に答えたが、もしも一太も死亡したとすれば、代襲相続によって、沙耶斗も相続人になりうるのである。
そして、沙耶斗は、今回の無人島旅行を計画した張本人なのだ。
考えてみれば、「急な仕事」を理由にドタキャンするということもかなり怪しい。本当は「急な仕事」などなく、一太たちよりも先にこの無人島に来ており、どこかに隠れ、親戚を一人一人殺していったというのは、考えうる話のように思える。
そのことに気付くや否や、一太は、メビウス館を飛び出した。
「沙耶斗ぉ!!」
今まで漠然としていた犯人像に、突然色が付いたのである。
散々探しても見つからなかった「第三者」が今なら見つけられる気がしたのだ。
一太は沙耶斗の名前を叫びながら、無人島じゅうを駆け回った。まるでかくれんぼで子どもを探す鬼のように。
しかし、一太の叫びは、メビウス館の建物にぶつかってこだまし、青い海へと沈んでいくだけであった。
やはりこの無人島に、「第三者」などいないのである。
一太は、疲労と絶望で、地べたに崩れ落ちると、そのまま動けなくなってしまった。
「読者への挑戦状」を意図してませんが、ここまでが一応「問題編」であり、次話より「解決編」となります。
ここでページをめくる手を止めて考え欲しいことがあるとすれば、誰が犯人か、という以上に、この館の大胆な仕掛けとは何か、ということになるかと思います。
一見すると不可能に見える安曇殺しも月奈殺しも、メビウス館の仕掛けさえ理解できれば、推理可能なものです。
ヒントは「シャンデリア」ですかね。廊下の割れたシャンデリアが、本作のすべてを支えています。




