煙
すっかり熟睡してしまった未優を、幹康は、自らの客室へとおぶって運んで行った。
外部との接点である玄関がある広間よりも、客室の方が安全であると考えたのであろう。
背中に未優を乗せて広間を出る際、幹康は、
「この階段室の鍵が本来どおり付いてればいいのにな」
と言った。
階段室の鍵が、階段室側から掛けられるようであれば、玄関の鍵と階段室の鍵で二重の防護になるという趣旨だろう(さらには、客室のチェーンロックも掛ければ三重の防護となる。)。
一太も幹康と一緒に階段を昇り、自らの客室に入り、チェーンロックを掛けた。
それ以上の自己防衛は思いつかなかった。
一体、いつになったらこの無人島に迎えが来るのであろうか。
東京に残した一太の妻が、そろそろ警察に捜索届を出していてもおかしくないようにも思える。
もっとも、一太は、妻に対し、スケジュールも場所も告げず、ただ「旅行に行くからしばらく帰らない」とのみ告げて出て行っていた。
音信不通になっているとはいえ、まだ妻が騒ぎ出すには早いかもしれない。一太は、日頃の妻とのコミュニケーション不足を今更になって後悔した。
昨夜一睡もしていないため、さすがに睡魔には抗い難くなってきた。
一太はベッドに横たわると、そのまま深い眠りへと誘われた。
ドンドンドンドンドン——
ノックの音で目覚めた一太が、反射的に腕時計を確認すると、時刻はまだ15時前であった。
まさかこんな白昼に次の殺人が行われたのか——と恐る恐るチェーンを外して、ドアを開けた一太に、幹康が告げたのは、また違う種類のニュースであった。
「一太、また焼却炉で何かが燃えてるんだ」
幹康に連れられ、外に出ると、たしかに晴天の下、一筋の煙が焼却炉から伸びていた。
焼却炉では未優が待っていて、まるで煙に魂が奪われてしまったかのように、ぼんやりと煙を見上げていた。
一太は、未優を押しのけ、焼却炉の前に立つと、勢いよく焼却炉の扉を開いた。
そこで燃えていたのは、元の形状はほとんど保っていなかったが、間違いなく月奈の遺体であった。
その証拠に、月奈が来ていた花柄のワンピースの生地が、焼却炉の中からヒラリと舞い上がったのである。
一太は、幹康と未優の顔を交互に見比べる。
2人がほぼ同時に首を横に振る。
「外の空気を吸いたいって言って、未優が外に出たときに、煙が上がってるのに気付いたんだ。もちろん、俺も未優も、月奈の遺体を部屋から運び出したりはしてないぜ」




