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メビウス館の殺人  作者: 菱川あいず
監視下での殺人
17/30

夜通しの監視

 この日の夜は、親戚同士で盃を交わすことはなく、早い時間に解散し、めいめいの部屋に戻った。


 もっとも、一太としては、この日の夜ほど酒を欲したことはない。


 睡眠不足で脳は覚醒していなかったが、とはいえ入眠からは程遠い精神状態であった。

 仮に眠れたとしても、もしかしたら昨日みたいな悪夢を見るかもしれない。


 それどころか、寝てる間に、今度は自分が次の餌食になる可能性だってあるのである。


 一太の客室にもチェーンロックが付いており、一太は部屋に入ると同時にそれを掛けた。

 とはいえ、このチェーンロックも本件の犯人の前では用を成さない可能性があるのだ。


 安心して眠ることなど到底できない。



 この館で殺人事件が起きたことの恐怖、不安を誤魔化してくれるのはもはや酒しかなかったのである。



 一太は自室で一人で酒盛りをすることにした。

 

 とにかく強い酒が欲しかったので、ウイスキーを原液のまま煽った。


 味はあまり感じなかったが、アルコールの強い刺激が一太を満足させた。



 解散後も眠る気になれなかったのは、一太だけではなかったようだ。


 まだウイスキーに3口くらいしか口を付けていないタイミングで、一太の部屋のドアがトントンとノックされた。


 決して強く叩かれたわけではなかったが、一太の心臓は飛び跳ねた。


 警戒した一太は、ガラスでできたウイスキーのボトルを利き手で強く握った。もし犯人が「ドアをすり抜けて」一太の部屋に入ってきたとしても、応戦できるようにするためである。



 しかし、そのようなことは起きず、しばらくして、またノックの音が聞こえた。

 


 同時に一太の名を呼ぶ幹康の声がした。



「おい、一太。いるんだろ?」


「どうした? 何の用だ?」


「なんか眠れなくてな。一緒に飲もうぜ」


 一太は念のため、チェーンロックを付けたまま、ドアを押した。


 廊下に立っていた幹康は、ナイフでなく、ワインのボトルを握っていた。


 一太は安心してドアを開ける。



 幹康は一太の机の上にウイスキーのボトルが置いてあるのを見つけ、同族を見つけたと、ニヤリと笑った。



「入っていいぞ」


 ドアを開けても一太の部屋に入ろうとしない幹康に、一太は部屋に入るよう促した。



「俺のことを警戒してるのか? 2人きりになったからと言って、ナイフで刺したりはしないぜ」


「そうじゃない。ただ、飲むならここじゃない方がいい」


「なんでだ?」


「だって、もし一太と俺がここで飲んでる間に、犯人が来て、未優か月奈を襲ったらどうするんだ?」


「たしかにそのリスクはあるな。じゃあ、どこで飲むんだ」


「そこさ」


 幹康は後ろを振り返った。廊下の踊り場のようなスペースに、小さな机と、腰掛のない丸い椅子が2つだけ置いてあった。



「2人で飲むだけだったらここで十分だろ?」


「たしかにそうだな」


「それにここからだったら、廊下全体を監視することができる。犯人がどんな奴であろうと、俺らが廊下を監視している間に、未優や月奈を襲うことはできないだろ?」



 これこそが、幹康が未優に話していた「とっておきの策」だったのである。


 


 一太は、幹康と、丸椅子に座って乾杯をした。



「犯人に自由にさせないため、朝まで起きてる必要があるからな」


 そう言って、幹康は、グラスのワインを一気に飲み干した。

 強い酒で神経を興奮させ、眠気を取っ払う作戦らしい。

 お酒に弱い人間だと、むしろ飲み過ぎると酔い潰れて眠ってしまうが、少なくとも幹康はそういう人種ではない。



 酒の肴は、未優が寝ている部屋が近いということもあり、さすがにエロ話というわけにはいかなかった。


 そうなれば、どうしても、この館のこと、そして事件のことが話題になってしまう。



「幹康、この館、奇妙だと思わないか?」


「そりゃ思うさ」


「どの点が? どの点が奇妙だと思うんだ?」


「そう聞かれると、答えるのは難しいな。全体的なムードというのかな」


「それは否めないね。ただ、そんなぼんやりとしたものでなく、明らかに奇妙な点があると思うんだ」



 一太は、これまで判明している、この館の奇妙な点を順に挙げていった。



「まず、階段室の鍵だ。これはなぜか普通とは逆についている。外部から内部への侵入を防ぐためではなく、内部から外部へ出て行かないためについているんだ。つまり、玄関から入って、広間があり、広間から階段室を通って客室へ行くという構造であるにもかかわらず、広間側から鍵を掛けるようになっているんだ。これは奇妙だ」


「たしかに奇妙だよな。この館を作った人は何のためにこんな鍵を作ったんだ?」


「分からない。おそらく気が狂ってるんだと思う。ただ、もし気が狂ってなく、合理的な思考が背景にあるのだとすれば、それはさらに気の狂ったことになる」


「どういう意味だ?」


「幹康、外部から鍵をかける仕組みの扉が使われている施設が何か知ってるか?」


「……思いつかないな」


「刑務所だよ」


 刑務所では、鍵は外側に付いている。囚人を脱走させないためだ。



「じゃあ、ここは刑務所なのか?」


「それはさすがに違うと思うけど、この建物を作った人間は、刑務所同様、この建物の客室に人を閉じ込めようと思ったんじゃないかな」


「なるほど。監禁目当ての館なのか。たしかに客室は刑務所みたいに窓一つないしな」


「そう考えると合理的かつ狂ってるだろ」


「たしかにそうだな」


 監禁目当ての館——それは一つの筋の通った見方だとは思う。


 しかし、一太は、それが正しい考え方だとはなかなか思えない。

 もし人を監禁することが目的の館だとすれば、階段室の鍵を外側に付ける以外にも、色々な工夫がされていてしかるべきように思える。客室の鍵だって外側に付けるべきだし、鍵や扉はもっと堅固であってしかるべきだ。肝心の玄関ドアには何ら脱走防止策がないのも不自然である。



 それはさておき——



「次の奇妙な点、それは、客室の鍵が、なぜかチェーンロックであるところだ」


「それは俺もすごく気になってたよ。だって、階段室の扉の鍵はチェーンロックじゃなく、普通の捻るタイプの鍵だもんな。なんで客室だけチェーンロックなんだ」


「そのとおり。あえてチェーンロックにする必要がないんだ。普通は、チェーンロックは、鍵とセットで、二重の防護をするために使われるものだしな」


「いや、待て。もしもこの館が誰かを監禁する目的のものだとすれば、チェーンロックだけであることにも合理性があるんじゃないか?」


「どういう?」


「つまり、客室には、監禁されている者が入っているわけだろ? 監禁する方からしたら、監禁されている者の様子は常にチェックできた方がいい。チェーンロックだったら、ドアの隙間から観察できるだろ。いざとなれば、俺がやったようにチェーンを切断して中に入ることもできる。そのために広間に工具箱があったわけだな」


 幹康はやはり賢いなと一太は感心する。


 ただ、一太の中ではすでにその見解は反駁済みだ。



「仮に監禁している者が、客室にいる監禁されている者の様子を常にチェックしたいのであれば、ドアに小窓をつければいい。というか、そもそもチェーンロックを含め、何も鍵をつけなければいいだろ」


「監禁されている者のプライバシーにも一定程度配慮したんじゃないか?」


「そんな優しい監禁犯がいるのか?」


「まずいないだろうな」


 いずれにせよ、階段室の鍵と客室のチェーンロックはちぐはぐなのである。



「3点目の奇妙な点、それはこの館の傾斜だ」


「たしかに斜めってるな。ただ、これはあえて斜めっているわけでなく、欠陥住宅のように、誤って斜めってしまったんじゃないのか」


「それは違うよ。この館自体は傾いてないんだ。水平な地面の上にちゃんとまっすぐ立ってる」


 廊下と広間で月奈が真珠を転がしたあと、一太は気になって館の外からこの館を観察してみたのだ。



「とすると、どういう原理で廊下を真珠が転がっていったんだ?」


「この館は傾いてないけど、1階の広間と2階の廊下だけは強く傾いている。ハの字型にね。これは設計段階で人為的にそうなっていたとしか考えられない」


「なるほどな……。じゃあ、どうしてそういう設計になったんだ?」


「分からない。これは全くもって謎なんだ。そして、もうひとつ、全くもってわけの分からないことがこの館にはある。これが4つ目の奇妙な点」


「なんだ?」


「異音だよ。ギーギーという音がこの館ではずっとしているだろ。まるで大きな歯車が回っているような。これが何の音なのか、全く分からないんだ」


「太陽光パネルで発電しているだろ? それの音じゃないのか?」


「太陽光発電にそんな音が付随するなんて聞いたことがないよ」


「じゃあ、何の音なんだ?」


「分からない。巨大な時限爆弾とかが仕掛けてないことを祈りたいけどね。そして、5つ目の奇妙な点。それは言わずもがな焼却炉の存在だ。一体この館を作った主は、何を燃やすためにあんなに立派な焼却炉を作ったのか」


「死体じゃないか?」


「誰の?」


「監禁していた人間の。おそらくこの館を作った主はよほどの偏執狂で、人間を監禁し、殺すことによって快楽を得てたんじゃないのか」


「シリアルキラーというわけかい?」


「たしかアメリカの映画とかでもあっただろ」


 とすると、安曇が燃やされたということはまさに「用法通り」ということか。



 謎を解き明かそうとすればするほど、この館の謎は深まり、不気味さも増すようであった。



 また、一太と幹康は、例の密室の謎についても二人で話し合ったが、まさに迷宮入りで、どう考えても答えの糸口も見つからなかった。




 2人は目的どおり、朝まで起き続けることができた。



 翌朝、未優が起きてきて、入れ替わるようにして幹康が客室に戻るまで、廊下への監視の目は絶えることがなかった。



 そのため、犯人が、この夜、この館にいる誰かを殺すことなど不可能である——はずだった。


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