火葬
小雨が降り続く灰色の空に、一筋の白い煙が上がっているのを見つけたのは、月奈だった。
時刻は午後3時頃。
喫煙者である月奈が、タバコを吸うために外に出たタイミングであった。
その煙は、例の焼却炉から伸びていた。
煙を見つけた月奈は、自分で焼却炉に近付く前に、館にいた幹康と一太に声を掛け、外に出るように促した。
煙を見た月奈は、一瞬で察したのである。
焼却炉の中で燃えているものが何であるかを。
それは月奈の想像どおり、安曇の死体であった。
それにかぶせてあったはずのビニールシートの膨らみがなくなっていたのである。
また、焼却炉から発せられる臭いは、動物の肉が焼ける匂いで間違いなかった。
「被害者をわざわざ火葬するだなんて、犯人は律儀ね」
月奈は相変わらずノーテンキなことを言う。
「火葬なんて穏当なものじゃないだろ」
「じゃあ、何?」
「証拠隠滅だよ」
幹康の言うとおりだと思う。
死人に口無しだが、得てして死体は犯行状況を雄弁に語る。
今この無人島には医学関係者がいないため、死体から有益な情報を得ることはできない。
しかし、やがてこの島に外部の人間が入ってきて、安曇の死体を司法解剖すれば、もしかしたら犯人に繋がる情報が手に入るかもしれない。
犯人はそのことを恐れ、死体を焼却したのだ。
「だとしたら、早く火を消した方がいいんじゃないかしら?」
「馬鹿言うなよ。ここまで水を運んでくることも一苦労だし、火力はだいぶ強い。もう間に合わないだろ」
焼却炉の扉は閉じており、焼却炉の中の様子を見ることはできない。
そのため、安曇の死体の焼損がどのくらい進んでいるのかは分からなかった。
もっとも、たしかにこの点も幹康の言うとおり、焼却炉の煙突から出る煙の量、熱波の強さからして、火力は相当に強そうである。
犯人は、ガソリンを撒くか何かをして、意図的に火力を上げたに違いない。
「誰か中を開けて確認してみれば?」
月奈の提案に、幹康も一太も名乗り出ることはしなかった。
血を分けた妹が今まさに燃えて灰になろうとする瞬間は、できれば見たくはなかったのである。
それが原形をとどめていようが、とどめていまいが、いずれにせよ目には入れたくはない。
そして、この状況を半ば面白がっている月奈も、自分から焼却炉の扉を開けることはしなかった。
安曇の殺害は、不可能犯罪であった。誰も出入りすることができない密室でそれは行われていたからだ。
他方で、安曇の死体を燃やすことは、誰にでもできたはずである。
仮にこの無人島に、一太たち以外の人物がいたとすれば、その人物が焼却炉のすぐ隣に置いてあった安曇の死体を持ち上げ、焼却炉に投げ込み、火をつけることは容易である。
そして、一太たちも、安曇の死体を運んでから今までの時間は、無為に過ごしていた。
館の中で、誰かが誰かを監視していたということはない。
館への出入りも頻繁にあり、一太自身も、気分転換のために特に用もなく館の外に出て、海を眺めに行くこともあった。
そのため、一太たちの誰かが安曇の死体を焼却炉で燃やすことも可能であった。
ゆえに、誰が焼却炉で安曇を燃やしたのか、という観点から、犯人を特定することは今のところ難しそうである。
もっとも、安曇が焼却炉で燃やされたことで一つ明らかになったことがある。
それは、安曇の死体を燃やして証拠隠滅を図ろうとする人物がいるということであり、それは安曇殺害の犯人以外には考えられないから、あの密室の不可能犯罪には、しっかりと犯人が存在しているということである。
未優の希望的観測であった「自殺説」は完全に崩れ去ったのだ。