バツマーク
未優は精神的にも体力的にも難しそうだったので、死体は一太、幹康、月奈の3人で運ぶことにした。
部屋につくと、月奈は、まず安曇の死体を具に観察し、傷口の形状や、他の防御創の有無などを確認したのち、指でオーケーサインを作った。
この館に後何日宿泊するか分からない状態であったため、死体が腐敗した場合の臭いや、近くに死体があることの恐怖心などを考えると、死体は屋外に運ぶしかないというのが一致した結論であった。
月奈がオーケーを出したのは、検死が終了したことを示すためだった。
「……ちょっと待って」
月奈の表情が曇ったのは、一太と幹康が死体を持ち上げたときであった。
「これは一体何?」
月奈が指差していたのは、先ほどまで死体の真下にあって隠れていたベッドの部分である。
そこには、バツマークが記されていた。
「まさかダイイングメッセージ……ではないな」
一太がそう即断できたのは、その90度で交差された線は、血ではなく、黒い塗料によって描かれていたからである。
そのような塗料は、この部屋のどこにも置かれていない。
安曇が死の直前にこのような印を付けることができたはずはないのだ。
「とすると、犯人が残したものかい?」
一太達が訪れる前から、すでにこのようなバツマークがベッドに描かれていた可能性は否定できない。
その場合、このマークの上で安曇が死んでいたことは単なる偶然ということになる。
そんな偶然はありえない、と一太は思う。そもそも、ベッドにこんな堂々とバツマークが描かれていれば、安曇は間違いなくそれを不審がり、一太にも報告していたはずだ。
「……多分犯人の仕業だと思う」
幹康の問いかけにはそれだけ答えた。
これ以上は何も言えることがない。
安曇を殺した犯人がいるとして、その者がこのような印をわざわざ現場に残すことについて、合理的な説明が一切浮かばなかったからである。
死体を運びながら螺旋階段を降りることは容易ではなかった。3人は一歩ごとに声を出し,確認しながら段を下っていく。
屋外へと出ると、小雨が降っていた。
すでに亡くなっているとはいえ、死体を無防備なままで雨風に晒すことには抵抗がある。
そこで死体をどこに置くか相談したところ、幹康がある方向を指差した。
焼却炉の方である。
「燃やすのはまずいんじゃないか」
警察が来た時に解剖をする可能性もあるだろうと思い、一太は指摘する。
「いや、そうじゃない。焼却炉のところには屋根があるだろう? そこに置いておこうという話だ」
「なるほど」
それならば問題はない。
3人は屋根のところまで運び、焼却炉の隣に死体を置いた。
たしかにここならば雨風は全く入ってこない。
「このまま裸で置いておくのもな」
幹康は安曇の死体の上にビニールシートをかけた。焼却炉のそばに束ねて置いてあったものである。
3人はビニールシートの前で合掌し、その後、館に戻った。