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メビウス館の殺人  作者: 菱川あいず
密室殺人
13/30

ありえない密室

 朝食にはまだだいぶ早い時間であったが、4人は広間のテーブルに一堂に会した。


 誰も話すことはない。



 終始、静寂が場を支配する。



 何も置かれていないテーブルを見つめながら、あるいはえんじ色の絨毯を見つめながら、あるいは、メビウスの輪の銅像を見つめながら、4人が頭に描いている光景はいずれも同じはずであった。



 ベッドで体をだらりとさせながら、ヨダレを垂らしている事切れた安曇の表情。



 月奈以外の3人は、ドアが開くと同時にそれを目撃した。



 未優の悲鳴を聞き、隣の客室から出てきた月奈も、間も無くそれを目撃した。



 一太にとって何よりも衝撃的だったのは、1つ下の妹が突然この世を去ってしまったことに違いはない。


 しかし、安曇の死体を見つけたとき、一太には全く別の種類の衝撃があった。



——ありえない。



 安曇が殺された状況は、どう考えてもありえない状況だったのだ。


 安曇が殺されたとき、客室のドアにはチェーンがかけられ、ドアがロックされた状態であった。それは間違いない。

 とすると、安曇を殺した犯人は、安曇を殺したあと、ドアから外には出ていないことになる。


 それはすなわち、犯人はドア以外のところから出たということになるが、客室には、窓一つなく、チェーンのかかっていたドア以外には人間が出入りできる場所がないのである。

 換気扇や排水溝すらない。

 ドアを除けば、この客室の内部と外部を結ぶものはないのである。


 また、部屋にはベッドと机があるが、いずれも犯人が身を隠せるようなスペースはない。

 


 それは()()()()()()()()なのである。




「ねえ、安曇の部屋にチェーンロックがかかっていたというのは本当なの?」


 月奈は、チェーンロックが切断されたあとに姿を現したため、チェーンロックがかかっていた場面を見ていない。



「本当だよ」


 一太がため息まじりに答えると、意外なことに、月奈はフッと笑った。



「月奈、安曇の部屋にチェーンロックがかかっていたことが嬉しいのかい?」


 その様子を見てすかさず問いただしたのは幹康だった。



「ええ。そうね」


 月奈は不敵な笑みを浮かべたままである。



「どういう意味だ?」


 幹康の口調は、不謹慎である、と非難するような強い口調であったが、月奈は意に介さず、さらりと答える。



「私、この島に着いたときに言ったでしょ。この島はミステリ向きだった。まさにその通りになってるじゃない。一夜目に最初の被害者。しかも、殺されたのはチェーンがかかった密室。ゾクゾクしない?」


「おい。不謹慎だぞ」


 実際に幹康が注意しても、月奈には反省の色はなかった。



「勘違いしないでね。私だって、安曇お姉さんを失ったことは悲しい。故人の思い出にゆっくり浸りたいとも思う。でも、それとこれとは話が別。密室殺人の魅力は、被害者が誰であっても褪せてしまうものではないでしょ?」


 よくもこの状況下でこのようなことをあっけらかんと言えるなと一太は感心する。

 これが芸術家の人とは違う独特の感性がなせる技なのか、それとも単に無神経なだけなのかは一太には分からなかった。



「いくら悲しんでも故人は帰ってこないけど、いくらか考えたら密室の謎は解けるかもよ。こんな狭い館でお通夜ムードでいるよりも謎解きをした方が建設的なんじゃない?」


 月奈の切り替えの早さにはついていけなかったが、ただ、結局行き着くところは、一太と同じなのである。


 一太だって、先ほどまで密室の謎について考えを巡らせていたのだ。



「幹康はどう思う? この密室はどうやって作り出されたかについて」


 幹康は、もう月奈を非難しても無駄だと考えたのか、月奈の質問に「うーん」と1度唸った後、淡々と述べた。



「今、月奈は、俺に、『犯人はどうやって密室から抜け出したのか』ではなく、『密室はどうやって作り出されたのか』と質問したが、その観点は正しいと思う。チェーンがかかった部屋から抜け出すことはできない。だから、犯人は、安曇を殺した後、自分は部屋の外に出て、そこからチェーンをかけたんだ。月奈もそう考えてるんだろ?」


 幹康からの質問に、月奈ははいともいいえとも答えず、「言葉のあやよ」と一言言った。



「じゃあ、どうやって外からチェーンをかけたんだ? そんなことできるのか?」


 一太が問う。

 実際に実験したわけではないが、通常、チェーンロックは外側からかけられるようにはなっていない。

 もし外側からかけられるのだとすれば、それは外側から開けられることと同義なので、チェーンロックとしての役を果たさないことになる。



「何かトリックでも使ったんじゃない?」


「トリック? どういう?」


「たとえば糸とか氷を使って」


「糸とか氷を使ってどうすれば外からチェーンを掛けられるんだ?」


「そんなの分からないわよ。そこは読者が頑張って考えなきゃ」


 そういって月奈は笑う。

 やはり不謹慎である。たしかに悲しんでいても無意味かもしれないが、逆にその状況を楽しむのも違うと一太は思う。



「ねえ」


 久しぶりに未優が口を開く。叫んだせいか声がかすれている。



「私には、その、トリックとか、そういう難しい話は分からないんだけどさ、いったい犯人は何のためにそんなことをしたの?」


「そんなことって?」


「外からチェーンを掛けて密室にすること」


「たしかにそうだな」


 夫の幹康が大きく相槌を打つ。



「普通に考えて、犯人があえて密室を作る動機は1つしか考えられない」


 幹康が人差し指を立てる。



「自殺に見せかけるためだ」


 幹康の言うとおりである。密室ということは、犯人の出入りがない、つまり、その場にいる被害者自身しか被害者を殺せないことになる。


 だから、普通に考えれば、「密室=自殺」なのである。



「だけど、今回の場合、安曇が自殺したということは考えられない。昨日までピンピンとしていた人間が、わざわざ親戚との旅行中に、見知らぬ土地で自殺をするだなんて理解がしがたいし、そして何より、客観的状況が、明らかに他殺を示している」


 幹康の言っている「客観的状況」が何なのか、一太はすぐにピンときた。



「ナイフの刺さっていた状況か。ナイフは安曇の背中に深く刺さっていた。安曇自身が自分の背中にあのようにナイフを刺すことは不可能だ」


「そのとおりだ。だから、今回は他殺でしかありえないんだ」


「じゃあ、どうして犯人はわざわざ密室にしたの? 自殺に見せかける以外に犯人が密室を作る動機はないんでしょ?」


 月奈とは対照的に未優は、謎が深まれば深まるほどイライラし、ヒステリックになっているようであった。



「ああ、あえて密室を作る動機はな。ただ、とりわけミステリの世界では、そうじゃないパターンの密室も多い」

 

「そうじゃないパターン?」


「あえて密室を作るのではなく、偶然密室ができてしまうパターンね」


 月奈が引き継いだ。


 幹康は頷いている。



「犯人は別に密室を作りたかったわけではないけど、トリックの性質上だったり、はたまたただの偶然だったりのせいで密室ができてしまうパターンね。たしかにミステリの世界ではよく見かけるわ」


「だろ? おそらく今回の事件も、分類するのであればそっちなんだろうな。犯人は自殺に見せかける気など一切なく、しかし、たまたまなんらかの事情で密室になってしまった」


「だとすると、密室について色々と考える必要はないな。それは単なる偶然だとすると」


 一太の出した結論に月奈はすかさず異議を唱える。



「そんなことはないわ。やっぱり密室は本件と密接不可分に関わっているのよ。それが犯人の意図したものではないとしても、密室の謎を解き明かすことが、今回の事件を解き明かすことへの最大の近道であることは間違いないはずだわ」



 そう言って、月奈は腰を浮かす。



「月奈、どこに行くんだ?」


「事件現場よ。密室の謎を見つけなきゃ」


「まるで探偵気分だな」


「別に道楽で謎解きをしているわけじゃない」


「じゃあ、なんのために?」


「自分が殺されないためよ」


「どういう意味だ?」


「だって、このまま手を拱いていたら、犯人は間違いなく次のターゲットを殺しにかかるでしょ」


「何言ってるんだ? 妄想はやめろ」


「妄想じゃない。そういうものなのよ。今この館で起こっていることは。だから早く謎を解き明かして、犯人を突き止めなきゃ」


「やめてください!!」


 すでに階段室へと向かおうとしていた月奈の後ろ髪を引いたのは、未優の叫ぶ声だった。



「やめてくださいよ。そんな犯人探しだなんて。安曇さんを殺した人なんて誰もいないはずです」


「何言っているのよ? ナイフは背中から刺さってたじゃない」


「でも密室ですよ。犯人が密室の部屋から逃げ出すことも、逃げ出した後に密室を作ることも不可能なんです」


「じゃあ、未優さんはナイフが背中から刺さっていたことについてはどうやって説明するの?」


「分からないです。ただ、それこそ何らかのトリックを使ったんじゃないですか? 密室を作るトリックよりも、そっちの方が簡単だと思います」


 未優の指摘はかなり鋭いように思えた。

 たとえば壁にナイフを固定して、背中から突っ込んだり、ベッドの上に刃体を上にしたナイフを置いて背中から飛び込んだりなど、方法はなくはない。


 他方、なぜ安曇がそのような方法を使って自殺をしたのか、というのはさっぱり分からないが。



 ただ、未優にとっては、トリックなどどうでもいいのである。彼女にとって大事なのは、安曇が自殺をしたという事実を確定することなのだ。それはこの館で殺人など起きていない、ということを確認するためである。

 この館で殺人が起きたのだとすると、殺人犯がこの島の中にいるということになる。

 そのような恐怖から未優は逃げたいんだ。



「まあ、いずれにせよ部屋の調査は必要ね」


「待て」


 次に月奈を止めたのは幹康だった。



「みんなして何なの? 部屋を調査されたら困るの?」


 月奈は皮肉っぽく言う。



「違う。今の部屋の状況を考えてみろよ。まだ安曇の死体がベッドにあるんだぞ。部屋の調査自体は賛成だが、安曇の死体が転がっている部屋での調査はさすがに精神的に持たない」


「……まあ、分からなくもないわ」


「だから、まずは、死体をどこかに運ぼう。誰も異論はないよな?」


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