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メビウス館の殺人  作者: 菱川あいず
密室殺人
11/30

悲鳴

 それは甲高い悲鳴だった。

 

 夢の中にいた一太ですら、異音の正体が悲鳴であることに一瞬で気付けた。


 それくらいにその悲鳴は、長く、鋭かった。ホラー映画の中で聞く悲鳴そのものであった。



 一太はベッドから飛び上がった。

 先ほどまで自分が見ていた夢と、今聞こえた悲鳴とが、否が応でも結びついてしまったからである。


 悲鳴は間違いなく女性の声だった。


 そして、夢の中で一太が殺そうとしていたのも、また、女性だった。



 客室のドアを押し開けると、そこには当然廊下がある。


 一太は、安曇と月奈の部屋のある方向に身体を向ける。



 壁には客室のドアがついており、廊下の果てには、ちゃんと突き当たる壁があった。


 夢のように、永遠と廊下が続いているなどということは、もちろんなかった。



 しかし、安曇ないし月奈の客室にたどり着くことは、容易ではなかった。



 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 シャンデリアの存在が、一太の頭からはすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。足元の破片をサンダルの縁で蹴飛ばすと、一太は大きく舌打ちをする。


 階段を使って一旦1階に降り、メビウスの輪の銅像を横切り、別の階段から2階に戻って来れば、シャンデリアを回避することはできる。


 しかし、今は紛れもなく緊急事態である。


 悲鳴を上げた女性の生命は、一刻を争う状況にあるかもしれないのだ。


 また、もし、現実に殺しがあったのだとすれば、1階に降りている間に犯人を取り逃がしてしまうかもしれない。



 一太は、シャンデリアの破片の上を通ることを決意した。サンダルで破片の上を通れば無事ではないはずだが、そんなことを言っていられる状況ではなかったのである。


 破片は廊下を端から端まで覆っていたが、中央付近に比べれば、両端寄りの方が密度が低いように見えた。

 

 一太は半身となり、壁沿いを歩くことにした。


 左足から一歩踏み出したとき、一太は、自分の見込みが甘かったことを知った。


 鋭利な破片は、一太の素足を容赦なく襲ってきた。


 サンダルには,あっという間に赤い染みができた。



 一歩一歩慎重に踏み出すより、一気に渡りきった方が痛みに晒される時間が短く済む、と考え、一太は半身のまま急いだ。



 幾つもの破片が皮膚を切り裂いたが、緊急事態下で放出されたアドレナリンが痛みを誤魔化してくれた。



 一太はついにシャンデリアの川を渡りきったのだ。



 夢とは違い、すぐに2のナンバープレートが目に入った。


 安曇の客室である。


 客室のドアノブに手を掛けた一太は、ドアを引くことを躊躇した。



 悲鳴の主は、安曇か月奈だろう。


 メビウス館にはもう1人の女性——未優がいるが、あまりにも示唆的なあの悪夢ゆえ、一太は悲鳴の主が未優である可能性はハナから排除していた。


 「被害者」は安曇か月奈なのだ。



 一太がより親しいのは、妹である安曇の方だ。


 一太の個人的な感情からすれば、「被害者」は安曇でない方がいい。無論、月奈も大切な従姉妹ではあり、命の重みは比較することはできない。



 ただ、一太の感情は比較することができる。



 一太がドアを引いた先には何が待っているのだろうか。


 夢、そして、一太の強烈な予感の通りだとすると、そこには安曇が血を流して倒れているということになろう。


 それは決して見たい光景ではない。


 一太は強心臓の持ち主だと自負しているものの、その光景が与える衝撃は計り知れない。


 このまま「臭いものには蓋」をした方がいいのかもしれない。



——いや、ダメだ。


 一太は大きく首を振る。



 一太が悲鳴を聞いてからまだ1分も経っていない。


 もし安曇に凶刃が襲い掛かったとしても、早く処置すれば命を救える可能性がある。

 それに、時間が経てば経つほど犯人を撮り逃すリスクは高まる。


 ここで客室のドアを開けない合理的な理由などどこにもないのである。



 意を決した一太は、ドアノブをひねり、思いっきりドアを引いた。



 そこにある光景がどんなものであれ、受け入れなければならないという強い覚悟を持って。



 しかし、ドアが開ききることはなかった。



 ドアは一太がわずか数センチ引いたところで止まった。



 さらに力を入れても、ドアはそれ以上は開かない。



 チェーンロックである。


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「安曇! 鍵を開けてくれ!!」


 一太は叫んだ。


 チェーンがかかっているということは、客室の中に誰かがいるということは間違いなく、それは安曇に違いない。



 しかし、少し待っても安曇がドアに近寄ってくることはなく、それどころか返事の1つもなかった。



「安曇! 返事をしてくれ!!」


 さらに大きな声で叫んだものの、返事はなかった。



 嫌な予感がし、一太は、チェーンをピンと張った状態で、ドアの隙間から客室の様子を覗き込んだ。


 部屋の電気は点いている。


 そこからの視野は限られており、見えたのはせいぜい部屋全体の半分から3分の1くらいである。


 ベッドの方までは見えない。



 限られた視界の中に、安曇の姿はどこにも見えなかった。



 床に倒れている安曇の死体が見つからなかったとはいえ、一太は、少しも安堵することはできなかった。


 それどころか、一太は心臓をナイフでえぐられたような思いであった。




 なぜなら、フローリングの床には、真っ赤な鮮血が飛び散っていたからである。


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