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小鬼冒険譚 (仮題)  作者: 星ノ守
第一章
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 光と浮遊感、混濁した意識の中で、声を聴いた気がした。

 聞きなれた声だったような、聴いたことのないような、懐かしいと思える声がした。

 背中をそっと押してくれるような、温かい声だった。

 何を言っているのかは聞き取れない、もう一度言ってほしいと思うが、眠気を抑えられそうにない。

 やがて心地いい声に意識を手放した。




―――――




 目を覚ました。

 冷たくて湿った、草の匂いがする土の上で、まだはっきりしない意識の中ヨウ、は身を起こした。

 遠くに聞いたことのない鳥の声が聞こえる。

 まだ朝日は昇っていないだろうが、夜は明けた頃だろうかと木々に遮られた白みはじめた空を見上げた。

 背にこびりついた泥を払い立ち上がりながら、さてここはどこだろうかと首を傾げた。

 見慣れた山とは違う、森の木々はこんなにも鮮やかな色はしていなかったはずだ。

 

「嗅いだことない匂い……」


 知っているような緑の木々、見慣れない黄や橙の草木。

 しゃがんで触った土には何かきらめくものが混じっていた。


「——ああそうや」


 自分は違うところに来たのか、と人ごとのように思った。

 見たことのない森の中に立ちすくんだ。

 最後に自分が見た光はなんだったのか、聞こえてきた声は何だったのか、何一つわからないが、ここが自分の知っている場所ではないことは明白だった。

 ただ、像に必死に祈っていた母の背を思い出した。

 最後に聞こえた声も聞こえた。

 きっとそうなんだろう。そう思うしかなかった。

 祖父の使う変な力のように、何かわからないモノが自分をここに連れて来たんだろうと思った。

 思うしかなかったし、できなかった。


「腹、減ったなぁ……」


 夜通し激しく動き、走り回ったのだ。

 腹が減っているのもおかしくないし、もう朝だ。

 まずは何か食えるものを探そう、探しながら纏まらない考えをまとめようとヨウは一歩土を踏みしめた。





―――――





 ヨウが歩き出して少ししたとき、頭上の空を遮るほど瑞々しく雄々しく茂る葉の奥に、他よりも背の高い大樹の先頭が見えた。

 相変わらず周りに見える草木に見覚えのあるものは無い。

 湿った空気に混ざる嗅いだことのない匂いも、花のものなのか草の出す匂いなのかもわからない。

 なんてことのない木の実も、その辺を飛び回っている羽虫も、よく聞こえるようになってきた鳥の声も、なに一つ知らない。


「わしはこれからどうすればいいんじゃ」


 情けない声がこぼれた。

 見知らぬ土地に放り出されただけでも不安だったが、母や父、祖父のことも気になっていた。

 住んでいた山から少し離れただけで、ここまで植生が変わるものとも思えない。

 旦那から聞いた外の国の話ともあてはまらない。

 これは相当遠くに飛ばされたのだろうとしか思えなかった。

 一族、麓村、襲ってきた人、全てが気がかりだった。

 しかし戻るのにもかなりの時間がかかるのだろうと思ったし、そもそも戻れるのかとも怖くなっていた。

 いつもだったら、こんな見慣れないものがあったら喜んで触り、かじり、知りたいと思うのに、今はまだそんな気になれなかった。

 とぼとぼと歩きにくい道を歩き、ふと視界が開けた。


「……でっか……」


 目の前には想像できないほどの大きさの大樹が。

 目指した訳では無かったが、さっき見上げた背の高い木の前にたどり着いたのだ。

 周りに他の木々は無かった。

 巨躯を支えるためにある根が、地に蔓延っていた。

 その根のせいで、周りには他に生えていなかったのだろう。

 ぽっかり空いた空間に、見上げるほど大きな巨木。

 しばし時間を忘れて見上げてしまった。

 こんなに大きな木は、自分の住んでいた山にもなかったなぁと思った。

 本当に大きな、何の変哲もなさそうな緑の葉をたたえた木。


「登るかぁ」


 好奇心が無かったわけでは無いが、周りとくらべて遥かに背の高い木だ。

 登ってみれば背の高さから何かを見つけられるかももしれない。

 なによりまず水のある場所も探さないといけない。

 そう考え登ろうと思ったのだ。

 土から大量に顔を出す太い根を踏み越え、大樹の元に。

 木の肌を一撫でして、首が痛くなるほど見上げた。

 一番下に見えている枝でさ遠くに見える。

 けれど木登りは得意だった。

 荷物を地面に置き、袖を捲り、先の尖った自身の爪を樹皮に突き立てようとした。


「固った! なんじゃこの木」


 爪が刺さらなかった。

 山でも幾度となく木登りはしてきたが、自分の爪が刺さらないことなどなかった。

 岩に爪を立てたような硬さだった。


「こりゃあ困った」


 その後も荒れた樹皮に指を掛けようとしたり、節にそって爪を立てようとしてみたがことごとく駄目だった。

 もちろん枝に手が届くわけもなく、途方に暮れるしかなかった。


「諦めるかぁ」


 こんなところで時間をかけるわけにもいかない。

 そう思いなおした。

 来た道を戻っても仕方がないので、大樹を回り込み向こうへと進む。

 樹皮に掌を当てながら沿って進む。


「お、(うろ)がありよる。鳥でもおるかに」


 回り込んで歩く中で、大木の肌に大きな洞を見つけることができた。

 ヨウが余裕でくぐれそうな大きさの穴、けれど中に何があるかはまだ見えない。

 手を伸ばすだけでは届きそうもないが、本気で跳べば届きそうな高さに会った。


「っよっと、広いのぁ」


 跳び、手を掛けよじ登った先には、膝を曲げれば寝れるだろう広さの穴。

 鳥も虫も中にはおらず、薄暗く樹の匂いのする丸い空間。

 とりあえずと風呂敷を置き、今からどうしようかと思案する。


「飯と水は要るがや、だどもどっち行きやええがかのぉ」


 まだ飛ばされたと気づいてからそれほど時間も経ってはいないが、水と食料は必須だ。

 鳥の声が聞こえるし、虫も飛んでいたのでなんとか頑張れば食料は確保できそうだった。

 行く当てもないが、雨風をしのげる洞も見つけれた。

 だが水はどうしようか。

 穴から顔を出して空を見上げるが、雨は降りそうもない。

 水辺を見つけるにも、高いところから探したかったが、この木をこれ以上登ることもできそうになかったしと、あきらめて歩いて探すことにした、のだが。


「動きたくない……」


 見知らぬ地でのこれからを考えて憂鬱になってしまったのと、飛ばされてくる前に起きたこと思い出しての精神的な疲れが、ヨウに行動させようという気力を奪ってしまった。

 寝床代わりの洞を見つけたことで、一気に心が折れたのだ。


「かあちゃん、とおちゃん、じいちゃん……」


 人に比べ身体能力が高く、祖父と鍛えた体は鍛えられていたが、精神はまだ子供。

 どうなってしまったのかわからない母の容態と、無事かもわからない父と祖父の行方。

 考えても仕方ないとわかっていても、見知らぬ地での孤独が心を蝕んでしまった。

 まだまだ日が高い、森の中、風に揺らされて鳴る葉の音を聞きながら、ヨウは瞼を落とした。

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