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序ノ二

2/3



 とても暑い日のこと、蝉の鳴りやまぬ鬱蒼とした森の中で、一人の少年、鬼の子ヨウは傷だらけの身体で大きな岩に寝そべっていた。


「じーちゃんのあほんだらー! 今日もぼこぼこにしてくれよって!」


 恨み言を盛大に吐くが、ヨウの祖父はとっくに帰ってしまった後である。

 それをわかっているからこそヨウも盛大に口汚く罵れているのだが。


「さてと、おっちゃんたちがゆうにゃ昨日あたりに旦那さんは帰ってきちょるはずだけども」


 んー、と唸りながらヨウは独り言を言い続ける。


「じーちゃんは教えてくれんかったども、何を持ってきてくれよんか楽しみじゃのぉ」


 最後に旦那と合ったあの日から半年と少しが過ぎていた。

 あの日山に帰ってからすぐに祖父がヨウの下を訪れていた。

 今まで麓村に通っていたこと、話の内容など、今までに見聞きしていたことをヨウにすべて伝えたのだ。

 それに対してヨウは別段驚いた様子もなく当たり前のように聞いていた。

 けれどヨウにとっては当たり前のことだったのである。

 祖父は山の森の中で起こった出来事を大体知っているし、自分が迷ってもすぐに見つけてくれた。

 この山の森は間違いなく祖父の庭であり、その木々すべてに目と耳が生えていると言われても驚かないくらいに。

 祖父は忘れているのだが、ヨウは麓村ができたすぐ後に祖父に聞いたことがあったのだ。

 あの人たちは何をしている人たちなのかと。

 祖父は何でもないことのように答えた。

 あそこに荷が運ばれて出ていくだけの場所だろうと。

 ヨウからすれば祖父があの場所を見て聞くなんてことは当たり前にできるものだと思っていたし、実際その考えは当たっていたのである。

 しかし面白くないのは祖父のほうであった。

 見られているとわかっててなぜ言ったのかと尋ねた。

 するとこう返ってきたのだ。

 だって行ったらだめならすぐにとめにくるだろう、と。

 祖父は少しだけヨウに舐められているのではないかと思ってしまった。

 もちろんヨウはそんなつもりなどない。

 けれどいつもより余計にぼこぼこにされて泣いたような気がする。


 そんなことを考えて、ふと最近は祖父との修行が嫌ではなくなっている自分に気づいた。

 いつからだったろうかと思い返せば半年ほど前の大雪の日だったなと思い返した。




―――――




 旦那が麓村を出て数か月後、事件が起こった。

 大雪が三日三晩続き、あたり一面が白坊主となっていた陽が沈む少し前、地震が地を揺らした。

 そこまで大きくは無かったのだが、それまでが悪かった。

 大雪が降り続けた山肌と木々、斜面の下に作られていた麓村が地震によってできた雪崩と土砂崩れに巻き込まれたのである。

 ヨウにそれを伝えたのは誰でもない祖父であった。

 曰く、雪崩が起きた、村は呑まれた、行ってはならん、行くならしっかりと姿を隠して行けと。

 止めているのに姿を隠せと、これはもう行っていいものなんだろうと思い、言われたとおりに準備をした。

 果物を入れる竹籠にぐるぐると麻紐を丁寧に巻き付け、目を出す穴をあけてほっかむりと首もしっかりと紐で結んだ。

 激しい動きをしても落ちないようにそれは丁寧に巻きに巻いた。

 最後にいつものぼろ布を纏い、祖父に最終確認をして麓村目掛けて走り去っていった。

 この一連の事件は勿論ヨウと祖父しか知らない。

 それ以外の一族は麓に村があることは知っていても、山の裏手になどわざわざ向かわないからである。


 そうしてヨウが麓村のあった場所に着いたころ、あたりは完全に真っ暗闇であった。

 村はとてもひどい有様、というほどでもなかった。

 人は何人も居たし、小屋は半分以上が原型を保っていた。

 ただ声を聴く限りではそれなりの人数が雪の下に埋まっているようだった。

 周囲の人たちは必死になって雪を掻いているが、灯りもない暗闇のせいか、自分が今どこにいるのかもわからないまま足元を掘り続けていた。

 ヨウは皆に気づかれていないことを悟り、自分だけ見渡せる夜目をもって救出をはじめたのである。

 

 それからしばらくして、全ての人たちを見つけることができた。

 死者一名、重傷者三名、軽傷が十八名、総勢二十二名。

 ヨウは一人で十六名を引き上げた。

 救出作業途中で灯りが徐々に灯されていったが、そんなことは関係なしにヨウは只々黙々と雪をひっくり返し人を探し続けたのである。

 そうして休まず救出活動に集中し過ぎていたためか、ヨウの周りを囲う男たちに気づかなかったのである。

 咄嗟に祖父から教え込まれた体術でもって攻撃しそうになったが、それよりも早く一人の男が震える声で言ったのだ。


「ありがとうござんます」


 顔をよく見てみれば、ヨウが最初のほうに助け出した男だった。

 一つの感謝の言葉を皮切りに、周りにいたすべての人たちが手を合わせ、下を向き、各々の言葉をヨウに伝えた。

 ヨウはそれはもう狼狽えた。

 話す相手といえば両親か祖父、たまに何を言ってるのかわからない集落のじじいとばばあ、そして年に二度ほどこの麓村の旦那と喋るくらいだったのだから。

 狼狽えに狼狽えたけれど、何よりも咄嗟に構えてしまった両腕を恥ずかしくて下ろすに下せない。

 そんな中でヨウが取れる行動は一つしかなかった。

 周りの、雪かき、である。


「少しばかり離れておくれよ」


 なんとかそれだけを言うと、あげていた腕を勢いよく振り下ろし、素手での雪かきに精を出すのだった。

 それを見て男たちは動ける者から雪かきに追従するのだった。

 死者は一人出してしまった、けれども暗闇の雪崩で一人以外は助かったのである。

 誰も文句を言わず、しかし見たこともないヨウを感謝しながらも不思議そうに見ていたのであった。

 一人を除いて。




―――――




 雪崩から一夜明けて朝。

 休むことなく雪を掻き続けるヨウと、三人の男たちが最後の小屋を掘り起こした。

 残っている人たちは旦那さんが寝泊まりしていた小屋で休んでいるのだという。

 代わる代わる男たちが入れ替わり作業をしていたのを傍目に見ていた。

 やっとのことで終わった雪かきに、男たちだけでなくヨウも安心した。

 皆して地面にどっかりと腰を下ろした。

 そこからは無音であった。

 雪を掻く音もなく、鳥はこの時期山を離れている。

 風もなく、雪も降っていない、ただ静かな明け方の麓村。

 ヨウは居たたまれず差し込んでくる朝焼けをぼろ布越しに身じろぎせずに見ることしかできない。

 どうしよう、とそれだけを考えていた。

 ああしてみようか、こうしてみよう、ではなくどうしよう、とだけ。

 それから少し被っていた布から水がポタリ、と落ちるのを見ていた時、後ろに座っていた男が一人ヨウに話しかけてきた。


「あんさん、前に旦那はんに会いにきちょった人じゃろ?」


 言われて、ヨウはその人を振り返った。

 確かに見覚えがある。 

 初めて隠れずに旦那に会えたとき、案内してくれた人であった。


「そう」


 とぶっきらぼうにそれしか返せなかった。


「旦那はんはあんさんのことなーんも言わんき、わからんがじゃ、でもまっこと感謝しとるき、助かったがじゃ」


「助かったがじゃ?」


 首をかしげながら咄嗟に言葉を返してしまった。

 ヨウは相手の真似をする癖があった。

 それが今出てしまった。

 けれど鸚鵡返しされた男はそれに嬉しそうに返した。


「ほうじゃ、助かったがじゃ! あんさんのおかげじゃき、ほんにあいがとうの!」


「ほうなのか」


「だんはんの客人け、前言うてはったんはこの人のことやったんか」


「やったんか」 


「けんども、ちんまいんだすなぁ。暗ぁて見えんかったども、こんちんまい身体んどこにあんな怪力があんのんかおどろきもんす」


「???」


 ヨウには訳が分からなかった。

 言われる言葉は少しではあるが理解できるのだが、集落の誰とも言葉が少し違うし、旦那とも違う。

 そんな中で三々五々に声を掛けられてもヨウには何が何やらさっぱりわからなかった。

 ただ一つだけわかることがあった。

 ヨウの目の前にいるのはたったの三人だが、その誰もがヨウに感謝と笑顔を向けていることだった。

 自分の中の感情が、今まで感じたことのないものに染まっていく。

 そうしてしばらくヨウは男たちに囲まれ声を掛けられ続けるのであった。


 それから少しして、男たちが立ち上がると、ヨウに小屋へ来ないかと声を掛けた。

 返事はしないままだが、ヨウも立ち上がり男たちに付いて小屋へ向かった。




―――――




 そこから先は色々とあった。

 旦那の使っていた小屋は広いとはいえ、大の男たちが板間土間関係なく横たわって暖を取り、寝ていたのである。

 ヨウたちが戻ったことに誰かが気づいたことでゆっくりと皆が起き上がってくる。

 ほとんど全員が起き上がってきた中、ヨウの目は板間の一番奥に寝かされている網藁を被せられた人を見ていた

 皆が助かったなか、一人だけ命を落としてしまった人だ。

 そんな目線に気づいたのか、周りの男たちが少しづつ静かになっていく。


「仕方なかどす、あん男ばは年もいとったんでん、耐えれんかったんどす」


 ヨウは悲しみに暮れていたわけではない。

 ただ、あの人はどんな喋り方をする人だったのだろうと考えていたのだ。


「あんひとはわいらがしっかりと供養するき、あんさんはゆっくりしちょってくれや」


 そう言われても、どこでゆっくりすればいいのかヨウにはわからなかった。

 幼いながら、ここで帰るとは言い出せない雰囲気でもあったし、そのままじっと板間に腰かけて何かを待つしかなかったのである。

 そうしていると、男たちが続々と小屋から外へ出て行った。

 聞こえてくる音や声からすると、崩れた小屋から荷物を引き上げたり、雪崩で流された荷車を拾いに行ったり、残っている雪を踏み固めたりと忙しなく動き回っているようだった。


「ぅ、ぅ……」


 呻くような声がヨウの耳にしっかりと聞こえた。


「ぃぃぃ、い……たい、ぃた、い」


 声が聞こえたほうを見ると、小屋の一角に干し藁が積まれていた。

 どうやら藁の向こうに何人かいるみたいだった。

 気になったヨウは足音、衣擦れ音も出さず静かに歩み寄り藁向こうを覗き見した。


「ぅへ」


 ヨウは眉根を寄せ舌を出してそう漏らした。

 藁向こうに居た男たちは三人の重傷者だった。

 一人は足が折れ、脛から骨が少し飛び出ていた。

 一人は腹部に木の枝が突き刺さっていた。

 ヨウの親指よりも太い枝がわき腹を貫通して刺さったままであった。

 最後の一人は頭に布が巻き付けて寝かされていた。

 息はしているようだが、布にしみている血の量から見てもざっくりと額を割っているようだった。


 ヨウは祖父との修行を思い出していた。

 あれくらいの怪我は年に一度は経験するものだ。

 そして命鉄をほんの少しだけ刃物で削り、その欠片を傷口に押し当てて数日もすれば治るものなのである。

 ヨウはその時ふと思った。

 旦那が命鉄を欲しがったように見たこともないと言っていたように、鬼じゃない人は命鉄を持っていないし知らないのではないかと。


 何かに突き動かされたわけでもなく、ほんの気まぐれ、ただの思い付きだった。

 気づけばヨウは胸元から子袋を取り出していた。

 袋口を開き、一番小さな命鉄を取り出した。

 そして一歩三人に近づいたとき――


 ――ボッ!!


 突風が正面からヨウを吹き飛ばした。

 玄関口の扉に強かに背を打ち付けた。


『今おまえがやろうとしたこと! それは許さん! 絶対にだ!』


 そして祖父の怒声が響いた。

 おそらく、突風はヨウにしか吹いていない。

 軽い藁は一つも舞っていないから。

 そして声もヨウにしか聞こえていないのだろう。


 けれどヨウにはそんなことは気にならなかった。

 今ヨウは恐怖で泣きそうになり、混乱で涙が出ない心境であった。

 今までも祖父に叱られることはあった。

 修行で立てなくなるまでどつき回されもした。

 けれども、今のように言葉では言えないような怖さなど感じたことがなかったのだ。

 生まれて初めて、祖父に本気で怒られた。

 怒らせてしまった。

 

 ヨウは何が駄目なのかさえも分からなかった。

 悪や義のしっかりしたものも知らなければ、して良いこと悪いことのあやふやなものなんて余計にわかるはずもなかった。


 ただ祖父にはわかっていた。

 どうせ止めても行こうとするのだろうから、せめてちゃんとさせようと。

 人と触れることを悪いことだと祖父は言いたくなかったのだ。

 自分と違うとはいえ鬼の一族の子。

 最後の鬼になるであろう孫を一人残して皆逝ってしまうだろう。

 そうなったとき、孫には何も残らない、誰も居ない。

 一族はヨウを大切にしたいのであろうが、祖父からすればそれはただの自己満足にしか感じなかった。

 人と鬼は相容れぬ、だからこそ人は栄え鬼やそれ以外の妖は衰退した。

 それはもう自然の摂理なのだろう、そう割り切るしかなかった。

 きっとそれは皆も感じていることだ。

 二世代前までは人と妖は大いに争ったという。

 今の世代はそれを知らずとも、伝え聞く話で自分たちの終わりを想像できてしまう。

 しかしだ、そうと言って最後の子を、自分の孫を、誰も居ない地に置き去りになどできなかったのだ。

 だからこそ自分は厳しく甘やかそうと誓った。元々はこの山に一人で住んでいた身。

 一族と離れようと山の森にいる限りは目が届くのだからと。

 距離をおき、孫だけには知識と力を与えた。

 人との接点を持ちたがるかはわからなかったが、人を恐れ一人で生きていくというのならそれも又良しと、自由にやらせてみた。

 麓に村ができたとき、孫がどうするのかを見ていた。

 最低限はわかっていたようなので人間一人との密会は許していた。

 孫の話し相手は祖父から見ても知識人であったし、良識もあった。

 これなら安心と山上で見ていたときに一度、肝を冷やすこともあった。

 ヨウが頭を見せたときである。

 その時は声が届けれぬほど遠くにいたのですぐさま山を下った。

 しかし相手はそれでも孫を一人の男として接していた。 

 相手が良かったので難を逃れたと息をついた。

 小屋の上でしばらく様子を見たが、孫の話し相手としては本当によくできた人間であると思えた。

 そのあとしっかりと釘は刺しておいたが。

 そして今回のこれである。

 行くのはいい。

 助けるのもいい。

 正体を知られず仲良くなることも許す。

 命鉄を使おうとするであろうことも、もちろん想定していたことだった。

 これは祖父にとって予想を予想通りになぞった結果であったのだ。

 孫はまだ幼い、若いのではなく、幼いのだ。

 集落にいる者は大半が還るのを待つ身。

 両親とも仲はいいが孫に小言だけを言い何もさせず放任である。

 優しさをはき違えているとしか思えなかったのだ。

 そんな環境で育った孫が、言葉だけで言うことを聞くとは何一つ思わなかった。

 だからこの瞬間だったのである。

 行くことを許し、会うことを許し、共に力を合わせることを許し、そしてヨウにしかできないことを許さなかった。

 何もわからないのだろう。

 とても傷ついただろう。

 しかし教えなければいけなかったのだ。

 人と接していく上で必要になる知識は、今この瞬間から伝えなければならない。

 意を決し、祖父はヨウへと話しかけた。


『一度爺のところへ帰ってきなさい。しっかりと話を聞くのなら怒りはせん』


 泣きそうで、でも泣けないヨウは、不安な気持ちのままであった。

 けれどあんなに怒った祖父をヨウは知らない。

 何が駄目だったのか、どうしたら良いのか、その答えを持っているだろう祖父の下に静かに歩みを進めた。




―――――




 あの後、ヨウは祖父にゆっくりと諭された。

 もし命鉄の効力が知られたら、それを探そうとする人間が大勢現れるだろう。

 もし命鉄を持っていることを知られたら、どこまでも追い掛け回されるだと。

 もし命鉄が何で出来ているかを知られたら、鬼を狩ろうと山狩りされ、鬼が狙われると。

 そしてもし、お前が鬼であると知られたら?


 一つひとつ順を追って教えられる言葉に、ヨウはゆっくりとだが瞳に知と理を表していった。

 そのあとも色々と聞き、色々と聞かれた。

 その全てに答えを出せたわけではないし、全ての答えを飲み込むことはもちろんできなかった。

 だが祖父が最後に言った言葉はとても印象に残っていた。


「やって良いこと、悪いことがわからなくてもどちらかを選ばなければならないときは来るだろう。そのときにやらなければ良かったと思うことはするな。やっていれば良かったのほうがまだマシだ」


 その言葉を自分なりに考えてみたけれど、ヨウには二つの違いがいまいち分からなかった。

 けれどどちらかを選ばないといけないなら、祖父の教えてくれた道しるべを頼りに答えを出せそうな気がしていた。


「よし、早めにいくべか」


 最後に呟き、大岩から立ち上がる。

 あの雪崩の日以降、ヨウはたまに麓村に行くようになっていた。

 祖父の許しも得て、できるだけの注意をして、男たちとたまに話をする。

 少し前までは考えれないほどヨウの毎日は楽しく輝いていたのだった。

 


 

 そして思った以上になまってしまったのだった。




―――――




 いつも通り祖父の家に行くと言い家を出たヨウ。


「じいちゃん、行ってくるよ」


 しばらく歩き、誰も居ない森の中でヨウは呟いたが、祖父には届いていると分かっているからの挨拶だった。

 旦那以外と交流するようになって使っている手編みの頭籠といつものぼろ布を手に、夕陽の差し込む道を進んでいく。

 真夏の森の緑を嗅ぎながら、邪魔な枝を払いのけ、前の夏のころよりも、昨日よりも逞しくなった身体で歩んでいく。


 たまに道に生っているまだ青い実を掴み、やがて麓村が見えてきた。

 足がつかないようにいつも違う道で来るが、今日は少し遠回りしすぎたようだった。


「おーい、旦那さん帰ってきとるんかー」


 村の入り口に見えた男たちに向けて声を掛ける。

 もう何度も話した相手でもあったので、ヨウは気兼ねなく言った。

 籠とぼろ布は少し前に身にまとっていた。


「おう、帰ってきてんで、今頃やったら水場で荷車洗ってんちゃうか。それかもう帰ってるかのどっちかや」


 はきはきした喋り方で帰ってきた言葉に、ありがとさんとだけ答えてよく知る道を歩んでいく。

 途中水場を覗いては見たものの、人影も荷車もなかったことから、直接小屋に向かうことを決めた。


 そしてたどり着いた扉を前に、勝手に入っていいものなのかと少しの間悩んでいると、丁度中から扉が開かれた。


「おう驚いた、もう来ちまったのかい」


 ヨウがいるとは思わなかったのだろう、旦那は少し驚いたのち、とても嬉しそうに目を細めてヨウを中に招き入れながら話を続けた。


「俺は驚いちまったよ。知らぬ間にここで仲良くやってるって聞いたときは目ん玉が飛び出ちまうかと思ったよ」


 わはは、と大仰に驚いて見せるが、旦那はとても楽しそうだった。


「旦那さんよ、まずは挨拶だべ」


 いたずらっぽく言われて、前に会った時を思い出す。

 仕返しとしては丁度良く、これは一本取られたなと思い歓迎を言葉にした。


「いらっしゃい、今日はいつもよりゆっくりしていきな」


「お邪魔します」


 そして挨拶が終わり、旦那が扉に鍵をかけ、ヨウは被り物とぼろ布を脱ぎさっていつも通りの場所に二人が腰を下ろした。


「さてと、そんじゃあ俺のほうから話をはじめてもかまわねぇかい?」


「家族の話やね、聞かせてくんろ」


 早速とばかりに旦那が話しはじめようとするが、ヨウのなまりに一瞬言葉が止まってしまった。

 わかっちゃあいたがすぐにそまっちまうんだもんな、と頭で考えてこれから気にしないように気を入れる旦那。


「そうだね、まず順に説明しようかね――」


 そういって語ったことは、ヨウが思っていたよりも大きな話だった。


 あれから旦那は江戸に行き、持てる物だけを持って引っ越しを始めたのだという。

 牛を買い入れ、屋根付きの荷車を引かせ、信濃への移動。

 その間息子と嫁には荷台に居てもらいながらその中で命鉄を使わせたらしい。

 旦那なりに精一杯注意を引かないようにする選択だった。

 違う地に引っ越せば治療前の姿を見られていないわけだから、それまでに治せばいいと思ったのだ。

 結果、すべてうまくいったという。

 ヨウが言っていたほどの速度での完治ではなかったらしいのだが、そこは種族の差なのだろうと旦那はヨウには言わずにいた。

 息子の顔は治り、嫁の足も生えてきた。

 一ついたたまれなかったことはあったが、命鉄を埋め込む傷口がふさがってしまったので、二人とも刃物で傷をえぐるしかなかったのだ。

 ばれないように自分たちだけで処置しなければならなかったが、命鉄の効力も信じ切っていたわけでは無い中、息子と嫁の傷口を刃物で開くときは恐ろしいほど疑念が浮かんだという。

 しかし当の本人たちは、もしも治る可能性があるのならと失敗してもいい気持ちで傷を開くことを願ったらしい。

 激痛を我慢して、効果がゆっくりと表れてから、二人にも少しづつ笑顔が戻っていったらしい。

 そうして完治を見届けた後、旦那はまた交易に戻ったそうな。


「これが俺の家族の顛末さ、本当に本当にありがとうよ。引っ越し先もここから近くなったし、嫁は歩けて息子は職探し中だ。収まらないはずのものが全部まあるく収まっちまったぜ」


 感謝されることにヨウは恥ずかしさを感じていた。良かったとも思っていた。

 けれど、これが旦那さんで全てうまくいったから良かったのだ。

 何かを一つでも間違えていたら、そう思うと祖父の言葉が重くのしかかってきそうだった。

 けれど今はいいのだろう、祖父も旦那さんを認めたと言っていたし、次をこれから気を付けようと心で固く誓うのだった。


「それでヨウよ、お待ちかねの物、もちろん準備はしてきたぜ。見たいかよ?」


 とても良い笑顔で言いながら、旦那は後ろに置いてあった大きな木箱を手の平で叩く。

 

「見たい!」


 答えるヨウも笑顔で大仰に頷いて見せた。

 

「一つずつ見せていくからな、話をゆっくり聞きなよ」


 そうしてヨウに中が見えないように箱を開け、中から一つ取り出した。


「まずはこれだ、大太刀三尺、大坂の腕利き刀匠、飛澄兼匡(ひちょうかねおみ)の作、名は雲撫切(くもなできり)


 手にもって見てごらん。

 そう言われて両手で受け取る。

 鞘に入ったままの刀、雲撫切をじっくりとながめた。

 まず目に入ったのは鞘だった、触ってみると表は何かの皮が張られているようだった。


「鞘の皮はうちの交易で手に入れた違う国に住む大蛇の皮だね。黒に稲光のような模様、それを鞘に張り付けてもらった。それだけでもう男前じゃあないかい?」


 言われて、確かに夜に光る雷みたいだと思った。

 柄模様がそのまま空に走る稲妻のようであった。

 そのまま瞳は手元近く、鍔に向いた。


「鍔は型から特別品さ、おまえさん時計の形好きだったろう? あれの中身、歯車っていうのを敷き詰めた形にしてもらったんだぜ、しかもよ、これがまたすごいんだ、そのまあるい鍔、回してみな」


 回せと言われてよくわからなかったが、とりあえず鍔をこねくり回してみた。

 すると手の平の中で抵抗なく鍔が回る。


「刀だからよ、もちろん頑丈には作ってあるんだが、その鍔はめちゃくちゃ銭がかかってるんだぜ。その銭を投げた価値があるくらいいいもんができたから俺としても満足なんだけどよ、ただ砂には注意しろよ。噛むと歯車が回らなくなっちう」


 ヨウの耳に旦那の言葉はほとんど届いていなかった。

 目の前のことに必死だったのだ。

 この鍔、本当に意味がわからないのである。

 鍔の外側にある円を回すと、中にある色んな歯車も一緒になって回るのだ。

 なのに歯車は一つも落ちないし、鍔は緩まない。

 いつかは外れるんじゃないかと同じ方向に回し続けても、鍔は最初と何も変わらず回り続けるのだった。


「鍔は俺の考えたもんだから喜んでくれるのは嬉しいが、まだまだ見るものはあるんだから次に行こうぜ」


 促されて、それもそうだと次は柄を見た。


「柄は木材と金物を交互に挟み込んであるらしい、重くなってしなやかで固い、ただそれだけだ。ヨウよ、おまえさんきっと握る力もすごいんだろうから割れないように考えてもらったんだ、まぁ柄糸で下は見えねけどな」


 金属はどこにも見えなかったが、旦那がいうならきっとそうなのだろうと疑わない。

 ただ、柄糸がとてもきれいに編み込まれていた。

 黒糸を多めに、周りに黄と白の糸で柄を。

 鞘の皮に合わせるように、遠くから眺めても一つの芸術のように見えた。


「さて、お待ちかねの刀身にいきますか」 


 ヨウはゆっくりと、静かに鯉口を切り、鞘から刃を引き抜いていく。


「大反り、重ね厚め、紋は重花丁子、わかるかい?」


 大反りはわかった、重ね厚めというのも刃のない部分の厚みだろうとあたりを付ける。

 けれどじゅうかちょうじはどれを言っているのだろう首をかしげる。


「刃の紋様を見てみな、奇麗だぜ」


 言われて理解した、凄い紋様だった。


「これ、水みたいに見えるし、蝋燭の火がいっぱいにも見えるし、雲にも見える!」


「想像力が豊かでいいねぇ」


 ヨウの漏らした感想に旦那も嬉しそうに応じた。


「そう、俺も見たとき雲に見えたよ、今みたいなあっつい日に浮く、あの入道雲みたいだってな」


 しっかり眺め終わったのか、刀を鞘に仕舞い、ヨウが旦那の顔を見る。


「ヨウよ、しっかりと覚えな。大太刀三尺、飛澄兼臣作、雲撫切。大反り、紋は重花丁子」


「大太刀三しゃく、ひちょうかねおみ作、雲撫切。大反り、紋はじゅうかちょうじ」


「そう、それがおまえさんの刀だ、忘れんじゃないぞ」


 しっかり目を合わせ、何度も心の中で反芻する。自分の刀、忘れていいはずがないと。


「雲撫切、いいじゃないか。その大太刀で空に浮かぶ雲をいつかぶった切ってやるんだな。と、じゃあそれは一旦横に置いときな、次に行こうか」


 そう言われて、そういえば二つあるのだと思いなおした。

 差し出した命鉄は二つ、ならば貰えるものも二つだろうと。


 しかしそれを察したのか旦那がにやりと歪に笑う。

 ヨウははて、他になにかあっただろうかと少し悩んだが、やはりなにもわからなかった。


「あえてだがね、理由を先に付けさせてもらうよ」


 そう切り出した旦那の言葉の続きをヨウは黙って待つ。


「命鉄二つで品物ふたつ、じゃあない。命鉄で救われた嫁の足でまずひとつ、そんで命鉄で生き返った息子の顔でひとつ、二人に笑顔が戻って助かった俺を入れてひとつだ」


 言われて、ヨウは内心少し納得しつつも顔はとても困っていた。

 三つもあるのか、と。

 けど旦那はまだ続けた。


「それに、俺がいない間にここと仲間を守ってくれたそうだな。それももちろん勘定に入れて、全部で四つさ」


 足りるかい? と最後に言われてヨウはそれはもう戸惑ってしまった。


「四つもっ、そりゃ貰いすぎじゃ!」


 カカッ、っと笑って旦那はいう。


「四つ全部貰ってくれねぇと、これから俺たちゃおまえさんに会わせる顔がねぇよ」


 なんて言われたら、ヨウはもう黙ってもらい受けるしかなくなる。

 嬉しいのだけれど、子供ながらに遠慮を感じてしまったのである。


「いいじゃねえか、それが対等な対価なんだからよ、誰もこまりゃしないさ」


 自分は困るのだが、とヨウは言い出せなかった。

 そうしている間にも旦那は箱をまた開け、中からまた一つを取り出した。


「これは掘り出しもんで由来がわからんのだが、ぼろぼろに錆びたそいつを持ち込んで、刀匠に磨かせてたら凄いもんだってわかった刀だ」


 渡された刀を受け取るが、先ほど見た三尺の大太刀雲撫切に比べると半分ほどしかないのではないかと感じた。

 しかし他に気になる点が沢山あった。

 始めに感じたのは違和感だった。

 目で見て持ち上げて、そのどちらにも違和感を感じたのである。

 見た目は真っ黒であった。

 見える範囲の柄と鞘が黒い。

 鍔はない。

 そのまま抜いてみることにした。


「あれ、これ鞘……」


「そうだよなぁ、気づいちまうか。そうなんだよ、その刀の鞘は最初から付いてなかったんだ。だから同じ色に塗った木鞘で代用したんだけどよ、なんか合わないんだよな」


 なにが合わないのかわからなかったが、ただ旦那が言うようになにかが合わないのだ。

 見た目の色は同じ黒にしているようだし、鞘として不足なくぴったりと収まる。

 なのになぜか感じる違和感。

 例えるなら、忘れたことを思い出そうとして、あとほんの少しで思い出せそうなのに、それが何だったか思いつかないような、すごく神経を逆なでされるような違和感だ。


「しっかし驚くほど真っ黒だろう?」


 違和感を意識の隅に追いやって、改めて鞘から抜いた全体を眺める。

 確かに真っ黒だった。

 

「作は不明、両刃直刀、紋も見えない、何より全部同じ金物で出来ていやがる」


 そう言って旦那は指をさして一つ一つを説明してくれる。

 ヨウが感じたもう一つの違和感は重すぎることと、刃と柄が一体に見えたことだった。

 けれど旦那の説明によると、どうやらこの刀は一つの塊として出来上がっているのではないらしい。

 この刀を刀匠に持ち込んで磨いてもらっているときにわかったらしいのだが、それぞれが普通の刀のように別々になっていて、それが今は隙間なく埋まっている状態なのだそうだ。


「刀匠が見たことも聞いたこともない作りらしくてな、一度全て解して見てみたいってえ言うもんだからよ、そんなに凄いものなら俺も拝ませてほしいってことで了承したんだが、しかしこれがまた見事に外れなかったのさ」


 組み立てられたものなのに分解ができないとはどういうことだろう。

 ヨウには刀の知識は少しもないし、中がどうなってるかもさっぱりわからない。

 ただ、籠であれ布であれ、組んだものを解けないというのはよくわからなかった。


「俺は組み立てた後に継ぎ目を焼いたんじゃないかと思いついたからよ、それを刀匠に言ったんだ。焼いたんだったら溶けてくっつくから外れないことはわかるだろう?」


 と言われて、なるほどと思った。焼いた肉を焼く前に戻せない感じだろうか、と想像していた。


「でもよ、俺が思いつくことなんか刀匠はとっくに考えてたし、焼いて潰したようにも見えないって言いだしたから俺が言えることはおしまいよ。けどその後、何を試しても駄目だった。継ぎ目にほっそいほっそい針を刺そうとしてもそもそも隙間が無いんだ、入りやしねぇ。じゃあもう仕方ないからってことで錆びた刃を磨いてもらったんだ。そしたらまーた問題だよ」


 ヨウは半笑いで聞くしかなかった。

 この刀の話になってからいくつ不思議と問題を聞いただろう。

 やはり最初から感じた違和感のように、真っ黒なこの刀は不思議な何かがあるのだろうか。


「研ぎ始めは何もなかったんだ、むこうさんも錆を落として研ぎ終わるまで待ってろってことで、その間に嫁にいい包丁でも送ってやるかって物を品定めしてたときだったな」


 もったいぶった旦那の言葉に、ヨウが身を乗り出して続きを待つ。


「刀匠がすごい顔して表に出てきたんだよ。預けた刀と砥石二つ持って」


 その続きを待ってみたものの、旦那はそこで話をとめてしまった。


「刀と砥石持って出てきたことのなにがへんなんやろか」


 単純に質問すると、旦那もうんうんと言いながら首を上下に振る。


「そう、凄い顔して両手の物を見てる刀匠に、俺も何があったのか全くわからなかったよ。けど刀匠は手の中の刀のと砥石を交互に見ているだろう。だから俺も見たんだよ。刀と、砥石と、なぜか砥石」


 刀と、砥石と、もうひとつ砥石?


「刀研いでたら、砥石が切れたって言いやがった」


 ヨウは自分の家の包丁を思い出していた。

 とても古いものだが、もちろん刃は金属製である。

 母もたまに外で石を使って包丁を研いでいるけど、そもそも砥石って刃物で切れるのだろうか、いや砥石じゃなくても、その辺の石ですら切れるとは思えない。

 なのに切れたという。


「刀匠が言うにはだ、錆を落としきって、次は磨こうかって研いでいたとき、ほんの少しばかり刃を立てちまったらしい。普通なら特に問題ないはずなんだが、それは別口だったみてえだよ」


 抵抗はもちろん感じたんだと、途中まで刃が入って止まったから、たまたま罅割れに刃が入り込んだのだろう、と刀匠は思ったらしい。

 けれど出来から作りまで全てが変な刀なのだ。もしかして、と沸いた好奇心を抑えきれなかったようで、引き抜いた刃を今度は少し力を入れて砥石にぶつけたのだと言った。


「ジュリン、と大きな音が鳴ったら、砥石は半分になってましたとさ」


 緊張感無く言われた旦那の言葉に、頭が追い付かない。

 そして自分の手元に目をやった。

 全体真っ黒い刀が、ひどく恐ろしいものに見えた。

 自分は何を握っているのだろうか。

 これは何かを切るために使っていいものなのだろうか。

 ヨウは言い知れない不安を抱えた。


「まぁそういうわけで、妖刀かもしれんがよく切れるいい刀だ」


 いったい何がどういうわけで、よく切れようが妖刀がいい刀である訳がないとか、色々言いたいことはあったが、ヨウは全てを諦めて刃を恐る恐る鞘にしまうのだった。


「その刀、両刃だけども先が丸かったろう? 恐ろしい切れ味なのに、本領は突き刺す時だっていうからなおおっかない」


 それは恐ろしい、本当に恐ろしいけど、もうこれは使わないようにしようと心に決めたヨウは平静な顔で旦那を見つめた。


「じゃあおさらいといこうか、両刃直刀、紋は無し、そんで作は不明、だが名は彫ってあったらしい。そいつの名は、月噛丸(つきかみまる)だ」


「両刃直刀、紋なし、作はわからん、名前は月噛丸、使こたらあかんやつ」


「わははは、使っちゃいけないって、使ってくれよ苦労したんだからさ」


 とヨウの最後の一言に、少しの間旦那は笑い続けた。

 しばらくして目じりに浮かんだ涙を拭いながら、次の品だと箱の中から桐箱を取り出し、蓋を開けて中を見せてくれた。


「三つ目はこれさ。りぼるばあ、作ったのはすみすえんうぇっそん。りぼるばあって覚えておけばいいさ。」


 桐箱に寝かされているくすんだ金色のものを持ち上げた。

 見たのはこれが初めてだが、このリボルバーという鉄砲の話は前に少しだけ聞いたことがあった。


「本当はね、ヨウにはこれを持っていて欲しくないんだよ、ただの観賞用として置いといてほしい、とは言いたいが武器は武器として使えないと意味がないからね。お前さん、今から渡すけど、絶対にこの輪っかに指を通すんじゃないよ、絶対だからね」


 今日一番の真剣な表情と声に、ヨウの気も改めて引き締まった。


「込めてある弾は六発、今は大丈夫だが念のためこの輪に指を掛けるのはどうしても撃たないといけなくなった時だけだ。ヨウ、約束しておくれ、俺はね、なんでも切れるさっきの月噛丸なんかよりも、よっぽどこのりぼるばあのほうが恐ろしいんだよ。刀は抜いて構えて近づいて身体の力目いっぱい使って人を殺せる、けどこれはね、抜いて狙って指を引くだけで、子供でも老人でも人を殺せてしまうんだよ。近づかなくていい、力もいらない、遠くから撃ちゃあ誰がやったかもわかりっこない。こんな簡単で危ないもん、この世の中にあっちゃいけないんだよ」


 何度も何度も、わかってくれと旦那に言われ、月噛丸とリボルバーはヨウが眺めて楽しむだけにしようと決めた。

 ヨウが覚えている限りでは、これは旦那さんの恩人が持っていたものと同じだったはずだ。

 いつも詳しくは教えてくれないが、このリボルバーに何か思い入れがあるのかもしれないと感じた。


「それとこれも、念のために渡しておくよ」


 リボルバーの替えの弾を十二発分、水に濡れると駄目だからと中に水が入らないようにできている小さく透明な瓶。

 それらを受け取って旦那から色々な注意するべきこと、持ち方、構え方、狙い方や弾の込め方など本当に細かいところまで余さず伝えられる。

 リボルバーに関するすべての説明を終え、旦那は桐箱に全てしまいヨウの目の前に置いた。


「俺はね、武器商人だったんだよ」


 脈絡なく言われた言葉に想像することができなかった。


「船に乗って、外から武器を買って、あっちへ行きこっちへ行き、いろんなところで人を殺すものを売り捌いていたんだ。恩人に拾われて、それはもう汗水流して働いたもんさ」


 うつむいているのにどこか遠くを見るような顔で昔を語る旦那。


「悪いことだったのかもしれないと思うんだけれどさ、俺に取っちゃあいい思い出なんだよ。そんなことを繰り返してたら、人から恨まれたりもしてね。それからも小さいこと大きいこと色々とあって、仲間も死んだ、恩人も死んだ――」


 死んだ。

 そう口にした旦那はとても寂しそうな顔をした。

 けれどヨウには生き死にに対して敏感ではなかった。

 一族の誰かが死ぬときには総出で見送るが、悲しいとは思わなかったし、それが当たり前だと思って生きてきた。

 自分よりも後に生まれる者が居ないことも理由なのかもしれない。

 もし父や母、祖父や旦那が死んだら。想像してみたけれど、死なれたら嫌だな、くらいにしか思えなかった。

 そうして旦那は話し続けたが、ヨウには分からないことだらけだったし、誰が誰かも知らず黙って聞くことしかできなかった。

 旦那ももしかすると、独り言を語っていた感覚だったのかもしれない。

 やがて。


「――だから俺や仲間たちは武器を売るのをやめたんだ。恨み買うことに精を出すのは馬鹿だってなぁ。おまえさんに渡したのは紛れもなく人を殺める武器だ。渡したのは俺の意思だし、ヨウが気にするこたぁない。でもな、俺の顔は覚えててくんな。それで誰かを殺さなくちゃあいけなくなったら、俺の顔を思い出してくれよ。良いか悪いを説けるほど偉くはないが、おまえさんには間違って欲しくないんだよ。俺は人でおまえさんは鬼だ。ここの奴らも気のいい奴ばっかりだ。でもよ、根本的に違うのさ。人は住む場所が違うだけで殺し合うんだぜ。鬼がどうかは知らんがよ、そんなことばっかりの世の中だ。犬っころや猿なんかは一度手懐けちまえばいいが、人は笑いながらおまえさんを後ろから刺し殺してくる。殺せば殺される、恨めば恨まれる。そんなのに毎日追われるのはいやだろう? だからこそ、人を殺すときはよぉくかんがえるんだぞ。ってえいう、商売人の俺が教えてやれる、人の目利きはしっかりやれよっていう教えだな」


 最後の最後だけ場の空気を緩めて言い終わる。

 今の旦那の話は、祖父に教えられたことと似ていた。

 難しくて、長くて、複雑な話だった。

 

「人の目利き、頑張ってやってみるきに」


 わからないなりに考えた答えであった。


「いいともいいとも、まだ若ぇんだ。難しいこと言っちまって悪かったな。ほら、まだ最後のもんが残ってんだぜ」


 ほらほら、と。先ほどまでの重い空気を破るように旦那は努めて明るい声を掛ける。

 ヨウも察して、ひとつ大きく頷いて笑顔で品を待つ。


「最後はこの着流しだ。中着は無しで上だけだが、これはここの皆と俺からさ、さぁ着せてやるから立ってみな」


 出てきたものは、旦那が着ているものとも麓村で働く男たちが着るものとも違う深い紺色の衣だった。


「上等なもんじゃないが、かわりに丈夫に作ってもらったのさ。固い麻紐で編んだものを二つ重ねてある。森で走り回っても破れないようにしつらえてるからよ」


 立ち上がったヨウの背に回り肩に合わせて掛ける。

 袖を通して前を閉じ、深い緑と灰色の混ざった帯で腰を巻かれていく。


「これ固いんだども、動きにくい……」


 袖を何度か握り、腰を回し肩を回し、色々と動いてみるがヨウにはお気に召さなかったらしい。

 そんなことを言われても旦那は嬉しそうに返した。


「その生地はな着続けていきゃあどんどん柔らかく馴染んでいくのさ。そういうやつを作らせたんだ。これが絹か綿だと枝に引っかかったらすぐに破れちまう。まぁおまえさんはまだ大きくなるだろうとおもってよ、大きめにしつらえたんだがそれのせいもあるかもしれねぇな」


「やわらこぉなるんじゃったらこれから着て暮らすばい、旦那さんありがとう」


「こちらこそ改めてありがとうよ。うちの二人助けてもらって。っていう話はもうこれで終わろうじゃねえか。俺は命鉄を、おまえさんは品物を、感謝のし合いはこれっきりにして、これからはまた前みたいに外の話を教えてやるよ」


「そうだね、まだ街のこととか聞きたいことは山ほどあるからさ、これからもよろしく頼むよ」


 そうして日は変わり、二人はまた語り合うのであった。




はい本当にすみません、プロローグ続きます。

いやでも待ってください次で終わりますのでほんと卵投げないでください。

はい、反省はしておりません。

必要だったと思うので長くなりました。

せめてもう一話お付き合いいただけたらと思います。

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