悪夢の11月
「あなたは今日から悪夢を見る事になる」
突然訳の分からない男が目の前に来て突拍子も無いことを言い出す。肌寒くなってきた11月なのにも関わらずこう言う輩は出てくるらしい。
「ごめんなさい、今急いで居るので」
俺はそう言うと足早にその場を去ろうとする。別段急いでいるという事も無かったが、こういう輩は相手にするだけ無駄だろう。
少しずつ歩くスピードを上げながら家へと向かうが、後ろから足音が止むことは無い。こちらの歩幅に合わせるように、後ろの足音は俺の足音と共鳴する。
いったい俺に何の用なのだろうか。顔は高校生位だったか。顔は鼻筋の通った所謂イケメンで、黒の背広を来ていた。誰かの通夜か何かだったのだろうか?大切な人が死んでおかしくなったのか?それにしてもご愁傷様な事だ。
殆ど小走りになったのにも関わらず未だに足音はベッタリと俺の後ろに着いてきている。いい加減俺も痺れを切らして声を荒らげてしまった。
「お前!!さっきから俺に何の用…!?」
後ろを振り向くと、先程の男が小さな紙を俺の顔の前にやっていた。振り向いての突然の事だったので驚いてしまう。
俺が何も言えないでいると、男は小さく呟いた。
「浅田悠真さん、悪夢を見たらいつでもかけてきて」
よく見ると男の差し出す紙には携帯の番号らしきものが書かれている。なぜこの男は俺の名前を知っている?流石に怖くなってきた。
そもそもなぜ見ず知らずの男から番号を受け取らなければいけないのかとも思ったが、男のその目に圧倒され思わず受け取ってしまう。すると、男はとてつもない笑顔でそのまま去っていた。いったいなんなんだったんだろうか…
「っていう事があってさぁ」
「フッそりゃあ災難だ」
時刻は午後12時10分。俺は昼飯を食べながら、会社の同僚であるアキオに昨日の出来事を話す。アキオはあまり喋らないが、いつもこちらの話はしっかりと聞いてくれる。アキオとは相性が良いのか、入社当時から昼時にはこうして共に飯を食っていた。
この会社には大学を出てから入社し2年目になる。小さい建築会社ではあるものの皆、気さくでいい人達ばかりだ。サラリーマンで興味も無かった建築関係でやっていけているのはここの人達のお陰だろう。
俺が話し終えた後無言が続くが、意外とこれが嫌でもない。これくらいちょうどいいのかもしれないな。
少しの無言の後、後ろから山下課長に声をかけられる。
「浅田、お前今日午後から工事の方じゃ無かったか?」
「ゲェ!そうでした!今すぐ準備してきます!アキオ!その弁当の残り食っといていいぞ!」
「食っといていいって…残ってんのサラダだけじゃないか」
「俺は葉っぱは食べねーしゅぎなんだよ!」
俺はアキオにそれだけ言い残しその場を去る。現場の事忘れてたのも全部昨日のアイツのせいだ。俺はそう思う事にした。
とりあえず全力疾走で車まで行き、必要な物を積み込む。本当だったらゆっくり飯を食べていたのにと思いつつも、実際自分のせいなので何も言えない。準備を終わらせ急いで車に乗り込もうとすると、目の前に何か人の様な形をする物が見えた。しかし、目が霞んで良く見えない。
「なんだ?来客か?」
今日の予定には来客の予定は入ってなかったはずだが…しかし取引先の人間だった可能性も考慮し、このまま放っておく訳には行かない。俺は人影のあった方へと歩き出した。
「すみませーん!うちの会社に御用の方ですか?」
先程の人影のあった方に向けて声をかけるも反応は無い。俺は気のせいだったのだろうともう一度車に戻ろうした。その時だった。
「!?」
ガシャン、という大きな音と共に車のフロントガラスが弾け飛んだ。
何が起きた?俺は事態を飲み込めず、ただ目を白黒させる事しか出来ない。
「オロ?外れちまったかぁ」
俺は聞いたことも無いその男の声の方へと目を向けると、全身黒服の頭の目より上が無い人間の様な何かが、こちらに手を差し出し、人差し指をこちらに向けている。