継母の憂鬱
お姫様(お妃様?)が主役なのに恋愛要素皆無です。ご都合主義で敬語も滅茶苦茶、設定も穴だらけ。適当に読み流す、時間を潰すくらいの姿勢をおすすめします。また登場人物に名前を付けてないので代名詞多用を覚悟してください。
「―――世の中の継母に対する扱いってこんなものよね」
ふぅ、とアンニュイなため息をついて見せて、継母は呟いた。
現在継母が幽閉されている塔の最上階。いくら豪奢に装っていたとしてもここが牢だという事実には変わりがない。窓には子供の腕ほどもある太い鉄格子が組まれ、照明をとれない室内は昼最中にも関わらず暗く沈んでいる。
背後で乳兄弟であり、故国から連れてきた唯一の従者である宦官が酷く落ち着いた口調で「全く仰る通りに御坐います」と本心を窺わせない冷やかな同意を示した。継母はその冷たい無表情を一瞥してひらりと片手を振り、再び窓枠に肘をつき外の世界を眺める。
***
世の中、大して悪いことなどしていないのに不運が続く者はいる。それはもう、自身が何をしようと巻き込まれる、巡り合せとか天運とか天災とかそういう類のものだ。そしてまさしく継母は、不運と言われるにふさわしい巡り合わせを受けてきた人種であった。
―――継母の不幸は生まれた時から始まっていた。継母の母親は、その美貌をもって村娘Aから王一番の寵妃として大躍進を遂げた、出世欲の旺盛な女性だった。継母はそんな母親と時の王との間に生まれた王族の端くれである。
本来なら王の血をひくとはいえ村娘の子供、生まれてすぐにどこぞへ養子に出されそうなものであったが、継母が生まれた当時、王妃には子がなかったため継母は系譜に名を残すこととなった。しかし隣国から嫁いだ王妃や国内の上級貴族の娘である側室達の執念か、継母が数え年で三を数えたあたりから王家には年々男女ぼろぼろと子が生まれた。つまり、三歳のその頃から継母は微妙な立ち位置に立たされる羽目になったのである。
継母が生まれても後継に困らなくなっても、年々化け物じみて美しくなる母親に対する王の寵愛は深いまま。それが裏目に出て母親が毒殺されあっけなく死んだのは継母が七歳のことであった。継母としては黒幕は王の寵愛に危機感を覚えた宰相一派か、嫉妬した王妃か、よく母親と衝突していた側室らだと見ている。
後ろ盾を失った継母は安堵半分諦め半分、今度こそどこかの下級貴族などに養子に出されるのかと予想したが、何という現実か、王が母親譲りのその美貌に目をつけた。以来、継母は王から近親相姦抵触の愛情を受けて城に留まることとなったのである。一方で母親に当たり損ねた王妃側室や虎視眈々と王位を狙う異母兄弟らからの鬱憤を晴らすように過酷な嫌がらせで、食うか食われるか、生きるか死ぬかの究極の選択を続ける日々。継母が十五になるまでそんな血で血を洗う生活が続いた。
そんな戦場の日々を終わらせたのは政略結婚であった。宰相一派からのお達しにて美貌を見込まれ、村娘の子供としては破格、隣接するある大国に正妃として嫁ぐこととなったのである。夢を持って輿入れした三年前。到着して知った事実。旦那は側室十四人、子ども八人を抱える肥満体ハゲの七十六歳であった。夢見た自分に絶望したが致し方ない、潔く父親から守り抜いた処女をハゲに捧げた。
お陰さまで、美貌と処女を捧げた甲斐あり、継母は無事大国の王からの厚い寵愛を受けることができた。幼い頃から鍛えた後宮交渉の手腕を持って、側室とも嫌味のやり取り程度で済む平穏な日々は、しかし、たった三年きりで呆気なく崩れ落ちることとなる。
唐突にどこからともなく流れた後ろにいる宦官との密通の噂が立ち、更にどんな按配かその噂が見事に王の耳に入り怒りにふれ。
弁解の機会も与えられないままここへ幽閉され、早半年が経過していた。
***
「ああ、そろそろお日様の下でお昼寝したい」
「寝台を移動させますか」
独り言に返された起伏のない返答。古くから共にいる、そのために今回噂を流され、しかし何処をどう廻ったのか結局一緒に幽閉されるという不可解な憂き目にあった乳兄弟は、継母のどんな独り言であっても律義に返答する。宦官が処刑されなかったのは偏に故国における彼の家格が元々非常に高いという一点に尽きるのだろう。なんにせよ、この塔の上まで共にいて相槌を打つとは非常に教育が行き届いていることだ。
継母の眼下では、鉄格子の網目越しに、中庭がある。そこには継母がこんな所にいる羽目になった原因が二人、仲良くお戯れになっている。
「結構。ねぇ。私としてはよ、別に贅沢がしたかったわけじゃないの。ただ食べるものに困らなければよかった、今までの激動の人生を終えてゆっくりと余生を過ごしたかっただけなのよ」
継母は、楽しげな光景を眺める。そこには夫であるはずの大国の王と、先日後宮を辞した側室であった侯爵令嬢の娘が楽しげに追いかけごっこをしている真っ最中。ぽっくりいってくれないかなと思った継母だったが、夫のあの額のテカリを見ると容易に倒れてくれそうにない。幼子のような遊びに耽るいい年をした男女には奇妙な色気が漂っており嫌悪感の余り眉が寄った。
(にしてもあの小娘、宦官とどうやったら密通できるっていうのよ)
信じる夫も大概阿呆だ。宦官が何故宦官たるか理解しているのだろうか。王も王で密通の噂を立てられた男(宦官だが)と女を一緒に牢へ入れるというのはどんな考えを持って行き着いたのか。……どちらの考えも到底理解できない。
しかしあの娘、倫理観や禁忌を恐れず自分の後釜に座ろうというあの好戦的な精神、継母の母親たる寵妃に非常によく似ているような気がすると継母は懐かしさすら覚えて首を傾げる。
宦官は今度もまた、律儀に返事をした。
「左様で。―――姫様、それが何度目の繰り事が御存知で?」
「知ってるわ、私が物心ついてから三千八百とんで七回目」
「因みに私が存じ上げている限りでは五千とんで八十一回目に御座います」
普段から決まったやり取りだが随分昔から言い続けている。因みに数が違うのは年上の乳兄弟は記憶力に優れているという一点に限る。
自分はそこまで悪い人間ではなかったはずだ、と継母は振り返った。
物心付くと同時に昔から地味地味にと心がけた生き抜くためのスキル、出れば打たれたために息を潜め部屋に引き籠る日々を送っていたし、恐らく故国では自分の名も知らない民は多かろう。
こちらにきてからも贅沢も望んでしたわけではない。正妃であり後宮の主であるから、やはりそれなりのことをしないと外聞に関わってくるために微妙なラインを見極めた。政治にも最低限のみしか口出しをしていない。そもそも子はいないし、自分に子ができたとしても騒動はごめんなので側室が生んだ第一皇子を筆頭後継に生まれた順に継承権を預けることで全側室と談合済みだ。あの王の子にしてはどの子も出来がいいし継承権を譲り渡したことで関係もなかなかなもの、この国の宰相や王とも相談し、公的に発表もしてある。
むしろ、賢妃とたたえられてしかるべきだ。閉じ込められている理由が分からない。継母は確信する。私、悪くない。
悪くないから、もういい。
「―――さて、」
継母は立ち上がり、恭しく畏まった唯一にして最大の腹心の部下を見た。宦官は頭を上げると継母を見て懐から取り出した一冊の本を差し出す。
「もうよろしゅうございますか」
「ええ。あの肥満体デブと顔を合わせなくていいのはいいけど、お日様の下に出られないのは不便なものね」
ぱらりぱらりと、羊皮紙を捲り文字を読むともなく読みながら継母は返事をする。一枚、落ちたのは押し花。宦官は拾い上げたそれを何気なく普段食事の出し入れがされる小口に差し込む。半分見えていた茎がするりとその手から抜けた。それを横目で見た継母は音をたてて本を閉じ、それを窓辺に置く。
「宰相と第一皇子はどうですって?」
「此度の件に関する謝罪と全面的な協力を御確約頂きました」
「他の王子は」
「同様に。協力頂ける手筈を整えて御座います」
「有難う」
成程、あの王に似ず、どの子も非常に出来がいい。
継母は、その美貌に笑みを浮かべた。
「もうあれだけ好き勝手してればもう引退してもいいわよね」
「左様で。あと数刻で忙しくなりましょう」
「小娘が。私の苦難の十分の一も知らずに易々と後釜に座れると思ったら大間違いよ」
「失礼ながら、第六王女に措かれましてはご年齢は姫様より十一年程上に御座います」
「知ってるわよそれくらい」
この幽閉、ちょっとした休暇代わりにはなったと継母は笑う。宦官はその美貌を眺めながら常々思っていたことを再び繰り返した。―――確かに彼女は美しい。だが最も彼女が美しいのは彼女が敵に牙を剥くときに他ならない。
彼女は嘆く。不運に満ちた己の人生を。
だが一方で、彼女はその打ち寄せる不運を全て噛み砕き噛み殺して生き抜くだけの力があった。
当時十にもなっていなかった単なる娘が、魑魅魍魎渦巻く後宮で、王の寵愛があっても尚、無事に生き抜けるか。遥かに年を食っていたはずの彼女の母親はあっさりと死んだ。
故国宰相が仮にも大国に庶子の娘を預けたのはその美貌だけが理由だったのか。美しいだけの邪魔な存在ならば、まかり間違っても正妃としては送り出しはすまい。
後から入った正妃が主の寵愛を受け平穏におとなしく、嫌味の応酬だけで済まし切れるものか。運だけで仮にも三年治め切れるほど後宮は甘い場所ではない。
「存分にお休み頂けた様で何より」
「……何、何かちょっと怒ってない」
「滅相も御座いません。長の休暇、楽しんで頂けた御様子非常に喜ばしく思っております」
「い、いいじゃない、別にっ。私まだ十八よ? たまにはこう、のんびりしても……」
「ええ、存分にお休み頂けた様でと、先程から申し上げております。つきましては、恐縮ではございますがその御休息で養えた英気を持って速やかにこの状態から御出で頂きたいと」
「……実はここに自分まで閉じ込められたこと怒ってるでしょう」
「まさか」
空々しい速度で否を唱える宦官が首を振った時、固く閉ざされていた重い扉の錠が上がる音が響いた。
重い音がして、両開きのそれは外側に開かれていく。そして開かれた廊下の端に恭しく跪くのは王宮近衛隊の騎士。年老いた宰相の姿を認め、継母は下らない言い合いを置き捨てて優美に微笑んだ。
「早かったわね、翁」
「この度は王妃様に置かれましては大変な不自由を……」
格子が嵌められた窓の向こうから怒号と悲鳴が聞こえる。
覗き込めば青空の下では、夫たる王と年上の義娘が兵に囲まれて情けない姿を晒しているのだろう。動揺して逃げ惑う夫の弱弱しい罵声と甲高い義娘の喚き声にうっとりと継母は微笑んだ。居丈高な兵長の罪状を読み上げる声に狂乱騒ぎは益々高まっていく。
「駄目ねぇ、お姫様」
いつの時代だって、どんな童話だって、決まっている。
幾ら嘆きがちであろうと、人当たりがよかろうと、地味にしていようと。
例え不運であろうとも。
継母は嫣然と笑う。
「継母っていうのは、残酷で意地悪なものなのよ」
「全く仰る通りに御座います」
宦官は冷たい無表情で本心を窺わせない同意を返した。
オチてない!
なんか本当にごめんなさい!