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アンプラネットライフ  作者: UNPLANET
山の主の話
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山の主の話 - 1 -

 山林の中でナナメは身を潜めていた。

 左手に持つ弓は一般的なリカーブボウだ。黒色のハンドルに白色のリム。音を立てないように、そっと緑色のストリングを引く。狙いは前方62メートル、高低差は4メートル低、その先には全長120センチの土色の兎が、4つの耳で周囲を警戒しながら草を食んでいる。


 サイトの中心よりも少し上に、兎の心臓を合わせる。だが、角度が悪かった。ここだと腕にあたってしまう。奴は動物ではなく魔物だ。魔物は心臓に当てなければ意味がない。心臓に当てなければならないが、心臓の隣にはコアがある。コアに当ててしまうのは外すよりも具合が悪い。心臓を狙うときは少しのずれも、不安要素も許されない。


 幸いにも兎はこちらに気づいていない。草を食べるうちに、移動することもあるだろう。そこを待つだけで良い。

 一旦腕を休ませようと、弓を戻した時だった。


「あっ」


 と、言うよりも早く、兎の頭上から白い何かが舞い降りた。ドッ、と地面に叩きつけられる音が響いて、周囲の生き物達がぱっと散らばる。

 先ほど狙いをつけていた兎は、巨大な狐に押さえつけられ、首に牙をたてられていた。白い毛並みに、赤い毛先が炎のように揺らめく。

 名残惜しげに弓に手をかけていたナナメは、仕方ないなと息を吐く。


「私の獲物じゃなかったみたい」


 矢を矢筒に戻しながら、影にそう報告した。

 立ち去る前にもう一度狐を見る。真っ白なそれと目が合った。



 それから暫く歩き回って、ナナメはようやく獲物にありつけた。

 ぱたりと倒れた兎に駆け寄り、その目をそっと閉じて、ほんの少し手を合わせる。そして心臓に刺さった矢を抜く。


 魔物の心臓は矢を握るように力強く離さない為、抜くのにもかなりの力が必要だ。力いっぱい引き抜いた後は、胸に短剣をつきつける。心臓と、それに付く石──デーモンコアを取り外し、最後に胃を取り出して処理は終わりだ。

 血抜きは必要なく、魔物に内蔵は胃までしかないのでその他の処理も必要ない。

 ナナメは引き剥がした真っ赤なコアをよく拭いてからポーチにしまった。このコアは、彼女が魔物であった証。ただの動物ではなくなり、世界と同化する為の石。


 魔物という生き物は、心臓が傷つくと、それに寄り添うコアが心臓を守ろうと全身の血液を集め修復する。その時仮死状態になり、しばらく安静な状態を保てば、コアにより自然治癒し、また息を吹き返す。

 心臓をやられた時点で死は決まるものだが、それでも、コアはどうにか守ろうとするのだ。

 

 ──この石を獲物から引き剥がす度に──死にたくないと足掻いて心臓に添うコアを見るたび、ナナメはどうにも憐れな気持ちになってしまう。


「その、時々手を合わせるのは何の儀式なのですか?」


 短剣の手入れをしているナナメに、精霊が影の中から問いかけた。


「うーん、改まって言われると困るな。山の恵みっていうか、命への感謝的な何某かな?」

「必要なことですか? ご存知でしょうが、この地でそういう風習はないですよ。宗派によっては、神に手を合わせることはありますが……」

「こっちじゃそうかもしれないけども、私の故郷ではそういう慣習があるの。たまにはしとかないと、自分が誰なのか忘れちゃいそうで」

「そうですか。なんだかぼんやりとした動機付けですね。必要ないならやめていただけますか」

「……あのね。今、必要性を語ったつもりだったんだけど」


 圧縮ケースを引っ張り出して、その中に兎を詰め込む。

 このまま町に売りに行くか、もう少し獲物を探すか悩んで周囲を見渡すと、少し離れた開けた場所で、数人集まっている様子が見えた。

 どうやら狩り中らしいのだが、休憩中なのか、数人が座り込んでいる。


「何か困り事かしら」


 ナナメが遠くを眺めて呟くと、精霊がナナメのバッグに手を伸ばす。手の平に包み込める程度の小型無線機を取り出した。無線機に付いている複数あるランプは、どこも点っていない。


「救難信号は出ていませんよ」


 そのままバッグにしまおうとした精霊の手から、無線機をもぎ取る。そして、無線機の後ろについている窪みに、ギルドバッジをはめ込んだ。それでもやはりランプは点かない。少なくとも、現在周囲で無線を利用しているハンターはいないようだ。それを確認してから、ナナメはマイクに声をかける。


「こちらナナメ、こちらナナメ、チャンネルをオープンしました。ヘルプが必要な方おりましたら応答してください。どうぞ」

『…………怪我人がいるんです、たすけ……あっ、こちら、こちら……こちら困っています! どうぞ!』


 やっぱり気のせいだったかな、と思う程経過してから応答があった。


「困っている了解。ロケーションチェックキーを押してください。どうぞ」

『……押しました、どうぞ!』

「確認できました。すぐ行きますので動かずお待ちください、以上。チャンネルクローズします」


 応答があった信号と、目視した位置が同じであることを確認する。無線機をバッグにつっこんで、ナナメは歩き出した。


「本当に行くのですか? 町だって近いのですから、信号を送っていないなら実際は困っていないのでは」

「まったく精霊さんったらわかっていないなあ。アマチュア狩人の主な死亡原因は、緊急にも関わらず、救難信号を押すのを躊躇ってしまった結果、救助や手当が遅れた為……という報告がでてるの知らないの?」

「知ってます。というかそれを読み上げたのが私だったのをお忘れですか」

「そういえばそうだったっけ、そりゃありがとね。まぁ、町に近い時くらい、ギルドの好感度稼いどかないと」



 近付くと、ふんわりと血の臭いがした。

 そこには四人おり、二人がしゃがみこんでいる。座って休んでいると思われた少年は、立ち上がれない程であったらしい。


 一人は見てすぐわかる怪我をしていた。爪で引っかかれたのか、包帯の上から爪痕が血の染みとして浮き出ている。脱いでいる鎧は変形してしまっており、かなりの圧力がかかったことは見て取れた。だが、わかりやすい傷のみで、止血も済んでいる。緊急性はなさそうだ。

 もう一人は外傷は殆どない。だが、身に纏っている装備は、真新しい傷と、何かに擦られたような跡がついている。強い衝撃を受けたのだろう。恐らく、何かに吹っ飛ばされたのだろうとナナメは予測した。苦しそうに喘ぐ口元は汚れているが、近場に吐瀉物はない。現場からこの状態で移動してきたようだ。

 最後に、壮年の男の足が包帯で巻かれていた。こちらはまだ軽い。


 全員の帽子にはバッジがついている。狩人ギルドのバッジで、全員が胴縁であった。胴縁は狩人ギルドのアマチュアニ、三級を示す。対してナナメは金縁のバッジをつけている。狩人ギルド内のプロと認められた証だ。

 不安そうにしていた顔面蒼白の少女が、ナナメのバッジを見てほっと息を吐いた。


「あ、おまち、おまちしてました! ナナメさん……ですよね?」

「どうもナナメですよ。状況報告はできる?」


 ナナメの言葉に、少女は目線を座り込んでいる二人の少年に向ける。ぐったりしている少年を支えながら、肩に傷のある少年が答えた。


「すみません、俺はエンジといいます。白狐にやられてしまって、キーロ……こいつが、尻尾で弾かれてからずっとこうなんです。ここまではどうにかこれたんですが、もうどうにもならなくて」

「そうなったらちゃんと救助要請しなさい。何のためのギルドだと思ってるの。……ほら、ゆっくり寝かせて」


 ナナメはそう言って、バッグから医療具の入った圧縮ケースを取り出した。

 瓶からいくつかの錠剤を取り出し、水と合わせてシェイカーでガシャガシャと混ぜる。出来上がった液体は仄かに光っていた。そして次は針を出す。根元に小さな魔法の石のついている、マチ針を大きくしたような針だ。その根元の石に液体を吸い込ませてから、針をキーロの腹部に突き刺した。針の根元にはめ込まれている石がチカチカと光る。


 キーロは始め、うっと呻いて顔を顰めていたが、すぐに表情が柔らかくなった。


「……なんだか楽になってきた」

「ただの応急処置だから、歩けるようになったら早く帰って病院行きなさいよ」

「ああ、ありがとうございます。もう俺、このまま死ぬかと思って」

「そこまで辛いのに、なんで要請しなかったのよ」


 壮年の男以外のメンバーが各々気まずい顔をする。「ねえ、プロの人もこう言ってるんだし、もう帰ろうよ」と少女が言うと、キーロが横たわりながらも悔しそうに答えた。


「もう少しなんです。もう少しで倒せそうで……」

「白狐のこと? 本当にもう少しなのだとしても、キミらも狩人なら、追い詰められた獣が一番危ないってことも知っているでしょう。この状態になってる時点で、もう負けてるの。命があるうちに帰りなさい」

「でも、お金が必要なんです。折角ここまで追い詰めて、こんな怪我までして、それで逃げ帰るなんて、俺、俺……!」


 そう思っているのは皆同じだ。しんどそうに体を起こすキーロを、心配そうに見つけながらも、それでも帰りたくないと表情が言っていた。


「……そこまでするなんて、何かわけがあるの? もしよかったら困ってることを教えてくれないかしら」


 なるべく優しく聞こえるように心がけてナナメが言う。今まで少し離れて様子を見ていた壮年の男が、その言葉を聞いて、ぱっと前に躍り出た。


「そ、そうなんです。実はこいつの母親が重病で、薬をかってやらないといけなくて……あの白狐はこのあたりでも高位の魔獣だから、一体で十分なんです」


 と、男はへこへこと頭を下げる。だが、男に言われた”こいつ”であるエンジは途端に目を丸くした。


「母さんは元気ですけど……でも、あれさえ狩れれば新しい武器が……」

「ば、馬鹿! 余計なこと言うな! せっかくただで手伝って貰えそうだったのに!」

「もうキミら本当に帰りなさいよ。傷の手当てなんて早いにこしたことはないんだからね」

「そうですね……本当に、ありがとうございます。キーロ、歩けるか?」


 キーロは刺さったままの針を気にして、腹部に手を翳しながら立ち上がる。エンジの肩を借りながらではあったが、痛みもなく問題なく歩けそうだった。


「ちょ、ちょっと、どこに行くの? そっちは町と反対側じゃない。私はキミらを死地に送る為に来たわけじゃないのよ」

「わかってます。だけど……やっぱり諦めきれなくて。せっかく動けるようになったんだから……」

「今ここにいる中じゃ、私が一番立場が上なんだけど、それでも指示には従えない?」

「そこまで言うなら、手伝ってくれればいいじゃねえか」

「指示に従えないような人たちの手助けはできない」


 男は舌打ちをして、キーロの空いている肩を持つ。少女が申し訳なさそうに小声でナナメに聞いた。


「あの、打ってくれた魔法って、どのくらい持ちますか」

「長くもって日暮れまで。激しい動きをするならもっと短くなる」


 日暮れまで、と口の中で反芻して、少女はぺこりと頭を下げる。そして三人を追いかけて去って行ってしまった。結局一人残ったナナメは小さくため息をついた。

 その影から顔を半分だけだして、精霊が囁く。


「命よりも武器の方が大事だとは、ナナメ様は余計な世話をしただけでしたね」

「いやいや。放っておいたら危ない怪我だったでしょ」

「放っておけば一人死んだだけで済んだかもしれないのに、なまじ動けるようになった為に全滅。……なるほど、能無しは早めに処分するべきという考えによる計画的犯行でしたか」

「違うからね」


 注意をした上での行動まではどうしようもない。その為にナナメは再三帰るように伝えたのだ、これでギルドとしての義務は果たしただろう。管理下にない組の行方など、知ったことではない。


「それで、どうしますか」


 と、精霊は半目でナナメを見た。


「もう少しって言ってたし、ちょっと見に行こうか」

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