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アンプラネットライフ  作者: UNPLANET
霧の庭
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霧の庭 - 4 -

 次の日、二人は地面に体を打ち付けて目を覚ました。霧で和らいだ朝日を浴びると同時だった。

 体を打った痛みと、筋肉痛とで体をさすりながら辺りを見渡すと、たった今寝ていたはずのハンモックが綺麗さっぱり無くなっていて、柔らかな毛布だけが残っている。

 一体何が起きたのかと目をパチパチとさせていると、物音に気付いたナナメが遠くから姿を表した。


「あらごめんね、大丈夫だった? そのハンモックは日光が嫌いだから朝になると無くなるの。言っておけばよかったわね」

「日に弱いハンモックって、一体何で出来てるんですか」

「そうねえ、闇的な何かかしら」


 朝起きて、ナナメの用意した簡単な朝食──パンと肉とものすごく甘い果物を食べ、ペットボトルに水をついでもらいひたすら歩き続けることを何日も繰り返す。

 霧が濃くて歩きづらいのは相変わらずではあるが、それでも数日もひたすら歩いているのにも慣れてきた。靴だけはナナメが用意してくれたこともあるかもしれない。朝起きたら革のブーツが用意されていて、それは上靴よりも随分歩きやすかった。


 「なんでも作れるんですね」と聞けば、「買えない時は自分で用意するしかないから簡単なものくらいは作れるようにしている」と返ってきた。そのおかげか、背負っていた空のリュックも今では着替えでいっぱいになっている。


 方向がわからなくなる霧の中では、渡されたカンテラが不安を解消してくれた。昼間でもぼんやりと光を放っているカンテラから、行き先への道しるべと、ナナメの居場所への道しるべが二本の光の雫となって溢れていた。


 もはや二人に足並みを揃えることもなくなったナナメの光を辿りながら、二人は少しずつ歩き続けていく。そうしている間に、霧が少しずつ薄くなっている気がした。

 初めは気のせいかと思っていたが、今日なんかは明らかに遠くまで見えている気がする。この世界は、どこも霧ばかりかと思っていたがそうではないらしい。広がった視界は、異世界に来たというよりも登山に来たかのような風景で、あまり感慨深さはなかった。


「あとどれくらいで着くんですか?」

「もう半分くらい。これからは上り下りがあるから、今より大変になるから頑張って」

「まだ歩くのかあ。もう私の足は棒きれだよ」

「僕も。……そういえば、皆はもう町についたのかな、今頃何してるんだろう」

「問題がなければとっくに着いている頃でしょう」


 問題がなければ。軽く言われたその言葉の中身は正太もわかっているつもりだ。途中で獣に襲われることもなく、誰も怪我することもなく、更には石切村の男共に騙されることもなく、何事もなくたどり着けたらの話だ。

 だからそれ以上聞くことはしない。どうせ曖昧な答えが返ってくるだけだろうが、否定的な答えが返ってくる可能性もあった。それは聞きたくなかった。


 霧の中では姿が見えなくなる程先行してさっさと歩いていってしまっていたナナメだが、霧が晴れてからはなるべく近場にいようとしているようだった。と言うのも、少し歩いては辺りを見渡し、少し歩いては地面や木の状態を確かめているのだ。


「何をしているんですか?」

「霧の中とは生態系が変わるからね。危険な生体の縄張りに入らないように気をつけてるの。私一人ならどうにでもなるけど、キミらはちょっとねえ」

「危険な生き物っていうと……やっぱりドラゴン?」

「ドラゴンがこんな山に住んでると思う?」

「え、でも、存在はしてるんですか、ドラゴン」

「うーん、いるといえばいるのかなあ」


 なんとも言えない答えが返ってきた。

 本人も答えあぐねているようで、首をかしげている。だが途中で動きを止めた。そして背中に背負っていた弓を徐に取り出す。霧からでてからは朝になると必ず手入れをしていた弓だ。

 ハンターみたいだと志保がはしゃいで「みたいじゃないの。ハンターなの」と言われていたのを思い出す。

 その弓に手をかけながらナナメは言った。


「何か来てる。動かないで」


 心臓が一瞬止まったように思えた。今まで何事も動じないようなナナメが真剣な顔で木々の隙間から空を睨みつける。”何か”とは何なのだろうか。危険な生き物がいると言っていたが、それなのだろうか。

 余計な会話をしたから気付かれてしまったのだろうか──同じように感じたのか、志保がそっと正太の服を摘む。


 それが何なのかはわからない。ただ、風になだらかに揺らめいていた草が、ぶわりと一斉にざわめく。ナナメは速やかに番えた矢を矢筒に戻して、正太と志保の元へと走った。


「蜂だ。やばい。数多い」


 それだけ言って、有無を言わさず二人を脇に抱えて草むらに飛び込む。羽音が空から降りてきたのは、その直後だった。

 蜂、とナナメは言ったが、二人にはそれが蜂には見えなかった。羽は確かに生えて飛んでいるが、頭部はイヌ科のように細長く、体も獣毛に覆われており、昆虫の名残か六本の足が生えているものの、やはりそれは獣の足そのものだった。


 その得体の知れない生き物が、十数匹という大群で、草葉が揺れる程の羽音を鳴らしながら頭上を舞う。

 ナナメは相変わらず緊張の見えない表情ではあったが、これは多いなあ、と呟くものだから、志保などはもう真っ青になっていた。


 志保の様子を知ってか知らずか、蜂は中々通り過ぎることをせず、羽音を響かせながらゆったりと浮遊を続ける。

 随分警戒してるな、とナナメは呟いて、顔を青くして震える志保を正太に押し付ける。そして腰から沢山下げているポーチの一つから、親指程の大きさの石を取り出し───蜂の群れに投げた。


 ヘリコプターが飛んだのかと思った。


 バタバタバタという轟音が、投げた石から空へと突き抜ける。蜂達は急激な音に驚いて、ぱっと散らばりながら辺りを警戒する。

 が、その時には既に、遥か上空に敵影が来ていた。


 石の音と似たような轟音が、今度は空から落ちてくる。何の生き物か正太にもすぐにわかった。トンボだ。ジェット戦闘機程の巨大なトンボが舞い降りて、一瞬のうちにその足と、妙に長い尾で蜂をかっさらっていく。


 その隙にナナメはまた弓を引いた。トンボの急襲から逃れた蜂の残党に向かって、すっと矢を射る。──ヒュ、と風がなって、トンと落ちる。それを数回繰り返し、その場から動くものはいなくなった。

 ほんの数秒のできごとだった。


「ほら、いたわよ、ドラゴン」


 落ちた蜂の元へ歩きながら、ナナメがそう言って上空を指刺した。そこには背の高い木に止まりながら、藻掻く蜂を頭からかじっているトンボがいる。確かに胴体から後ろの妙に長い尾は鱗が生えている。が、どこからどう見てもトンボだ。


「ドラゴンはドラゴンでも、ドラゴンフライじゃないですか」


 だから正太はそう文句を言ってやった。するとナナメは嬉しそうに「あっはっは」と声をだして笑い出す。


「それより、大丈夫なんですか? あのトンボ、こっち襲ってこない?」

「飛んでないと食べ物だと認識しないから、まあ大丈夫でしょう。食事中だし」

「これ、蜂なんですか? なんか足の数の多い狼にしか見えませんけど……」


 遠くで顔を覆っている志保を放って、正太は恐る恐るその死骸を覗き見る。ぴくりともしないところを見ると、既に死んでいるのだろう。

 ナナメはその死骸から矢を抜きながら言った。


「キババチの一種だね」

「キババチ……?」

「そう。獣の遺伝子の方が濃そうだけど……蜂と獣を祖先にもつ種類でキババチ。トンボに襲われて逃げてきた群れに鉢合わせたのかな」

「虫と獣……? そんなことあるんですか?」

「違う種同士結ばれるのは滅多にないけどね。キミらの故郷とは理が違うだろうけど、哺乳類だろうが魚類だろうが鳥類だろうが、他種族間でも子孫が残せるから」


 当然といった様子で説明をする。それから手をひらひらと振る。

 合図に応えるかのように、ナナメの影が手前にぐるりと動いた。


 蜂の真下に移動した影から、枯れ枝のように細く、真っ黒な無数の腕が伸びる。その闇の腕が蜂の死骸を抱えて、そのままどぷんと影の中に消えていく。

 その時に、その腕と一瞬目が合った──ような気がした。


 ひ、と正太は思わず息をのんだ。

 魔法があるのは知っていた。見たことのないモンスターがいることもわかった。それでも、得体の知れない何か──理解してはいけないモノを視界に入れてしまったのだと思った。


 だがナナメにとってはそれが当然だった。何事もなかったと言うように立ち上がり、バッグを肩にかけて再び歩き出した。途中まで進んで振り返る。


「どうしたの? もう何もないから大丈夫よ」

「あの、今の──」


 そう声をかけると、ナナメは困ったように眉を下げた。


「ああ、うん……気になるわよね……。ねえ、精霊さん。そろそろ出てこない? ずっと引っ込んでるのもアレじゃない?」


 そう言って、自分の影に向かって話しかける。

 そこだけ切り取って見ればおかしな姿ではあるが、実際に影から何かがでていたのだ。恐らくそこには”精霊”という存在がいるのだろうことは想像に難くない。


 ただ、精霊だなんて神秘的なものよりも、悪霊か何かと言われた方がまだ納得できた。それと共に、クラスメイトが何故かナナメに怯えていた理由も理解できた気がする。恐らく、石切村の男共を倒したのはこの”精霊”なのだろう。それを見てしまったが為に、彼らの中では、”ナナメと行く”という選択肢がなくなってしまったのかもしれない。


 ナナメは暫くの間じっと自分の影を見つめていたが、影は影のままうんともすんとも言わないので、結局諦めたようにため息をついた。


「ごめんなさいね、挨拶くらいすればいいのに。精霊さんったらシャイなんだから」

「いえ、いえ、いいです」


 正太が答えると、ナナメは残念そうに肩を落として「本当はね、とってもかわいいのよ」と呟いた。

 とてもじゃないが、あそこから”かわいい”と評される何かが出てくるとは到底思えなかった。



 道中に起きたハプニングと言えばそのくらいで、あとは何事もなく、ただひたすら登山をしていたくらいで本当に何もなく日々は過ぎた。そして、二人は山道を難なく走れるくらいにはなっていた。


 それでつい、遠くに町が見えたとき、思わず走って駆け寄った。


 初めて見るこの世界での人工物に弾む気持ちもあった。

 森を切り開くようにある草原の中、背の高い石壁が丘を支るように町を囲っている。更に、町の中央には大きな建造物も見えた。


「すごーい、お城だ!」

「あれって国ですか?」

「ねえナナメ! あそこって王様とかいるの? お姫様いる?」


 はしゃぐ二人にナナメはくすりと微笑みながら答える。


「あれは町だから王様はいないかな。この大陸全体がひとつの国で、町があっちこっちに散らばってるだけ。……まあ、法も町ごとで割と違うから、ほぼほぼ国みたいなものだけど」

「じゃあ、あのお城は誰が住んでるの?」


 お姫様いないの? と残念そうに聞く志保の頭にぽんと手を乗せる。ここまでの道のりで志保は随分とナナメに懐いたようで、少し嬉しそうだ。


「城ではあるけど、住居じゃないのよ。多分だけど、この町でも傭兵ギルドが管理してるんじゃないかしら」

「傭兵ギルド? 狩人ギルドとは違うんですか?」

「全然違う。ざっくり言うと、狩人ギルドは獲物を買い取って、皮や肉それから野草とかの色々な素材を、代わりに店に卸してくれるところ。傭兵ギルドは、町の治安維持とか警備とか、犯罪の取締とか……昔の名残で”傭兵”って名前のままだけど、あっちは半分国営だもの」


 そこまで言うと、眉間に指を当てながら心底嫌そうに息をついた。以前に起こった嫌なことを、うっかり思い出してしまった。といった表情だ。


「言っておくけど、キミらが捕まっても私は何もできないから気をつけるのよ。というか、暫くの間で良いから、本当に、本当に、大人しくしといてね」

「傭兵ギルドって、そんなに恐ろしいところなんですか?」

「そうねえ。キミらが強く当たられることはないだろうけど……私はちょっとね。何かあった時に疑われるタイプだから」


 明らかに言葉を濁したナナメに、志保は「なんで?」と首を傾げた。その横で正太ははっとする。見た目的には自分たちとそう変わらないナナメで違うことと言えば、先日見たあの”影”が問題なのではないだろうか、と。


 全く知らない人が”あれ”を携えて来たのならば、確かに警戒してしまうだろう。正太とて、先にあの影から伸びる腕を見たなら、もしかしたらナナメと行動を共にしようとは思わなかったかもしれない。



 町へ近づくと、壁は遠くで見たよりも分厚かった。対人用の壁ではない。これは全て魔物や動物からの襲撃に備えた壁なのだという。


 壁を見上げると、石壁と同じような色をした服を身に着けた人物がこちらを見下ろしていた。ナナメはその人物に軽く手を振る。

 するとその人物はこちらを見たまま手を軽く回した。合図に応えて、石壁の間の門の横の小さい扉が開く。出てきたのは、軍服のようなかっちりした服をきた男だった。


 その人物に向き合うと、先程までの穏やかな表情を一変、面倒そうな雰囲気を醸し出してナナメが言った。


「入町したいので手続きを頼む。それと、このガキどもは外で拾ってきたんだが、身元がないから身分証もくれ。あと、可能ならどこかの孤児院を紹介してやってくれ」


 言われた門番は、ナナメの言葉には答えず、ナナメの姿の頭の先からつま先までじろじろと見た後に、最後に長いこと足元を注視した。

 そのあとにようやく志保と正太に目線をやる。こっちはちらりと顔を見たくらいで、二人に関してはさほど興味がないようだった。


「希望の宗派は?」

「異人だぞ。そんなものない、適当に見繕ってくれ」

「発行料がかかるが」

「……金を払えと? 私が?」

「この間あちこちの村が壊滅してただでさえ人が集まっていて困っているんだ。無茶を言わないでくれ」


 ナナメは、仕方ないな、としぶる素振りを見せながらポーチから小袋を門番に投げる。門番はその袋の中をチェックして「用意してあるんじゃないか」とぼやいて、ナナメの帽子についている狩人ギルドのバッジに、カードのような何かを一瞬かざした。


「あんたの手続きは終わりだ、ようこそ我が町へ」

「どーも」


 それだけ言うと、ナナメはそのまま門を通って歩いて行ってしまった。その後を追おうとしたところ、門番に止められてしまう。


「君達はこっちだ」

「でも、あの」


 正太の背中に隠れるように、恐る恐る門番を見上げる志保の様子に何か勘違いをしたのか。門番はしゃがんで志保の頭に手を乗せる。びくりと志保の肩が跳ねた。


「もう大丈夫だぞ、怖かったよな、今まで頑張ったな」


 きっと優しい人なのだろう、だが、なんとも釈然としなかった。釈然とはしなかったが、ここが旅の終わりなのだろう、とも思った。


 正太は、ありがとうございました、とナナメに叫ぶ。

 ナナメはちらりとこちらを振り返って、軽く手を振った。

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