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留音ちゃん、真のイケメンを見る

 リビングに戻った留音はとりあえずコップに炭酸ジュースを注ぎ、それをうっかり落としてソファ周辺にこぼしてみる事にする。自分ごとビターンと転げて見せ、パリーンとコップも割れた。真凛ならそこら辺を汚せば怒る。怒ったら地球が爆発する。マリオにも同様の作戦で攻めることにした。


「あらっはぁーん!躓いてコップを割っちゃったぁあ!!ソファも濡れて大変じゃんかー!!!」


「なんですって!?」


 びく!と留音。言葉の重圧が凄い。この流れで世界が滅んでも不思議じゃない。ごめんなこの世界の人たち。そんな事を考えて、寄ってくるマリオの影に固唾を呑むが。


「留音さん……お怪我はありませんか!?」


 マリオは真剣実直な眼差しで射抜くように留音の手、足を確認し、怪我がないことを見るや留音の腰に手を回し、一気に持ち上げてそのまま抱き上げた。


 いとも簡単に、体重約60kgの体(筋肉やから、筋肉)をひょひょいと持ち上げられた留音は「うわぁっ」と比較的高めの声で乙女ナイズに驚く。マリオの片手は腰に、そしてもう片手は膝の裏に添えられている。これはもうお姫様抱っこに他ならない……留音は自分でも「する側」だと思っていたのに。


 マリオは留音をしっかりと見据え、重症人をオペ室に緊急搬送するドクターの如く言った。


「留音さん。ここは危険です!俺が安全地帯までお連れします!……ぐ!ぐああ!っく」


 マリオが苦痛に悶える。決して留音が重すぎるというわけではない、その体でどうやってひょいひょい女性の体を持ち上げているんだというお約束を守るマリオは、なんと割れていたガラスを踏みしだいていたのだ。そう、わざわざガラスを踏んで、無駄に超良い声で呻いていた。


「お、おい馬鹿野郎!なんでそっち通るんだよ!?ガラス避けてけよ普通に!?」


 留音は極めて適切な疑問をぶつける。だがマリオは痛みを抑えながらする笑顔を留音に向けてこう言った。


「っく……留音さん、俺のことは気にしないで……あなたの為なら、この命!惜しくはない!っくぅ!」


 言い切ったマリオの澄んだ表情。お姫様抱っこをされながら見上げる留音もキュンと来た。でもやっぱりガラス踏んでる音がしまくっている。そんなに粉々になっているわけがないのだが、劇的な演出を狙うために「え?なんで?こいつなんで一枚のディスクをダンクシュートで挿入してんの?」的な状況になるのはままあることで、これはその一環に過ぎない。


「だからなんでわざわざそっち通るんだっつの!?」


 メキミキ……ガラスを潰しながら歩くマリオ。脚をあげるたびに血がブシャーっと吹き出てるマリオの考えを、留音はわかっていないのだ。ガラスの飛散度合い的にはほんの十センチずれれば安全だとしても、それはソファの向こうの安全地帯まで数センチ留音の安全が遠のくということ……今ここに局所的重力場が発生して留音の足元に割れたガラス片の方向に引っ張られることだってあり得る。だからこそガラスの上を強行しなければならない……よくわからないが彼はそう考えていた。全ては留音のためなのだ。


 傷に炭酸がしみて痛覚に響いたって、どんな自己犠牲をしてでも好きな人をいち早く安全なところへ送る……これが真のイケメンである。だがその最中、無邪気なショタボイスが響いた。


「マリオ!後は僕に任せて!」


 騒ぎを聞きつけたイクヤが顔を出したのだ。手には掃除機のような装置が握られている。あぁよかった、その掃除機で片付けてくれるのか……その留音の考えはあってるといえばあってる。だが超絶天才とかいうエキセントリックかただのバカの代名詞である衣玖の違う人バージョンが、このイクヤであることを失念していた。


「無茶ですよイクヤ!君にその装置は早すぎる!」


 会話がなんか不穏だった。留音的には内心で掃除機だよね?と確認する。どう見ても掃除機。ダイ○ンっぽいやつだ、充電式っぽい感じのスマートなやつ。


「うるさいマリオ!僕だって、僕だってルー姉ちゃんを守れるんだ!!」


 イクヤ、スイッチを押す手が震えている。掃除機なんだよね?ダ○ソンなんだろ?


「え、なに?すごい暴れん坊の掃除機なの?」


 暴れん坊の掃除機ってなんだ?そんな自問が一瞬よぎるが、この場の空気はその程度の疑問を許さなかった。


「違いますあれは……やめなさい!イクヤー!」


 ポチ。ぎゅおーん!やっぱりこれ○イソンの掃除機だよね?留音の見た感じだと、それはもう普通の掃除機(ダ○ソン)なのだが、異常なのはイクヤの方だった。電源を入れた瞬間に「ぐはっ」と倒れたと思ったら片腕を伸ばして吸い込み口をガラス片のある方へ押し出し、なんとかガラス片を吸おうともがいている。


「吸え……吸ってくれ……ルー姉ちゃんのためにッ」


 だが吸えない。そもそも吸入口が飛散したガラスに届いていない。


「掃除機はそういうテンションで使うものじゃないはずなんだが、雰囲気的に止められねぇ……」


 留音の口から漏れた率直な感想に対し、マリオは首を横に振った。


「あれはただの掃除機じゃないんです。……こんな事もあろうかと留音さんを守るためにイクヤが製作したハイパーモジュール!留音さんを守るための機能は全て入っています……」


「なんで掃除機にまとめたんだ……」


「あれは掃除機型というだけですよ、留音さん。同機能を持った洗濯機、スポンジ、扇風機や紙袋などももちろんあるんです!」


「ちょっと待ってくれ、気づいているはずの矛盾を頭の中で解消できない……!」


「ただしあれらは!使用には命を削るのです!!年単位で!」


「ブッ!?いやこんな掃除くらいほうきとちりとりか最悪新聞紙で済ませるわ!おー!止めろ止めろ!」


 留音は抱っこを飛び降り、装置を握るイクヤの元へ駆け寄りて無理矢理装置を止め、グッタリするイクヤを抱きかかえる。


「う……ルー姉ちゃん……怪我はなかった……?僕、役に立てたかな……」


 健気で可愛い目が留音を見つめる。


「あ、あぁ……なんであれ頷くしか出来ねぇよ……」


 ほうきとちりとりがあれば数分で出来る掃除に年単位で命を削った少年にかける言葉が思い当たらない。


「よか、った……」


 留音ですら母性的に守ってあげたいと思わせる微笑みをしたイクヤと死に絶える間際のように手を取り合うと、留音の言葉に安心したようにグッタリと全身の力が抜けた。好きな人のためならば自分の命を削ってでも、その人のために尽くす。それが真のイケメン。彼は立派なイケメンとして成長している。


「お、おいっ」


「大丈夫です、疲れて眠っただけみたいですから……」


 留音にはかける言葉もない。大量出血するマリオの足裏。年単位で寿命の削れたイクヤ。こんなのどう考えても明らかに必要のない犠牲だが、わざと割ったコップ一個でこんな大事になるとは思わなかったから絶対なにも言えない。


 結局片付けを終えてもマリオは怒らなかったし……ホントどうすんのこの世界……。留音はいたたまれなくなって家を飛び出した。


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