006 特別な感情
「モテねぇよ!」
雪美は口に出してから、“しまった!” と思った。自分でも予想外に、大きな声が出てしまったのだ。
「す、すいません……立ち入ったことを聞いてしまって……」
「あ、あぁ。こちらこそ、なんかごめん……」
「……」
「……」
ご飯を食べ終えた雪美は、気まずくなった空気を修復するのも面倒くさく、早々に、妙の部屋を立ち去ることにした。
「伊藤さん、昨日は迷惑かけたみたいでごめんね。泊めてもらったうえに、朝ごはんまで、ご馳走になって……迷惑だろうから、洗い物はわたしがやるから、それが終わったら、お暇するね」
そう言って立ち上がろうとする雪美を、妙は慌てて制した。
「ま、待ってください。全然、迷惑とかじゃありません。洗い物なんてアタシがやりますから! そ、そうだ。美味しいクッキーがあるんですよ。近所に有名なパティシエがやっているお店があって。今、お茶淹れますね」
なんだか必死な妙の様子に、少し訝りながらも、雪美は上げかけた腰を再び下ろした。
妙は手際よく、朝御飯の食器類を片付け、キッチンへと消えると、程なくして、クッキーと紅茶が載ったお盆を片手に、部屋に戻って来た。
テーブルの上にそれらが並べられると、妙は顔を上げ……雪美の目をしっかり見つめ。
少々の沈黙を挟んだ後、徐に口を開いた。
「センパイって、吉永さんと仲いいですよね」
「ん? 仲いいっていうか、わたし、教育担当だからね」
「それはそうですけど……。なんて言うか、センパイ、いつも吉永さんのこと見てますよね」
「あー。そーかもね。あの子、なんていうか、ほら? 危なっかしいから、ついついね。それに、みんなからも悪く言われてて……なんと言うか、先輩としては色々と、気になってね」
そう言って、アハハ、と雪美は小さく笑った。
妙はその乾いた笑い声を聞きながら、観察するような眼差しで、雪美の表情を見つめていた。
「そうですか……でも、ただの教育担当と新入社員の関係には見えませんよ……ひょっとして、センパイ、彼女に特別な感情を抱いてませんか?」
一瞬の静寂が、室内の時を止めた。
止まった時間の中。雪美の心に動揺が募る。
血管が脈打つ音が、耳の奥から聞こえて来るようだった。