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002 女の無責任な噂話ほど、怖いものはない。


 多忙の原因となっている女は──吉永澪よしながれい──雪美が教育担当を請け負うことになった新入社員だ。


 歳は二十歳で──短大卒の澪は、高卒の伊藤妙いとうたえと同期入社。


 性格は妙とは正反対で、愛想がなく、クールな女だ。

 切れ長の目と、腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪が、彼女の言動と相まって、彼女の振る舞いを、より冷淡なものに見せていた。


 外見は、道を歩けば、路地に咲く美しい花も、思わず花弁を閉じてしまう──そんな傾国けいこくの美女だ。


 入社当初はカワイイ系のたえと、クールビューティー系のれいで、男どもの人気を二分していたが、澪の取りつく島もないような素っ気ない態度と、彼女の“ある欠点”により、澪は社内で急速に孤立していった。

 五月に入ると、用もなく彼女に話掛ける社員は、一人もいなくなっていた。



 彼女の欠点とは……端的に言えば、仕事がまったく出来ないことだった。


 異常に物覚えが悪く、いつまで経ってもマニュアルなしでは、簡単な定型業務すらこなせない。

 というか、マニュアルがあっても読み違えたりして、五分で終わる作業に、丸一日を費やすこともよくあった。

 電話対応などは最悪で、相手の話した内容を、半分も覚えていない。

 電話しながら、メモを取るよう指示しても、いつまで経ってもそれが出来ないままでいた。


 雪美が観察している限り、澪は異常に要領が悪く、二つのことを同時に出来ないような──そんな不器用さを抱えていた。

 近年よく耳にする──発達障害。そんな言葉を連想させる人物像だ。


 彼女のフォローで雪美の残業時間は、目に見えて増えていった。しかも毎年赤字の零細企業……当然、残業代など出る筈もなく、すべてサービス残業だ。


 多くの社員がれいの影口を叩くようになり──特に女子更衣室で繰り広げられる女連中のそれは、聞くに耐えないものばかりだった。



 ──隠れてキャバクラで働いているだの……ワシントン条約に抵触する巨大なカメレオンを飼っているだの……七十過ぎの老人を愛人にして貢がせているだの……中学時代に妊婦の腹に蹴りを入れ、少年院に入っていただの……


 女の無責任な噂話ほど、怖いものはなかった……



 だが、雪美はそんな澪のことが、嫌ではなかった。

 桜咲く四月の頃は、いつまで経っても仕事を覚えてくれない彼女に対し、イライラして仕方が無かったが、葉桜になり、薫風くんぷうが街の街路樹の葉を揺らす頃には──怒りや侮蔑といった感情は、憐憫のようなものへと変わっていた。微かな庇護欲さえも伴って。



 澪自身、仕事が出来ないことを気に病んでいて、人一倍頑張っていることを、雪美はよく知っていた。


 誰よりも早く出社して、その日の予定を確認し、その準備をしたり。夜は遅くまで残り、今日の失敗をメモしては、何某なにがしかのマニュアルを作っていたり……


 そんな彼女の不断の努力はなかなか実らず、日に日に彼女をそしる声は大きくなっていった。


 雪美はそんな彼女が不憫でならなかった。

 教育担当という立場もあり、彼女の愚痴を聞いてやろうと、よく飲みに誘ったりもしたのだが、彼女は頑なに拒否をした。

 澪は誰かに自らの弱い部分を吐露出来るような、心のしなやかさを持ち合わせていなかった。その恵まれた容姿とは裏腹に、不器用で幸薄い女だったのだ。



 気が付けば、心配で心配で……雪美の視線は、四六時中、吸い寄せられるように澪の方へと向いていた……

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