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009 ……掛ける言葉が見つからない……


9:15 

 ──妙は澪の席までおもむき、何某なにがしかの仕事を頼んでいた。



16:50 

 ──雪美のパソコンに、妙からのメールが届く。 


  『決行は……ひと・ろく・ごー・なな。 オフィスの入り口付近で待機されたし』



16:55 

 ──雪美はり気無く離席し、入り口付近へと移動。



16:57 

 ──妙が突然、席を立ち、ツカツカと澪の席へ向かって、一直線に歩みを進めた。


 なに? という感じで、澪が妙の方を振り向いた。


 その直後、『パッシッ!』という乾いた音が、オフィスの空気を震わせた。

 妙が澪の頬に、思いきりのよい、平手打ちを食らわせたのだ。

 

「吉永さん! 朝、あなたに頼んだ仕事、めちゃくちゃじゃない! こんなもの使えないわよ!」

 そう言って、妙はプリントアウトした紙を、白く可憐な手で引きちぎり、足元にバラ撒き、靴の踵で踏みにじった。


 澪が打ぶたれた頬を手で抑え、呆然といった表情で、妙を見上げている。


 そんな澪に追い討ちをかけるように、妙が怒声じみた、金切り声をあげた。


「あんた! はっきり言って、職場のお荷物なのよ! もう会社辞めてくんない? さっさとココから出てってよ!」

 その罵声は、こんな小柄の女の子のどこに、そんな声量があるのだろう、と思わせるほどの、大きなものだった。

 端的に言って、腹から声が出ている。


 オフィス内の誰もが、妙と澪の動向を、息を止めて見守った。

 痛いほどの緊張が室内を満たし、刺すような静寂が時を止める……。


 そんな息が詰まるような空気の中、妙は汚物でも見るような不快そうな眼差しで、澪を見下ろしながら──シッシと手の甲を澪に向けて何度も振った。


 澪の瞳に、みるみるうちに涙があふれてゆく……。


 とうとう我慢できなくなった澪は、大粒の涙をボロボロとこぼし、嗚咽を漏らしながら、オフィスの外に飛び出した。



 後には、“何もそこまでする必要ないだろ……”という、どうしようもなく重たい空気だけが残された。 


 だが、妙は、そんな空気をまるで意に介することなく、冷静に。雪美に視線を送った。


 その視線で、ハッと我に返った雪美は、慌てて澪の背中を追いかけた。

  




 追いかけた先は、社屋の屋上。





 澪はだだっ広い屋上で、一人……大声を上げて、喚くように、泣き叫んでいた。

 

 こんな風に感情をあらわに見せる澪の姿を見るのは初めてで、雪美の心はズキリと痛んだ。



 ……掛ける言葉が見つからない……

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