魔王遭遇
チャルズは辺境の村に住む穏やかな青年だった。
昼は畑仕事に精を出し、夜は年老いた母の肩を揉む。
他の村人からも好かれる真面目な普通の村人だった。
だが今の彼は激しい憎悪で燃え上がっている。
着ていた服は綴れ落ち、顔や手足には痣が目立っていた。
チャルズはここ何日も深い森をただ、あてもなくひたすら歩き続けていた。
餓死するのが先か、魔物に食われるのが先か、チャルズはできれば辛い死に方で死にたいと思った。
飢えに狂い、痩せこけて死ぬ自分を想像し、魔物にズタズタに噛み砕かれる自分を思い浮かべた。
何もかもが憎かった。
戦争帰りにチャルズの村を襲って、男は皆殺しに、女は連れて行き、チャルズの全てを焼き払った兵士達が憎かった。
剣を持つ兵士に怯えて逃げ去り、全てが終わった後に呆然と立ち尽くすことしかできなかった自分が憎かった。
チャルズは考えることを止めていた。
森の奥底に向かって足を動かし続けることが彼の唯一の活動だった。
「人間みっけーーー」
チャルズは突然聞こえた言葉にはっと足を止めた。
能が久しぶりに機能し出す。
声とともに2つの黒い人影が見えてくる。
「彼にしようぜ、な」
「ですが、あまり狂った人間には務まらないかと」
「いいじゃんかー。これ以上歩くの面倒くせぇし。話だけでも聞いてもらおうよ」
「まともな人間でなければ不可、ですよ」
やり取りに耳を傾けているとやっと二人の姿が見えてきた。
深い紫のマントを羽織り、赤い装飾の混じった黒い剣で武装した男と、それに付き従う白いローブの女だ。
二人とも鋭い角が生えている。
魔族か、とチャルズは想像する。
だが警戒する必要はない。
こちらには壊されて困るものはもう、無い。
「食うならさっさと食ってくれ。俺はお話に付き合うほどの体力は残ってないんだ」
「あーーあ。やっぱり魔族を誤解してやがる」
マントの男は承服しかねんと腕を組んだ。
「魔族に人間を食べる習慣はありません」
ローブの女が睨みつけてくる。
「人間なんて食べない、と騙しておびき寄せてから皆殺しにするって教わったが」
本当だった。子供に聞かせる昔話も魔族について書かれた本にも魔族はそういう嘘をつくという話は必ずあった。
「あのなぁ、魔界の生物で人間に危害を加える奴はほとんどいねぇんだよ」
「実際、襲われた人間は数え切れないほどいる」
「野生のクマが人間を食うように一定の魔物にも人間を襲う奴はいるがそいつらは俺達魔族だって抵抗しなければ食おうとするんだぜ。魔物が人間の敵って言うわけじゃない」
「クマに襲われた人間よりも魔物に襲われた人間の方が圧倒的に多い」
チャルズはなかなか納得できない。
「それは魔力の関係だ。ウサギはクマを食わねえだろ?負けると思っている相手は襲わないもんだ。だが魔物は、そもそも魔物ってのは野生の動物で多量の魔力に適応した種族ってだけなんだが、その魔物は圧倒的に身体能力が高い。その分餌となる種族も、襲っても問題のない生物も普通の動物に比べたら異様に多いってだけさ」
「だが、身体能力が高くても人間を襲わない動物はたくさんいるだろ」
途端にマントの男は目を輝かせて大きく頷いた。
「そうだよ!俺が言いたいのはそれなんだよ!」
ローブの女がそれに続ける。
「魔界に住む生物の多くは戦闘能力が高いにも関わらず人間を襲わないものばかりです。彼らが人間と戦うのは人間がゴブリンやオーク等の被害と魔界とを無理矢理こじつけて討伐やら復讐やら一方的に正当化して魔界に攻撃を仕掛け、縄張りを荒らされたときくらいです。その結果、彼らに惨敗した人間達は、さらに魔界の生物を悪く吹聴するんですけどね。」
「それより、お前、普段そんな無愛想じゃねぇだろ。喋り方がぎこちない」
チャルズは図星をつかれ困惑する。
「確かに今は気がたっている。少しばかり嫌なことがあった」
「なんだ?魔物に村でも襲われたか?」
「人間だ。人間に、村を焼かれた」
「人間の方がおっかねえじゃねぇか」
男はぎゃははと笑う。
「それで、魔族の男が何の用なんだ」
「魔族の男か、まずはそっから説明しなけりゃならねぇ」
ローブの女が威厳を含んだ声で言う。
「この方は、第23代 魔王、ニコ・ディ・アンジェロ様です」
「そして俺はもうすぐ死ぬ。 驚いたか?」
そう言って男はぎゃははとまた笑った。




