第一章/chapter1 今日も【御霊のレンズ】は平穏なりて
この作品をお読み下さったすべての皆様へ。
まずは、ありがとうございます。作者の松風ヤキと申します。
こちらの作品は、基本的に不定期更新となりますことを、あらかじめご了承いただければ幸いです。
さて、今回描きますはちょっぴり奇妙な、日常に潜む浮かばれない魂達の物語、その魂と人々がどうやって向き合っていくのか、どうやって別れを告げていくのか。
生きていたなら、誰しもが心は、魂は穏やかな時ばかりではありません。そんな、穏やかな最期を迎えられなかった、悲しい魂達との対話。
そして、今生きとし生ける魂が、何ができるのか。どうすれば穏やかなる別れを告げられるのか。
そんな、当たり前ながらどうしても手からこぼれ落ちてしまう、人間模様を描いていきたいと考えています。
皆様のお暇潰しとなることができれば、或いは僅かでも琴線に触れることが叶いましたら、それは私にとって、何より意味のあることだと思えます。
どうか、お付き合い頂けますよう、よろしくお願いいたします。
玉置千里は鑑定士だ。真贋見極め、真なるもののみを相手にする、確かな慧眼を持つ。
「あー、こりゃ良くできた紋様の偶然ってやつだね。大丈夫。あんたの生活を脅かすようなモノは、なんも写ってないよ」
どうすればそこまで怯えることができるのか、鑑定の依頼を頼んだ若い女性はガチガチと歯を鳴らし、顔面蒼白になっていたが、その言葉を聞き、
「本当…ですか?よかったあ……旅行先で撮った写真にこんなモノが写り込むなんて、私……怖くて……」
安堵から顔に血色が戻り、終いには泣き始める。ここではよくあることだ。
千里が見定めるのは写真。それもただの写真ではない。
いないはずの人影、あるはずのモノの消失、正体不明の像の歪み、影法師。
そう、所謂【心霊写真】の鑑定士だ。
この才能が目覚めたのは、いつからかは思い出せない。しかし確かに、千里は写真に写し出された像の、光と影と、それらに宿る魂の波長---オーラと言えば解りやすいだろうか。
それを何故か、レンズ越しに写し出された、写真でのみ見極め、居ないはずのオーラ、すなわち心霊を見つけ出すことが出来るのだ。
一時期は軽率にもそのことを喋り回った友人のせいで、心霊系のテレビに引っ張り回された……なんてこともあったか。
(ま、お陰で心霊研究家とかなんとかと知り合って、そういった筋からの紹介で、今の仕事に就いてるわけだが)
女性から報酬を受け取り、その背を見送る。別段自分で集めたわけではないが、研究家達から押し付けられた心霊写真集やお祓いグッズ、盛り塩が丁寧に配置されたラックを眺めながら、物憂げに机に突っ伏す。
「そりゃあ生かせる才能は生かすべきだろうけどさぁ」
このような生活が、望んだものだったか。日がな予約を受けた写真の真贋を見定め、素人に出来る程度のお祓いをして、重度の怨霊には正式に祓い師を紹介する。実に分かりやすい、だが
「俺は---」
チャイムが鳴る。どうやら自分の心理に向き合う時間は、おしまいのようだ。
「---ようこそ、御霊のレンズ】へ」
筋書き通りの職務が始まる。静かに木の葉が役目を終えて、とりどりに色づく秋の始まり頃。
これから迎え入れる客が、彼の穏やかな/懲り懲りな生活をうち壊していくことになることを、彼はまだ知らない。