断章 第6話 出会いの物語・不良強襲編1
「ちっ、マジウゼェ・・・」
ソラが路地裏で一人、呟いた。週が明けて学校をサボれるようになって早々、彼は学校をバックレた。そうして、読んでいた漫画の発売日であった事を思い出して本屋で立ち読みし、朝も遅い時間に馴染みのゲームセンターへ行ったのだが、その道中、何組ものガラの悪い連中から絡まれたのである。
「雑魚がガタガタ言って喧嘩売ってんじゃねえよ!」
「げぇ!」
ソラが怒りにまかせて、倒れ伏した少年の腹へと勢い良く蹴りをお見舞いする。蹴られた少年は嘔吐感をこらえながら、脂汗を流してもだえ苦しむ。彼がリーダー格の少年であった事は、何度も戦っているが故に、ソラも知っていた。だからこそ、彼には一際大きなダメージを与えておく事にしたのである。
「あぁ、これ、迷惑料な。」
そう言って更に彼は喧嘩を売ってきた少年たちの財布から、お札だけを数枚ずつ抜き取っていった。何時もはこんな事をすることは無い。別に彼はお金に困ってはいないが、これからサボれる様になった景気付けにちょっと豪華に昼食と夕食を楽しむつもりだったので、軍資金代わりに頂いておく事にしたのである。尚、全員に少しずつは残しておいた。ソラも、優しいのである。頂いたのは各員が持っていた最も高い金額のお札一枚ずつである。
「ぐ・・・待ちやがれ・・・」
「もう話しかけんじゃねぇよ!」
まだ喋れるらしい、それを見て取ったソラは、更に追い打ちを仕掛け、今度こそ喋れない様にトドメをさした。
「ち・・・これで3組目か。」
一度でも勝てないで戦いを終えると、一気に煩くなるな、ソラは改めてそれを実感する。頭の中でも負け、と言わないあたり、負けず嫌いであった。
「あ・・・」
そうして、早目の昼食を挟んで馴染みのゲームセンターでゲーム三昧を楽しんでいて、ふと相手プレイヤーが避けが上手い相手であったため、忘れていた事を思い出す。
「しまった・・・サボったらあいつに会えねえ・・・」
思い出したのは、カイトの事だ。カイトも学校をサボっていたなら問題は無かったのだが、彼は揉め事さえ起きなければ、品行方正だ。サボってこんな所に来ている筈が無かった。まあ、実際にはこの数週間後からは魔術で創り出した分身を学校に向かわせ、日本各地や世界中を旅している事も多くなるのだが。
「どうすっかな・・・」
と、そうして対戦ゲームで考え事をしていた所為で、向かい側の少年に惨敗を決してしまう。
「あ!ちくしょ!もう一回だ!」
今度はソラはそれに気を取られ、再びゲームに熱中。次に彼がゲーム以外に気を取られたのは、外で彼より更に幼いランドセル等のカバンを背負った少年達が帰る楽しそうな声がし始めた頃だ。その時、彼はよく彼に喧嘩を売ってくる少年に声を掛けられたのである。
「あ、いたいたー。おっす、あっましっろくーん。」
明らかに染めていると分かる金髪の少年だ。年の頃はソラより少しだけ上に見えた。服装はソラの様にやんちゃそうな少年が好む様なガラの悪い服装。その少年は、ソラが目当てであったらしく、彼を見つけるとゆっくりとした動きで近づいてきた。
「やぁー、どう?調子?」
少年はかなり、上機嫌そうにソラに話しかける。顔には満面の笑みが浮かび、今ならよほどの事が無い限り、どんなことでも許せそうな程に上機嫌であった。
「あぁ?」
彼とて、何度か喧嘩をした相手を忘れるほど馬鹿ではない。そして、相手がかなり厭らしい笑みを浮かべている事に気づくと、ソラは不機嫌そうに彼を睨みつけた。
「おっと、そんな怖い顔しないで欲しいなー。ま、直ぐに出来なくなるけどねー。」
「はっ、やる気かよ。いいぜ、外出ろよ。」
「いんやぁ?今はやらないよ。ね、それより、これ、どう思う?」
少年は厭らしい笑みを深め、ソラにスマホの画面に映る写真を見せる。そのスマホの画面に映る写真を見たソラは、かなり激怒した様子で少年を睨んだ。
「てめぇ・・・」
「あはは!いいぜ、その顔!俺達はその顔が見たかったんだ!じゃ、行こうぜぇ。」
ソラの激怒した顔を見た少年は、今度こそ最高にして最低な下衆の笑顔を浮かべる。そうして、二人は何処へともなく、去って行った。
時は少しだけ、遡る。カイトが午後の二コマ目の授業を受けていた時の事であった。
『・・・あ?』
カイトはティナからの報告を受け、訝しげに眉を顰めた。偶然気付いたにしても、あまり起こり得なさそうな事だったのである。
『ガキの誘拐?警察に任せろよ。』
現在のカイトの公的な地位は単なる中学生である。目立つつもりも無く、いや、どちらかと言えば、自分の事情を考えれば目立てない、というのが実情だし、警察という犯罪対策の組織もある。少々心苦しくはあるし、犠牲が出ればやはり知ってしまった以上、罪悪感は湧くだろうがどちらを重視すべきか、なぞ考えるまでも無かった。
『いやな、恐らくこの娘・・・お主の妹じゃぞ?』
『はぁ!?そっち先に言えよ!何があった?』
とは言え、その建前は自分の家族に被害が及ばないのが前提だ。このティナの念話での報告に、思わずカイトは大声を上げそうになる、この時点で、カイトはこの一件に関わる事を決めた。
『お主の言いつけ通り、監視の使い魔を貼り付けておったのじゃが・・・どうやら品の良さそうな少年が拐われるのを見てしもうたらしくてのう。それで防犯ブザーを鳴らした所、その誘拐犯達に気付かれてしもうたらしい。』
ティナがこうやってカイトに報告出来るのには、理由があった。カイトは暇を持て余すティナに、日本の町並みの観察を兼ねて、使い魔で家族の身の回りの監視をさせていたのである。
『金持ちのガキの誘拐に巻き込まれたわけか・・・ちっ。』
カイトは忌々しげに、舌打ちする。カイトの妹がメインで無いなら、最悪彼女が見せしめに使われる可能性が考えられた。この時点で、カイトは早退を決定する。学校よりも、妹の方が重要であった。
『お前はそのまま見張っててくれ。オレが行く。誰とも知れぬ美女より、兄の方が安心するだろうからな。』
『うむ、そうしてやれ。場所はここから南東3キロ。廃ビルじゃ。』
『もう補足した。』
ティナとの念話の最中からカイトは魔術によって妹の場所を補足していたのである。そうして、カイトは即座に念話を中断し、立ち上がる。
「ん・・・?天音、トイレか?」
「ちょっと早退します。」
「は・・・?」
いきなり言われた教師は、ポカン、と口を開けて呆然とする。それは、クラスの生徒達も一緒だ。しかし、カイトはそんな事を一切お構いなしに、足早に教室のドアへと向かう。
「あ、おい天音!」
「はい?」
そうして、教師はカイトを止めるべきでは無かった事に、本能的に気付いた。声こそ平然としていたが、目にはソラを遥かに超える冷酷な意思が宿っており、顔はそんな激情を抑えている為か、能面の様であった。それを見た教師は、怯え、いや、恐怖し、何も言えなくなる。そして、同時に悟る。彼は、誰かが彼の逆鱗に触れてしまったのだと。
「あ、いや・・・鞄・・・」
そうして、教師の口から出たのは、早退する生徒に対する忘れ物であった。サボりである事は理解できていた。だが、何も言わずにこのまま引き止めて彼の不興を買えば、何をされるかわからない、と恐れた結果であった。
「・・・すいません。では。」
そうして、カイトは鞄を持つと、足早に去って行く。教師も生徒達も誰も、それに何も言えないまま、授業のチャイムが鳴り終わるまで停止し続けたという。
「さて・・・ガキがバカやらかしたなら、さっさと潰すか。」
教室を出た所で、カイトは魔術を用いて相手が少年達である事を見ると、少々は手加減してやる事に決める。これが大人たちなら、恐らく死なないまでも、半死半生を超えた所で手打ちにするだろう。
「確か、去年の夏祭りで買ったお面を・・・」
カイトは中学校の校舎から出て、異空間の中に鞄を収納すると、代わりにきつねのお面を取り出した。これからガラの悪い少年たち数十人に強襲する事を考えると、さすがに顔バレは勘弁したかったのである。幸い、服装は何処にでも売っている私服だ。そちらからバレる可能性は考えられなかった。
そうして、カイトは校門から一歩足を踏み出し、誰も居ない事を確認すると、次の瞬間には妹が攫われている3階建ての廃ビルの前に立っていた。大きさはそこまで無く、取り壊しが決まっているのか、立入禁止の文字が書かれていた。取り壊しが決まった事をいいことに、ガラの悪い少年たちのたまり場になっている、と噂の廃ビルであった。
「・・・人数は20人。最上階に浬と、少年が一人。」
カイトは魔術を用いて、改めて詳細な内部状況を把握する。そうして、全てを見て取ったカイトは何ら予兆もなく、魔術を展開した。
「・・・これでよし。」
自分の妹に手を出されては、誰一人として、逃すつもりは無かった。それ故、カイトは全ての出入口から出られなくするように、邪魔が入らぬように、内部の一切を外に出さぬ結界を展開したのだ。そうして、カイトがドアを開けると、そこには見た通りに5人の年上の少年達が屯していた。全員が髪を染め、顔や体の各所に幾つもピアスをしているなど、一目でガラが悪い事が見て取れる少年たちであった。
「・・・あ?なんだ、てめぇ・・・」
「きつね?キチガイか?」
「おいおい、ここは立ち入り禁止だぜ?さっさと出てけよ。そうじゃねえと・・・」
パチン、音を立てて折りたたみ式のナイフを取り出した少年。それ以外にも、廃ビルの廃材と思われる鉄パイプやナックルダスターを装備した少年が立ち上がり、カイトの行手を阻んだ。
「・・・どけ。」
「ぐぇ・・・」
少年が苦悶の声を上げたのは、彼らが立ち上がった一瞬後だった。カイトは一瞬で少年達との距離を詰めると、目の前に居た少年のみぞおちへと、掌底を食らわせた。カイトの手には、骨の折れる感触が伝わった。そうして、一撃で少年は身体をくの字に曲げて、前のめりに顔から倒れこんだ。
確かに、カイトは手加減しようと思っている。しかし、それでも骨の幾つかは命に別状の無い程度には、頂いていくつもりであった。それほどまでにはキレていたのである。
「・・・は?」
「敵の目の前でぼさっとすんな。」
何が起きたのかわからず、ただ目を見開いていた少年たちに、カイトは続けざまに裏拳、回し蹴り、正拳突きを食らわせていく。そうして、見る間に4人の少年が、血を流し、泡を吹いて地に倒れ伏していた。
「何なんだ・・・何なんだ、てめぇは!」
最後の少年は、本能で悟った。絶対に勝てない、と。そうして、よろめき、尻餅をついて後退りしながらドアを目指す。カイトは恐怖を与えるように、それを追い詰めるが如く、ゆっくりとその後を追う。
「・・・ひっ。」
少年はドアまで辿り着くと、大慌てで扉を開こうと立ち上がり、ドアノブを回す。しかし、幾度やっても、ドアは一切びくともしなかった。
「なんでだよ!さっき開いてただろ!」
少年の叫び声が建物の入り口にだけ響く。カイトはそれに答えてやるつもりはさらさら無く、少年の真後ろに立った。少年はそれに気付いて引き攣った声を出したが、カイトがよほど恐ろしいらしく、振り向こうとしなかった。
「・・・自分の馬鹿さ加減を呪え。」
カイトは少年の頭を握ると、強烈な力でそれを握る。アイアンクローの要領だ。少年は苦悶の声を上げるが、カイトは一切斟酌せず、そのまま扉へ思い切り頭を打ち付ける。ゴンッ、と大きな音が響き、カイトは少年の頭を離した。ズルズルと少年はドアを血の跡を残しながら滑り落ちる。そうして、カイトはその場を後にした。
「ぐげっ!」
「はぁ・・・終わりかよ。雑魚が。」
浬達が囚われている三階の少し大きな部屋へと入る前に、カイトは全ての階に居た少年たちを全て戦闘不能に陥れた。何の達成感も無い、単なる作業であった。それほどまでに、少年たちは弱かった。そうして、不満気なカイトの顔を見て、楽しそうなティナの声が響いた。
『致し方があるまいよ。お主とその子供らでは、大人と子供よりも更に差があろう。』
『まさかお前の気持ちが分かる日が来るとは思ってなかったな・・・』
『それはそれは・・・なんとも嬉しい言葉じゃな。』
浬が囚われている部屋へと移動しながら、二人は念話で会話する。多少血を見たことで、カイトも凶暴性が表に出ていた。その為、感じたのは物足りなさだ。今まで命がけ、それもこれを遥かに上回る戦闘技術を駆使した殺し合いを行っていたのだ。何ら一切の危険の無いこの戦いとも呼べぬ戦いに、彼は初めて、ティナが雑魚を相手にして物足りないと不満を言う気持ちを理解してしまった。
『だからって増やさないからな。』
『むぅ・・・』
増やさない、とは朝の鍛錬代わりに行っている模擬戦の事だ。今はカイトの学校があるために現実時間で一時間程度にしているが、それを増やされては下手をすれば疲れ果てて学校に行かなければならなくなる。それは避けたかった。そうして、雑談しているうちに、浬達が囚われている部屋の前に辿り着いた。
「さて・・・お仕置きの時間だ。」
そう言って、カイトは勢い良く扉を蹴破った。浬達が囚われた部屋へと入ると、10人程の少年たちが驚いた表情でカイトを睨んだ。
「ひっ!」
カイトは怒りからついうっかり勢い良く扉を開けてしまったのだが、その所為で囚われていた浬と幼い少年を怯えさせてしまった。ただでさえ泣いているところに乱暴に侵入者が現れ、二人は身を寄せ合い、震えていた。カイトはそれにしまった、と少しだけ頬を引き攣らせ、どうやって安心させようかを考え始める。
「誰だ、てめぇ!」
「ここまでどうやって来やがった!」
カイトはそんな怒声を飛ばす少年たちを一切無視し、大切な妹へと声を掛けた。結局、声を掛けてやった方が良いと判断したのだ。
「よう、浬。」
「・・・え?お兄・・・ちゃん?」
浬は狐面を被った襲撃者の声が確かに兄である事に気づくと、嗚咽が止まる。
「ちょっと待ってろ。直ぐに終わる。ああ、怖いから目は閉じてろ。そっちのガキもな。」
そうして、二人がぎゅっと目を閉じた事を確認すると、カイトは一瞬で少年達の目の前から消失した。次に現れたのは、二人の近くで二人が逃げない様に見張っていた少年の前だ。その少年は既に身体をくの字に曲げており、そのまま前のめりに倒れていった。
「・・・は?」
「お前らは全員一緒か。」
呆れ100%の声で、カイトが呆然となる少年たちを睨みつける。少年たちの誰も、カイトの動きが見えなかった。そうして次に気付いた時には仲間の一人が倒れており、いや、すぐさま二人目が倒れこむ。
「・・・何の冗談だよ・・・何なんだよ、てめぇは!」
そうして一分もしない内に、最後の一人、リーダー格と思しき少年だけとなる。その少年は顔全体に絶望感と恐怖が張り付いており、ガタガタと震えてしまっていた。
「・・・ちっ、雑魚ならオレの妹に手ぇ出してんじゃねぇ!」
「ひぃっ!」
この戦いで初めて、カイトが吼えた。そこに乗った怒気と殺気、様々な威圧はリーダー格の少年ただ一人に向けられており、彼は恐怖のあまり失禁してしまう。
「ちっ、ガキが・・・こいつは忠告だ。次は無い。」
そうして、彼が最後に見た物は、振りかぶるカイトの右手と、彼の瞳に宿った先ほどの言葉の意味を示す、殺意であった。
お読み頂きありがとうございました。
2018年9月8日 追記
・誤字修正
『伝わった』が『伝わた』になってしまっていた所を修正しました。