断章 第37話 リライト ――羅刹王の果て――
カイト・ヴィヴィアン・モルガンのかつてありとあらゆる世界を震え上がらせた魔王達対『ラーマーヤナ』に記される羅刹王ラーヴァナの戦い。それは終始カイト達が押し続ける展開となり、ラーヴァナはついにその身をモルガンの放った巨大な光球に晒す事になる。
そうしてその身に巨大な光球の一撃を受けて満身創痍に追い込まれたラーヴァナは人間と同じく二本の手足を持つ姿に戻ると、カイトもまた単騎でそれに相対していた。
「おぉおおおおおお!」
先程とは違い一つの頭で雄叫びを上げて、ラーヴァナが虚空を蹴って大剣を振り下ろす。その一撃は先に受けた傷なぞ全く感じさせない、神の名に恥じぬ威力だった。
当然だ。先程までは一度に二十の腕から全力の一撃を放つ事が出来たというだけで、今の状態からでも一撃なら全力の一撃を放てた。単に全力の一撃を同時に出せる数が減ったというだけであった。これに、カイトもまた雄叫びを上げて大剣を振りかぶる。
「おぉ!」
大剣の一撃が交錯する。そうして轟音が鳴り響いて、次元が砕け散った。
「調律」
両者を隔てる次元の裂け目を、カイトは大精霊の力を以って強制的に収束させる。そうして次元の裂け目が消えた先には、次元の裂け目ごとカイトを叩き潰さんとしていたラーヴァナの姿があった。
「っ」
失策。ラーヴァナはカイトにではなく、自身の失策を理解する。そうして、次元の裂け目を隠れ蓑にして無数の武器を創造していたカイトが、ラーヴァナが大剣を振り下ろすよりも前に発射した。
「ぐっ! だが!」
障壁に無数の武具が激突し火花を散らし、武具の破壊により虹を撒き散らす。そうして刻一刻と削られる障壁を自身の魔力だけで支えながら、ラーヴァナはカイト目掛けて大剣を振り下ろした。
「っ」
空間が裂け、カイトへと無数の斬撃として襲いかかる。それに、カイトは風を纏った。
「風よ!」
風の大精霊の力を自らに付与し、カイトは前面に超高圧縮の空気の層を生み出す。そうして、ラーヴァナの斬撃が衝突し、風が爆発した。
「ぐっ!」
おそらく歴史上に記録されている全ての台風をも遥かに上回る風が巻き起こり、思わずラーヴァナが顔を背ける。その一方、カイトは風を纏う事でそれを無効化しており、しかし勢いを利用して距離を取っていた。
「ふぅ……」
虚空に着地したカイトであるが、空中で弓矢へと持ち替えていた。そうして、彼は大火を纏う。
「火よ」
「っ」
面白い事をしてくれる。ラーヴァナの顔に笑みが浮かび、しっかりと虚空を踏みしめる。そうして、カイトもまた笑った。
「避けるなよ? <<創造神の神撃>>!」
「避けるものか……かよう偽りの一撃なぞ、避けるに値せん!」
まるでこれを避けるならラーヴァナの名は地に落ちたも同然とばかりの挑発的な笑みを浮かべたカイトに、ラーヴァナは荒々しい笑みを浮かべその身を晒す。
何故カイトがラーマが使う<<創造神の神撃>>を使えるのか、なぞこの際どうでも良い。が、ラーマを、かつての敗北を恐れて付け焼き刃も良い所の一撃を避けては、ラーヴァナの名が廃る。故に、彼は避けずに全身の力を込めて大剣を構える。
「おぉおおおおおお!」
ラーヴァナの雄叫びが響き渡り、彼の視界が灼熱に覆われる。そうして、かつて身を焼き尽くし体内に宿っていたアムリタを全て蒸発させた灼熱が、襲いかかった。
「火よ」
太陽も見紛うばかりの灼熱の球体の中へ、カイトが突っ込む。そうして突入した太陽の中では、ラーヴァナがその身を焼き尽くさんとする業火に焼かれながら、カイトを待ち構えていた。
「「おぉおおおおお!」」
灼熱に身を焦がすラーヴァナと、大精霊の力をその身に宿すカイトの一撃が太陽の中心で激突する。その衝突は周囲の太陽を吹き飛ばし、爽やかな風が吹き込んだ。
「氷よ!」
第二撃をお互いに振りかぶると同時に、カイトがその身に氷を宿す。それは吹きすさぶ風に宿ると、一気に絶対零度の風となって二人の身体を包み込んだ。
「ぐっ!」
「おぁ!」
灼熱からの絶対零度の業風に身を晒され苦悶の顔を浮かべるラーヴァナに対して、カイトは一切の容赦なく剣戟を叩き込む。が、ラーヴァナの第二撃がそれに間に合って、既の所で受け止める事に成功する。
「こぉおおおおおお」
「っ!?」
第二撃の衝突と同時。一瞬の停滞の瞬間を狙いすまし、ラーヴァナが口腔に魔力の光球を宿す。それに、カイトは思わず目を見開いた。この状態からでも口腔からの魔力放出が使えるとは思わなかったらしい。そうして、カイトの身体がラーヴァナの光条に包まれて吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
「おぉ? 派手に戦っていると思えば、カイトか。なんだ、負けたのか?」
「まさか。単に遊んでるだけだ。腕も足も全部無事だろ? まさか兄貴ともあろうものが、腕一つ落ちていない英雄に敗北を問いかけるのか?」
「はははは! では、行って来い!」
当たり前過ぎる。せめて敗北を認めるにしても敵も自分も腕一つは落として帰らねば戦士の恥。そう言わんばかりのフェルグスの声にカイトは笑いながら、ジャンプでその大剣に乗せてもらいラーヴァナの所へと舞い戻る。そうして一気に音速の壁をぶち抜いて急上昇。極光と紫電を纏う。
「おぉおおおおおおお!」
超音速で一気に急上昇するカイトが、右の拳を引いて黒白の翼を出現させて更に加速する。そんな彼へ、ラーヴァナは弓矢を構え矢を放った。が、それにカイトは身に纏う暴力的な魔力で対応し、全てを無視する。
「おぉおおおおおお!」
「ごほっ!」
直撃のみを避けて、破壊さえしないか。ラーヴァナは迎撃さえせず一直線に自身に向かって来たカイトに腹を殴られ、口から血の塊を吐いた。そうして一瞬の停滞の後。ラーヴァナが超音速で天高くへと吹き飛ばされる。
「ごほっ! ごふっ……ふぅ……」
再度血の塊を吐いたラーヴァナであるが、口内に残っていた血を全て吐き捨てる。そうして一度だけ深呼吸してぐちゃぐちゃに破損した内蔵を再生。それと共に激痛を一気に押し流す。そんな光景を見て、カイトは思わず呆れ返る。
「はぁ……常人なら悶死しかねないほどの激痛の筈なんだがね」
苦痛に対する適性は人一倍高いとい事だったが。カイトは開戦前のラーマの言葉を思い出した。あれだけ攻撃を受けまくっても、一切堪えている様子はなかった。勿論、無事ではないのでそれ相応に身に纏う圧は減少しているが、痛痒を感じさせないだけの威厳があった。そうして僅かな停滞の後、カイトとラーヴァナが同時に虚空を蹴る。
「「おぉ!」」
お互いに選んだのは徒手空拳。雄叫びを上げた両者がまるでクロスカウンターの様に拳を交差させる。そしてその衝突で轟音が鳴り響き、わずかに両者の距離が離れた。
「来いっ!」
どんっ。そんな音と共に、カイトの異空間の中からいつもの大剣と大太刀が射出される。それをキャッチして、カイトは右手に持った大剣で同じく大剣を手にしていたラーヴァナへと斬り掛かった。
「はぁ!」
「おぉ!」
カイトの斬撃とラーヴァナの斬撃が交差する。が、ここでラーヴァナはカイトが二刀流である事を思い出した。そうして、左手の大太刀が疾走った。
「はぁ!」
「ぐっ!」
大太刀が翻りラーヴァナの身体が袈裟懸けに切り裂かれる。だが、その一撃でラーヴァナを仕留めきる事は出来なかった。どうやらかつての逸話から斬撃に対しては精神的な効果が特段薄いらしい。さほど痛痒を感じている様子はなかった。故にラーヴァナは自身の損壊を一切無視し、大剣を振りかぶった。
「ふっ!」
「っ」
大剣に大剣を交差させ、カイトはその一撃を防ぐ。が、流石に攻撃の直後にダメージを無視した攻撃だ。防御は完璧ではなく、わずかに後ろへ押される事になった。
「はっ!」
「っと!」
自身に向けて再度の口腔からの魔力放出を放つラーヴァナに、カイトは一瞬は急制動を仕掛けるもその場で虚空を蹴って跳躍。眼下に光条を見ながら、再度双剣を投げ捨て弓矢を取り出す。
「っ!」
放たれた閃光をラーヴァナが大剣で叩き斬る。そうして矢が落ちた瞬間、カイトが更に後ろに跳んで槍を手にした。
「ちぃ!」
やられた。今の矢が囮の類だと理解したラーヴァナが思わず顔を顰める。カイトの真髄は馬鹿げた出力と武器の切り替えにこそある。それを理解していなかった彼の不足だった。そこへ、カイトが紫電を纏わせた槍を投げ放つ。だがしかし、ラーヴァナはわずかに笑っていた。
「ふんっ!」
迫り来た雷の槍に対して、ラーヴァナは右手一つで完璧に防ぎ切る。
「インドラに勝った息子の父が、雷を受けて傷を負っては名が廃る」
「そうだろう……だが、だからこそ」
「む?」
紫電を纏うカイトを見て、ラーヴァナが一瞬目を丸くする。そうして、紫電を纏う剣閃が翻る。
「ぐっ!」
紫電の斬撃が轟音を上げてラーヴァナを通り抜け、白い雲を切り裂いた。そうして強大な雷により白煙を上げたラーヴァナが落下する。
「この……一撃。インドラなぞ目では無い!」
どんっ。意識を取り戻したラーヴァナが牙を剥く。明らかに今の一撃はインドラの本気の雷なぞ目でもないほどの強大な威力を有していた。そして同時に、それでカイトの意図も理解する。
「雷で我を上回らんとするか!」
「おうとも!」
インドラの雷をも遥かに上回る紫電を纏いながら、カイトがラーヴァナへと襲いかかる。雷はラーヴァナには効果が薄い。元々インドラジットの父だ。インドラに負けては恥と殊更雷に耐性を得ておいた。
だがそれ故にこそ、カイトは雷でラーヴァナを打ち倒すつもりだった。そうして、紫電を纏うカイトとラーヴァナの大剣が激突する。
「ぐっ……これは……」
なんともやりにくい。ラーヴァナは激突と共に迸る稲妻を無防備に受けるしかなかった。力と力のぶつかり合いにより、雷が弾け飛ぶのだ。それは当然カイトにも襲いかかっているが、彼には大精霊達の守護がある。雷は一切通用しないどころか、回復にしかならない。一方的に攻撃を受けていると断じても良かった。
「はぁ! っ!?」
「ぐっ! おぉおおおおおおおお!」
このまま接近戦を挑んでいては勝ち目は薄い。そう理解したラーヴァナは、敢えてカイトの一撃にその身を晒し直撃を受けて、しかしその一撃を受ける事により得られた時間を利用してカイトへと強撃を放つ。それそのものはカイトの大太刀により防がれるが、距離を取る事には成功した。
「ふぅ……!?」
これで一息つける。僅かな安堵を滲ませたラーヴァナに対して、一瞬の内にカイトが距離を詰めていた。そうして、紫電の速度で肉薄したカイトの拳が、再度ラーヴァナの腹を抉る。
「ごふっ!」
「おぉおおおおおお!」
紫電の速度でラーヴァナを殴りつけ、彼を吹き飛ばしたカイトはそのまま紫電の速度でラーヴァナを追撃し、その身体に連撃を叩き込む。が、その拳が数十度叩き込まれた所で、ラーヴァナがカイトの両腕を引っ掴んだ。
「つか……んだぞ!」
「ぐっ!」
まるでこのまま腕を引っこ抜くと言わんばかりに、ラーヴァナがカイトの両手を大の字に引っ張り上げる。が、その瞬間。彼はカイトが笑っているのを確かに見た。そうしてその瞬間。カイトの身体が雷を放った。
「おぉおおおお!」
「ぐっ!」
しまった。ラーヴァナは自身の短絡を悔やむ。そもそもカイトは雷を纏っていたのだ。身体全体から雷を放つなぞ、造作もない事だった。が、それでも彼はカイトの手を離さない。
「ぐぅうおおおおおお!」
「ぐっ!」
ごりゅ、という嫌な音が響いた。カイトの左肩が外れ、彼の顔が苦悶に歪む。が、その痛みでカイトもまた更に本気を見せる事になる。
「な……に……?」
『はぁ!』
完全に雷と化して自身の拘束を抜け出したカイトに、さすがのラーヴァナも驚きを浮かべる。何ら一切の予兆も無い変貌だ。大精霊の力でもなければ不可能な事象だった。そうして、抜け出したカイトが背後からラーヴァナの背を打つ。
『大精霊の契約者の力の一つ……元素化だ。これを切ったのは、本気で久しぶりだ』
ぱんっ。雷の弾ける音が響いて、再度カイトが消える。そうして瞬く間に無数の拳打が迸り、ラーヴァナの身体を無数の紫電が貫いた。
「ぐっ……」
ぐらり。さしものラーヴァナも大精霊の力を解き放ったカイトの連撃には耐えきれなかったらしい。ゆっくりと彼が崩れる様に落下する。だが、彼は倒れる既の所で踏みとどまった。
「ふんっ! 何!?」
手に岩石を纏わせ腰の乗った一撃を放ったラーヴァナが、それでも一切通用しないカイトの身体に思わず仰天する。まさしく神々を、英雄を越えた正真正銘の『化け物』。カイトは一段上の存在だった。そうして、驚愕するラーヴァナへとカイトが最後の一撃を叩き込む。
『<<雷神掌>>』
ばんっ。何かが弾け飛ぶ音が鳴り響き、ラーヴァナの身体を先程までより数回り巨大な紫電が突き抜ける。それは身体そのものには一切のダメージを与えぬまま、ラーヴァナの内部に甚大な損害を与えていた。
「……ごふっ」
どうやら流石のラーヴァナも限界が来たらしい。いや、普通に考えれば大精霊の力を解き放ったカイトの連撃を受けて立っていられる筈がないのだ。ラーマの称賛した通りの耐久力が為せる技だった。そうして、ラーヴァナは地面へと墜落していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




