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断章 第35話 リライト 幕間 ――二つの戦い――

 神兵を呼び出したラーヴァナとカイト達の戦い。それは基本は様子見といった趣が強かったものの、ラーヴァナがカイトの手札があまりに軍を相手にするに適していた事を理解していた事により終わりを迎える事となる。

 そうして両者にらみ合いを行っていたわけであるが、そこから少しだけ時は巻き戻る。カイトにラーヴァナを、それ以外をアルジュナやカルナ、クリシュナというインド最大の英雄達に任せ一人突き進んでいたラーマはというと、彼は神兵達による妨害を受けながらもなんとかラーヴァナの居城へとたどり着いていた。


「はぁ……上手くいかないものだ、この身はやはり」


 ラーマはかつてより手間取った神兵の討伐を思い出し、僅かな苦味を浮かべる。何度となく言われている事であるが、ラーヴァナの神兵にはその全てにラーヴァナの権能が一定程度付与されており、絶対無敵と言うほどではないがそれ相応の強化を受けていた。かつてなら人間として無効化出来ていたその権能も、神の写し身として復元された今の彼には抜群の効力を発揮していたのであった。


「かつてより、目覚めた頃より随分と強くなったつもりはあったのだが……ダメだな、どうにも」


 ラーヴァナの居城の正門前で、ラーマは僅かな苦笑を浮かべる。もっとやれた筈だ。もっと誇れる自分であった筈だ。そう思えばこそ、この苦味があった。


「……いや、今そんな事を嘆くより、先に進まねば」


 ここで嘆いたとて、状況は変わらない。そして自分の為に、世界中の英雄達が集まってくれているのだ。こんな所で立ち止まるわけには、いかなかった。そうして決意を新たに、ラーマはラーヴァナの居城の大門を見る。


「ふぅ……」


 ラーヴァナの居城の大門はがっしりと閉じられ、開く気配はない。更に周囲には大門以上に強固な結界が張り巡らされていて、真正面からの突破以外に道はない。


(大門を敢えての穴とする事で、そこ以外からの出入りを禁ずる結界か。この見事な術式……インドラジットに違いあるまい)


 何度となく、この見事な魔術に苦しめられた。ラーマはそれを思い出しながら、自身ではこの魔術は解呪出来ないと判断する。であれば、取るべき手は一つだけだった。


「……はぁ……」


 意識を集中し、ラーマは己の中に眠るヴィシュヌの力を解き放つ。ことこの戦場ではほぼほぼ役に立たないどころか邪魔な神の力であったが、城の正門を破壊するには役に立つ。故に彼は拳に神の力を宿し、正拳突きを放った。


「はっ!」


 たった一撃。腰の乗った一撃は音もなく放たれると、ほぼほぼ音も立てずにラーヴァナの居城の正門を打ち据える。そうして、僅かな間が空いた。


「……ふぅ」


 敢えて言うのであれば、弓道の残心。そんな行為に似た小さく短い吐息が、ラーマの口から溢れる。すると、まるでその吐息が最後のひと押しだったかの様にラーヴァナの居城の正門がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「良し」


 流石はインド神話に名だたる大英雄ラーマ。誰が見てもそんな称賛しか出せぬほどの一撃で、ラーマは正門以外に一切の衝撃を伝えずに正門を破壊する。そうして、彼はかつて王であった者の優雅さでラーヴァナの居城へと足を踏み入れる。と、足を踏み入れて早々に、彼はかつての友が残してくれた助けを見つける事になった。


「これは……ハヌマーンの……」


 自分が立ち入るなり吹いた柔らかな風に、ラーマははっとなる。ハヌマーンは父ヴァーユの力――ヴァーユは風神――を受け継ぎ風の力を使う事が出来たらしい。それが、彼が入ってきたと共に流れたのだ。そしてそれは彼を奥へと誘うような動きで、まるでさも迷うことはないでしょう、と教えてくれていたようであった。


「……ありがとう、友よ」


 何人もの友に自分は支えられ、導かれている。ラーマはわずかに鼻頭が熱くなるのを感じる。そして彼は前を向いて、柔らかな風に導かれてまるで戦場とは無縁に静けさを保つラーヴァナの居城の中を歩いていく。が、そんな彼は一歩歩く毎に、顔に険しさを浮かべだした。


「……」


 おかしい。ラーマは無言で歩みながらも、腰の剣を何時でも抜ける様に準備する。ここはラーヴァナの居城。敵の本城だ。そこに堂々と真正面から攻め込んでいるのに、兵士が一人も出てこなかった。

 それどころか普段なら歩いているだろうラーヴァナに使える従者達の姿一つ見受けられず、正真正銘人っ子一人居なかった。何か策がある。そう考えるには十分な状況だった。


「……」


 どこから何が来ても良い様に、ラーマは細心の注意を払いながら歩いていく。そうしてハヌマーンの風に導かれるがままに歩いていく彼であったが、結局最後の宝物庫の前。地下へ続く階段の前にて、唐突に何かが迸るのを見た。


「っぅ!?」

「ちっ……外したか」

「貴殿は……ヒラニヤカシプ!? 何故ここに!」

「覚えていたか……いや、この場合は知っていたか、と言うべきか」


 ヒラニヤカシプ。それはラーマと同じくヴィシュヌの写し身であるナラシンハが討ち倒したアスラの名だ。それが柱から生える様に現れるや、ラーマの首筋目掛けて刃を振るったのである。そんな彼はラーマの問いかけに楽しげに、しかしどこか嘲る様に告げた。


「何故か、か……くくく。これは異なことを。ラーヴァナはまぁ、あれはあれの流儀があろう。が、俺には俺のやり方がある」

「なんの話だ?」

「貴様が世界中の英傑と手を結んだ様に、俺達もまた手を結んだだけの事だ」

「貴殿とラーヴァナが? 何故だ」

「……」


 こいつは馬鹿なのか。ラーマの問いかけにヒラニヤカシプは若干困惑気味に目を丸くする。が、そうして彼は盛大にため息を吐いて、心底忌々しげに吐いて捨てる。


「言うまでもない。俺は貴様や貴様を生んだヴィシュヌが嫌いだ、というだけだ」

「私は貴殿に何もしていないだろう」

「そういう事ではない。貴様がヴィシュヌの生まれ変わりであった事に変わりはなく、そして貴様がヴィシュヌの写し身である事にも変わりがない……だから、俺は貴様の邪魔をする。それだけの事だ」

「……」


 逆恨みも良い所だ。そもそもヒラニヤクーシャが討伐される事になったのは、海中に没した大地を引き上げようとするこれまたヴィシュヌの写し身であるヴァラーハという猪の邪魔をした結果だ。これでラーマに当たるのだから、逆恨みも良い所であった。

 が、そういう事ではない、というのはラーマにもわかっていた。とはいえ、今外では友達が血を流している。時間を浪費したくはなかった。なので彼は一縷の望みに賭ける様に、問いかける。


「……どうしても、やるのか?」

「はぁ……これで、満足か?」

「……そうか。ならば、もはや問うまい。時間が惜しい」


 自らの首を狙って一切の容赦無く剣戟を放ったヒラニヤカシプに対して、その剣戟を一歩後ろに下がって回避したラーマもまた意を決する。時間が無い事は事実。ここでヒラニヤカシプの説得に時間を使うぐらいであれば、彼を殺してでも押し通るつもりだった。


「おぉおおおおおお!」

「はぁああああああ!」


 ナラシンハの力を纏うラーマとヒラニヤカシプが同時に雄叫びを上げて、共に地面を蹴って激突する。そうして、ラーヴァナ軍最後の戦いの火蓋が切って落とされる事になるのだった。




 さて、所変わってカイト陣営後方。激突するカイト達を挟んでラーマとは正反対の場所。そこでは、世界最強の女傑スカサハの見守る中で彼女の妹のオイフェとインドラジットの戦いが繰り広げられていた。


「……」


 戦場の中で意識を研ぎ澄ませ、オイフェは姿を消したインドラジットの姿を探る。先程とは段違いの魔術。それを繰り出して、インドラジットは姿を隠していた。

 が、それは決して暗殺の為でも逃走の為でもない。真正面から戦う為に、姿を隠していた。敵を前に魔術で姿を隠す事は決して卑怯ではないのだ。そうして何も無い空間から何も生まれず、しかしオイフェは跳ぶ。


「ぐっ!」

「甘い。殺気がダダ漏れだと言っているだろう」

「ちっ」


 ぶんっ。自身の頭を足蹴にしたオイフェに、インドラジットは一つ舌打ちをしてその場を離れる。こうやってその場を離れる度、インドラジットの繰り出す魔術は洗練され読めなくなっていた。

 が、それでもオイフェは問題なかったし、何よりそれが目的で敢えて殺せるのに殺していなかった。そんな彼女を、スカサハは上機嫌に見ていた。


(良いぞ、良いぞ……すでに感覚は二千年前に追いついた。今なら、かつての私の刺突も見切れるだろう)


 実際の所、インドラジットの腕は確かに素晴らしかった。相手がオイフェというもう一人のチートキャラでもなければ生半可な英雄ではまず勝てなかったし、勝つにしても手傷は免れなかっただろう。

 比較対象であれば、おそらくフェルグスらケルトの猛者の中でも上位に位置する者でようやく勝利出来る、という所だった。『ラーマヤナ』にて最強級の神というのは伊達ではないのだ。だがそれでも、『最盛期のオイフェ』には届かなかった。


「……」


 消えたインドラジットの気配を探りながら、オイフェもまた自身の感覚が随分過去に戻っている事を理解する。そうして意識を研ぎ澄ませながら、彼女は自らの状態を再確認する。


(そろそろ感覚は戻った。これだけあれば、あの馬鹿(スカサハ)の二千年前時点の攻撃は普通に回避出来る。難点はあれの連撃に対応するのであれば、余裕無く動くしか無いことだがな)


 今はもうあの動きは出来ない。オイフェは自身の中に芽生えた母としての自我を自覚すればこそ、今はもうどうやっても二千年前の様には動けない事を再認識する。

 とはいえ、別に問題はない。もうスカサハとは戦わないし戦えない。訓練が限度だ。今更、あんな曲芸師じみた動きを求められる戦いはするつもりもない。求められる事もない。なにせ彼女にとってスカサハの刺突に比べれば、ありとあらゆる攻撃がまるで止まって見えるからだ。


「……」

「言った、はずだ……殺気がダダ漏れだ、とな」

「……なるほど。今はっきりと理解した……貴様ら、どんな動体視力と反射神経をしている」


 殺気がダダ漏れ、と言っているが実際にはそういう事ではない。インドラジットは自身が顕現すると同時に放たれた槍に、呆れる様にため息を吐いて告げる。ここまでやって、彼は自分の幻術が破られる理由をはっきりと理解したらしい。


「この程度は普通だ。姿が認識出来た時点で攻撃に移る。インドでは違うかったか?」

「その速度が異常過ぎるのだ、貴様もスカサハも」


 姿というか気配が一瞬でも掴めた瞬間、オイフェは条件反射の様に攻撃に移っている。それは勿論、普通に誰もがやっている事だ。が、その速度がオイフェもスカサハも尋常ではなかったのだ。これに、オイフェは呆れる様に首を振る。そうして、そんな彼女が問いかけた。


「ふんっ……他の奴らが遅すぎるだけだ。それで、これ以上は無いか?」

「……まさか。まだまだ、これからだ」


 無いなら殺すが。そんなオイフェの言外の言葉に、インドラジットは虚勢や虚栄ではなく一切の気負い無く明言する。それに、オイフェは槍を引いた。まだあるというのだ。存分に、自分のリハビリに付き合ってもらうだけだった。


「来い」

「……」


 槍を構えるオイフェに、インドラジットはわずかに距離を取って浮かび上がる。何をするかはわからないが、魔術を使ってくる事だけは明白だった。そうして、戦場の最前線と最後方での戦いがスタートする事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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