断章 第29話 リライト ――戦い――
ラーヴァナにより差し向けられた『空飛ぶ戦車』の艦隊。その妨害によりカイト率いる連合軍はヴィマーナ艦隊の半数を『空飛ぶ戦車』艦隊の迎撃に差し向ける事になり、五百名でのラーヴァナ軍との決戦に挑む事になる。
そうしてラーヴァナの城の前にたどり着いた一同であったが、そんな彼らが見たのは自分たちを待ち構えるかの様に勢揃いしたラーヴァナ軍であった。そんなラーヴァナ軍を前にこちらも勢揃いして相対した連合軍であったが、ラーマがラーヴァナへと最後通牒を告げた事により、ついに戦いは開始される事になっていた。
「おー。こりゃ凄いな。普通に表の軍なら数十万単位で死者が出そうな猛攻だ」
射掛けられる無数の矢の雨と無数の『空飛ぶ戦車』による砲撃の雨を見ながら、カイトはのんきにそう告げる。そんな彼に対して、モルガンもヴィヴィアンもまた気楽にかまえていた。
「どうする?」
「さぁ?」
数十万からなる敵陣からの攻撃に対して、数秒後に迫る死に対して、モルガンもヴィヴィアンもさほど難しくは考えていない。それも、その筈だ。その次の瞬間。それを吹き飛ばすほどの轟音が生まれた。
「おぉおおおおおおおおおお!」
びりびりびり。大気が揺れ動き、地面が声量だけで砕け散る。それだけで無数の矢は吹き飛ばされ、地面へと落ちていく。そしてそれと同時に、虹が走った。
「ふんっ!」
フェルグスが虹を振り回し、放たれた無数の砲撃を一刀両断に切り裂いた。そうして、彼は楽しげに腕を回し、<<虹断の刃>>を地面に突き立てる。そんな彼の横に、まるで楽しげにベオウルフが立つ。
「おいおい。抜け駆け厳禁って言葉があるだろ」
「ふぅ……どうにもこうにも血が猛ってならんので、一足先に始めさせて貰った」
「ずりぃな……じゃあ行くか」
「おう!」
牙を剥いて笑うベオウルフの言葉に、フェルグスもまた笑う。と、そんな彼の横を、二筋の閃光が突き抜ける。
「「ん?」」
「お先!」
「話していると、得物が減るぞ!」
「「……」」
いや、全く柄にも無い事をしていたな。横を通り抜けたクー・フーリンとフェルディアに、フェルグスとベオウルフが笑い合う。
いつもなら、あんな所で待たずに始めるのが彼らのやり方だったはずだ。それなのに、馬鹿みたいに突っ立った。何故そんな事をと言われればフェルグスはしたかったから、と答えるが柄にもないといえば柄にもなかった。
「「おぉおおおおおおおお!」」
二人の雄が吼えて、地面が砕け散るほどの力で地面を踏みしめる。と、その二人の雄叫びをも更に超えた雄叫びが、戦場全域に轟いた。
「おぉおおおおおおおおおお!」
「お、おぉ!? やる気か、クレス」
「ええ……久方ぶりに、暴れまわろうかと」
「そうかい。じゃあ、俺は後ろで支援させてもらうか」
やる気を漲らせて覇気を纏うヘラクレスの横。弓を持った偉丈夫が楽しげに笑う。そんな彼はどこか荒々しさの中に気品を漂わせる美丈夫で、その威風は輝かんばかりであった。そんな彼に、ヘラクレスが笑う。
「それは有り難い……オリオンの弓術を背に戦えるとは、光栄だ」
「おう……ま、好きにやりな。俺も好きにやっからよ」
ぎりぎりぎり、とオリオンが弓を引き絞り、『空飛ぶ戦車』の中でもひときわ巨大な一隻に狙いを定める。と、その次の瞬間だ。無数の矢がほとばしった。しかも、彼の真横からである。
「あぁ!? てめぇ! 人の得物横取りするやつが居るか!?」
「好きに、して良いのでしょう?」
「てっめ! 良いぜ、やってやる! 遠くからん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそがギリシア一の弓使い! ポセイドンの子にして狩人の神に愛されしオリオンなり!」
少し子供っぽく笑うヘラクレスの言葉に、オリオンがこちらも楽しげに笑う。そうして、彼はまるでギリシア一の弓兵とは自分である、と示す様ににヘラクレスの倍の矢を一息に放った。そんな彼に、ヘラクレスが冗談めかして告げた。
「ギリシア一のスケコマシでは?」
「それも然り! って、良いからさっさと行けよ!」
「では、失礼して」
ずんっ。先程のベオウルフやフェルグスにも匹敵するほどの力で、ヘラクレスが地面を踏みしめて地上すれすれを飛ぶ様に移動する。その圧たるや、まるで重戦車が音速で突進するかのような圧力だった。と、そんな彼の更に上を、一隻の戦車――と言っても古代の戦車だが――が駆け抜ける。
「よぉ! ヘラクレス! 先行くぜ!」
「自らの足で走らないので!?」
「久しぶりにゃ、こいつらも走らせないとな!」
『戦場は久方ぶりです!』
『血が滾る! これぞ、戦場よ!』
ヘラクレスの頭上を、一人の偉丈夫が乗る馬車が駆け抜ける。その更に横を、ペガススが駆け抜けた。
「お先に、アキレス!」
「パーシー!」
「今は、ペルセウスだ! これだけの英雄が揃う場で、パーシーは名乗れんさ!」
どうやら戦車に乗っているのがアキレウスで、ペガススに乗っているのがペルセウスらしい。そうして、ペルセウスがアキレウスに問いかける。
「なぁ、久しぶりに競争するか!?」
「駿足の異名を持つ俺に、速度勝負か! 良いぜ! ゴールは!?」
「奴の城でどうだ!」
「乗った!」
『ペルセウス! 勝手に決めないでくださいよ! 走るの私ですよ!?』
『良し! 一気に行くぞ!』
『ええ!』
相変わらずあそこもあそこで騒がしい。地面を踏みしめる様に蹴るヘラクレスは、頭上で騒がしいアキレウスとペルセウス、その相棒達の会話にわずかに笑みを浮かべる。
そうしてそんな彼は一歩毎に加速し、敵の最前線へと突っ込んでいった。それを、アルトリウス率いる<<円卓の騎士>>とフィン率いる<<フィアナ騎士団>>は見ていた。
「やはり古代の英雄達は誰も彼もが荒々しい所を持ち合わせているな……そう思わないか、アルトリウス」
「ええ……が、そういう面で言えばそちらも存外あちら側では?」
「はははは。私はあっちとこっちの中間だ」
アルトリウスの問いかけに、フィンは敢えて優雅に笑う。なお、そういうわけなので珍しく一人称を私にしていた。が、そんな彼に対して彼の騎士達は、至っていつも通りだった。
「爺さん……もう良いだろ? さっさと行こうぜ」
「……少しぐらい後進達に英雄の風格を見せようと思わんか、お前ら」
さぁ、行こう。そんな気迫を漲らせる自らの部下達や孫のオスカに、フィンは楽しげに、しかしどこか嘆きを浮かべる。が、これに異論を唱えたのは、ディルムッドだった。
「陛下……戦場では武勲を立てる事こそが、騎士の仕事。優雅は城に置いてきました。陛下はまさか酔っ払って持ってきてしまったのですか?」
「くっ……そうだったな。よぉし! <<フィアナ騎士団>>、全軍前進! ケルトの古代の英雄に! ギリシアの英雄に! インドの、北欧の英雄に、中国の、日本の怪異達に我ら<<フィアナ騎士団>>ここにありを示す!」
「「「おぉおおおおおお!」」」
フィンの号令に、<<フィアナ騎士団>>の騎士達が鬨の声を上げて気勢を上げる。そうして、彼らも各々の武器を手に矢や砲弾を意に介さず一気に突き進んでいく。そうして残ったのは、そういった古代のあらくれ達とは違うアルトリウス率いる騎士達だ。
「どうしますか、陛下」
「さて……今更、我々が必要とは思えないな」
前線を進む英雄達を見送りながら、しかし出陣の命令を下さないアルトリウスに、第二世代の騎士達が若干の疑念を得る。だが、そんな彼ら彼女らに、第一世代の騎士達は何が目的かを理解していた。
「良かったですね、ガウェイン卿。今が朝で」
「まー、昼でも夜でも……いや、夜ダメか。夜以外ならなんとかなる。しかも今回おふくろあっちだしな。気楽で良いわー」
「呼んだ?」
「うんぎゃぁ!」
す、凄い悲鳴を上げましたね。ガウェインのまるで猫を踏んづけたような悲鳴に、ランスロットが思わず笑う。そうして、そんな彼に対してまさかモルガンが来るとは思っていなかったガウェインが心臓が飛び出るほどに驚いていた。
「な、なんでいんだよ!」
「出陣前で暇だからー」
「いや、戦闘始まってるんだから、あっち行ってろよ! 後こっちももうすぐだろ! 子供の邪魔すんな!」
「もうすぐ?」
ガウェインの言葉に、横に控えていたベディヴィエールがきょとん、と首を傾げる。これに、ガウェインが気を取り直した。
「ああ……こんな小勢だ。一番怖いのは?」
「包囲される事です」
「そういうこった」
「ですが、周囲には一切魔術の感はありません。更に言えば、隠れられる場所も一切」
無い。ベディヴィエールは戦闘向けの気持ちで一切の油断無く、周囲を見回す。が、これにガウェインがしょうがない、と思うだけだ。
「あー、まぁ、お前らはしょうがないか。見た事なんて無いもんな……俺達も言う事はほとんど無いし。おふくろ。ちょっと説明すっからあっち行ってろよ」
「えー……まぁ、良いか。じゃあ、頑張ってねー」
ひらひらー、とモルガンは手を振って再びカイトの所へと戻っていく。そうして戻った彼の周囲には、先陣を切らなかった英雄達が集まっていた。具体的には北欧のスクルド率いる<<戦乙女>>達や、アルジュナを筆頭にしたインドの英雄達、そして斉天大聖ら中国の怪異達だ。その中の一人、斉天大聖はスクルドを見て懐かしげな顔をしていた。
「なんかすんごい久しぶりの顔が」
「えー……貴方まで居るの?」
「そりゃ、居るでしょ。ここ一応エロ神の支配地域なんだから」
げんなりした様子のスクルドに対して、斉天大聖は逆に居ない方が不思議とばかりな顔をしていた。実際、彼女はインドラの下で更生した事になっている、というのが公的な立場だ。である以上、インドラの配下としてラーマに協力しても何ら一切問題はなかった。
「はぁ……というか、なんだか同窓会開いてる気分」
「年齢、結構行ってるのバレるわよ」
「うぐっ!」
ぐさっ。斉天大聖の一言に、スクルドが思いっきり膝を屈する。意外と効いたらしい。なお、この場の全員がスクルドはそもそも神代から生きている女神だと知っているので、今更である。が、気にはしているようだ。そんな彼女に、逆に斉天大聖が問いかける。
「というか、それなら私の方がびっくりよ。なんであんた居るのよ」
「オーディン様が観戦の口実で」
「あー……そういえばあいつ、そんな性格だったっけ……」
スクルドの言葉で、斉天大聖は随分昔に話した事のあるオーディンを思い出す。なお、何故オーディンがこんな粗雑の代名詞とも言える斉天大聖に――しかも当時なので本当に孫悟空時代――興味を持ったかというと、それは彼女の生まれに理由がある。
彼女は生まれは岩から生まれた、というのが通説だ。なので彼はまれに見る精霊の一種なのでは、と考えたとの事であった。なお、結果としてはもう少し賢くなってから話すか、と調査を――当時は――諦めたそうである。
「で、それは良いんだけど……あんた、無茶苦茶相性悪いわよ」
「知ってます。知ってますよー……知ってるもん……」
「ごめん」
盛大に落ち込むスクルドに、思わず斉天大聖が謝罪する。スクルドの背は、まさしく上司の無茶振りに晒された部下の悲哀と哀愁が漂っていた。
まぁ、当然である。ラーヴァナは神仙は勝てない、という権能があるのだ。いくら他の神話で効力が薄まろうと、スクルドは純粋な女神である。この場の誰よりも相性が悪かった。と、そんな彼女はまさかの謝罪に逆に目を見開いていた。
「……」
「あによ」
「貴方の口から謝罪が出て来るなんて思ってなかった」
「色々とあったのよ、こっちにも」
「そっか」
その色々こそ、名にし負う西遊記なのだろう。スクルドは変わらないようで変わった斉天大聖に笑みを浮かべ、気を取り直す。と、それと同時だ。まるで先陣を切った者たちを背後から挟み撃ち、もしくは包囲する様に、ラーヴァナの城から黒い光条が迸る。
「さ、来たわね」
「おっしゃ……これで、作戦の第二段階か」
楽しげに首を鳴らす斉天大聖に、カイトもまたそろそろ出番か、と首を鳴らす。そうして、待機していた者たちが一斉に武器を抜き放った。そんな様子を横目に、同じく槍を抜き放ったカルナがラーマへと問いかける。
「ラーマ殿。まだ、増えそうか?」
「いや……そろそろラーヴァナも厳しいだろう。奴はああ言ったが……こちらの猛者の力は奴もわかっている。これ以上、自身に負担を掛けられないはずだ。いくら、周囲に猛者が控えていようとな」
自分達を取り囲む様に現れる神兵達を見ながら、ラーマはこれが限度だろうと判断する。そうして、待機していた英雄達は先陣を切った英雄達の背を守る様に、周囲の神兵達へと戦いを挑んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




