断章 第26話 リライト ――集結――
インドにてカイト達の到着を迎え入れる支度を行うインドラと、その彼が用意したヴィマーナに乗って日本からインドへと移動するカイト率いる英雄連合。前者はインドにて集合した英雄や英傑達を率いるクリシュナとの会談を繰り広げる一方、カイト達はラーヴァナの召喚した一万の神軍による妨害を受ける事になっていた。
そんな神軍を前にした英雄連合であったが、十隻のヴィマーナの一隻ずつから一人の代表者が進み出て、その尽くを撃滅する。そうして、その代表者の一人であったオイフェがカイト達の乗るヴィマーナへと帰還した。
「ふむ……」
「どうであった?」
なにかを考え込むようなオイフェに対して、スカサハが非常に楽しげに、そして嬉しそうに問いかける。ざっと二千年ぶりに自身の好敵手が戦場で槍を振るったのだ。それが喩え自身には遠く及ばなくとも、嬉しくもなった。そんな彼女に、オイフェが告げる。
「やはり思ったより動けていないものだな。腕が落ちた感じはなかったが……錆はしたか」
「うむ。振り向きのタイミングや流れに若干の淀みが見えた。昔のお前には無かった淀みだな。そしてそれと同時に、昔のお前には無かった若干の安全マージンがある」
「むぅ……お前に近くなってしまったか」
「嫌か」
「嫌ではないが……何か嫌だ」
どこか不満げに問いかけたスカサハに、オイフェはどこか拗ねる様に告げる。これに、スカサハが拗ねた。
「何が嫌なのだ」
「お前に似てると言われているような気がするのが嫌だ」
「姉妹だから仕方があるまい」
「はははは。わかっている。冗談だ……まぁ、それに。そうなった理由もわかっている。今の方が良いと思うのもまた事実だ」
「むぅ?」
どういう事なのだろうか。スカサハはオイフェの言葉に訝しげに首を傾げる。これにオイフェは何も答えない。とはいえ、カイトはおおよそを理解していた。
「なるほど……昔のオイフェさんはもっと荒々しかったと聞いていたが」
「ああ。実際、オイフェは昔かなりやばかった……実際、なんで俺勝てたんだろ」
「真正面から勝ててはないんだろ。武略使って勝っただけで」
心底訝しがるクー・フーリンの言葉に、カイトは道理を告げる。そんな彼が、オイフェの変貌の理由を口にした。
「ま……今の動きの変化は心境の変化という所か。母親となった事で、その面が安全性の担保として内在的に出ちまったんだろう」
「だろうねー。女は母親になると変わっちゃうもんだし」
「そうかな?」
カイトの言葉にモルガンが同意し、そんな彼女の言葉にヴィヴィアンが問いかける。これに、モルガンが笑った。
「そそ。そこから先はその人次第、というかその人のその時の環境次第かなー。だからスカサハはあのままなんだろうし」
「そーいや、姉貴実際にゃ母親なんだよなぁ……」
「そーいや、俺本来お前を親父と呼ばねぇといけねぇのか……」
「やめろや」
クー・フーリンの言葉に、カイトは心底嫌そうな顔で告げる。何度か言われているが、スカサハはクー・フーリンの義母にあたる。なので彼女が仕掛けた『誓約』により彼女を妻とさせられたカイトはクー・フーリンにとって義父だった。
が、カイトとしては――無論クー・フーリンとしても――そんなのはごめんであった。とまぁ、そんなクー・フーリンへとカイトが問いかける。
「ははははは……で、どんなもんなんだ? 実際の所全盛期に比べて」
「あー……まぁ、落ちちまってるのは否定はせんさ。前はもっと荒々しかった」
どこか苦笑気味に、クー・フーリンはカイトの問いかけに今と昔でオイフェの動きが異なる事を明言する。それに、カイトはそうなのか、とただ受け入れるだけだ。
「そか……まぁ、ここから今に合わせるのは苦労しそうだが……」
「……ま、付き合えと言われりゃ付き合うさ」
「さよか」
「そんときゃ、お前も引っ張り込むぜ?」
「ははは……多分お前の前に姉貴に言われるわ」
「あー……」
それは有り得そう。カイトの言葉にクー・フーリンは思わず納得する。実際、後年オイフェの復帰祝いとカイトとクー・フーリンがスカサハ・オイフェ姉妹と同時に戦わされるハメになり、泣きを見る事になったとの事であった。と、そんなふうに納得したクー・フーリンであったが、ふと思い出した様に目を丸くする。
「てか、よく思えばお前実際にゃ兄貴にもなんのか」
「……お前、よく考えりゃド変態だよな。ウタアハさんとその叔母だろ?」
「ははははは。お前にゃ負けるわ」
「いや、流石にオレでもそこは手出してねぇよ。ある意味その面じゃお前確かにフェルグス・マック・ロイの教えを忠実に受け取ってるな」
本当かなぁ。さぁ。カイトの言葉を聞くモルガンとヴィヴィアンは彼の肩の上で肩を竦めて笑い合う。とまぁ、そんな軽い感じでまるで一万の兵団に襲われたとも思えない連合軍は、再びインドへの道を進み始める事になるのだった。
さて、再びカイト達がヴィマーナに乗って進む事数時間。十隻のヴィマーナからなる艦隊はインドの広大な砂漠の一角に確保された秘密の地域――ヴィマーナを格納しておく為の地域――に着陸していた。そうして着陸した連合軍を待っていたのは、インドラとクリシュナだった。
「クリシュナ。お前まで出るのか」
「クリシュナ殿……」
現れた親友と自身と同じくヴィシュヌの写し身となる男の登場に、アルジュナとラーマが驚きを露わにする。が、これにクリシュナは笑った。
「ああ……ラーマ殿。我ら同じくヴィシュヌの写し身。貴殿の苦しみと痛み。私はよくわかる。私とてもしラーダーやルクミニー達が拐われたのであれば、この身が失った愛だけで千々に千切れるような痛みを負うだろう。貴殿がシータ殿を助けに向かうのであれば、私もまた同じくヴィシュヌの写し身として参戦するまでだ」
「ありがとう」
「……いや、クリシュナ。お前とラーマ殿の愛を同一とするのは流石にどうかと思うぞ」
「変わらんさ」
「ああ、変わらないだろう」
ラーマに向けたクリシュナの言葉に思わずツッコミを入れたアルジュナに対してクリシュナは笑い、それに対してラーマもまた笑って頷いた。そうして、そんなラーマが説く。
「私がシータに抱く気持ちはあくまでもシータに抱くものだ。彼女への愛が膨れ上がったからと、他の者への愛が薄れるわけではない。無論、その愛の形はシータへの愛とは違うものではあるが」
「そうだとも。私が抱く愛は誰かへ抱く愛はあくまでもその誰かへのものだ。それが増えようと他の者への愛が些かも目減りする事なぞありはしない。あくまでも、その者への感情が変わるだけだ」
「……そうか」
まだラーマの言葉には頷けるが、クリシュナの言葉には頷きたくない。アルジュナは堂々と胸を張るクリシュナに、どこか呆れる様に首を振る。
まぁ、彼がここまで呆れるのも無理はない。確かにラーマは一人の女性しか愛していないのであるが、それに対してクリシュナは同じヴィシュヌの化身でも彼の妻は万を超えるのであった。それは基本真面目と言われるアルジュナに呆れられもするだろう。
なお、かといって仲が悪いのではなく、アルジュナの様子を見てわかる通り、あけすけと物を言えるほどに仲が良いのであった。というわけで、そんな彼がクリシュナに問いかける。
「まぁ、良い。それで?」
「勿論、出来ているさ……今回は、かつての様に武器も無くではない。君の横で、戦士クリシュナとして戦わせて貰う所存だ」
「そうか……ラーマ殿。このクリシュナは我が友にして、紛うことなき猛者だ。存分に頼ってくれ」
「ありがとう。クリシュナ殿もよろしく頼む」
アルジュナの紹介を受けたクリシュナが、ラーマへと手を差し出す。そうしてそれをラーマが握った。そんな彼の言葉に、クリシュナが再度はっきりと明言した。
「勿論だ。先にも言わせて貰ったが、今回は貴殿と同じくヴィシュヌの写し身としての参戦だ。ヴィシュヌの写し身同士、よしなに頼む」
「ああ」
「ああ……それで、我が友よ。今回の切り札は?」
「紹介しよう」
今回の切り札。それは言うまでもなくカイトの事だ。ラーヴァナは神や神の血を引く者、神仙となった者には倒せない。だから、神の血を引かないカイトが必要だった。
そしてクリシュナは間違いなくこの連合軍でも上位層の猛者で、アルジュナの軍師的存在でもある。ここからの動きを練る為にも、カイトを知っておきたいというのは当然だった。そうして、インドラと話していたカイトの所へとアルジュナがクリシュナを案内する。
「父上」
「ああ、アルジュナか。クリシュナも一緒だな」
「はい」
「ああ……ああ、この場でだと俺が紹介するのが筋だな。こいつが、この地球上でおそらく最後の神話の英雄となるだろう男だ」
「カイト・天音です」
「クリシュナだ。よろしく頼む」
頭を下げたカイトに、クリシュナが手を差し出す。そうして握手を交わして、一つクリシュナが笑いながら頷いた。
「なるほど。どうやら、慣れてはいるらしい」
「思った以上に益荒男なお方で」
「俺の前半生は怪力の荒くれ者に近いぞ」
楽しげにクリシュナは笑いながら、カイトから帰ってくる力に返礼とばかりに更に強く手を握りしめる。実は彼はカイトと握手の際、神話に語られる怪力で彼の手を握りしめていたのであった。
一人称を俺として口調が変わったのは、こちらが素だからなのだろう。そうして、二人が少しだけ荒々しい笑みで笑って、手を離した。
「ありがとう。なるほど、これは信頼の出来る戦士だろう」
「こんなもので決めないでくださいよ」
「あははは……とはいえ、愛を持つ戦士は尽く良い戦士だ。その一点で私は貴殿を信頼するに足ると判断した」
『挨拶』を終えて、クリシュナはまた表向きの顔でカイトへと語りかける。そんな彼の視線はカイトの顔の横あたりで浮かぶモルガンとヴィヴィアンを見ていた。
「お嬢さん方。貴殿らもよしなに頼む」
「あら、お上手」
「モルガン、なんかおばさん臭いよ?」
「うぐっ」
ヴィヴィアンのツッコミに、モルガンが項垂れる。それに、クリシュナが笑った。
「ははは……インドラ神。ヴィマーナの傷から察するに、どうやら抜け道がありそうですが」
「ああ、今丁度その報告を聞いててな……ちっ。奇襲はしてこないと思ってたんだがな。カイト。こっちの被害は?」
「ん? 被害? ねぇぞ、そんなもん」
「あ?」
「ほぅ」
確かさっき一万ぐらい襲われたって言ってなかったか。インドラはカイトの返答に驚きを浮かべ、一方のクリシュナは感心した様に僅かに片眉を上げる。これに、カイトは先程の一件を語った。
「オイフェさんが復帰戦やるってんでそれに乗って各船一人代表者が出て全部倒しちまった。まー、斥候程度だったから、ラーヴァナも本気じゃないだろう。数出してどの程度か見極めて、ってだけだな。数も高々一万。本拠地での神軍にしちゃ、そしてインドの神にしちゃ、数が少ない」
「オイフェの復帰戦!? マジか……くそぅ……見たかった……」
おそらく去年であればアメノウズメのダンスを見逃したより更に深くインドラが落ち込んだ。これに、スカサハが笑う。
「はははは。そんな見たければ、今日明日には見れるぞ。なんだったら、儂も一緒にな。無論、ケルトの英傑や日本の怪異共、ギリシアの英雄達など、よりどりみどりよ」
「おっしゃ! やる気出た!」
まぁ、インドラは英雄達の戦いを見るのも好物だ。なのでそんな彼はインド神話外の英雄達の戦いが見れる明日を思い出し一気にやる気を漲らせる。というわけで、そんな彼が告げる。
「で、長旅で疲れてる……こたぁ無いだろうが、来て速攻戦いってのも味気ない。俺の屋敷で一晩休んで、明日に備えてくれ」
ここの者たちは全員、一週間一睡もせず戦い抜いた所で平然とする奴らばかりだ。なのでこのまま戦った所で問題はないが、相手とて神話に名だたる悪神だ。ラーマさえ何度も追い返されている。万全を期しておこう、というのは当然だった。そうして、一同はインドラに案内されて、一路神域の彼の宮殿へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。なお、ティナとルイスの関係は言えないのでカイトはこう言っています。忘れてるわけじゃないですよ。




