断章 第24話 リライト ――神話の船に乗って――
ラーマの号令と共に出発した世界中の英傑達による軍勢。その行軍であるが、まぁ神話になぞらえるのであれば徒歩と船による旅になるだろう。
が、ここは地球で今は二十一世紀も半ばである。飛行機という便利で速い空飛ぶ乗り物があるので、それを使わない道理がない。が、彼らは地球に名だたる英傑達。そして今回はインドラが全面支援を明言していた。なので用意されたのは、飛空艇とでも言うべきインドラ秘蔵の飛空艦隊だった。
「へー……これがヴィマーナ」
『すげぇだろ。本来ならこいつは出せねぇんだがな……今回はラーマの援軍で世界中からの英傑を揃いも揃えてくれたんだ。俺もこれぐらいはさせてもらう』
感心したようなカイトの言葉に対して、インドラがどこか鼻高々に笑う。基本的にヴィマーナは飛空艇と捉えて良いわけであるが、厳密に飛空艇と捉えて良いかと言われると判断が分かれる。
これはどちらかと言えば世界側が与えた一体型の魔道具に近く、構造などには不明な点も多い。飛翔機に似た機構はあるが、飛翔機とは言い難い。修理は出来るが鍛冶などを司る神が本能的に理解している、という所で、再現性や量産性があまり無いのだ。まぁ、それはさておいて。今回はそのヴィマーナをインドラは十隻も用意してくれていた。
「よくもまぁ、こんな用意出来たもんだ。各所への連絡とか、大丈夫だったのか?」
『それぐらいはするさ』
軽く言うが、軽く言える事でもないと思うんだがな。と、そんなカイトに、アルジュナが小声で告げた。
「父ですので……」
「まぁ、それはそうか」
インドラは女好きだが、それ以上に軍神として、神々の王として英雄英傑を好む。なのでこれと惚れ込んだ英雄への労を惜しむ事はなく、今回の手配だって一切苦に思わなかっただろう。そして、実際にそうだった。
『ははははは。そりゃそうだ。その光景が見れるのなら、俺は大枚はたいたって惜しくない。今回集まった英雄は世界中からだ。前のアメリカでの合同作戦なんぞ目じゃない。まぁ、敵の数もその目じゃないがな』
「こっちは、万夫不当にして一騎当千の猛者ばかりだ。スカサハというチートまで用意した。姉貴なら、ラーヴァナにも勝てるだろうしな」
『今更だが、本気最近の地球ぶっ壊れてるな』
「さてなぁ……何分、オレは最近の地球しか知らんもんで」
改めて思い直せば明らかに過剰戦力になりつつある地球の現状に思い馳せたインドラの言葉に、カイトはただただ肩を竦めるしか出来なかった。まぁ、その過剰戦力の筆頭が彼だ。なので彼に実感が無くても無理はない。そんな彼に、インドラが告げる。
『ま、お前さんはそうだろうさ。が、昔から地球を知ってる俺達からすりゃ、今の地球はほんとに何が起きるんだ、ってぐらいにゃ多くの奴が表に出てきているし、戦力も集ってる。ありえないぐらいにな』
「例えば?」
『お前さんを筆頭に、二千年前に冥界を隔離したスカサハ達ケルト勢。世界の裏で暗躍し、歴史の編纂を行っていたギルガメッシュ。眠りから目覚めたアーサー王とその騎士達。雌伏の時を終えた太公望達……他にも何故か紀元元年前後から鳴りを潜めてた筈のヴィヴィアンやら、一度は裏に引っ込んだ奴らが表に出てきてる……お前さんの縁でな』
オレの縁、か。カイトはインドラの指摘に、少しだけ考える。実際、『影の国』の復帰にはカイトは多大な功績があるし、ヴィヴィアンが引っ込んでいたのは彼との因果を思い出したからだ。ギルガメッシュとて何時かやってくるだろう自身の為に情報を集めてくれていた。ある意味、彼こそが次の時代へ進む為の全てのトリガーだったと言われても納得出来た。
「ま……偶然だろ。所詮運命なんぞ誰も操れない。そもそもオレが歴史の裏舞台というか裏舞台の表舞台に立ったのは完全なる偶然だ。きっかけであったのかもしれない、という点は認めるがね」
『さてな……そこは、俺もわからんさ。が、そういう時代に近づきつつある、ってわけなんだろうさ。地球文明という次のステップへのな』
「さて……そればっかりは今度百年か千年先でも見た後からでないと、なんとも言えねぇな」
『違いねぇな』
どうせ今を生きる奴は今しか生きられない。今が変革の時代かそうでないか、なぞ今を生きる誰にもわからないのだ。そんな感じがする、と思うだけで確信なぞあろうはずがなかった。と、そんな事を話した二人であるが、カイトは少し気になったのでインドラへと問いかける。
「にしても……改めてになるが、よくもまぁ十隻もヴィマーナを用意出来たもんだ。インドの国軍とか嫌がらなかったのか?」
『嫌がったぞ。クリシュナやらラーマやらウチの真面目馬鹿やらの名出したら全員二つ返事で首を縦に振ったけどな』
「そりゃ、国軍のお偉方にはご愁傷さまと言っておくか」
一応、ヴィマーナは魔術で作られた物だし、管理はインドラが行っているものだ。なので魔術で偽装工作を行いはしたものの、それでも完全な偽装は不可能だ。
なのでインドというか中東各国が支援しており、ヴィマーナでの国を越えた移動も出来たのであった。とはいえ、完全にそれが悪いことしかなかったか、というとそうでもなかった。
『ま、それでもダメっつったらお前ら普通に地脈使って転移術で入ってくるだろ?』
「以外にどうしろと? 人数分のパスポート取って飛行機乗って移動してたら、普通に神無月終わるわ」
『だわな。がまぁ、んな事やられりゃ国境警備をやってる奴らにゃ多大な負担だ。そこの負担を軽減出来るんだから、悪い事ばかりでもないさ』
「その点はたしかにな……まぁ、インド政府からしてみれば国内に世界中の化け物が集う時点で悪夢なんだろうが」
『ま、そうだろうな』
カイトの指摘に、インドラは楽しげに笑う。カイトが集めた英雄達は基本、一人一人が国をも滅ぼせるだけの戦闘力を持つ。それが、一千人近くも集まって来るのだ。インド政府からすればなにか問題が発生して被害が出ないか気が気でないだろう。
無論、基本統率は取れているし、今回はラーマへの援軍という事で全員がお行儀よく、という点を心掛けてはいる。なのでそこまで心配する必要は無いといえば無かった。
「さてと……とりあえず、後は乗って待ってるだけ、か」
『そうしろよ。こっちは一足先に神界に移動して待ってるからよ』
「よくわかんねぇな、もう……なんで後から出たそっちが先に到着するんだか……」
カイトはインドラの言葉にため息を吐いて肩を落とす。まぁ、足並みを揃えて移動する以上、単独で移動したインドラより遅いのは致し方がない事ではあった。というわけで、そんなある意味では不可思議な事態にインドラもまた笑う。
『あはははは。しゃーない。こっちは転移術でひとっ飛びだ。お行儀よく軍として動くお前さんらとは違う』
「狙い撃ちされりゃ、一発で終わるな」
『嘘こけ。てめぇらの一人たりとも、狙撃程度で倒れるかよ。ヴィマーナ沈んでもお前らは倒せんわ』
「さてな」
若干荒々しい様子を浮かべながら笑うインドラに、カイトはどこか意味深な笑みを見せる。実際、彼とてヴィマーナが墜落しようと無傷で生還出来る自身があったし、今回招いている英雄達は誰も彼もがそんなものだ。それどころか移動中を狙い撃たれたとて、笑ってなんとかしてしまうだろう。と、そんなわけで一つ笑ったカイトであったが、一転軍事行動である以上至極当然の事を問いかける。
「で、お相手は?」
『ラーヴァナか? それなら、支度してるぜ。あっちもラーマが動いている事は掴んでいるからな』
「当然か」
ラーマがカイトに増援を依頼する、というのはおそらくインドの神話界隈ではかなり知られていた話だと思われた。なにせ随分と前からインドラがカイトにラーマに会って欲しい、と言っていたし、インドラがカイトに入れ込んでいる事は周知の事実だ。その時点でこの両者の会合は確定と言って良い。
で、その会合が何時行われるかと考えれば、高天原で宴会が行われる神無月が最有力。ラーヴァナがそれを理解しない筈がなかった。であれば、今頃は準備万端に待ち構えている事だろう。それを悟ったカイトは楽しげに、それでいて荒々しく笑う。
「久しぶりかねぇ……神々の軍勢を相手取って戦うのは」
『確か、向こうでもやったんだったな』
「ああ。いくつかの邪神と呼ばれる奴とは何度か戦った。その厄介さは身に沁みて理解している」
純粋な神々にのみ与えられる神軍召喚。それを使われた際の厄介さを、カイトは思い出す。どれもこれも、共に戦う友達が居て切り抜けられた戦いだった。が、しかし。彼の顔に悲壮感は一切無かった。
『にしちゃ、楽しそうだな』
「当たり前だ。この世界には、武神と呼ばれた大男も、騎士の代名詞も、素直じゃない皇子様も居ない……だが、相棒はここに居て、オレが惚れ込んだ英雄達が、オレが憧れた英雄達が肩を並べてここに居る」
失意の中失ったもの。新たな絆と共に得たもの。それを、カイトは思い起こす。それに、彼の横に居たアルジュナやラーマ達もまた、自分達の伝説が終わった後に新たに得た戦友を思い浮かべる。
「オレ達は伝説を終えていくつも失った。だが、今ここに新たな絆を得て新たな伝説を紡ぐ……楽しいじゃねぇか。伝説が、神話が終わったからこそ結ばれている縁。こんな展開を誰が想像出来る? 敵味方であるアルジュナとカルナが手を結ぶ? クー・フーリンからフィン・マックール、アルトリウス・ペンドラゴンの三つの時代の英雄が一堂に会する。ヘラクレスと斉天大聖孫悟空が共に戦う……何でもありだ」
『っ……』
ぐっ、とインドラが拳を握りしめる。彼も今のカイト陣営の凄まじさがわかっている。わかっていても、改めて口にされて興奮が抑えきれなかった。これが、一堂に会するのだ。軍神であればこそ、この光景にだけは興奮せざるを得なかった。そうして、そんな彼にカイトは告げた。
「相手は厄介だが、こっちはもっと厄介だ……それがどんな化学反応を示すのか。見てみたくて仕方がない」
『……ああ、俺もだ』
やっぱりカイトを推して良かった。インドラは彼だからこそ出来た軍勢に思い馳せて、心底の同意を送る。これが見たくて、彼は世界中の同盟を推し進めたのだ。それを成し遂げたカイトにはただただ感謝しかなかった。そしてだからこそ、彼は息子に告げる。
『……おい、アルジュナ』
「はい」
『見せてくれ。俺に……神々の王に。お前こそ、インドに名だたる大英雄アルジュナだ、とな』
「それが、神々の王インドラのご意思ならば」
『ああ……カルナ。お前も、アルジュナに並ぶ大英雄だと俺にもう一度教えてくれ』
「御意」
インドラの言葉に、アルジュナとカルナは揃って応諾する。そうして、そんな一同を乗せたヴィマーナは風を切り裂いて、日本からインドへと一同を運んでいくのだった。
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