断章 第23話 リライト ――出立――
ラーマ達インドの大英雄達との模擬戦の後に起きていたカイトとアマテラスの語らい。そこでカイトはアマテラスが自身の消えた一時間で唯一自身の消失に気付いており、心配してくれていた事を知る。
それを受けて、彼は改めて世界間転移開発を本格化する事を改めて決意したわけであるが、そんな二人の語らいを見ていたツクヨミの襲来により、二人は幽鬼の様に神殿の中に戻る事になっていた。
「……」
「……」
「……な、何があったんじゃ?」
「さあ……何かあったんじゃないですかね」
まるで操られているかの様に機械的な動きを行うカイトとアマテラスの二人を見て思わず呆気にとられたティナの言葉に、ツクヨミはまるで輝かんばかりの笑顔と共にそう嘯いた。が、これでティナにもおおよそ何があったか理解できたらしい。
「……またお主がなにかしおったか」
「失敬な。まだ何もしておりませんよ」
「であれば、素材集めが終わったというわけじゃな」
「……よくおわかりですね」
「お主、存外言葉には出るからのう」
思わず驚きを露わにしたツクヨミに、ティナが楽しげに笑う。そして事実であった。と、そんな彼女が少し興味深げに、何があったか問いかけた。
「で、次は何をしよった? アマテラスのシャワーにでも偶発的に突っ込ませたか? それとも逆か?」
「いえ、単なる逢い引きを目撃したので思わず激写しただけです」
もうイジられる未来しか視えていないらしい二人を、ティナが見る。そんな彼女の視線に、アマテラスは大慌てで首を振った。
「ち、違います! 逢い引きしてません!」
「はぁ……姉上。あれはどう見ても逢い引きですよ。しかもねぇ……あんなことして」
「うっ!?」
何をしたんじゃろうか。ティナはそう思うが、もう楽しくて仕方がないらしいツクヨミの言葉に、アマテラスが思わず顔を真っ赤に染める。
今更ながらに思い出して、あれはどう考えても普通ではないと思ったらしい。実際、普通に考えて恋人でもない男女があんな姿勢――もたれ掛かる様に肩に頭を乗せた姿勢――で酒を飲むわけがないだろう。
「いえいえ。これでも良いと思っているのですよ? 姉上、若干男性不信といいますか……なにげにそういった男性と触れ合う事への耐性、強くないですから。カイトだけとはいえ、ああやって触れられる事は今後にとって非常に有益かと」
「ゆ、有益って……どんな風に有益なの……?」
「あ、聞きます? それとも、言って欲しいです?」
「っっっっっ」
わかりやすいなぁ。ツクヨミの輝かんばかりの楽しげな笑顔を見て、アマテラスもおおよそは察したらしい。そんな二人にティナはただただそう思うだけであった。と、そんな二人を横目に、ティナはカイトへと告げた。
「そういや、思えばヒメなら手を出しても問題にならんのか」
「いや、なるだろ。何言っちゃってんの」
「いや、年齢の話じゃ。よくよく考えりゃこの日本でも最古の神の一人じゃろ? 問題無いんじゃないかのう」
「そういう事か?」
問題点そこじゃないだろ。カイトは今更ながらに年齢の話を持ち出したティナに、思わず仰天しながら問いかける。が、確かにある面ではそういう事ではあった。
「いや、そこ重要じゃろ。そもそも見た目の問題であれば、夜であれば解決する。それこそ最悪本体でも良かろう」
「ええ。何ら一切、法律上も倫理上も問題は一切ありません。そもそも結婚や性愛に年齢の規定はあっても、容姿の規定は一切ありません。実際、貴方のお母君なぞその好例ではないですか。見た目が幼いから手を出してはだめ、というのは差別ですし、貴方自身を否定する。そして逆に見た目が大人だから、と幼子に手を出すのはいけない」
「た、たしかにそれはそうだが……」
あれ、そういう問題なんだろうか。カイトはティナのツッコミとツクヨミの強い明言に思わず納得しかかる。まぁ、今の彼の目を見ればぐるぐると渦巻が巻いていただろう。が、そこではたと気付いた。
「……いや、そういう事じゃないだろ」
「そういう事ですよ……今更、貴方が神だなんだを気にされる立場ですか?」
「気にするわ。普通するだろ」
「『聖婚』」
「なんで知っとるし」
ツクヨミの一言に、カイトは目を見開いた。一応、今はまだ<<無銘>>を含め公にはされていないはずなのだ。なのに何故知っているか、さっぱりだった。そんな彼に、アマテラスが若干気まずげに告げた。
「いえ……あそこの酔っ払い二人が公言というか喧嘩して言ってますから……誰もが知っているかと」
「……」
これだから。カイトはイシュタルとエレシュキガルの姉妹を見て、盛大に肩を落とす。そもそもしばらくは隠せと言ったのは彼女らである。その彼女らが暴露していては世話なかった。と、そんな彼は遠い目をしながら、アマテラスの膝に頭を乗せた。
「……なんかもうね。疲れたよ……」
「あ、あははは……」
「ま、そりゃよい。で、ほれ」
「ん?」
ほれ、と言って渡された円筒状の物体に、カイトが小首を傾げて上体を起こす。
「ちょいと開発が終わった新兵器があるので使ってこい。ま、いつもどおり試運転という所じゃな。最近、こっちの武器の解析ばっかで武器の開発やっとらんかったんで、腕を落とさぬ様に作ってみた」
「どんなの?」
「ま、それは使ってからのお楽しみじゃ。今回に合わせて調整はしておるので、存分に使って良いぞ。あ、回収は忘れるな。ラーヴァナは色々と強奪すると聞くのでのう」
「まぁ、オレとしても武器を鹵獲されるのは良い事とは思わんから、回収はしてくるが……」
何なんだろうか。カイトは円筒の物体を見ながら、首を傾げる。とはいえ、流石に宴会場のど真ん中で武器を出すわけにもいかないので、ひとまず懐にしまっておく。と、そんな彼にアマテラスが問いかけた。
「そう言えば……明日の朝、出発ですか?」
「ああ。今回は現地集合現地解散じゃないからな……流石に今回ばかりは、ラーマ殿の依頼だから抜け駆けは無し。流石に人の嫁さん掛かってるのに、バカは出来ん」
曲がりなりにもインド最大の英雄の一人だ。その彼の妻が囚えられているのである以上、その救出こそが今回の作戦における第一目標だ。ラーヴァナの討伐は第二で良い。
「そう言えば……ふと思ったんですが、ラーヴァナさんにはなんて言って戦いを挑むんですか?」
「ん?」
「いえ……戦いの開始なんだから、なにかあるかな、って」
「なーんにも? そもそもすでにラーマ殿が必要になる問答は済ませてるし、こっちは増援部隊だからな。今更何か言の葉を交わす時は過ぎ去っている」
先に言われていたが、ラーマはラーヴァナを相手取ってすでに何十回か戦いを行っている。なのでその時点で問答を交わす段階は終わっており、ラーヴァナもラーマが来れば問答無用に交戦と軍に言い含めていた。
まぁ、何十回もやめていないあたり相当諦めが悪かったのだろうが、流石にその何十回目かでインドラが若干怒り気味――理解は出来たが英雄が無謀と無様を繰り返す様が気に入らなかったらしい――に、アルジュナとカルナが道理で制止した為、ラーマも落ち着いて無謀はやめたらしい。
「後は、言って戦ってシータを助ければそれで終わりだ。今回はだから本当に他所様の喧嘩に首突っ込んで荒らし回って帰るって感じだな」
「神代の戦争によくあるパターンですね」
「よくあるパターンだ……が、ま、それも時には良いだろう。神代が終わったから、と何もかもが神代ではなくなるわけじゃない。神代も残るし、人の時代もある。それが、正しい姿だ。歴史を捨て去るなぞ、歪も良い所だ」
ツクヨミの言葉に、カイトはそう説いた。そしてそうであるからこそ、彼もまた笑う。
「ま、思う存分今回は暴れまわって来るさ。けが人だが、いつまでも身体を動かさないと身体が鈍る」
「鈍るのう……ここしばらくもなーんだかんだバトってたような気もせんでもないがのう」
「……やってた気がする」
言われて思い出したが、実際にはイギリスでアルセーヌとモリアーティの策略に巻き込まれたのはまだ一ヶ月経過していないし、その後のヴァン・ヘルシング教授やシメオン達との出会いからも半月も経過していない。なんだかんだ戦っていた。が、思い出して一瞬気落ちした彼だが、酒を飲んで忘れる事にした。
「ま、いっか。どーせ大半そこまで大変な相手でもなかったし。今のが運動にゃなるだろ」
「まー、そりゃそうじゃな。適当に頑張ってこい。余はこっちでヒメらとのんきに飲んでるが故にな」
「そーしとくれ。どうせ今は神無月の大宴会。飲めや歌えやの無礼講。女同士で飲むのも良いだろうし、武張った奴らは武張った奴らで踊ってくるわ」
「うむ」
そもそもの話として、ティナは武闘派ではない。彼女の本職は研究者、後方支援だ。研究者が戦場に出てトップを取れていたのがおかしいだけであって、今の形が本来は自然なのである。というわけで、後方支援は後方支援として今回の様に武器を作ってカイトに渡すのが仕事だった。と、そんな彼女がカイトへと酒瓶を傾ける。
「ま……今はとりあえず飲め」
「おう」
愛する女から注がれた酒を飲むのも一興。カイトはティナから注がれた酒を飲み干して、返礼とばかりに彼女へと酒を注ぐ。そうして、最後の一時まで世界中の英雄達はそれぞれのやり方で宴会を楽しむのだった。
さて、カイトがティナらと飲んでからしばらく。彼は改めてモルガンとヴィヴィアンの二人と合流。遠征隊の集合場所に集まっていた。
「おー……これは壮観だな」
「大体一千人ぐらいかなー」
「もうちょっと、少ないかもね」
楽しげに目を見開いたカイトにモルガンとヴィヴィアンはおおよその目算を口にする。これから相手にするのは、ラーヴァナ。かつてインドの神界を荒らしに荒らし回って、数多の神々を討ち倒した悪鬼羅刹の王様だ。その軍勢は、万を優に超える。
それに対して、一千人に満ちるか満たないか。しかも、攻城戦である。一般に攻城戦は攻め手が三倍の兵力が必要と言われているが、こちらは攻め手の方が兵力が少なかった。
だが、しかし。たった千人と侮るなかれ。ここに居るのは、神々をして一騎当千と言わしめ、歴史に名だたる万夫不当の強者達だった。そんな英雄達を、カイトは一望する。
「アーサー王と円卓の騎士達。女王スカサハ率いる二つのサイクルの英雄達……茨木童子に玉藻の前に……いつもの面子っちゃあ、いつもの面子に見えるが」
「更に、今回は増えたね」
「ああ……増えたのならラーマ、アルジュナ、カルナ……現地ではクリシュナらも合流するという。他にも哪吒やら斉天大聖やら……西洋はベオウルフも意気揚々と参戦してるし、オーディンの観戦の口実に戦乙女達。無論、ギリシアのヘラクレスやペルセウスらも忘れちゃなんないな」
楽しげに、カイトが笑う。先のニャルラトホテプ達との戦いでも三カ国の英傑と怪異が集まったが、今は更にギリシアの面々に、北欧の面々。インドの英傑に中国の道士と怪異達――斉天大聖らは今回は正式参加――まで加わった。もはや何を相手にするつもりなのだ、としか言いようのない軍勢だった。
「何だこりゃ……まーじーで、何だこりゃ。やべぇ……マジでワクワクがとまんねぇ」
ここまでの軍勢が一堂に会する事なぞ、まず無いのだ。そんな光景に、カイトは笑みが止められなかった。と、そんな彼にラーマが歩み寄る。
「貴殿が、これら全ての縁となっているのだ」
「ラーマ殿」
「ああ……あらためて、礼を言う。ありがとう」
「それは、オレだけにいうべきではないかと」
「ああ、わかっている……カイトの縁により集まりし世界中の英傑達よ! 皆、感謝する!」
「「「おぉおおおおおおおお!」」」
声を張り上げたラーマの言葉に、世界中の英傑達が鬨の声を上げて呼応する。そうして、その返答を耳で、肌で感じてラーマが号令を下した。
「では、出発だ!」
ラーマの号令と共に、世界中から集った英傑達が一斉に進み始める。そうして、先のニャルラトホテプの軍勢より遥かに多くの英傑達の軍勢が、ラーマの妻シータ救出の為に動き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。




