断章 第16話 リライト ――太陽の加護――
インド神話最大の英雄の一人ラーマ。彼の来訪とその依頼を受ける事になったカイトであるが、そこから暫くの間彼はラーマより今回の戦略的な目標の確認と現状の再確認を行っていた。そうして、暫く。作戦会議も終わり、後は出立のみとなっていた。そんな中、カイトはのんびりとした一時を過ごしていた。
「ふぅ……」
「はい、次」
「ありがとう」
カイトはヴィヴィアンから注がれた酒を一口口にする。先にラーマには酒は祝杯にした方が良い、と告げたわけであるが、この程度では酔わない事を理解している彼は気にしなかった。
「ふぅ……にしても、随分と久しぶりだ」
「何が?」
「お前らと一緒に、軍団と戦うの」
モルガンの問いかけに、カイトは楽しげに笑う。何度となく敵と戦ってきたし、基本彼らの戦いは魔物相手ではなくどこかの国が率いる軍が相手だった。実を言うと、今の方が珍しいのである。というわけで、軍勢を相手に戦う事になった今を思い、彼はどこか懐かしい感情を得ていたのである。そんな彼に、ヴィヴィアンが問いかける。
「何時以来かな」
「一応言うけど、まだイギリスで大立ち回りしたの今年の事だからね?」
「「……」」
すっかり忘れてた。カイトとヴィヴィアンは目を丸くする。軍勢と戦うのは何時以来か、と言われれば春にイギリスでイギリスの国軍の一部と大立ち回りをした所である。が、あまりに楽勝と言うしかない展開であったため、二人には戦ったという認識が薄かったのだろう。
「ま、まぁ……それはそれとして。いや、そもそもあれを軍勢というのはどうかと思うのですが」
「実際、何時もに比べればほとんどあって無いようなものだったしね」
大抵、自分達の言う軍勢とは数千人規模の集団の事を言う。たかだか数百人程度の軍人を相手に戦った程度では、軍勢と戦ったとは言い切れない。二人は忘れていた事をそう片付ける事にする。
「まぁ、それはともかく……実際、今回は中々に多くの敵になりそうかな」
「まー、何時ものことと言えば何時もの事だけども」
「まー、そう考えれば何時も何時でも相対戦力比が考えるのが嫌になる、って領域だからなー」
呑気なモルガンの言葉に、カイトもまた呑気に笑う。なお、この時点で彼の中からはニャルラトホテプの一件が無いわけであるが、あの一件において軍勢と言えるだけの数と戦ったのはルイス達側だ。
彼自身は単身純白のニャルラトホテプと戦っていたし、モルガンとヴィヴィアンはと言えば囚われのお姫様状態だ。軍勢と戦った認識はやはり無かった。
「でも、今回は味方も居るからあんまり大暴れは出来ないね」
「あー……いっそ魔術で罠に嵌めて一掃、とか出来れば楽なんだけどなー」
「楽は楽だけど、それやる場合は先に戦場押さえとかないとだめじゃないかな?」
「戦闘中にやるならやるなりの方法があんのよ」
酒飲み話であるはずなのにどこか物騒な会話を繰り広げる二人に、カイトは若干の苦笑を浮かべる。とはいえ、戦闘前の自分達なぞこんなものといえばこんなもののような気がしなくもない。
「今回はそこら考える必要も無いだろ。こっちの戦力も一騎当千で名を馳せた奴ら多いし」
「アルト達にスカサハ達に……」
「北欧の彼らも来るかな?」
「ベオウルフは参加するつもりだろ。他にも色々と参加するだろう奴は多い。実際、相手は悪行を重ねた悪神だ。一発〆るか、って感じで来る奴も少なくない」
そこらを考えればこちらは一千人という所か。カイトは自分が声を掛けた面々とその繋がりから、こちらの総勢をそう考える。一千人。多い様に見えて実際の所多いが、それでも相手を考えれば多いわけではなかった。
「大体一千人……そんな所か」
「少ないねー。インド、規模大きいから」
「相手何人ぐらいかな? そこらモルはどう思う?」
「んー……相手ラーヴァナでしょ? 十万は固いんじゃない?」
「改めて思えば、巫山戯てるよなー」
これから最低十万の神の軍勢を相手に喧嘩を売りに行くのだ。普通に考えれば正気の沙汰ではない。そんなわけで笑うカイトに、モルガンはお気楽な様子で笑った。
「ま、それでも往年の私達に比べればマシでしょ。最盛期、百万はやったし」
「懐かしいね、百万人の軍勢相手に四人で、って」
「あんまり思い出したくないけどねー」
良い思い出か、と言われれば良い思い出だ。が、死んだ時の事なぞ思い出したいわけではなかった。というわけでうだー、と伸びるモルガンであったが、その顔がどこか楽しげな所を見ると特に気にしたわけではなかったのだろう。と、そんな彼女は寝そべりながら移動して、カイトの膝を枕にする。
「ん?」
「飲ませてー」
「やめなさい。流石にここは公衆の面前です」
「何もキスしてー、なんて言ってないよ?」
「ぐっ……」
しまった。カイトはついうっかり何時もの癖で口移しで飲ませて、と言っていると勘違いしてしまった自分の失態に思わずたたらを踏む。そうして、また暫くの間のんびりとした日々を過ごす事になるのだった。
さて、ラーマの来訪を受けて対ラーヴァナの対策会議を行って数時間。夕刻になり、カイトは相変わらず相棒二人と共に一緒に居たわけであるが、真面目な会議が終わった事もあってアマテラスが合流していた。
「……なぁ。思いっきり一つ良いか?」
「なーにー?」
「なんでしょう」
カイトの問いかけに、彼に絡み酒で絡みつくアマテラスとそんな姉に楽しげなツクヨミが首を傾げる。これに、カイトは一つの疑問を呈した。
「なんかオレ、ヒメちゃんに絡まれ率高くない?」
「あによ。文句あんの」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
別にカイトとて好き好んで絡み酒の酔っぱらいに絡まれたいわけではないが、かといってアマテラスと話をするのが嫌いなわけでもない。なので嫌か、と言われればそうでもないのだが、少し気になったらしい。というわけで、そんな彼にアマテラスが半眼で問いかける。
「じゃあ何よ」
「いや、普通に考えりゃヒメちゃん。主催者だよな? もっと多くの神様に近況とか色々と聞かないとだめじゃないのか? そもそも高天原の宴会、って言ってるけど公には会議だよな?」
「……」
あ、案外至極真面目な返答が返ってきた。アマテラスはカイトの指摘に思わず停止する。自身も言われてみてそうかも、と思わなくもなかったらしい。やはり根が一緒だからか、真面目さも持ち合わせている様子だった。が、やはり酔っても素面なツクヨミは事情というか八百万の神々の思惑を理解していた。
「ああ、そういう事ですか……それなら問題ありませんよ」
「「どして?」」
「……いえ、どうして、と言いますか……」
どう言ったものか。ツクヨミは自身は好き好んで酔っ払ったアマテラスに絡みに行っているので問題は無いが、そうでない者たちの心情がわからないでもなかった。というわけで、至極当然の意見をカイトへと告げる事にする。が、そもそもの問題としてそれを言うにも準備が必要だった。
「カイト……ちょいちょい」
「ん?」
「そもそも、酔っぱらいに絡まれたいと思う奇特な人物が居るとお思いで?」
「……」
そりゃそうだ。カイトはツクヨミの指摘に、思わず納得するしか出来なかった。というより、これに同意出来ない者はそうは居ないだろう。
「ってか、それならオレ、もしかして……押し付けられてる?」
「はい」
輝かんばかりの笑顔で、ツクヨミが笑って頷いた。とどのつまり、アマテラスの酔っ払いに絡まれるのがすごい面倒くさいのでカイトに押し付けてしまおう、という腹なのだろう。それに、カイトは肩を落とした。
「えー……」
「あによー。内緒話はんたーい」
「あー、もう! 引っ張んな!」
「お酒つげー。そして飲めー」
「ごふっ!」
やはりアマテラスは完全に酔っていたらしい。カイトの口に強引に酒を流し込む。
「ごふっ! なにすんじゃ!」
「かまえ」
「……」
かまってちゃんになりだしたぞ、この最高神。カイトは普通に見れば美少女の笑顔にしか見えない筈の満面の笑顔を浮かべて手を広げるアマテラスに、思わず絶句する。そうして、酔っ払いがカイトを揺らした。
「かまえー」
「あーあー……わかりましたよ一緒に飲みますよ……」
「わーい」
拗ねたかと思えば、一気に笑顔になるのだ。酔っ払い特有のテンションではあるだろうが、只々呆れるしかなかった。というわけで、カイトは改めてアマテラスと飲む事にする。
「で、飲めは良いし飲むけどさ……あんま飲みすぎるなよ? 一応女神様がこんな宴会場でいびき掻いて寝る、なんてみっともないぞ」
「ああ、それならご安心を。眠くなったらお布団連れてって貰う様に言ってますから」
「うんうん」
「オレかよ!?」
お前が連れて行くんじゃないのか。カイトはツクヨミの言葉に、思わず声を荒げる。
「当たり前です……私が連れて行くと思いますか?」
「ないよね」
「はい」
「その笑顔で言う事じゃねぇな……」
再びの輝かんばかりの笑顔に、カイトは再度肩を落とす。と、そんな彼であったが、ふと思って問いかける。
「そうだ。ふと思ったんだけど」
「またですか?」
「しゃーないだろ、そうなんだから」
兎にも角にも今思ったのだから仕方がない。カイトはそう告げる。というわけで、彼はそのまま続けた。
「夏に一度体調崩したろ?」
「……その節はご迷惑をおかけしました」
「お、おぉ……」
「本当にごめんなさい。今度からは先に言います」
「お、おぉ……」
どうやら今度は泣き上戸が入ったらしい。アマテラスが深々と頭を下げる。まぁ、当人も少し心配を掛けてしまったかな、とは思っていたのだ。こうなるのもむべなるかな、という所なのだろう。というわけで、カイトは気を取り直して問いかける。
「今は大丈夫なのか? 太陽活動以外にも色々と影響がありそうなもんだが」
「だいじょうぶ」
「そ、そうか……とはいえ、レイラインが出来ているから、適度に受け流してくれ。特に今なら魔力がどれだけあっても足りないからな」
「うん」
カイトの言葉に、アマテラスは素直に応ずる。と、そんな彼女がカイトの言葉で気が付いた。
「あ、そうだ!」
「「?」」
「カイト、ここここ」
「おぉ……」
何を思いついたかはわからないが、少なくともアマテラスはすごい嬉しげだ。というわけで、カイトは彼女の求めに応じて、彼女の前にちょこんと座る。そうして、そんな彼の目の前でアマテラスが女神としての威厳を纏う。
「ふぅ……んっ!」
アマテラスが一つ気合を入れる。すると、カイトの身を黄金色の力が包み込んだ。
「これは……」
「私の加護。前に構築したレイラインを使って、少しだけ融通を多くしてみたの。本当は駄目だけど……少しだけ、ね?」
どこか照れくさそうに、アマテラスが笑う。やはり彼女は最高神。誰か一人に肩入れというのは本来はするべきではない。が、世話になっているのだからこれぐらい良いだろう、との事であった。そうして、そんな彼女が続ける。
「インドに行くんでしょ? 万全じゃないだろうけど、これなら少しはマシでしょ」
「なるほど……有り難く、アマテラスの加護を頂戴しよう」
どうやら唐突に思い立ったのは、異国の地で戦いに赴くというカイトへの激励という所だったらしい。カイトも有り難く頂戴しておいた。曲がりなりにも八百万の神を率いる最高神。その加護は絶大だ。
「よし! じゃあ、頑張ってらっしゃい。日本を背負ってるんだから、頑張ってよ?」
「アイアイマム。天竺に日出ずる国の英雄ここにあり、と示してこよう」
どこか挑発する様にも聞こえるアマテラスの言葉に、カイトは敢えて笑って見せる。そうして、彼は出立までの一時を最後まで楽しむ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




