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断章 第9話 高天原の大宴会 ――徐福の旅――

 毎年十月に行われる高天原の大宴会。それに今年も日本出身の存在として参加する事になったカイトであるが、そんな彼はひとまず自身が招いた形になるアルトリウス、クー・フーリンらイギリスの英雄達や、アメリカの教授達を主催者であるアマテラスに紹介すると、そのまま彼女らと飲む事になっていた。そんな彼らであったが、そんなところにやって来たのは常には旅をしているという徐福という女の子であった。

 というわけで太公望の弟子であるという徐福が来たという事で太公望を呼んでもらったわけであるが、その太公望その人は徐福を見るなり盛大にしかめっ面。少しの説教をする事になるわけであるが、流石に自分に対する物でなかろうと宴会で説教なぞ聞くのはまっぴらごめんとカイトはひとまず太公望に酒を勧めていた。


「ふぅ……うむ! 美味い!」

「いや、まったくだ」


 まぁ、酒を飲み話をすれば、打ち解ける。というわけで途中からカイトも太公望も何時までも敬語で話すのも、と何時からかお互いにかしこまった口調をやめていた。


「いや、助かったのう。申公豹は兎も角、楊戩らは飲むとうるさい。その点、お主はなーんも言わん」

「そりゃ、オレも飲むし」

「それが何より助かった」


 カイトの言葉に、太公望が上機嫌に酒を呷る。どうやら彼はカイトとサシで飲めるぐらいには酒に強いらしい。と、そんな彼が楽しげに声を上げた。


「コタマとやら!」

「はい!」

「仙桃は無いか? 食べたくなった」

「仙桃……は流石に無いですね。すいません……」

「あぁ、良い良い。あれは中国の神界か仙界にしか無いものじゃからのう。幾ら八百万の日の本と言えど、無くとも仕方がない」


 女嫌いの太公望とて、純真無垢な童女に険悪な顔をする事はない。彼曰く、童女は女ではない、との事であった。しゅん、としょげ返るコタマに笑って首を振る。


「とはいえ……それであればスマヌが、一つ頼まれてくれんか」

「あ、はい! なんでしょう!」

「四不象の奴に、蔵から仙桃を持ってきてくれ、と伝えとくれ。これだけで儂からとわかるはずじゃ」

「はい! 四不象様に蔵から仙桃ですね!」

「うむ。それで後はそれを冷蔵庫で冷やしておいてくれると助かる」

「かしこまりました!」

「頼むぞー」


 しゅたっ、と再び消えたコタマの背に、太公望が言葉を投げかける。そんな彼に、カイトが問いかけた。


「なんだ。日本の水蜜桃は口に合わんかったのか」

「そうは言うておらんよ」

「ちっ……」


 伸びる爪楊枝に対して、太公望は皿を動かして自分の分を死守する。カイトの好物もまた桃なのであった。そしてカイトはここまで酔ったなら良いか、と先ほどの話をする事にする。


「あ、そうだ。徐福ちゃん」

「はい?」

「そういえばさっき、南極でにっちもさっちもいかなかった、って言ってたろ? あれ、どういう意味なんだ?」

「む? 南極? お主まーたそんな辺鄙なところに行きおったのか」

「あ、はい。南極……気になりません?」

「儂は良いよ」


 先程までとは少し違う様子で呆れた太公望は、徐福の問いかけに首を振る。彼としてはだらけたい、呑気に釣りでもしていたい、が望みだ。殊更必要もないのに旅に出たいとは思わなかった。それに、徐福が少し拗ねる。


「むぅ……あ、それで南極の話ですか? 聞きます?」

「それはそうなんだが……にっちもさっちもいかない、ってのが気になった。後、オレに用事ってのもな」

「それですか……そうなんです。お師匠様、少し知恵をお借りできませんか?」

「む?」


 儂の知恵を借りたい。珍しい徐福の言葉に、太公望は僅かに首をかしげる。これに、徐福が自身が南極で見た物を語った。


「実は……南極の中央に巨大な結界があったのです。術式は見たことがなく、あまりの大きさに解析は出来ませんでした。今回、南極制覇を目指して一度は最も中央に近い基地までは行けたんですが……そこから中央を見て、結界に気が付いたのです」

「「「ふむ……」」」


 南極中央に一番近い日本の基地。それは確か山の上にあるという事だったので、道士である徐福であればそこからなら遠くを見通せても不思議はないだろう。そしてそれなら、彼女が探索を切り上げて他の隊員達の記憶を封印して戻る事にしたのも筋が通る。


「結界、という事で一応解析も試みてはみたのですが……地脈を使っているのかかなり強度の高い結界で、解析に気付かれた場合などを鑑み、即座に手を引きました」

「……良い判断じゃ。お主が見た事のない、という事であれば、あまり良い状況ではあるまい。西洋系じゃな」

「おそらくは」


 徐福はこの通り各地を旅しているし、元々は中国の存在だ。そして太公望の師事を受けている事により、道術も網羅している。無論、日本に住んで長いので陰陽師達の陰陽術も知っている。現場で使われる魔術を含むのであるのなら、間違いなく彼女が一番物知りだと言われるほどだった。

 その彼女が、知らない。その時点で東洋系の魔術はありえないのであった。というわけで、一転真剣な目をした太公望がカイトへと投げかける。


「ふむ……カイト。少し良いか?」

「ああ」

「南極大陸に挑んでいそうな英雄を誰か知らぬか?」

「……居るとすれば、一人。そういう前人未到とか好きな奴が居る」

「呼んでは?」

「請け負おう」


 太公望の要望に、カイトは一つうなずいてコタマを呼び寄せる。そうして、彼女に頼んで該当の人物を呼んでもらった。


「お? こりゃ徐福の嬢ちゃんじゃないか」

「あ、クーさん」

「よ」


 現れたのは、クー・フーリンだ。彼はスカサハを超えるべく世界中を回ったという。そして彼の場合、西洋系の英雄だ。なので徐福とは違い結界を見知っていた可能性もあったのである。というわけで、まず太公望を紹介し状況を説明し、彼へと問いかける。


「というわけで、南極大陸に向かったんです」

「そういや、何時か行ってみたい、とか言ってたもんな」

「はい」


 どちらも二千年近くも旅をしていたのだ。なので丁度アジアと西洋が交わる場所で数度顔を合わせた事があったらしく、連絡先も交換していたらしい。というわけで徐福が南極行きを決めたのも、随分と前ではあったがクー・フーリンが南極へ行ったのを聞いての事だったそうである。そしてそうである以上、彼もまた南極の踏破を成し遂げていた。


「が……すまん。それ、マジか?」

「ですよね」

「ああ……俺が行った時にもあったなら、間違いなく徐福には話してる。少なくとも俺が行った時にはなかった……まぁ、もう百年以上も昔だがな。ロアールの探検に先立って、先導者として南極点に到達した。その後、イギリスの先代の女王に頼まれてエンデュランスにも乗船したが、あっちは失敗だった。そっからは一度も渡ってねぇな」

「ロアールっていうと……ノルウェーのか?」

「ああ」


 カイトの確認に、クー・フーリンは一つうなずいた。ロアールの、というのはロアール・アムンセンという人物が率いたノルウェーの探検隊だ。彼は世界初の南極点到達を成し遂げた人物だった。と、そんな事を聞いてカイトが笑う。


「確か同時期にイギリスのロバート・スコットが南極点到達目指したんじゃなかったか?」

「おう。お声掛けなかったがな。まー、だから死んだんだろ? あそこにあの時代の装備で挑むのはキツイわ。俺も数度諦めかけて、ルーンの魔術に頼る事になった。初踏破の時はブリザードに遭遇しちまって、なかったらヤバかったな」


 からからから、とクー・フーリンはカイトの指摘に笑う。このロバート・スコットというのは先のロアール・アムンセンと同時に南極点到達を競ったイギリスの軍人であるのだが、その帰りの道中で命を落としたのであった。なお、逆にロアール・アムンセンはその後に飛行船で北極点にも到達している。


「と、言うわけで私も装備が整うまでやめておいたんです。が、そろそろ良いかなー、と」


 南極は極所だ。何人もの冒険家達が踏破を目指して調査に乗り出し、命を落としている。英雄だから、道士だから、と油断して良い場所ではないだろう。なので徐福もクー・フーリンからの情報を前提として、科学技術の興隆を待つ事にしたらしい。


「なるほどね……確かに極所ほど、魔術に頼りたくなる。だが絶対に魔術だけに頼っちゃ駄目だからな」

「「そうそう」」


 一応カイトもエネフィアではいくつかの前人未到を踏破している。なので彼も魔術のみに頼らない徐福の姿勢には賛同を示すところだった。そんな彼らの会話を聞き、太公望が口を開いた。


「ふむ……ということは、この百年の間に何かしらの巨大な結界が出来上がったと」

「人為的……だな」

「しかあるまい。どれぐらいの規模であった」

「百キロはゆうに超えるかと。惜しむらくは魔術による隠蔽の所為で、衛星写真や航空機による撮影が無理なところでしょう。術式の練度から魔術師による航空機での確認は控えるべき、と愚考します」

「妥当じゃ」


 一応の解析を試みて自身では対処不可能と判断した時点で一切の欲を捨てて撤退したらしい徐福に、太公望もまた一つうなずいた。何かわからない状況で単身調査に乗り出すのは危険過ぎる。二人はそう判断していた。というわけで、そんな太公望は今度はティナの方を向く。


「奥方。御身の技術で南極大陸踏破が可能な装備を作れるか?」

「時間があれば、じゃのう。欲を言えば飛空艇が欲しい」


 少なくとも聞く限り、徐福が手を出したくないレベルの結界らしい。これが外向きか内向きかで話は変わるが、もし内向きの結界、すなわち中の物を外に出さない様にするのであれば、最悪は極所で戦闘だ。流石に純粋な戦闘に特化した英雄達にその程度の不利は不利にならないだろうが、相手によっては怪我をした場合が厄介だ。即座に救急救命に入れる飛空艇が必須と言えた。


「開発にどの程度掛かる」

「十……は欲しいのう。如何せん、今は色々としている事がある。魔導炉を造るのは余が最も重要な根幹をしておるし、慣れておるので良いが、飛空艇を造るには技術者が足りん。余も今回の地球渡航で色々と技術の見直しを行っておるしのう」

「むぅ……」


 なかなか状況は厳しいらしい。太公望はティナの返答に顔を顰める。というわけで、彼はあり得る可能性をいくつか考えるに留める。


「あり得る可能性はいくつか、というところ。問題はそれが何時出来た結界か、によって可能性は変わろう」

「例えば?」

「先の八月の一件で外なる神々が拵えた結界の可能性もあろう。あれらであれば、見付からぬ様に大規模な結界を一夜の内に用意する事もできよう」

「不可能……じゃあないか」


 ニャルラトホテプ達の最大の強さは群体の神であるというところだ。なので人海戦術でやってしまえばどれだけ困難な作業でも即座に終わらせられる事が出来る。不可能では、なかった。が、可能性を言ってしまえば何でもありだ。


「……情報が足りんな。徐福……師として命ずる。儂が良いと言うまで、南極への渡航は厳に禁ずる。慎め、ではない。禁ずる。が、時が来れば、お主に先導を頼む。此度の旅路。しかと記憶せよ」

「かしこまりました」


 現状、徐福としても南極には手を出したくない。なので太公望の命令には素直に応ずる事にしたらしい。そうして、今回の南極に関する話はひとまず情報収集に各自務める事にして、これで終了となるのであった。

 お読み頂きありがとうございました。

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