断章 第49話 欧州会議編 ――会談の終わり――
悪魔憑き達の大規模な襲撃に対して、ウリエル達のお手並み拝見として手を出さずに終えたカイト達。そんな彼らは会談の二日目に入り、改めてシメオン達との話し合いを行っていた。そんな彼らは、今回の悪魔憑きの一件を受けて休戦協定の締結に向けた話し合いを行っていた。
「というわけだ。ひとまず、ヨーロッパとアジア圏での休戦協定を結びたい。無論、どうしてもお互いに統率が完璧ではない以上、そしてお互いにまだ表沙汰に出来ない状態である以上、個々の案件に対しては是々非々で応ずるしかない事は認めつつ、だ」
「ふむ……」
カイトの提案に対して、シメオンはどうなのだろうか、と一つ考える。とはいえ、これは彼がハト派である事を抜きにしてもかなり前向きに考えていると言って良かった。
「中東……イスラム系列に関しては今は良い、と?」
「元々こちらも中東にはさほどの伝手が無い。無いわけではないが、その伝手が使える場ではそちらに頼まなくても個別に対応が出来る。欲しいのは、それ以外だからな」
シメオンの問いかけに対して、カイトは肩を竦める。基本的にカイトの中東の伝手は、というとインドラかギルガメッシュのどちらかだ。
が、この両者は共にカイトに対して絶大な信頼を寄せていると言って間違いなく、その二人の影響力が及ぶ所であればカイトの影響力が完璧に及ぶと考えて間違いない。そして万が一交戦があった場合に困るのは、拠点をインドに置くインド神話勢だ。
とはいえ、インド神話の影響が最も強いのはインドで、そこでのインドラ達の影響力は一神教をも上回る。なので元々天使達も手出しはし難く、あまり揉めにくい土地柄と言って良かったのであった。
「そうか。それなら、こちらも話は通しやすい」
「ああ……そちらには中々に面倒な話にはなってしまうかもしれないが……別勢力の勢力圏だ。それは飲んでもらうしかない」
「だろうね」
カイトの指摘に対して、シメオンは一つ苦笑する様に笑う。中々に面倒になる。それはキリスト教とイスラム教の差があるからだ。やはり宗教の差となり指揮系統も別で、一応ヨーロッパに天使達が拠点を置いているので中東のイスラム教の騎士達もヨーロッパ側の指示に従うが、それでも完璧ではない。
特に今回の様にヨーロッパ側の独断と言って良いこの会談には反発は必須と考えられており、その上での休戦協定ともなれば揉める事は確実だった。それが喩え天使達の許可があったとしても、である。
「とはいえ、わかっているとは思うけれど」
「わかっている。流石に今この場で結論を出せ、とは言わんさ。この提案はあまりに大きいからな。返答はオーディン……北欧神話を通して送ってくれれば良い」
「そうさせてもらうよ。そこまで苦労はしないとは思うけれどもね」
カイトの返答に対して、シメオンは一つはっきりと頷いた。少なくとも、この提案を聞いても良いとは上も判断するだろう。彼はそう考えていた。
彼の上。即ち教皇を頂点とした枢機卿達もやはり、フィオナ達という圧倒的な存在や暴走しかねない自陣営の狂信者達の存在には頭を痛めている。前者は異族故と認められなくはなくとも、まだ手さえ出さなければ無視も出来る。
だが後者はそんな寝た子を起こす様な行動をして、挙げ句被害が出るのが一般市民となる以上、どうやっても許容し得なかった。それを少しでも掣肘し、万が一の最終戦争を避けられる可能性が高まるのだ。喩えそれが異族との和解や休戦協定であっても、そちらの方が優先されたのである。
(まぁ、当然か。全面戦争なぞやって、誰が得するか。勝てないなぞわかっている。教義に殉ずるのは天使達さえ禁じている……時代が時代。普通はこちらか)
どうやら、上はまともと言って良いらしいな。カイトはある意味では禁じ手とも言える異族との和解を選ぶだろう、というシメオンの推測を聞いてそう判断する。
とはいえ、彼としてもさほどの驚きは無かったという。そもそも異族を殲滅せよ、殉教せよ、というのは天使達さえ出していない話という。よくある話ではあったが、ミカエルの心変わりも相まってそれを修正する流れが顕在化してきていた、というわけなのだろう。
「それは良かった。こちらとしても、現状誰がどういう目的で最終戦争を引き起こそうとしているかもわからない。なるべく、最終戦争は回避したい」
「君なら、こちらと戦って勝てそうなものだけどもね」
「勝てる……が、勝っても意味がない戦いなぞ、単なる骨折り損のくたびれ儲けだ」
シメオンのどこか苦笑いの滲んだ言葉に、カイトは勝てるとはっきりと断言しながら利益が無いと明言する。彼にとって戦争は単なる外交ツールの一つ。自らの身を守る道具だ。だから必要なら引き金を容赦なく引くし、逆に必要が無ければ絶対に引かない。あくまでも、手段に過ぎないからだ。そんな彼の様子から、シメオンもおおよそのカイトの性質を読み取った様だ。
「勝てば、楽に終わらせられると思うのだけどもね」
「違うさ。勝った後に待つのは、そこからの復興だ。被災地への支援やらなんやら……勝って終わりになぞならん。待つのはさらなる面倒だけだ。どうやら、名にし負うシメオンも流石に政治や先見の明では合衆国大統領には負けるらしいな。彼ならオレが引き金を引くだろう事も、その場合は引かねばならないだろう事も見越した上で戦争はしないだろう、と問う事さえ無いだろうからな」
「なるほど、どうやらそうらしい」
言われてみれば尤もでしか無い。カイトの言葉の道理を見て、シメオンは苦笑混じりに肩を竦めるしか出来なかった。とはいえ、彼はあくまでも裏を統率するだけだ。裏も表も統率してみせるジャクソンと比べるのは間違いと言っても良かった。
「いや、それは今はどうでも良いさ。とりあえず……わかった。私達への休戦協定の呼びかけ。確かに受け入れよう」
「ありがとう。ひとまず、これで最終戦争は避けられると考えて良いだろう」
「ああ。それがわかっただけ、今回の会談には意味があった」
実質は何も決まっていない。シメオンは言外にそう述べる。とはいえ、これは事実だ。今二人が口にした休戦協定とて、はっきりと言ってしまえば結論は先延ばしにします、と言った様なものだ。本当にこの場では顔合わせ程度の意味しかなかった。とはいえ、それが重要だったのは、カイトもまた理解していた。
「ああ……お互いに最終戦争をするつもりはない。それで同意出来ただけ、今回の会談には意味がある。休戦協定を結べなくても、話し合いぐらいは持てる」
「ああ……では、次回が近い内に……君達にとっても私達にとっても近い内に設けられる事を願うよ」
「こちらも、そう考えている」
カイトとシメオンは最後に立ち上がって握手を交わして、一つ小さく頭を下げる。これで、今回の会談は終わりだった。先にも述べた通り、実際には何も決まっていないに等しい。
が、それでもこの会談には意義があった、というのは、天桜学園の事件より更に後のカイトとシメオンの言葉だった。そうしてその握手を最後に会談は終わりとなり、両者はお互いに為すべく事を為す行動に入るのだった。
さて、カイトが表向き世界各地の神々に報告に向かう、として――として、なのは実際の報告は神無月の宴会で良い為――足早に去った後。シメオンは改めてリチャードに感謝を述べていた。
「リチャード陛下。この度は会場をお貸しいただきまして、ありがとうございます」
「いや、構わん。中々に面白い男が見れた。ノアにわがままを言った甲斐はあった」
シメオンの感謝に対して、リチャードは楽しげに笑う。結局、彼は今回本当に傍観者となっていただけだった。が、それで良いと彼は考えていた。十分にカイトを推し量れたからだ。故に、彼の横に控えていた一人の若い青年が問い掛ける。
「それで、陛下……かの蒼き者。どう見られました?」
「……化け物だな。あれ以上の化け物を俺は知らない」
化け物。リチャードは楽しげに、しかしおどろおどろしい言葉を口にする。とはいえ、これは彼にとって最大の賞賛だった。
「かつて復活なさったアーサー王に相見えた時も、世界最古の王であるギルガメッシュ王に相見えた時も思った。誰も彼もが格の違う化け物だ、とな」
「私からすれば、陛下も十分化け物ですよ」
「ははは……とはいえ、そういう事だ。あれは、世の表に居ながらもそういった世界の裏に潜んだ者たちと同格の力を有している……いや、それを大きく上回る力を持っている」
若い青年の言葉に楽しげに笑いながらも、リチャードはカイトに対して改めての賛辞を送る。彼とて自身が弱いとは決して思っていない。
なんだったら英雄達以外を含めた集団戦、軍団戦ならアーサー王にだって勝てると思っている。が、それでも個人としての戦闘能力なら、その誰しもよりカイトが強い事を如実に理解していたのである。
「……ヒメア。聞こえているな?」
『はい、陛下』
「あれ……と言ってもお前は見ていないか。ブルー。あれとは戦うな。あれは今のお前では荷が重い。最悪は俺が間に立つ。あれの性質は見てわかった。相手が俺と気付けば、顔を立ててくれるだろう。構わん。引け」
『はい』
リチャードは故国の開祖として、子孫へとはっきりと引く様に命ずる。カイトと戦って勝ち目はない。英雄である彼をしてジャンヌは優れた防御の腕を持つと認められるが、それでもあれは格が違うと思ったのである。
「シメオン卿。悪いが、もし万が一あれと戦う事になった場合、ヒメアには撤退を厳命させて貰う。問題は無いな?」
「は……御身の命令でしたら、教皇猊下もご納得されますでしょう」
「そうしてくれ。あれと戦うのは自殺行為と言うしかない。間違いなく、あのフィオナと戦うより自殺行為だ。我が国の姫である以上、そちらの自殺行為に巻き込ませる事は断じて許されない行為だ」
改めて、リチャードはカイトとの不戦を明言する。ここら、やはり彼も一国の王という所があった。ジャンヌは彼の国において、現国王の長女なのだ。その死は決して許容出来るものではないし、回避出来るのであれば、回避せねばならない事だった。
『にしても……そんなに凄まじい御仁だったのですか?』
「ああ、凄まじいぞ……そうだ。いっそお前が嫁入りでもすれば、面白いかもしれんな」
「「「陛下……」」」
「は、はぁ……」
また出たよ、悪い癖が。リチャードの側近――とノア――が盛大にため息を吐いたのに対して、シメオンは生返事だ。だがそんな彼らに、リチャードは少し不満げに口を尖らせる。
「良い案ではないか。これからシメオン卿は彼らと和解しようとしている。であれば、婚姻は古来より敵対していた両者を結び付ける策として多用されていた。あれは男としては悪くないと思うぞ」
「そういう事ではありません……お願いですから、そう誰でも彼でも自分の陣営に引き込もうとなさらないでください」
「むぅ……」
ここら、もしかするとカイトとリチャードは似ていたのかもしれない。カイトも良い人材と見るや、立場をお構いなしに調達しようとする。リチャードは言うまでもないだろう。逸話からしてそうだ。
「良いと思うのだが」
「陛下」
『あ、あははは……機会があれば。そして実際に会ってみて良き殿方であれば、とさせて頂ければ……』
「……そうだな。落ち着いてみれば確かに、俺にもそこまでの権限はない。とはいえ、縁談が望みであれば、何時でも言え。あれは良い男だと思う」
『は、はい』
開祖リチャードの言葉に、ジャンヌは困り顔で愛想笑いを浮かべながら頷くしか出来なかった。
「ああ……それで、シメオン卿。貴殿はどうされる」
「私も急ぎ、戻ります。ゲオルギウスがすでに支度を整えてはくれていますので」
「そうか。やはり、どちらも急がねばならぬか」
「はい……特に今は、彼らがどう出るかわかりませんので……」
「<<殲滅将軍>>か……確かに、どうなるかわからんか」
つい先ごろ、<<殲滅将軍>>の率いる部隊から悪魔憑きが出たというのだ。彼らがどう出るかは、確かにリチャードとしても僅かな懸念が無いわけではなかった。というより、その現状が知りたくて、密かにジャンヌに通信を繋がせたのだ。故に、彼は改めて口を開く。
「気を付けてな。何か支援が必要なら、忌憚なく申し出ると良い。引退した身だ。俺達が動く分には問題が無い」
「ありがとうございます。その際には、必ず」
「ああ……では、ヒメア。報告の続きを頼む」
『はい』
リチャードの指示に、ジャンヌが改めて現状を話し出す。それを横目にシメオンは大急ぎで今回の会談結果の報告と悪魔憑きの対策に奔走するべく行動を開始し、一方のリチャード達もリチャード達で悪魔憑きへの対策に奔走する事になるのだった。
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