断章 第48話 欧州会議編 ――休戦協定――
ウリエル達の機転により、悪魔憑き達の襲撃を回避してのけたカイト達。そんな彼らであるが、城中で騒動が起きている時に何をしているかというと、普通にワインを傾けていた。
「ふぅ……まー、人様が戦ってる時にこういうのもなんですが」
「ん?」
「このつまみ、美味いな。干し柿とクリームチーズを和えてるのか」
「ああ。偶然見付けてな。私がやってみたんだが……悪くはないらしい」
「って、お前のお手製なのか」
中々に美味しいなー、と思いながらも特段の感慨もなく食べていたカイトであるが、まさかの返答に僅かに落ち込む。どうやらもっと味わって食べれば良かった、と思っている様子だった。そんな彼に、ルイスが笑った。
「ふっ……気が向けば、また作ってやる。ワインのつまみを作るのは苦にはならんからな」
「ルルちゃーん。私のもー」
「気が向いたら、だ」
「わーい……にしても」
ルイスの返答に喜んだバアルであるが、一転して僅かに真剣な顔で外を見る。外ではカイトの部下に見せかけたり、逆に教会の騎士に見せかけたりしていた悪魔憑き達と天使達が戦っている様子だった。
「中々に多いわね」
「はぁ……どうやら、完全に軍事行動も可能な組織があると考えて良いのだろうな」
「面倒ね。悪魔に悪魔が喧嘩を売る、なんて」
ルイスのため息まじりの言葉に、バアルは言葉に反して少し楽しげに笑う。彼女は一応堕天使としてはベルゼバブ。バアル・ゼブルが訛った名だ。それ故に悪魔とも言われる事があり、その自分達が悪魔憑き達に敵対されている現状を面白く思ったらしい。
「一度は、行かねばならんのだろうが……カイト。どうするつもりだ?」
「潰す必要があれば潰すし、その必要が無ければ潰さん。それだけの話だ」
ルイスの問いかけに、カイトはまるで何も興味が無いかの様に平然と告げる。これについては彼にとってあまりに当然過ぎた。元々彼の方針は専守防衛。こちらに手出しをするつもりが無いのなら、こちらから攻撃するつもりもなかった。勿論、敵対をするというのなら彼は容赦しない。それが、彼だった。と、そんな彼が少しだけ悪辣に笑った。
「今頃、あちらさんは大慌てだろうな。どうやって悪魔憑きだけを適切に見極めているか、と」
「実際、その情報は無いだろうもんね」
「あったりまえだ……ガチ舐めたら怖いよー?」
楽しげなヴィヴィアンの言葉に、カイトもまたどこか獰猛ながらも楽しげに笑う。そんな彼の周辺には、少しだけ乾いた空気が蔓延していた。エレシュキガルの加護の力を使い、この城全体――と言っても悪魔憑き達に気付かれない様に土台部分を、だが――を薄く冥界に仕立て上げたのである。と、そんな彼の言葉にルイスがどこか感心した様に口を開いた。
「にしても、よく許可したものだ。もう少し渋るかと思ったんだがな」
「さすがは、という所なんだろう」
二人が言及したのは、この城の主だ。今もまだ二人はリチャードが居るか居ないかわからないが、それでもカイトが死神の力を使う、という提案に対して二つ返事で了承が返ってきていた。豪胆さについては、二人も太鼓判を押すしかなかった。
「まぁ、後はあちらに任せれば良いだろう。あっちも天使。悪魔憑き達がどれだけの力を持つかは定かではないが……元々貴様対策に連れてこられた天使達だ。弱いわけもない。勝敗は見えている」
「だわな……天使達は一時期下級の神様級にはあった、って話だし」
元々一神教勢力の個人のスペックはバカ高いと言われていて、カイトもミカエル達熾天使を見る限り各地の主神や戦神級を纏めて相手にして勝てるだろう、とは踏んでいる。その彼らが選りすぐりで選んだ天使達だ。弱いわけがない、と考えていた。と、そんな事をのんきに考えていた彼らであったが、唐突に扉が打ち破られた。
「ん?」
「飛び込みだね」
「だわな……どうす」
「消えろ。私が貴様らに容赦してやると思うな」
きゅぴん、という様な音と共に閃光が迸り、扉を蹴破った何者か――あまりの早業にカイト達もはっきりとは見えなかった――が文字通り消し飛んだ。
ルイスが次元の断層を創り出して、その中からどこか異界のエネルギーが迸ったらしい。カイトも見た事のない現象で、詳しくは一切わからなかった。とはいえ、そんな彼に対して、ルイスは僅かに不機嫌になっていた。
「ふんっ……チーズに木片が入った」
「食えるから問題は無いだろ」
どうやら自作のおつまみに木片が乗ったのを見て――更にはカイトが褒めてくれていたのでそれもある――、腹がたったらしい。僅かに不機嫌そうな彼女に対して、カイトは木片を魔力で浮かせてゴミ箱に捨てておく。そうしてついでに彼はルイスお手製のチーズを少しだけ摘み取る。
「うん……意外と本当に合うな」
「だろう……ふぅ。にしても、大分と成長したものだ」
カイトの賞賛に機嫌を直したルイスであるが、そんな彼女は改めて窓の外を見る。そこではどうやらこちらも今の誰かの身体を借りた状態では到底天使達には勝てないと悟ったのか本来の姿を晒す悪魔達と、そんな彼らに対して一切迷いなく刃を振るう天使達の姿があった。
「教え子の成長は可愛いものか?」
「さて、な」
カイトの問いかけに、ルイスが僅かに笑う。そんな彼女の見ていた天使が小さくこちらに頭を下げていたのである。前にも言われていたが、彼女はほぼほぼ全ての天使に指南を与えている。なので八割ほどの天使は彼女にとって教え子と言っても過言ではなかった。
そして今回連れてこられた天使達はまさにその教え子達で、やはり色々と思う所があるのか小さく、バレない程度に頭を下げている者は多かった。
「……うむ。自分で言うのもなんだが、悪くない」
チーズを摘み、ルイスが一つ頷いた。と、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、バアルが笑う。
「あら……あの子達が?」
「チーズに決まってるだろう」
「あらあらー、照れてる照れてるー」
「……貴様」
「やーん! ルルちゃんが怒ったー!」
そうやっておちょくるから、怒られると思うんだが。カイトは楽しげなバアルを見ながら、そう思う。とはいえ、当人達が楽しそうだからそれで良いだろう、とは彼も思っていたので口にはしなかった。
何より、あまりしんみりとしてしまうのもせっかくの美酒が美味しくなくなる。もしかしたら、バアルも過去に思い馳せる様な状況に気を使い、敢えてこんな風を演じた可能性は十分にあった。
「ふぅ……並べて世は事もなし」
「今日も今日とて、何時もの通りだね」
「あははは。こんな戦場のど真ん中で言うのもなんだろうけどな」
周囲では戦闘が起きているにも関わらず、カイトもヴィヴィアンも特に何も気にした様子はなかった。無論、ルイスもバアルも何時も通りと言って間違いはない。そうして、天使と悪魔の戦いを肴に、一同はのんびりと過ごす事にするのだった。
さて、悪魔憑き達の襲撃から明けて翌日。カイトは改めて会談の二日目に臨んでいた。そんな彼に対して、シメオンは開口一番に礼を述べた。
「まずは、ありがとう。昨日は手を出さないでいてくれて」
「いや、構わない。昨日の段階で話し合っていたが、悪魔憑き達はこちらとそちらにとって共通の敵だ。昨日の一件でもそれがお互いによくわかっただろう、と考えている」
「勿論だ」
カイトの言葉に、シメオンもまたはっきりと同意する。昨日のあの戦いで、悪魔達は地球の裏の二つの勢力に対して敵対の意志がある事を如実に示したと言っても過言ではない。それぐらいカイト達にもシメオン達にもわかりきった事だった。というわけで、その理解を共通認識として前提に置いて、その上でとカイトは切り出した。
「それで、こちらから一つ提案をしたい」
「なんだい?」
「些か予定とは違うが、臨時で休戦協定を結びたい。期限などについてはまた話し合いとしたいが、基本的には超長期に及ぶ休戦協定だ」
シメオンはカイトの言葉を聞いて、やはりそう持ち出すかと内心で僅かな安堵を得る。これを言ってくるだろう、というのは昨日の話し合いの時点でカイトの性格を理解して想定していたが、出されて安心していた様子だった。そしてそれ故にこそ、彼も答えは決めていた。
「……そうだね。流石にそれについては教皇猊下に持ち帰り、とさせてくれ。だが、流石に第三者に操られて最終戦争は誰にとっても有り難くない事だ。私としては、その意見に賛同したい」
「ありがとう。こちらも今回の一件を受けての急場での提示だ。色々と条件などはまた追々詰めていく事になるだろうが……それでも、今のこの場しか話し合える場が無い以上、この場で提案させて貰うのが妥当と判断した。急な申し出にも関わらず、受け入れてくれて感謝する」
カイトはシメオンの理解に礼を述べると、改めてこの場で唐突な申し出になった事を侘びておく。ここらはお互いに共通の認識を持ち合わせている以上は必要ではない事かもしれなかったが、やはり貴族としての経歴があればこそかもしれない。
「いいや、それが一番の最適だろう……それで、どうだろうか。そういう事なら、協定が結ばれるまでの間に何かがあった場合に備えて、赤電話……ホット・ラインを設けておきたい。こちらについては可能なら、今からの話し合いで素案だけでも決めておきたいのだけれど……」
「それについては勿論、こちらも同意する。相手がこちらとそちらのいがみ合いを望んでいる以上、それに乗ってやるわけにはいかないからな」
これが来てくれて助かった。シメオンの申し出に対して、カイトは二つ返事で了承する。これについてはカイトに委任状を渡した誰もが望んでいた事――天使達だけならなんとでもなったが、騎士達も絡むとそうも言っていられない為――で、彼が申し出をしなければカイトがしようと思っていた所だった。
というわけで、彼はシメオン側から切り出された場合に用意していた場合のプランに従って話を進める事にする。
「そしてそれなら、一つ提案がある」
「ふむ?」
「一応、こちらには各地の神話の神々が居るわけだが……やはりそういった所の一つ一つとそちらが交渉し話し合いを行うのは手間だろう。オレが窓口に立とう。こちらの事はこちらで一括で取り扱い、そちらの事はそちらで取り扱って貰う。こちらも、キリストだイスラムだユダヤだ、と逐一話し合いなぞ面倒だからな」
「たしかにね」
これはシメオンとしても願ったり叶ったりの内容だったらしい。しかも彼にとって一考に値したのは、此方側の窓口を彼――と言うよりこの場合は一神教の中でもキリスト教勢力――に指定してきた事だ。
これなら上の説得がしやすい、と考えたのである。聖職者だろうと、見栄にこだわる者が居ないではなかったからだ。故に、彼はカイトの指摘に笑いながら同意し、更に続けた。
「わかった。こちらとしてもそちらの数々の神話と一つずつ話し合いを行うより、性根がわかっている君を窓口とさせて貰った方がやりやすい。まぁ、間にお互いを挟んでしまうのでその点での誤差は出てしまうだろうけど……それはこの際考えない方が良いんだろう」
「だろうな。そちらの印象はやはり神話によって様々。好意的な所もあれば、批判的な所もあるだろう」
批判的な所が大半だと思うけどもね。シメオンはヨーロッパから中東あたりに掛けての状況を思い、内心で僅かに苦笑する。とはいえ、これを言ったら角が立ちかねない。なので黙って曖昧に同意するだけだった。
「それは仕方がない事だろうね……それで、君の側はどうするんだい?」
「こちらは言うまでもないが、世界全ての裏を率いているわけではない。なのであくまでもこちらが取り扱えるのは、こちらに繋がりがある所だけだ。とはいえ、有名所をいくつかは押さえているので、仲介ぐらいはしてやれるとは思うがな」
「それで今は十分だとも」
カイトの返答に対して、シメオンは一つ頷いて了承を示す。これについてはカイト達の現状を少しとは言え理解出来ていればこそ、事を荒立てる必要も無かった。そうして、この後も二人はいくつかの事を話し合い、休戦協定に備えた具体的な話を進めていく事にするのだった。
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