断章 第44話 欧州会議編 ――二組の縁――
ノアを偽ったリチャード一世によって開かれる事になったお茶会。それはカイトとヴィヴィアン、シメオンとゲオルギウスの両陣営のトップとその右腕と言うべき両名が参加する物となっていた。
そうしてカイト達から遅れること少しでやって来たシメオン達が来た事で、お茶会はようやく本番となっていた。そんな場で、最初に口を開いたのはカイトだった。
「にしても……まさかあんたとこうしてお茶をする事になるとはな。しかも、曲がりなりにもイギリスと言えるこの場所で」
「……恨みは無いか」
「さてなぁ……水に流しただけかもしれないぜ? 逃げおおせたとはいえ、怪我はしていたかもしれないからな」
「冗談を」
カイトの冗談めかした言葉に、ゲオルギウスが僅かに笑う。現状、ティナが生存しているか否かはまだ公的には判明していない事になっている。カイト達の立場などを鑑みて、生存を知るアメリカ・イギリス両政府はその生存をはぐらかしていたからだ。
勿論、各勢力はこの時にはすでに生存しているだろうと判断していた――ゲオルギウスの言葉もそれ故の言葉――が、怪我の有無については誰もわからない。カイトの様に一見すると無事に見えても、大怪我をしている可能性だってあるのだ。ここでわざわざ一切の怪我もなくピンピンしています、と言い切るのも馬鹿だろう。と、そんな会話を交わした二人にヴィヴィアンが笑い、シメオンも優雅に笑う。
「ふふ……にしても、まさかそちらの参加者がかの『湖の貴婦人』とは」
「最近、事ある毎に一緒になってね。どういうわけかはさっぱり」
「どういうわけ、かぁ……さぁ、どういうわけなんだろうね」
「ほら、この有様だ」
わかった様な不思議なニコニコ笑顔を浮かべはぐらかす。何時もの様子といえば、何時もの様子だ。とはいえ、これで恐ろしいのは本当に当人さえわかっていない事があるという所だろう。と言っても勿論、これがわかるのはカイト達だからだ。シメオンらには、わからない。
「どういう事ですか?」
「あっはははは。『湖の貴婦人』三姉妹の言葉はあまり頼りにするなよ。特にヴィヴィのはな。本気で本人もわかってない時がある。単に笑って誤魔化しているだけだ」
「あ、ひどいなー」
「事実だろ」
楽しげなヴィヴィアンの抗議の声に、カイトが笑いながら軽く流す。ここらは何時もの事。そして事実でしかない。と、そんな二人に対して、シメオンが問いかけた。
「そういえば……昨今はモルガン・ル・フェイ様もご一緒だったと伺っていますが。彼女とは今は一緒では?」
「別に彼女と何時も一緒というわけじゃないよ? ここしばらくはアルトの補佐とかもあって、一緒に居た事も多かったけど。元々マーリン……先代のマーリンからも頼まれていたしね。再度彼に<<湖の聖剣>>を渡してくれ、って」
実際、これは公的には事実である。アメリカ行きもイギリスでの戦いも全て、表向きアルトの支援でやっている事だ。その後に実母は遠慮しておく、という事で日本に渡ったモルガンに同行したというに過ぎなかった。
そしてこれは一応は隠されている事なのでアルト達『円卓の騎士』近辺でしか知られていない。なので公的な話で通す方が、モルガンやアルトの風聞にも良かった。とはいえ、知られている話もあり、そこらについては聞かれた場合はどうするか、と予めカイトと話をしていた。
「それに、こっちはあなた達も知ってるかもだけど……今丁度モルドレッドが帰陣したばかり。モルガンは各地に出歩いているって」
「ええ。それで同行していたのだとばかり」
「あはは。うん、少しはね。でも彼女だって一人で動く事もあるよ……で、私はこの間のイギリスでの一件でカイトに引っ付いてってそのまま、って感じかな」
「えらく気に入られたのですね」
「うん」
「即断かよ」
シメオンの問いかけに即断したヴィヴィアンに、カイトが思わず肩を震わせる。気に入ったもなにも、彼女は最初から最後まで一緒なのだ。彼女自身がもはや彼自身を構成する部品と言っても過言ではない。そして同時に、カイトが彼女自身を構成する部品でもある。迷いなぞ一切無かった。
「ま……こんな感じで不思議な妖精ちゃんには好かれる性質らしくてね。今回もご一緒というわけさ」
「不満?」
「いや、全然。もしそうなら追い出してるしな」
「良かった」
どうやら両者の仲は良好らしい。その場に参列した者たちは楽しげなカイトとヴィヴィアンの関係をそう理解する。まぁ、これについてはすでに裏世界ではよく知られており、口さがない者達からはこの時期にはモルガンを含めてカイトの情婦なぞと言われていたりしている。と言っても、当人はそれを知った所でどこ吹く風だろうが。
「ま、オレ達のことはどうでも良いさ。いや、そちらにとってはどうでも良いわけではなかろうが。とはいえ、あまりこちらの事ばかり話すのも筋が違うのもまた事実。そちらは長いのか?」
「? ああ、私と彼か?」
「ああ。こっちはまだ一年も経過してない……マジか、と自分で思うが、その程度の付き合いだ」
実際には人の一生涯なぞ目でもないぐらい一緒だがな。カイトは内心でそう思いながらも、シメオンに問い掛ける。元々シメオンが騎士団長に就任してそう時間は経過していない、とは聞いている。が、その右腕とも言えるゲオルギウスとの付き合いがどのぐらいかが分かれば、大凡の陣容が掴めた。
「うん……言われてふと思えば、長い付き合いになったものだね」
「そう言えば……そうだな」
どうやらここにも色々な因縁があったらしい。シメオンの言葉に、ゲオルギウスも僅かにだが肩を震わせる。
「元々私はアカデミー……は知っているかな?」
「いや」
「あ、私は知ってるよ。ヨーロッパ一円の騎士を育てる学校で、モンテ・クリスト島にあるらしいよ」
「あはは。そのアカデミーだ」
アカデミーを知らなかったらしいカイトに対して解説を入れたヴィヴィアンに対して、シメオンは一つ笑って頷いた。どうやらその通りらしい。ちょうど今、ジャンヌ・ダルク達が居て悪魔憑きの事件が起こった場所と言って過言ではない。
「元々私はそこの卒業生でね」
「ということは……」
「いや、違う」
ということは、ゲオルギウスもそうなのか。言外にそう問いかけたカイトに対して、ゲオルギウスははっきりと首を振る。別にここに入らねば騎士になれないわけではないらしい。
「俺は元々野戦育ち。とある教会に所属していた単なる一兵卒だ」
「それをよく最高幹部に取り立てたな……いや、オレが言える義理じゃないんだろうが」
「あははは。いや、本当にね。今でも反発は受けるよ」
「おいおい……」
笑いながらシメオンの暴露した内情に、カイトが思わず苦笑した。これを明かして良いかはわからないが、この様子だとシメオンにとってはどこ吹く風なのだろう。であれば、カイトとしても何かを言う義理はなかったし、必要も無かった。というわけで、シメオンは話を進める。
「とはいえ、悪い話とは思わないよ。おかげで、こんな会談も開けた」
「ほぅ……」
どうやら、ここの信頼関係も自分達と同じぐらいには深いらしい。カイトはシメオンの反応から、彼がゲオルギウスを信頼している事を察した。
「ま、そういうわけでね。私の見えない現実を彼はよくわかっている。私は確かに騎士だが、どちらかと言えば学問側が専攻みたいなものでね。戦闘力は彼には劣る」
「なるほど。総指揮を行う者と、前線で指揮を担う者というわけか」
「そう捉えてもらって大丈夫だよ」
カイトの要約に、シメオンははっきりと頷いた。これについてはこの後を見てもわかる。シメオンは基本ヴァチカンの総本部に控え、何かがあって動くのはゲオルギウスだ。そしてゲオルギウス自身も考えるのは苦手だ、と言っている。丁度足りないものを補い合う関係、というわけなのだろう。
「で、そういうわけなのだが……実は新兵の時に偶然出会ったのが、彼でね。その時に現実を教えてもらって以降、時折彼を頼りにさせて貰っていたんだ」
「始めの頃は本当に心底嫌になったがな。お坊ちゃまが、と思ったものだ」
「え……ほんとに?」
「……普通わかるだろう。お前は素になるとどこか抜けているな」
「ご、ごめん。ぜんっぜん気付いてなかった」
どうやらシメオンの素が垣間見えたらしい。若干傷付いた様子かつ驚いた様子の彼に対して、どこか楽しげにゲオルギウスが笑っていた。とはいえ、こうやって笑い合えている時点で、良い思い出になっているのだと察せられた。
「お坊ちゃま?」
「アカデミーに入れるのは基本は各教会で認められたエースか、代々教会に仕えている騎士の家系かのどちらかだ……貴様にわかりやすく言ってやれば、警察のキャリア組とノンキャリだ。俺はノンキャリだ」
「「あー……」」
カイトとヴィヴィアンはゲオルギウスの言葉で、一瞬で何故ゲオルギウスを取り立てた事で反発が起きたのか、というのを理解し、同時に彼が何故当初はシメオンを厭っていたかを理解する。
とどのつまり、シメオンは彼自身が言った通り現実が見えていなかったわけだ。それに対して現場で生きてきたゲオルギウスは常に現実に対応して生きてきた。現実が見えない机上の空論を口にするシメオンがゲオルギウスには気に入らず、というわけだろう。
とはいえ、これ以上突っ込まれるのはシメオンからしてみれば黒歴史を掘り起こされる様なものだ。なので彼は大慌てで話題の軌道修正を図る。
「ま、まぁそれは良いだろう。兎にも角にも、そういうわけで私がまだ新人の時代からの付き合いでね。それ以来、というわけさ」
「そんな所だ」
「なるほどね……」
ここを攻略するのは、かなり難しいだろう。カイトはシメオンとゲオルギウスの反応から、この二人に離間の策は通用しないだろう、と理解する。
とはいえ、今の所ここと戦う必要は無い。というより、戦わないで良い為に話し合いをしているのだ。もし共闘出来るのなら、逆にこれは心強い味方と考えて良いだろう。というわけで、彼はそのままの流れで話を持っていく事にした。
「では、他の使徒達もそうなのか?」
「いや、他は色々さ。長い付き合いなのは彼だけだ……天使様からの推挙があったり、アカデミーの推挙があったり……」
「天使の推挙ね……」
どうやら幹部と言っても色々とあるのだろう。と、そんなアカデミーよりの推挙という言葉を聞いて、今まで口を閉ざしていたリチャード――ボロを出さない様に意図的に閉ざしていた――が口を開く。
「ああ、そうだ。アカデミーよりの推挙と言えば……ジャンヌもアカデミーよりの推挙だったか」
「は……その節は御許諾頂き、感謝致しております」
「いや、良い。あれの守りの腕は腕はまさに天下一品と言って良い。騎士とは護る者。その本分に則るのであれば、断る道理がない。それどころか立場を頂き感謝する」
「ありがとうございます」
リチャードの感謝に対して、シメオンも深々と頭を下げる。なお、一応言及しておけば、シメオンは当然リチャードがノアでない事を知っている。とはいえ、これに嘘はない。確かにノアも許可を出したが、彼女ほどの腕前だ。リチャードの許可も必要だったのである。
なのでリチャードの許可があった事はシメオンも知っており、というわけだ。カイトが得意とする嘘を言わないで相手の誤解を招くやり方だった。そしてそれ故、カイトにも見抜けなかった。そんな彼が問い掛ける。
「とはいえ、その彼女は紹介にはあずかれず、と」
「そうなる……入れ」
どうやらこの話題が出たのは何も偶然というわけではなかった様だ。そしてカイトの言葉も勿論、である。そうして、リチャードの言葉を受けて、ジャンヌの兄妹達が入ってくる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




