断章 第22話 欧州旅行編 ――過去に残る異族――
カイト達をどこかの異空間の中にある古城へと転移させた吸血鬼の策略により、危うく交戦となる所であったカイトとヴァン・ヘルシング。両者はモルガンの指摘により矛を収めると、ひとまず状況を整理するべく暖を取っていた。
そうしてそこから派生してヘルシングの過去が語られた後、そんな彼の要望を受けてカイト達はヘルシングが追っているという吸血鬼の討伐に助力する事になっていた。
「……そう言えば。ヴァンは魔術は使わないのか? 妙にあまり魔力を使わない武器を使っている様に見えるが……」
「釈迦に説法だろうが……吸血鬼共の感覚は鋭敏だ。魔力を馬鹿みたいに放出しては、奴らに気付かれる。不意を打つには、なるべく魔力を使わない攻撃方法を編みだす必要があった」
「それで、その装備か」
ヘルシングの持つ武器は一見すると不思議な武器にも見えるが、多くの武器は確かな殺傷能力を持ち合わせている。戦士の持つ武器としては十分だろう。
「そういうことだ」
「ふむ……」
道具使いと言うところか。カイトは地球に道具使いという職種――この場合はゲームチックな職種――があるかどうかはわからなかった為、口には出さなかったものの内心でそう思う。実際、エネフィアの基準に当て嵌めればヘルシングは道具使いと言って間違いではない。
「……先も語ったが、俺に特別な力はない。ただ並外れた魔力と並外れた力があるだけだ。貴族としての特殊な教育を受けたわけでもない……強いて言えば、伯父上を殺す為に必要な暗殺術と真正面からの戦いになった場合にでも勝てる程度の剣技を叩き込まれたというだけだ」
「道具に頼るのは間違いではないだろうさ。オレも、道具には頼る」
「……そうか」
どうやら当人としては少しは気にしていたらしい。が、カイトの言葉で少しの気休めになった様子だった。そうしてその後はほとんど無言で本丸を登り続ける事、およそ一時間ほど。何度かの戦闘を経ながらも、一同は最上階の一歩手前までたどり着いていた。
「さっき見た感じだと……多分ここが、最後の一個手前の階層かな」
「となると、この先がボスか」
ヴィヴィアンの言葉に、カイトは二体同時に現れた<<動く巨大な鎧>>の片方を手早く片付け、<<動く巨大な鎧>>が守っていた階段を見る。
なお、もう片方はヘルシングが鞭を使って器用にパーツを引っ剥がし、その中に暴走状態にした魔石を放り込んで片付けていた。カイトとの交戦直前には道具を温存するべく自身の力で力技での突破をしたそうだ。それ故、扉が大きく破壊された、というわけらしい。と、そんな彼は<<動く巨大な鎧>>を倒した所で、怪訝な表情を浮かべていた。
「……妙だな」
「何がだ?」
「ここまで攻め込んでいるのに、奴が一切の動きを見せない……何かを企んでいる、と考えるべきか」
「ふむ……逃げ出した、と言う可能性は?」
「……」
カイトの問いかけに、ヘルシングはわずかに考える。そうしてそんな彼は何を思ったか、一度そこに腰を下ろして腰の袋に手を入れる。そうして取り出したのは、なんと小型のタブレット端末だった。
「……」
「……なんだ」
「いや、急にハイテク感が増したな、と」
「……悪いか」
どこか拗ねた様子でヘルシングがカイトに問いかける。どうやら彼自身も少し似合わないとは思ったらしい。まぁ、一見すれば粗野な人物――しかもかのヴァン・ヘルシングが――が唐突に最先端のタブレット端末を取り出したのだ。誰でもそうも思うだろう。
「ああ、いや。悪くはないさ。最先端の道具を使いこなす、というのは意外とアナクロな魔術師でも意外と重要とは思うしな。それに、オレはお飾りとは言えアルターの社主だ。ハイテク機器を持ってて馬鹿になぞしないさ」
「そうか……それで、これは地上階に戻った際、窓から外にドローンを飛ばしておいた。その映像だ。光学センサーだけではなく、赤外線に暗視カメラなども搭載している」
「なるほどな……確かに、古くからの吸血鬼が赤外線カメラに対応しているとは思えんか」
どうやら数台飛ばしていたらしいドローンの映像をタブレット端末で確認するヘルシングに、カイトは納得した様に頷いた。
これはよく指摘される事であるが、やはり魔術師という存在は科学に疎い者が多かった。特にヨーロッパではハプスブルク家に代表されるように、魔術そのものが貴族の道楽であった時代がある。なので自分達しか知らない魔術を高尚な物として、一般的な物に普及する者を低俗な物と見做す向きがある。
そしてそれは、異族達も一緒だった。はっきりと言ってしまえば、古い異族の系譜に繋がりながらも最先端の科学の一端を担うアルター社を経営しているエルザが珍しいのである。
「……ナイトビジョン、赤外線共に反応は無いな……俺達を嵌めてそのまま外に出ていたのでなければ、だが」
「その可能性が高くはないのか?」
「……ありえんとは言い切れんが……」
カイトの問いかけに、ヘルシングは一つため息混じりに首を振る。
「絶対に行方を知らせなかった奴が、わざわざ根城まで招いたのだ。こちらを絶対に倒せる自信がある、というわけなのだろう。ここまでの防備と良い、常に夜の力に満ちるこの空間と良い……こんな絶好の住処をそう安々手放すとは思えん」
「ふむ……」
確かに、ヘルシングの言う事も尤もではあった。今まで一切自分の根城を知らせなかった存在が、ここまでの防備をした上で自分の根城に招き入れたのだ。特に自身の力に自信過剰気味になりやすい性質を持つ吸血鬼だ。絶対に自分は倒されない自信がある、と考えたのだとすれば筋は通った。
「……まぁ、とりあえず。行ってみればわかる事か」
「ああ……ドローンはそのまま待機させておこう」
カイトの指摘に道理を見たヘルシングは頷いて、タブレット端末を袋に入れて立ち上がる。そうして最後の扉を抜けて上層階への階段を進む事、少し。一同は最後の部屋に続く扉の前で、立ち止まった。
「……なるほど。ご自由にお入り下さい、と」
「ふむ……」
カイトの言葉を聞きながら、ヘルシングが一つ唸る。現状、目の前の扉に何か仕掛けがされている雰囲気はない。更に言えば、部屋の中から殺気が漂っているわけでもない。
と言っても、誰も居ないわけではなく、部屋の奥の中央付近には誰かが居る気配があった。供などは居ない所を考えると、これこそがここの主にして、ヘルシングが追っている吸血鬼とやらなのだろう。
「……ブルー。こちらで援護をする。そちらで仕留めてくれ」
「……ああ」
ヘルシングにしてみれば、単に今回の獲物は自分が追っているだけというに過ぎない。かつてのヴラド三世の様な因縁があるわけではない吸血鬼を仕留めるのに、特段の感慨はないのだろう。
そんな彼の申し出に、カイトは一つ頷いた。そうして視線だけで同意した四人は、即座に隊列を組み直す。先頭をカイトとヴィヴィアン、その次がヘルシング、最後にモルガンの順番だ。
「……ふぅ」
ランクB程度の魔物を難なく使役していたのだ。間違いなく、ここに居る吸血鬼は単体でも十分に国を滅ぼせる。にもかかわらず、知恵も回るらしい。よほどの戦闘力を持ち合わせていると考えて良いだろう。油断は出来ない。故に一度深呼吸をしたカイトは、ヴィヴィアンと最後に頷きあって扉を蹴っ飛ばした。
「おら! 観念しやがれ!」
「ふぅむ……これは野蛮だねぇ」
部屋の中央の玉座とでも言うべき椅子に座る男が、飛来したドアの残骸をまるで羽虫でも払うかの様に吹き飛ばした。その姿は優雅で、服装が豪奢であれば貴族でも通じた様な男だった。
服装はカッターシャツに棒タイをした姿。顔立ちは優雅さが滲んでいる。髪色は金で、手にはワイングラスが見受けられた。どうやらカイト達の動きを見ながら優雅にワインを飲んでいたのだろう。
「随分と優雅なご身分だな、おい」
「ははははは。ここまでの君たちの戦い、存分に楽しませて貰ったよ。いやいや。流石は今をときめくブルーに、我らの天敵ヴァン・ヘルシング。流石は、と言わせて貰おうか。見世物としては中々だった」
「おいおい……オレ達を知っていながら、随分と余裕だな。逃げようと思えば、逃げられたかもしれんぞ?」
「あはははは。確かに。だが、君がけが人である事は聞いている。私から見ても、随分と精細さを欠いている様子だった」
カイトの問いかけに、吸血鬼の男が楽しげに笑う。その姿はやはり優雅で、まるっきり敵に攻め入られているとは思えない様子だった。
「にしても誤算だったのは、君と一緒にご婦人が二人も居た事だ。てっきり君一人だと思ったのだがね。流石にそこまでは読みきれなかった。おかげで君とヘルシング教授を相争わせる予定が、すっかり狂ってしまった」
「あっははは。そりゃ、良かった」
改めて言う必要もない事であるが、ヴィヴィアンもモルガンも公的にはイギリスの存在だ。なので本質的にカイトと共に居る事はバレてはならない。なので一緒に居ながらも基本は姿を隠しているのであるが、どうやらこの吸血鬼の男はそれに気付けなかったらしい。
そもそも彼としても、カイト達が来る事を想定出来ていなかっただろう。そこまで注意深くカイト達の様子を観察する余裕も無かったのだろう。半ば成功しかけていた分、十分だとは言えるかもしれなかった。
「まぁ、確かにご婦人方は厄介ではあるが……」
ごぅ。吸血鬼の男から、並々ならぬ力が溢れ出す。それは間違いなく一国の軍隊と真正面から戦っても勝てるだろう力が見受けられた。おそらく彼が暴れれば、使徒が出て来る領域だろう。
逆にそれが分かればこそ、彼も安易に自らの存在と実力を晒さない様に密かに行動していたのだと思われる。戦力では勝っても、兵力では劣ると理解できている様子だった。
「この通り、私も中々の強さでね。けが人を含め四人なら、十分になんとかなる」
「そうかい……じゃあ、やってみろ!」
圧倒的な威圧感を放ちながらカイトの動きを待ち構える吸血鬼の男に、カイトはその挑発に乗せられる形で<<縮地>>を始動させる。
が、その半ば。普通なら立ち止まれない様なタイミングで、カイトが急停止した。乗せられた形にしたのも、わざわざ話をしていたのも、全てはこちらから肉薄出来る状況を整えるべくしていたことであった。
「……」
「ほぉ」
「おぉおおお!」
急停止したカイトがしゃがんだ、その後ろ。彼を追い抜く様に現れたヘルシングが吸血鬼の男へと鞭を振りかぶる。その一方、モルガンはヘルシングの鞭が吸血鬼の男を拘束したと同時に一撃で仕留められる様に魔術を準備していた。
が、これはそう見せているに、過ぎなかった。故にヘルシングの鞭に対して、霧化してそれを回避した吸血鬼の男に対して、ヘルシングは逆に笑みを浮かべていた。
「流石にこれは見え透いているだろう」
「わかってるさ」
「はい、いらっしゃい」
わずかに呆れを滲ませた吸血鬼の男に対して、モルガンの魔術の展開を隠れ蓑に自身も幻影を生み出して回避した先に先回りしていたヴィヴィアンが大剣を振りかぶる。それに、吸血鬼の男がわずかに目を見開いた。
「はぁ!」
「む……だが、この程度ならなんとでもなる」
ヴィヴィアンの一撃に対して、吸血鬼の男は魔力で出来た真紅の爪を使ってそれを防ぎ切る。どうやら、大口を叩くだけの事はあるというわけなのだろう。ヴィヴィアンの一撃に対して、まだまだ余裕が見え隠れしていた。そうして、またたく間に数十の斬撃と刺突が交差する。
「ふむ……強いとは風のうわさに聞いていたが。まさかここまでとは」
「もう限界? 良いよ、それでも」
わずかに眉を上げた吸血鬼の男に、ヴィヴィアンが笑いながら問いかける。が、こちらも息一つ切らせている様子はなく、まだまだ余裕が見えていた。というより、この程度の相手に本気を見せるわけにはいかないのだ。
「にしても。一人で良いのか?」
「? 不思議な事を言うね」
「くっ……なるほど。一人で十分、と」
楽しげに小首をかしげたヴィヴィアンに、吸血鬼の男が楽しげに笑う。が、その次の瞬間。彼の身から先程より大きな圧力が放出された。
「舐めてもらっては、困るな」
優雅な口調のまま、身に纏う圧力だけを上昇させた吸血鬼の男はヴィヴィアンをゆっくりと押し始める。が、それに対するヴィヴィアンの顔にはまだまだ余裕が見えていた。
まぁ、彼女は最初から出力を変えていないのだ。最初が互角だとするのなら、当然と言える。が、それもその筈だった。これこそ、彼女の狙いだったからである。
「ううん。舐めてはいないよ。きちんと、作戦は立ててたからね」
「っ!」
どうやら、ヴィヴィアンの言葉で吸血鬼の男も自分が咄嗟に乗せられてしまったと理解したらしい。これは吸血鬼の性質を上手く利用した策だった。そうして、次の瞬間。密かに忍び寄っていたヘルシングの鞭が、彼を縛り上げた。
「今だ!」
「あいよ!」
ヘルシングの合図を受けて、カイトが吸血鬼の男の心臓を背後から串刺しにする。その彼が持つのは、十字架に似た形状の直刀だ。ヘルシングが持ってきていた武器の一つで、いわゆる<<吸血鬼殺し>>の一振りだった。
「な……に……」
「てめぇら、自信過剰だし油断し過ぎだ……別に戦士が相手でもなけりゃ、オレは正々堂々なんぞハナから考えちゃいねぇよ」
口から血を吐いた吸血鬼の男に対して、カイトは最後に冥土の土産としてそう教えてやる。そうして、吸血鬼の男はあまりにあっけなく地面に倒れ伏す事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週月曜日です。




