断章 第17話 欧州旅行編 ――寄り道の対価――
少しだけ、話はカイト達のヨーロッパ旅行から変わる。カイト達がヨーロッパ旅行の行き先の一つとして定めたドイツはノイシュバンシュタイン城の主であった、ルートヴィヒ二世。このルートヴィヒ二世であるが、彼は当時存在していたバイエルン王国という国の王様であった。
そんな彼が建造した三つの城の一つが、今回のカイト達の目的地であるノイシュバンシュタイン城となる。とまぁ、これだけ聞けば美術や建築に優れた王様かと思われるわけであるが、実際には彼は『狂王』とも仇名される人物であったと言われている。
一説には精神病を患っていたとも言われているが、これは実際として彼の浪費癖や当時のバイエルン王国が負った多額の負債に対処する宰相の偽装であったそうだ。
が、実際の話として彼は夜中にソリを乗り回していたり、誰も居ないのに一人で様々な人物と話をしていたりした、という奇行を当時の周辺住民達が目撃していたという。
「うーん……綺麗は綺麗なんだけど」
「ちょっと良くないね」
「場に嫌な気配が満ちてるなー。うーん、勿体ない」
モルガンとヴィヴィアンの苦言に、カイトも僅かに物悲しげにため息を吐いた。三人が現在立っていたのは、リンダーホーフ城の庭園だ。ここでルートヴィヒ二世は長い間過ごし、奇行の大半はこの近辺で目撃されたと言われている。その理由の一端が見えた様な感じだった。
「……なんだろうな、この場は」
得も言われぬ、とでも言えば良いのだろう。カイトはリンダーホーフ城に満ち溢れるどこか寒々しい様な、それでいて馴染み深い空気に顔を顰める。
「たーぶんなんだが……これはどこかに霊穴があるな……」
「霊穴ってあの冥界への入り口に近い場所?」
「ああ……おそらくここは霊の通り道に近かったんだろうな」
カイトは周囲に満ちる寒々しい気配から、時代が時代であればここには多くの霊魂が迷い込んだのだろうと推測する。今でこそ世界の発展に伴って流れが変わったのか霊魂は見受けられないが、どうしても思念は残留する。それが、寒々しい場の原因だった。
「今はもう見えないが……ルートヴィヒ二世の時代といえばプロイセン王国とオーストリア帝国の戦争が起きた時代だ。その後もプロイセン王国とフランスとも起きている。二度の戦争に、王がここに居るという概念。その結果が、という所か」
「見鬼かな? それとも憑依体質だったのかな?」
「さてなぁ……まぁ、少なくとも見鬼の力はあっただろうさ」
カイトはルートヴィヒ二世が作ったとされるルイ14世などの像に思い馳せる。
「霊魂の通り道となった場に、入れ物となり得る像を置く。しかも時代として近くで死んだ人物の像だ。霊魂は殊更残りやすい。見知った相手や深く知った相手の像ほど、強く想念を蓄積してしまうからな」
「そういった事が複合的に相まって、かぁ……」
カイトの解説を聞きながら、モルガンは苦い顔だった。誰も居ないのに話をした、など様々な事を言われているルートヴィヒ二世であるが、これ故だったのかもしれない。カイト達はそう思う。
「……あまりこの森には長居するべきではないのかもな。特にオレの様な奴は」
「……少し残念だけど、色々と頃合いを見計らった方が良いのかもね」
カイトは死神の神使だ。それ故にこそ霊たちには恐れられるわけであるが、時として逆に引き寄せてしまう事もある。そこらがどうなるか読めない為、気まぐれに訪れるというのは避けておくべきだった。というわけで、少しだけ後ろ髪を引かれる気持ちはあるが、三人はその場を後にする事にする。
「さて……っ!?」
今度はノイシュバンシュタイン城。そう考えて飛び上がったカイトとその肩に座る二人であるが、その次の瞬間。三人へと何らかの罠が起動する。
「カイト! 上!」
「わーってる!」
まぁ、ここまで強力な霊的な存在が集まりやすい力場の様な物があるのだ。教会勢力の某かがここを見張っていても不思議はないし、それがカイトに好意的とは限らない。観光地ということで若干気を抜いていた事が無いわけではないが、それでも問題は起きなかった。というわけで、カイトはヴィヴィアンの注意喚起を聞く事もなく即座に虚空を蹴ってバックステップで後ろに下がる。
「ふぅ……っ!」
バックステップで後ろに逃れたカイトであるが、その背後に向かって何かが飛来する事に気が付いた。
「問題にはならないよ!」
カイトの背後に向けて飛来するまるで手裏剣の様な回転する刃に、ヴィヴィアンがナイフを投げつけて叩き落とす。そうしてそんなヴィヴィアンに迎撃を任せて解析に入っていたモルガンが口を開いた。
「カイト! これ、魔道具じゃない! 純粋な武器!」
「ちっ! 教会勢力の誰かさんか!」
改めて言うまでもない事であるが、カイト達は気配を読むと共に魔力の流れを読んで攻撃を予測している。なので彼らが万全に相手の攻撃を読むのであればどちらも揃っていて初めて十全に読めるのであって、どちらかが欠けていれば何時もほどの精度で読めるわけではない。
無論、どちらかが欠けていればその分威力は落ちるので障壁で防げるが、油断大敵とも言う。気付けねば障壁があっても一緒だ。不可知の一撃が一番強いのである。それを狙った物だと考えられた。そして何者かの襲撃に対して身を固めたカイトであるが、その彼の周囲へと奇妙な紋様が浮かび上がった。
「っ」
浮かび上がった紋様に見覚えはない。おそらく魔術的な攻撃だとは思うが、不活性状態である上に地球の物であるから、カイトには詳細はわからない。
故に、カイトは即座の解析ではなく防御を選択する。と、そんな彼は何かが自身に向けて超高速で接近する事に、気が付いた。
「何!?」
防御の為に紋様に意識を割かれていたカイトの足に、長い皮の鞭が巻き付いた。そしてそのタイミングで、彼の周囲で浮遊していた紋様が光り輝き、彼らはどこかへと転移させられる事になる。
「んぎゃ! んごっ!」
足を思いっきり引っ張られていた所に、転移だ。急に足に掛かる力が無くなった事でカイトの身体は弾き飛ばされる様にぶっ飛んで、何かに衝突する。
「いたたた……」
「あぶなかったぁ……二人共、大丈夫?」
やはり急な転移かつ、足を引っ張られていた事がある。思いっきり射出した事でモルガンもヴィヴィアンも即座には対応出来ず、吹き飛ばされる様な形でカイトの肩から落下していた。唯一無事だったのは、持ち前の運動性能を十全に発揮して空中での姿勢制御に成功したヴィヴィアンだけだ。
「……痛い、すごい痛い……」
「はぁ……誰? こんな事するの……」
「あの鞭誰だよ……おかげで回避出来なかったじゃねぇか」
いくら防御に徹していたとはいえ、カイトも熟練の戦士だ。紋様が転移に関連する物だと空間の歪みの兆候が見えた時点で気付いてはいた。が、その気付いたタイミングを見計らったかの様に鞭が足に巻き付いた所為で、逃げるに逃げられなかったのだ。
しかも悪かったのは、下がリンダーホーフ城という観光地であった事だ。今日も今日とて観光客はたくさんいて、下手に大出力で対応も出来なかったのである。というわけで座りながら痛みを堪えていたカイトの頭を撫ぜながら、ヴィヴィアンが問いかける。
「鞭の主があの魔術の主かな?」
「しーらん……誰でも良いわ。ったく……面倒な事しやがって……で、どこだ、ここ」
カイトはヴィヴィアンの感触を背中に感じながらも、とりあえず周囲を見回してみる。周囲は薄暗く、おおよそ外とは思えない。というわけで、カイトは一つ意識を集中してみる。
「……」
「……どう?」
「……駄目だな。これはどこかの異空間に転移させられたと考えて良いだろう」
モルガンの問いかけに、カイトは苦い顔で首を振る。それに、モルガンもため息を吐いた。
「ということは、わざわざお招き頂いた、という事かな」
「だろうな……武器なんかは没収されず、足かせや手枷は無し。時間は……狂ってなさそうか」
カイトは何時もの懐中時計を取り出して、現在時間が最後に確認した時からさほど狂っていない事を確認する。
「それ、狂わされない?」
「特殊な仕掛けで外と同期出来る様にしてるからだいじょーぶ」
転移させられてすぐにここに放り込まれた。そう考えるのは早計だ。魔術がある以上、それこそ気付かぬ間に三人に何らかの仕掛けを施す事だって不可能ではない。無論、そんな技術を持つ者がティナ以外に居るのか、と言われれば首を傾げるが、不可能ではないのは事実だ。確認は重要だ。
なお、この特殊な仕掛けとは彼は敵に聞かれる可能性を考慮して口にしなかったが、時乃の力だ。わかりやすく言えば、以前に彼が『影の国』にて指輪を使って外との誤差を確認した方法の亜種、と考えれば良いだろう。
「良し。とりあえずはここから出るか。暗すぎて滅入る」
ひとまず何か仕掛けられていない可能性が高い事を確認したカイトは、跳び上がる様にして立ち上がる。そんな彼の肩に、モルガンとヴィヴィアンが腰掛けた。そうしてまずするのは、現状の確認だ。
「さて……何時もなら<<光源>>とでも言いたいわけですが」
「うかつに魔術は使いたくないよねー」
「だな」
モルガンの言葉にカイトは同意すると、自らの異空間の中に収納したアメリカ海兵隊御用達の懐中電灯を取り出した。今後ジャックやエレン達との間で共同作戦を行うにあたって、こういったアメリカ軍の携行品の中でも軍事機密にならない物は共有して使い方をマスターしておいたのである。勿論、同じ様にカイト達側も翻訳用のイヤリングなどを共有している。
「ふむ……かなり古いな。が……堅牢そうか」
カイトは何かの石材で出来ているらしい壁を叩いてみる。が、返ってくる反応はかなり重く、空洞がある様には思えなかった。
「上は……こっちも脱出できそうにないね」
「光が漏れ出す隙間も無い、か……さて……そう言っても入れた以上は出れるだろうし、扉がなかろうとオレ達にこんな防御が意味をなさんことぐらいはわかる相手であって欲しいんだが……」
いくら不意を突かれたからと言っても、折角捕らえる事に成功したのだ。生半可な実力と見積もられても困る所であった。そして案の定、カイト達をただ密閉しただけで捕らえられるとは思っても居なかったらしい。
「カイトー。こっちに扉あるよー。普通に開くっぽい」
「そか……とりあえず、出てみるか」
モルガンの見付けた扉へとカイトが歩いていく。そうして、彼は試しに取っ手に手を掛ける風を装って、風を操ってドアを押す。取っ手は扉を開けるのには必ず触る場所だ。どんな罠が仕掛けられていても、不思議はない。
「……杞憂だったかな?」
とりあえず開けてみた所、落とし穴が生まれる様子も取っ手から毒針が出て来る様子も無かった。どうやら些か警戒しすぎた、と言う所なのだろう。そうして捕らえられた部屋から外に出てみると、そこは松明で照らされたどこかの地下通路だった。そんな光景を見て、モルガンが思わずと言った具合で呟いた。
「うーん……懐かしい」
「知ってるの?」
「あ、それはううん。ただ、ほら……ここら昔の私のお城の地下とかこんな感じだったし」
「なるほど……」
確かに言われてみれば、どこかの城の地下と言われるとそんな感じがある。薄暗い地下通路の左右には幾つもの扉があり、西洋ファンタジーでおなじみとなる城の地下牢がある場所に感じられた。と、そんな事を思ったからだろう。思わずカイトが苦笑した。
「……おいおい。まさかそこまで凝ってくれなくて良いんだがな」
「囲まれてるね」
「カイトー。どうするー?」
聞こえてきたのは、カタカタと乾いた何かがぶつかる音。骸骨系の魔物が動く際に響く独特な音だ。それは周囲の扉の先から聞こえていた。
「……まったく。折角盛大な歓迎をしてくれるのなら、もう少し華やかな方が良いんだがな」
「まー、歓迎してくれるだけ良いでしょー」
「あはは……カイト。背中は任せてね」
「あいよ。じゃ、いっちょやったりますか!」
大型化して大剣を構えたヴィヴィアンの言葉を受け、カイトが刀を取り出して構える。そしてそれと同時に周囲の扉が一斉に開いて、中から骸骨型の魔物の群れが一斉に現れたのだった。
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