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断章 第14話 欧州旅行編 ――大きな買い物――

 イタリアは南イタリア、カンパニア州。そこの地酒であるリモンチェッロ。ナポリ旅行の中でリモンチェッロを買い求めたカイトは、ひょんな事から出会った一つのリモンチェッロを求めることになる。

 それは代々ナポリにてリモンチェッロを作り、地元民達に愛されるロッシーニ家という酒蔵が作るリモンチェッロだった。が、そこで彼はロッシーニ家に起きていたトラブルを知る事となり、ナポリの民に愛されるリモンチェッロを守るべく行動を開始していた。

 そうしてカイトにロッシーニ家を紹介した酒屋の主人、イタロに事情を話してカモッラのボス、コルネリオに話を通す算段をつけると、一度イギリスに入ってコルネリオ説得に必要な資料を手に入れていた。


「ふぅ……うん。やっぱり美味い」


 カイトはセルジオのリモンチェッロを飲みながら、一つ頷いた。とはいえ、今はストレートで飲むのではなく、炭酸水で割って飲んでいた。


「あ、これも良いね。さっぱりしていて飲みやすい」

「私こっちの方が飲みやすいかも。さっぱりしてるから、常備酒でいけそう」


 やはりカイトが酒好きだからだろう。モルガン達も酒を飲む事は多い。というわけで、二人もまた酒については一家言ある様子だった。


「ふむ……で、ティナ。そっちはどうだ?」

「うむ。まぁ、お主に頼まれた仕事については進めておるよ。資料ももうすぐに出来よう」

「悪いな、休暇の最中に」

「ま、これもよかろう……にしても、リモンチェッロのう。噂には聞いた事があったが……口にした事は無いのう」

「飲むか?」


 カイトは資料作成や細々とした補佐を頼んだティナへと、グラスを掲げる。根回しはしたし、他の所にこの話が流れて興味を持たれるより前に動きたかったので急いでもらってはいるが、すぐに動けるわけではない。


「どうせなので一杯頂こう」


 折角カイトが土産として持って帰ってきたのだ。しかも今は休暇中。オフの昼間から酒を飲んだ所で、誰もうるさい事は言わないだろう。というわけで、カイトはショットグラスとミルコのリモンチェッロを彼女へと渡す。


「ふむ……む。甘いのう」

「苦手か?」

「ストレートは余の口には合わん。甘すぎる。食後酒には良いやもしれんが」

「ま、食後酒だからな。炭酸割りにしておけ」

「うむ。今はそうしておこう」


 カイトからまた別のグラスを受け取ると、ティナはそれに炭酸水を入れて炭酸割りにする。なお、リモンチェッロはストレートなら度数は30と中々に高い。醸造の際にスピリットを使っているから、人によっては悪酔いするので注意である。まぁ、ザルと言われるカイトにそんな心配は無用だが。


「うむ。これの方が飲みやすい」

「だろうな……」


 しばらくの間、四人は少しだけ気ままに酒を飲む。そうしてしばらく待っていると、部屋に用意されていたプリンターから紙が印刷されてきた。


「来たか……良し。これで大丈夫だろう」

「相変わらず酒の事になると、妙にやる気を見せるのう」

「オレにとっちゃ、酒は命の水だ。体質的に酔いにくいしな」

「あくまでも酔いにくいのであって、酔わぬわけではなかろう」

「まぁな」


 カイトは今度はストレートで飲みたくなったのか、自身もグラスを変えて何も入れずリモンチェッロを口にする。


「ま、それでも……大怪我をしていない限りは酒は飲める。ここしばらく飲めてなかったから、飲ませてくれよ」

「大怪我しとるわ、バカモン……」


 やれやれ、とティナは首を振って肩を竦める。なお、カイトが酔わない理由であるが、それは彼に毒が効かないのと同じ理由だ。彼は言うまでもなく、肉体的には世界最強の存在だ。故に自己治癒能力も常人とはかけ離れており、アルコールを分解する能力も常人とはかけ離れているのである。それこそ、彼の場合は魔術無しでも河豚の毒を分解してしまえるだろう、というのがリーシャの見立てだった。


「療治の酒だ……ふぅ……ん、これなら大丈夫か」


 カイトはリモンチェッロを一口呷り、資料に問題が無い事を確認する。これで後はロッシーニ家の返答次第、という所だろう。


「ふぅ……さて、後は明日かな」


 いくらなんでも今日ローマに帰る素振りを見せておいて、それでとんぼ返りで書類が揃っているのはおかしいだろう。翌日でも相当素早いのだ。一日間を空けるのは、必要な事だろう。そうして、カイトは翌日に備えてこの日はそのまま休む事にするのだった。





 カイトが休んでいた一方、その頃。カイトがイタロに話を伝えた事をきっかけとして、ロッシーニ家への圧力はカヴァルリ・ファミリーの耳にも入る事になっていた。


「なんだと……? セルジオの爺さんの農園にだぁ?」

「「「……」」」


 ボスの逆鱗に触れた。報告を横で聞いていた側近達は揃って、温厚と呼ばれるボスの数少ない逆鱗に触れた事を一瞬で悟る。人格者かつ温厚な人物として通っているコルネリオであるが、逆に逆鱗に触れた時には確実に血の雨が降る。

 そしてその逆鱗は意外と分かりやすい。酒と女と黒魔術。その三つだ。逆にこの三つで気に入られれば、幹部に近い扱いも受ける事が出来た。が、だからこそ、側近達はこの逆鱗に触れる事を何より恐れていた。


「おい、何時からって話だ」

「へ、へい……調べました所、その……」

「おい……おらぁ、気が長いがな。酒が絡むと、短気だぜ? それが特にセルジオ爺さんの酒になると、尚更だ。あれを一日一杯飲まねぇと、俺の気が収まらねぇ……さっさと言え」

「……一ヶ月前には、もう」

「なんだと!?」


 コルネリオが机を蹴っ飛ばし、がっしゃーん、という大きな音が鳴り響く。一ヶ月もの間、ボスにナポリの街での勝手を報告していなかったのだ。こうもなる。


「……」

「ひっ……す、すいません、ボス!」


 コルネリオから睨まれた幹部の一人が、真っ青になって震え上がる。彼らは確かに、表には立てない立場だ。が、ナポリを愛するその心は決して表の住人達に負ける者ではなく、それ故にこそ彼らはナポリの住人達に受け入れられていた。

 それ故、もしナポリの外の者達が裏から不当な圧力を掛けてきた時、彼らにはナポリの住人を守る義務があった。無論、それでも時に裏から圧力を掛けねばならない事はあり、そういう時には当然、彼らに何かしらの形で筋を通すのが筋だった。その筋も通さず、ナポリの住人に圧力を掛けたのだ。彼らにとって、それは侵略行為にも等しかった。


「おい、カスト……お前さん、ファミリーの掟、忘れたわけじゃぁ、ねぇよなぁ……」

「……」


 葉巻に火を点けながら一言一句確かめさせる様に告げられた言葉に、カストというらしい幹部が真っ青なまま震え上がる。自分が逆鱗に触れたと理解していたのだ。


「どこのどいつだ」

「は、はい! えっと……」


 カストはこれ以上ボスの逆鱗に触れては堪らない、と賢くない頭で絞り出す様に記憶をひねり出し、覚えている限りの情報をコルネリオへと報告する。


「なるほどね……はっ。北のお貴族様かぶれが舐めたマネしてくれるじゃねぇか。おう、クリストフ」

「なんでしょう、ボス」

「北のお貴族様にゃ、金の用意をさせておけ。ナポリに手を出した事を後悔させられるだけの額をふんだくれ」

「はい、ボス」


 クリストフは父の命令に、楽しげに笑みを見せながら頷いた。なお、彼の口調が丁寧なのはいくらファミリーの前だとはいえ、場が場だからだ。父をボスとして立てていたのである。


「カスト。これ以上、俺を怒らせるな。これ以上勝手しない様に、きちんと見張れ。で、誰か電話出せ。イタロの奴に現状聞いておきてぇ」

「は、はい!」

「ボス……こちらを」

「ああ」


 コルネリオは真っ青の顔で部屋を後にした幹部を見送りながら、また別の側近からスマホを借りる。そうして電話をする先は当然、イタロだった。


『あいよ。コルネリオだな』

「なんだぁ、お前、俺が電話掛けて来るの知ってたのか」

『あはははは。まぁ、そろそろだろうとは思ってたぜ』

「ほぅ……なぁ、イタロ。俺たちゃぁ、幼馴染でダチだよな? 俺はこんな身分だが……悪い付き合いってわけじゃあねぇだろう?」


 つまり知っていて隠していたわけか。コルネリオは問いかける言葉に僅かな殺気を乗せる。彼とてカモッラのボス。幼馴染だろうと自分の逆鱗に触れるのなら容赦なく殺すし、今まで何人もの顔見知りをあの世に送ってきた。それぐらいの冷酷さはあった。


『い、いや、間違えないでくれよ。俺も知ったのはついさっきだ。ちょいと、色々とあってな。多分、お前の部下がお前に報告しようって考えたのも、俺にバレたからだ、って考えただけだ』

「うん?」


 慌て気味に自身に告げるイタロの言葉に嘘が無い事を、コルネリオは理解していた。彼は裏社会のボスの一人。嘘なぞごまんと吐いてきたし、ごまんと吐かれてきた。よほどのプロならまだしも、相手がイタロなら声の調子から嘘かそうでないかぐらいは見抜けた。


『……と、いうわけなんだよ。爺さんの性格なら、お前も知ってるだろう? 俺に伝わりゃ必然お前に伝わる、って考えてんだろうぜ』

「なるほど。確かにな」


 イタロの推測を聞いたコルネリオは、僅かに眉間のシワを解いて彼の推測に同意する。


「確かに、あの爺さんだ。俺が出る事は良くは思わんだろう。俺が出て来るぐらいなら引退しよう、ってのもわからないでもない。がなぁ……俺は困るんだよ。爺さんが本気で引退する、ってんなら、まぁしょうがねぇ。俺も諦めがつく」


 何度か言われていたが、コルネリオは裏社会の人間の中でも人格者とは言える。なので自身が好むからと、老人に鞭打つ様な行為はしない。筋が通らないからだ。が、だからこそ今回の事件は許せるものではなかった。


「が、どこぞの貴族かぶれの奴らの圧力で潰されるとなりゃ、話が違う。ナポリの街で外の奴が勝手しようってんだ。カモッラの名に傷が付く……わかるな?」

『わかってるよ。お前がナポリの街を裏から守ってるってのはな』

「じゃあ、何故言わねぇ!」

『怒鳴るなって……話聞いてくれよ』


 確かにイタロはカモッラの構成員ではない。が、つながりがあるもので、情報提供元の一人とは言える。故に自身に黙っていた事に対して、思いっきり声を荒げた。


『実はなぁ……どういう偶然か、俺が知ると同時に爺さんのスポンサーになっても良いって奇特な会社が出たんだよ。マリオ親方の所のピッツァ屋で飲んで惚れたってな』

「あ?」

『元々俺も爺さんが引退する、って口にしてるって話は聞いてたんだ。で、お前に告げるかどうか悩んでて、引退を翻意させられねぇかって観光客けしかけたんだよ』

「お前な……」


 何やってるんだ、こいつは。コルネリオはイタロが行っていた暗躍に盛大にため息を吐いた。これに、イタロが笑う。


『そう言ってくれんなよ。おかげで、お前も事情聞けただろ。で、その観光客ってのが、どこかの会社の役員らしくてな。名刺も貰って確認したが……最近出来たばかりだが、きちんとした企業っぽいんだ』

「ほぉ……ん? 待て。お前、さっき聞いたっつってたな?」

『ああ。ピッツァ屋で昼飯を食べて、そこで爺さんのリモンチェッロ飲んだってな』

「……」


 どこかで聞いた話だ。コルネリオはそう思い、そして気付いた。


「おい、イタロ。そりゃ、もしかして若い女二人……モルとヴィヴィって名の女連れた日本人か?」

『? お前、知ってるのか?』

「なるほど……あっははははは!」

『ど、どうしたんだよ、急に……』


 先程まで僅かな不機嫌さをにじませていたのに唐突に笑い出したコルネリオに、イタロが不気味そうに首を傾げる。が、一方のコルネリオは一気に上機嫌になった。


「いや、なんでもねぇ。縁ってのはあるもんだなぁ、って思っただけだ」

『お、おう、そうか……』

「なるほどな……おそらくその企業ってのは真っ当じゃあねぇんだろうが……」


 さて、どうしたものか。コルネリオは笑いながら、次の一手を考える。


「わーった。おい、イタロ。悪いが、少し頼まれてくれねぇか」

『ん?』

「その企業……多分、受けて損はねぇ。俺の勘だがな。ま、向こう……ああ、今のスポンサー様もすんなりとは引き下がらねぇだろうが……そっちは俺に任せちゃくれねぇか、って告げてくれや。ナポリの街の裏に手を出した。それのけじめはつけさせねぇとなんねぇからな」

『まぁ、その程度なら良いけどよ……何か知ってるのか?』

「いや? 何も?」


 今の顔が見られていなくてよかった。コルネリオは素直にそう思う。口調に反して、顔は盛大に笑っていたからだ。と、そうしてそんな彼は更に告げる。


「ああ、そうだ。そういや、後でお前の所に来るって話だったな?」

『明日か、明後日には来るって言ってたな』

「そうか……なら、セルジオ爺さんの農園で会おうって言っておいてくれや。セルジオ爺さんにも頭、さげにゃなるめぇ」

『……わかった。もし資料持ってきたのなら……あくまでも、本当に持ってきたのなら、だぞ?』

「ああ、構わねぇ構わねぇ。頼むぜ」


 コルネリオはこの葵なる人物の正体が誰かわかった時点で、おおよその筋が理解できていた。故に資料を持ってこないだろうという可能性は皆無と考えていた。そうして、そんな彼は明日に備え、少しだけ上機嫌に今日は彼らの側での用意を進めさせる事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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[気になる点] カイトは冒頭では炭酸水で割って飲んでいるのに次が 「カイトは今度は炭酸割りで飲みたくなったのか、自身もグラスを変えてソーダを入れてリモンチェッロの炭酸割りを口にする。」 では?となりま…
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