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断章 第5話 欧州旅行編 ――三十億を守りし者――

 カイト達がシメオンとの会談に備えて幾つもの手配を行っていた一方、その頃。シメオン達もまた彼らとの会談に向けて支度を行っていた。そんな彼が何より気にしていたのは、やはり狂信者に近い者達を率いているジャンヌだった。とはいえ、これについてはジャンヌ自身を部隊から切り離した事により、今の所はなんとかなっている様子だった。


「お久しぶりです、シメオン卿」

「ああ、ジャンヌ。よく来てくれた。すまないね、色々と世話を掛けて」

「いえ」


 自らを出迎えたシメオンの言葉に対して、ジャンヌが苦笑しながらも首を振る。今回は政治的な事情が大きく絡んでいる。故にこの非常時の対応は仕方がないと彼女もわかっていた。


「それで、君たちから頼まれていた通り食料物資などの急場で必要になる物についてはすでに用意させている。何時でも送れるよ」

「ありがとうございます」

「それで今後の予定はどうするつもりだい?」

「ひとまず、こちらで手続きに時間が掛かっている事にして時間を稼ごうかと」


 兎にも角にも、狂信者達にとってみればカイトとはサタンも同義だ。なにせ魔女と堕天使を従え、最恐最悪の女王であるフィオナには気に入られる、悪名高きモルガン・ル・フェイを情婦とし、である。

 ヴィヴィアンなら加点対象にでもなるか、と思われるが彼女も異族の上、マーリンを封ずる事でアーサー王伝説の終幕の幕開けをしたという事でさほどよくは思われない。精々100点満点で5点加算されるかな、という程度でマイナスが多すぎて雀の涙である。

 というわけで、出会えば確実に血が流れる。いくら天使達と裏で繋がるカイト達とて、手加減には限度があるのだ。限度を超えれば死者が出る。カイト側の配慮でティナを置いてくるだろうと予測されていようと、後々を鑑みれば決して接触させるわけにはいかなかった。


「そうか……うん。その判断は正しいだろう。わかった。こちらも物資の搬送に時間を掛けさせよう。まず第一弾として緊急性の高い物を送り届け、君はマリアと共に最後の便で戻ると良い」

「はい……それでその後なのですが、ひとまず地中海に向かおうかと思います」

「地中海に?」


 ジャンヌの言葉に、シメオンが僅かに首を傾げる。ここらの部隊の方針についてはほぼほぼジャンヌに一任しており、彼も知らない事が多いのだ。


「はい……マルタ騎士団との間で一度演習を行おうかと」

「今は確か……ドイツだったかい?」

「はい。ドイツのベルリン付近に拠点を置いています。調査によるとルーマニアには少なくとも魔女が居なかった事だけは確定しておりますので……となると、彼女の支配地域や情報網がある東欧は除外。中央ヨーロッパから西ヨーロッパ……まずドイツを中心に調べるのが良いか、と」

「なるほど……」


 基本的にフィオナの支配地域はトランシルヴァニア一帯となる。直接的な支配地域は結界の中となっているが、それで影響力がなくなるわけではない。

 実際、彼女の友人達もまたまだ健在で幾つかの支配地域が点在しており、東欧が多かった。ルーマニア政府がフィオナを頼りにしているのもその兼ね合いがある。というわけで、そちらは無いだろう、という推測らしかった。そしてその意図に納得したシメオンは、一つ頷いて口を開いた。


「ふむ……そうか。それなら一度マルタの騎士団長に親書を持っていってくれ。演習は何時も通りかい?」

「はい。モンテクリスト島で行おうかと」

「そうか……まぁ、あそこは君も馴染みだろう。少しのんびりとしてくると良い」


 モンテクリスト島。それは日本であれば巌窟王の名で知られるモンテ・クリスト伯の由来となる島の事だ。これは実在する島で、イタリア政府が管理している島である。この島は海底火山の隆起した島で、人気はないとされており、殆ど誰も立ち寄らない島とされていた。

 とまぁ、そういうわけなのだが。これは教会がイタリア政府に掛け合って流させた嘘らしい。海底火山の隆起した島であるのは事実なのであるが、教会側が幾つかの地脈と海脈に手を入れて死火山化しており、内部は教会が保有する比較的大きめの秘密基地じみた施設と化しているらしかった。


「そう言えば、シメオン卿はあそこの出身でしたか」

「そう言ってしまえば語弊はあるけどね。まぁ、基礎を学んだのはあそこだよ……ああ、そうだ。トマス卿が今、あちらで装備の開発に勤しんでいるはずだ。前の遭遇で武器の開発を頼んでね。それのテスト運用や開発への協力も頼んで良いかい?」

「はい……とはいえ、そうなるとしばらく滞在する事になると思いますが」

「そこらはこちらから手を回しておこう」


 シメオンの言葉の裏はジャンヌも理解できた。モンテクリスト島は教会が管理している島であるが、同時にそれ故に情報網が若干遮断されている。ネット回線などが無いわけではないが、新聞などが届くわけでもない。会談が露呈したとて、それが伝わるまでに若干の時間を設ける事が出来るだろう、という判断だった。


「では、表向きは新装備の開発への協力とその受領という形で進めます」

「ああ……ふぅ」


 ジャンヌが去った後、シメオンは深くため息を吐いた。これで、懸案事項の一つはなんとか対処出来たと考えて良いだろう。彼はそう思う。そんな彼に、やって来ていたゲオルギウスが告げる。


「疲れているな」

「疲れている、か……ああ。疲れているよ。聞いたかい? 魂を奪い去って肉体を操る『悪魔』の話を」

「聞いた。まさか、奴らが暗躍を開始していたとはな」


 シメオンの問いかけに対して、ゲオルギウスは苦い顔だった。これは言ってしまえば、異族という目に見えた敵を倒す事に夢中で第三者により足元を崩された形だ。異族討伐の任の一端を担っていたゲオルギウスにしてみれば、足元が疎かだったと言われても仕方がなかった。


「魔女が絶滅したとされて数百年……そして、『悪魔』達が表舞台から去って数百年。どちらも一斉に行動を開始した。偶然か、必然か。それは私にもわからない。だが、歴史が激動を始めている」

「それを、見極めに行くか」

「ああ……この激動の先に、何があるのか。三十億の人命を預かる以上、それをしなければならない」


 ゲオルギウスの言葉に対して、シメオンは強い眼差しで頷いた。今回、彼は決してカイトとの交戦が起きない様に細心の注意を払っている。その理由は幾つかある。まず勝ち目が無い事が第一だ。が、それ以外にもあった。


「……彼が敵であるのなら、それは致し方がない。が、味方となり得るのであれば、『悪魔』と戦うにあたり強力な戦力となり得る……そして、それはその先にも通じる」


 おそらく、シメオンが今この時代に騎士団長となっていたのは何らかの運命(神の思し召し)だったのだろう。遥か遠くの未来を見据える彼の言葉を聞くゲオルギウスは、そう思う。


「この手を取れるのか、否か。その手を取れるのか、否か。見極めないといけない」

「……死ぬなよ」

「死ぬつもりはないさ。少なくとも、今の所はね」


 どうやらあまりに鬼気迫る顔だったのだろう。ゲオルギウスの苦言に、シメオンは眉間のシワをほぐして笑う。が、その顔から剣呑さは取れていなかった。


「ただ、この会談が歴史的な物になるのは事実だ。今この時を逃せば、おそらく異族と我々の融和は百年は無いだろうね。それを考えれば、準備は怠れない。此方側の不手際で会談がおしゃかになる事だけは、避けなければならないんだ」

「何の条件も無く、そして何の条件も提示されず、というのにまた厄介な会談だな」

「そうだね」


 今回の会談はあくまでも顔合わせの側面が強い。相手が信頼出来るのか否か。それを知る為の物でしかないのだ。それ故のゲオルギウスの指摘に対して、シメオンは少しだけ笑みを浮かべる。


「信じられるかい? これは外交交渉でもないし、商談でもない。なのに、この会談一つで三十億の人々の明日が変わってしまうんだ……それを思うと、怖くて仕方がない」

「……」


 心底恐れを滲ませるシメオンの言葉に対して、ゲオルギウスは何も返せる言葉が無かった。シメオンが率いているのは、この地球で最大となるキリスト教の裏。その数、なんと二十億超。それに加え、イスラム教の十数億。総勢、三十億を優に超える人命が彼の双肩と采配に懸かっていた。

 彼は間違いなく、一神教勢力の裏の代表の一人。それも勢力図の関係で最も地位の高い者と言える。一歩間違えれば、まさに地球を二分した戦いが起こってしまうのだ。そのプレッシャーたるや、誰にも想像できない領域だった。


「彼は馬鹿ではないと思う。彼自身、地球圏の全ての力を束ねねばならない事を理解している筈だとも思う。過去の軋轢に左右されない人物だとも思う……が、もし万が一我らに敵対を望むのであれば、敵対を選ばねばならないかもしれない」


 この時点まで、シメオンは噂でしかカイトの事を知らない。故にカイトの事は正真正銘一神教勢力以外の裏を束ねる盟主としての認識しかなく、全てが想像でしか無いのだ。

 もしかしたら、異族の長として贖いを求めてくるかもしれない。いや、贖い程度であれば良い。血を流させられた者として、敵対を選ぶかもしれないのだ。こればかりは感情論だ。読みきれない。そしてそうなれば、全てが終わりだった。そうして、しばらくの後。シメオンが何時もの表情で口を開いた。


「……戦いの可能性はなるべく、排除しなければならない。なら、準備は怠れないさ」

「……そうか。必要があれば呼べ。俺とて同じく十三人の使徒の一人。補佐ぐらいはしてやれる」

「ああ、ありがとう……で、早速なんだけど……良いかい?」

「ああ」


 シメオンの要請――そもそもゲオルギウスが来たのも彼の要請――に、ゲオルギウスが一つ頷いた。そしてそれを受け、彼は口を開いた。


「まだ会談までしばらくの時間がある。一度他の<<十三使徒サーティン・アポクリファ>>の様子を探ってきて欲しい。特にミカエラくんやタカ派の面子を頼む」

「ミカエラもか?」

「彼はまだ若いからね」


 ゲオルギウスの問いかけにシメオンは少しだけ苦笑する。ミカエラは史上最年少で<<十三使徒サーティン・アポクリファ>>に任命されている。が、それ故にこそ武術以外の面ではまだまだ不確かな所も多く、気付かれて安易に漏らさないか気になったらしい。


「そうか。わかった。ではフランスで合流する形か?」

「ああ、それでお願いするよ」

「わかった。では、早速出立しよう」

「っと、ちょっと待った!」


 そうと決まれば急ぐか。そう思ったらしいゲオルギウスであったが、その背へとシメオンが慌てて声を掛ける。それに、ゲオルギウスが振り向いた。


「どうした?」

「君の武器の持ち出しが教皇猊下より許可された。先にそちらを受領しておいてくれ」

「<<竜殺しの聖剣(アスカロン)>>をか?」

「ああ」


 小首をかしげたゲオルギウスに、シメオンは一つの封筒を引き出しから取り出した。そこには教皇が使う蜜蝋が使われており、彼からの書類である事が示されていた。


「……今回は万が一もあり得る。トマス卿の手で再調整されている筈だから、慣熟訓練も行っておく様に、との猊下からのお言葉だ」

「……わかった」


 どうやら教会勢力は今回の会談に対してよほどの熱量を注いでいるらしい。まぁ、確かに更にその上の天使達からして相当に今回の会談には気を揉んでいるのだ。それを受け、彼らの上も相当重要視している、というわけなのだろう。そうして、此方側は此方側で様々な手配を行いながら、カイトとの会談に備える事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
『教会側が幾つかの地脈と海脈に手を入れて死火山化しており』 ってところですが前に異族を排する教会勢力が海脈に手を入れるのは 146部分「極東海戦編 第7話 戦いの準備」で 異族の職人芸によらないと海脈…
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