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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第16章 英国物語編

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断章 第74話 誇り持つ姫

 カイト陣営。一神教陣営。それらに属さない国家に忠誠を誓う者達。次に向けてそれぞれがそれぞれの動きを見せた頃。ヨーロッパではそれら三つとも全く違う動きが生まれていた。


「……どうする?」

「どうにかして、彼を担ぎ上げるべきだ」

「それは反対だ」


 集まっていたのは、無数の異族達。彼らは今、長い会議を行っていた。別にヨーロッパだからと異族は滅んだわけではない。まだほそぼそとであるが、生き残っていた。

 無論、それは最盛期に比べれば微々たるものだ。更に言えば力ある者、エリザが避難民を引き連れて日本へと去ったが故、見逃されているわけでもある。もはやどうでも良い程度にしかならないからだ。

 後は放置でも勝手に滅ぶ。そう見ている者は少なくなかった。勿論、人類の発展により、教会側にもシメオンの様な者が現れた事も大きかった。敢えてそういう意見を放置していた、というわけだ。

 無論、それでもまだ小競り合いが起きていないわけではない。年に何度かは死傷者の出る小競り合いは起きていた。まだまだ、人間と異族の溝は大きかった。


「だが……問題も多いぞ。かの者が何者かさえ分からぬ。姿も見せぬ者に恭順なぞ示せぬ」

「だが、それしかない。かの者を王に担ぎ上げる。それが、我らの生存の唯一の道だ」


 ある者が拒絶を示せば、ある者は恭順を口にする。


「……どう思う。紅月の」

「……蒼月はどう思う」


 ある者が問えば、またある者へと問いかける。長い長い議論が行われていた。が、その議論は何時も、一つの議題をきっかけとして尻すぼみとなる事が多かった。


「……誰が、彼への使者として赴く」

「「「……」」」


 使者として誰が赴くか。この議論になった時、誰もが口を閉ざした。行かねばならないのは、行かねばならないだろう。これだけは一致していた。

 だがここで面倒かつ厄介な事があった。彼らは異族。人間とは思考体系を異にしている。助けてくれ。そう言えば良い。が、それを言えぬ者も少なくなかった。どうしても誇りがある。故にある事情からカイトへ頭を下げられないのだ。


「……はぁ」


 今回の会議もまた結論は延期か。この会議を見ていた姫の一人が、只々深い溜息を吐いた。姫の姿は間違いなく、美姫と言って間違いない。目鼻立ちは整っており、瞳には強い意思と誇りを感じさせた。

 ゆったりとした衣服にフードを被っていた為、髪の色やその長さ、詳しい種族はわからない。が、異族達の会合に出ている以上は異族なのだろう。更に言えば背丈は高かった為、ドワーフ達の系列でも無いだろう。分かるのは、その程度だ。


「種の誇りに囚われ。何が大切なのか見誤った哀れな人達……」


 そんな姫に浮かんでいたのは、敢えて言えば侮蔑。下げるべき頭を下げられず、遥か昔に失われた幻想に縋り付く愚か者。彼女の目には、会議を行う者達がそう映っていた。


「……」


 自分に行けと命じてくれるのなら。姫は沈黙が舞い降りた場を見て、僅かな苛立ちを露わにする。が、それが無いのだろうとも、彼女は思っていた。


「我らは反対だ。逃げた者に頼るなぞ」


 姫の父の声が、場に響く。そんな父の背を見る彼女の目には、多大な侮蔑が滲んでいた。と、そんな彼女へと声が掛けられた。


「おぉ! シンツィア! こんな所に居たか」

「……」


 シンツィア。そう呼ばれた姫は、自らに対して声を掛けた男を一瞥する。この男もまた、彼女が軽蔑する者の一人だった。が、そんな彼女の凍える様な視線に対して、男は一切斟酌しなかった。


「今日も美しいな、シンツィア」

「……」


 正直言えばイラッとする。男に抱き寄せられたシンツィアの顔には、誰でも読み取れるぐらいにデカデカとそう書かれていた。が、男は気にせず抱き寄せていた。


「何をしに来たのですか」

「む? おぉ、俺か。何、ダルい話し合いに興味は無いのでな」


 シンツィアの問いかけに男はため息を吐いて、眼の前で会議を行う各地の異族の長老達に向け侮蔑混じりの視線を送る。これだけを見れば、シンツィアも男も大差ない。が、そこの侮蔑の意味はまるで正反対と言ってさえ良かった。


「なぁ、シンツィア。貴様も思わんか? 臆病者共が担ぎ上げた男なぞ不要と」

「……」


 男の問いに、シンツィアは何も答えない。が、別に男もそんな事は気にしていない様子だった。


「確かに、あの男は強いのだろう。それは俺も無論、認めよう。おそらく俺よりも強いだろう」

「でしょうね」

「む……」


 ようやく口を開いたと思えば、否定的な意見への肯定だ。男がわずかにムッとした雰囲気を醸し出したのも、無理はない。とはいえ、そのままでは角が立つ事は、シンツィアもまた分かっていた。なのできちんとフォローは入れた。


「無論、貴方が強い事は私も認めるわ。ここ数百年で一番と断言しましょう。でも、あの男の強さは私達とは格が違う。おそらく、大海の上に居るという黄金の王にも比する」

「……まぁ、そうだろう」


 これについては男もまた、認めざるを得ない。少なくとも遠き星々を渡る神々と戦って生還出来ると思うほど、男も思い上がってはいない。

 せいぜい十三人の使徒と互角に戦える程度だ。それだって最強を謳われるゲオルギウスとミカエラは無理だ。故にシンツィアの言葉を渋々ではあるが、認めていた。が、それ故にこそ、男の言葉は逆に強かった。


「だが、だ。それでも。逃げた臆病者の子孫になぞ、何故頭を下げられる」

「……」


 男の強い言葉に、シンツィアは何も言わなかった。実のところ、ヨーロッパの異族がカイトを完全に認めているかというと、そうではない。確かに神々と繋がる様な古い一族は、神々が認めたカイトの事を盟主と認め、彼の袂に集っている。数多の誇り高き一族の女さえ侍らせ、何より彼が大精霊と繋がる者と知っているからだ。彼こそが王に相応しい、と認めていた。

 が、それ以外。今も教会勢力と戦いながら生き延びている様な一族は、逆にカイトの事を拒絶している事が多かった。その理由は至極簡単で、男自身が言っている。

 戦いから逃げた臆病者の子孫。それが理由だ。ヨーロッパの異族達は当然だが、カイトがヨーロッパに居なかった事を知っている。故に彼は日本で生まれ育った『日本人』なのだろうと見ていた。それ故、彼らからすれば侮蔑の対象でしかなかったのだ。


「それに……お前と俺の子が生まれれば、そいつは邪魔にしかならん。いっそ消えて貰った方が得でさえある」

「……」


 ぴくっ。わずかにだが、シンツィアの頬が引きつった。まぁ、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。男は気付いていない様子だが、シンツィアはこの男を相当嫌っている。

 その理由も至極簡単だ。思想の不一致。それに尽きる。と言っても、性格は似ている、と彼女自身理解していた。だがだからこそ、この思想の不一致が何より彼女には受け入れられなかった。

 性格の不一致ならまだ我慢は出来た。人と人だ。彼女自身大人として、ある程度は受け入れられる。が、思想は曲げられない。その人の根幹だからだ。

 更に言えば、その思想の不一致に気づけていないスタファン――と自身の父――のある種の鈍感さも、シンツィアは気に食わなかった。と、そんな苛立ちを見せていた彼女であったが、その苛立ちの原因はそこまで長くは続かなかった。


「スタファン様。ご歓談中、失礼します」

「む? おぉ、ジョナタか。どうした?」

「長……お父上がお呼びです」

「はぁ……要件は何だ?」

「意見を伺いたい、と」


 ジョナタと言われた男は、スタファンと呼ばれた男に頭を下げて要件を告げる。それに、スタファンがため息を吐いた。


「仕方がない。これもまた、長を継ぐ者の使命か」

「ご理解頂ければ」

「良い……ではな、シンツィア」

「失礼致します」


 スタファンとジョナタの二人はシンツィアに対して別れを告げると、少し急ぎ足に歩いていった。やはり長に呼ばれたわけだし、他の一族の手前もある。これで次期族長が遅れれば一族の恥となる。なるべく早くに向かうのは、当然の事だった。


「はぁ……」


 スタファンが去った後、シンツィアは盛大にため息を吐いた。と、そんな彼女に声が掛けられた。


「シンツィア様」

「クセニア」


 シンツィアに声を掛けたのは、彼女と似た衣服を身に纏う一人の少女。外見としての年の頃合いはシンツィアより一歳か二歳年下という所だろう。大凡同じ種族だと思われた。と、そんな彼女はシンツィアの顔に浮かぶしかめっ面を見て、問いかけた。


「……どうされました?」

「……時々、思うの。貴方、わかって問いかけてません?」

「……そんな事は」

「……はぁ」


 シンツィアは先程とは別の意味でため息を吐いた。先程のスタファンが嫌悪感の滲んだため息なら、今のため息は呆れが滲んだため息だ。とはいえ、気分を入れ替える事は出来た。


「わかってます。そして、分かっているでしょう」

「……」


 シンツィアの言葉にクセニアが小さく頭を下げる。どれだけシンツィアが疎ましく思おうと、スタファンが婚約者である事には変わりがない。

 彼女にとっては忌々しい事に、スタファンとシンツィアの父の思想は完全に一致していると言っても良い。故に――それだけではないが――シンツィアの父はスタファンの事を甚く気に入っており、婚約破棄なぞ言い出そうものなら烈火の如く怒り狂うだろう。まぁ、クセニアからしてみれば何時言い出すか、と時間の問題にしか思えなかったが。


「あの男の誇り高き姿は気に入っています。その点は評価しましょう」


 この一点については、シンツィアはスタファンを嫌っていない。シンツィア自身がそうである様に、スタファン自身も異族である事に誇りを持っている。が、それ故にダメだった。


「ですが、誇りとくだらないプライドは違います……自分達だけで生きようなぞ……出来るわけもない事を理解しておきながら、それに固執する。しかも言うに事欠いて、同胞(はらから)に逃げたなぞ」


 シンツィアの苦言は留まることを知らず、続いていた。が、流石にこの次の言葉が出される前に、クセニアが頭を下げた。


「シンツィア様。そのお心は私も理解しております。それ故、どうかそれ以上の言葉はお慎みを。この場は身内の集まりではございません。お父上と一族の風聞の為にも、どうかこのクセニアの言葉を受け入れて下さいませ」

「……はぁ。そうね……戻ります。このままここに居ても気分が悪いだけだわ」

「ありがとうございます」


 クセニアの諫言を受け、シンツィアも自分が少し熱くなっていた事を理解する。嫌いな男に抱き寄せられ、苛立っていたのだろう。まぁ、それが分かっていたからこそ、クセニアもある程度は吐き出させた。

 彼女には見た目以上の聡明さが宿っている様子だった。とはいえ、不思議もない。ここに居るのは異族のみ。見た目と年齢が乖離している事なぞよくある事だった。もしかしたら、クセニアの方が年上の可能性だってあった。そうして、そんな二人は与えられている部屋へと戻った。


「……そういえば、クセニア」

「なんでしょう」

「クイーンは来られたの?」

「フィオナ様でございますか。彼女なら、まだ」


 クセニアは少し前に見た会議を取り仕切る者の様子を思い出し、首を振る。この会議は言ってしまえばヨーロッパ全土の異族達の身の振り方を決める会議と言って良い。

 これに流石にフィオナを招かない、というわけにはいかなかった。彼女はヨーロッパ最大最強の異族だ。その性格故に来てくれるとも思わない――というより今まで一度も来た事なぞ無い――が、筋として彼女を招かないというのはダメだった。


「そう」


 まぁ、当然か。フィオナの性格はシンツィアもまた知っている。故に彼女からしても不思議はなく、驚きはなかった。が、その不思議は世界が動いているからこそ、起きた。


「あらぁ……可愛い子を見付けたから覗いたのだけど。まさか私の名を呼んでくれるなんて、思わなかったわぁ」

「「っ」」


 その声が響いた瞬間。二人は思わず背筋を凍らせた。あり得ない。いや、好き勝手に人の部屋に入り込むのがあり得ないのではない。彼女の性格であれば不思議もない。何があり得ないのか。それは言うまでもなかった。来た事そのものだ。


「女王フィオナ……」

「あら……」

「っ……失礼しました、フィオナ様。気が動転しておりました」


 わずかにすぼめられた目に、シンツィアが頭を下げて無礼を詫びる。言うまでもない事であるが、立場であればフィオナが圧倒的に上だ。一族としても、種としてもである。シンツィアはフィオナに様を付けねばならない立場だった。

 とはいえ、実は美少女には甘いフィオナだ。故にこの失態を笑って許した。というより、怒ってみせたのは単に演技だ。ヨーロッパで最も恐れられる女王として、というに過ぎない。


「良いわ……で、どうかしたのかしら」

「? どういう事ですか?」

「いえ、私の名を呼んだのでしょう? であれば、そこに意味が無いわけではないでしょう?」


 フィオナに問われて、シンツィアはどうするか逡巡する。これは当然と言えば当然だ。フィオナの事を問いかけた以上、そこには何らかの意味がある。が、相手はフィオナ。一歩間違えば一族が滅ぶ可能性さえある。言うべきか言わぬべきかは、判断に迷う所だ。


「……」

「あら……もしかして人に言えない事? 色恋のお話かしらぁ」

「そういう事では……」


 楽しげに冗談を述べたフィオナに、シンツィアは反応に困った。フィオナ相手にどう言えば良いか分からなかったからだ。とはいえ、だからこそ彼女がこの話題を選んだ事を、シンツィアは理解出来ていなかった。


「そう……じゃあ、あの子(カイト)の事かしら」

「っ」

「そう。噂は聞いていたわ……貴方が、あのシンツィアね。噂に違わぬ可愛い子で嬉しいわぁ」

「私をご存知……なのですか?」

「ええ。なにせ私が来た理由の一つには、貴方があるのだもの」


 フィオナはシンツィアの名を知っていた。こんな態度と性格なので誤解されやすいが、彼女は女王としての性能はかなり高い。決して傲慢に何でもかんでも力技で押し通すわけではないのだ。様々な情報に通じていた。


「私……ですか。父やスタファンではなく」

「そうね。恭順派の貴方に用事があったの」


 恭順派。それは現在ヨーロッパの異族達の大多数である独立独歩を歩もうという意見とは異なり、カイトに恭順してその指揮下に降ろうと言う派閥だった。シンツィアは父と婚約者が主流派――しかもかなりの強硬派――に属しているにも関わらず、恭順派だった。


「それで、その用事とは?」

「特に意味があるわけでもないのだけど……貴方が丁度よいと思って。まぁ、受け入れないでも構わないわ」


 シンツィアの問いかけに、フィオナは特に思う事もないのか本当に事実のみを告げる。そうして、シンツィアへと彼女の用事とやらが語られる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。一応、これで断章・16は終了です。次回断章・17、断章・16追加についてはまたツイッターや活動報告にて追って状況等を報告させて頂きます。

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