第62話 ロンドン魔術師学校 ――二回目の講習――
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姉妹校提携の式典から二日。ロンドン魔術師学校にて二回目の講習を行う事になっていたカイトは授業を担当するというローガンという壮年の男性より、授業に関連する施設の案内を受けていた。そんな彼はロンドン郊外にある天文学科が保有する第二演習場を見学すると、再びロンドン魔術師学校の本校へと戻っていた。
「どうでしたか?」
「そうだな……天文台の下に演習場を設けているのは中々に良いアイデアだ。あれなら、寸分の狂い無く観測した情報を使って魔術を行使出来る。まぁ、代償として星辰の力を直接得られるわけではなくなるが……現代であれば最適な設置場所だと言って良いだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
カイトの称賛にローガンが笑顔で頭を下げる。これについてはカイトも世辞は言っていない。現代の地球では望遠鏡の発展により、星辰を正確に見極める事が出来る。
なので最適なのは一切の狂いが出ない天文台の下だ。といっても、流石にそれは物理的に中々に難しい。より最適にしようとすれば天文台の真横に設置する事だが、流石に一般の学生も利用する天文台の真横に魔術師用の演習場は設置出来ない。現代地球では最適な設置場所と言って良いだろう。そうして、そこらの話をしながら本校へと戻り、再びローガンの個室へとたどり着いた。
「ふむ……」
ローガンの個室に戻ったカイトはひとまず、今回の授業内容を見直す。今回、ローガンの授業に二コマが与えられている。これはカイトが来るから、という事での特例だ。
カイトからの講習だ。国外の彼らが受けられる事はまず無い。なにせアメリカでさえ滅多に得られていないのだ。この機を逃さず、と考えて当然だろう。そしてそういう事なので、見学者も多数居た。
(ロシアを筆頭にイタリア、フランス、アメリカも勿論、と……)
そこまで興味があるかね。カイトは思いながらため息を吐いた。単なる剣士による使い魔と召喚に関する講習だ。そこまで専門的な話をするつもりはないし、出来るわけでもない。それなのに各国共に興味を示し、わざわざイギリス政府と交渉してまで彼の講習を見に来るそうだ。
「まぁ、良いんだがね……」
学ぶ姿勢があるのは良い事だとは思う。が、同時に苦笑するしかないというのもまた事実だ。故にカイトは浮かんだ苦笑を隠す事はしなかった。
「どうしました?」
「あ、ああ。いや、失礼。何も無い。単に現状を思い直したというだけだ。それでに、使い魔を一通り見せて貰ったが……」
「なるほど……」
ローガンの問いかけに気を取り直したカイトは学生達の使い魔を見て見えた若干の修正点を指摘する。なんだかんだ確かに彼は専門外であるが、使い魔関連なら指摘は出来る。というわけで彼でも見えた修正点は指摘しておく事にしたらしい。
「わかりました。その数名については契約に関する部分を見直す様に指摘しておきましょう」
「ああ。そうした方が良いだろう。あまりきつく縛りすぎても逆に使用者側の負担が大きくなるだけだ。実体を持つ使い魔を常に強固に縛り付けているのでは使い魔を作るのと大差がない。せっかく実体化の手間と要する魔力を省いているのにそれでは無意味だ」
カイトは改めて使い魔を操る上で重要な事を明言する。現在のヨーロッパで一般的な魔術師が使うような使い魔は、基本的に生き物を契約で縛り使役する物らしい。
その対価として主人達は常時に魔力や知恵を融通して、その安全を担保している。それ故、使い魔をあまりきつく縛り付けると常時で吸収される魔力の量が多くなってしまうそうだ。
「にしても、見ただけでどの程度の拘束力を生じさせているかわかるとは」
「ウチの魔女なら、使用者側を見ただけでもなんとかしちまうがな。流石にオレは無理だ」
「あ、あはは……」
やはり自分達とは格が違う。ローガンは肩を竦めたカイトに、只々そう思う。と、そんな彼であったが、内線が鳴り響いた事で気を取り直した。
「失礼」
「ん」
一言詫びて受話器を手にしたローガンに、カイトは視線を時計へと落とす。なんだかんだとしているとどうやら時間がそれなりに経過していたらしい。すでに各国の観覧者達が来ていても不思議の無い頃だった。
「どうやら各国の観覧の方々が参られたそうです」
「そうか。ではそろそろ?」
「ええ。ご案内しましょう」
ローガンはカイトの問いかけに頷くと立ち上がって案内を開始する。そうして一度目の演習と同じく地下最下層にある演習場へとやって来た。すでにそこには生徒達が待っている様子だったが、前回見た生徒も居れば、前回見なかった生徒も居る。とはいえ、やはり一度目とは別の生徒が多かった。
と、そんな生徒達の前へとローガンとカイト――ハロルドは前回と同じく後方で待機――は移動して、ローガンが口を開いた。
「では、諸君。今日の講義を開始する。が、その前に幾つかの連絡がある。まず、諸君らには先週の時点でクラーク教授がお伝えされていたが、教授は本日地脈の管理に関する会合により……」
所詮は授業の開始だ。なのでここらは決まって伝えておくべき伝達事項を伝えるだけだ。そうして、そういった伝達事項が一通り終わった所で、ローガンはカイトを紹介した。
「さて……まぁ、すでに学内メールにて諸君らには通知していたと思うが。彼が、<<深蒼の覇王>>。この場ではミスター・葵と名乗っている」
「はじめましての方は、はじめまして。数日ぶりと言う者は久しぶりだ」
「本日は彼に協力を頂く事になっている。この地球において最強と言われる者から学べるだけの事を学ぶ様に。また、後ろには来賓の方々も来られている。が、諸君らがする事に変わりはない」
カイトの言葉を引き継いでローガンが改めてカイトの参加を明言する。そして流石に二回目だし、予め学生達にもメールでその旨が教えられている。緊張こそ見て取れたが一度目の講習に参加した生徒も居た事から、そこまで緊張も蔓延している様子はなかった。
「では、ミスター・葵。お願いします」
「ああ……さて。今回、諸君らの貴重な時間を頂いたわけだが、それで早速召喚術についてを学んで行こう、とはしない」
ローガンの促しを受けたカイトは早速講習に取り掛かる。今回、予定としては前半で使い魔に関してを語り、後半で使い魔の召喚に関する演習を行うつもりだった。確かにメインの授業は召喚術となっているが、だからといって使い魔の召喚である以上、それは使い魔と密接に関係している。そこを学ばせねば片手落ちだった。
「では何をするか、というと前半では諸君らには改めて使い魔とは如何なるものか、というのを学んでもらいたい。さて……では誰か、使い魔とは如何なるものか、と答えられる者はいるかな?」
「はい」
「よし。では、そこの君」
「使い魔……それは一概には魔術を以って主従の契約が為された存在の事です」
「よろしい」
簡潔に説明された内容に、カイトは一つ頷いた。おおよそ、これで間違いはない。ルゥらであれ魔術師が作った使い魔であれ学生達が使役する小動物達であれ、総じて何らかの魔術や魔術的な要素によって契約を交わしている。その従者側を、人々は俗に使い魔と呼んでいた。これに地球もエネフィアも差はない。
「さて……ではこの使い魔の種類について説明しておこう。まず、これ」
「「「っ」」」
あまりにあっさりと創られた使い魔に、生徒達だけでなく来賓の各国大使達まで思わず息を呑んだ。使い魔を作るというのは簡単に見えて、決して簡単ではない。現にエネフィアでだって近接戦闘を行う戦士達は使い魔を創らない。出来ても時間などの費用対効果に見合わない事が多いし、魔術師達の様に実用的な性能をもたせる事は出来ないからだ。それを、カイトはあまりにあっさりとしてしまったのだ。
「これは魔術によって創られ、ある程度の自律性を持って使役される最も基本的な使い魔だな。ある意味ではAIにも近い。と言っても、人工知能というより人工無脳に近いがな」
「「「……」」」
「そこまで驚かないでくれ。この程度で驚いていては身が保たんよ」
絶句し呆気に取られる生徒達に向けて、カイトは笑いながらこの程度は造作もないと明言する。こういった魔術を使った通常の使い魔はやはり彼の得意とする所ではない。というわけで、これ以上になると流石に彼も即座に創る事は出来ないので、ティナから一体使い魔を借りてきていた。
「では、次。この更に上。より正確に言えば、こういった使い魔を創るにあたって最上位となるのが、これだ」
「?」
「小鳥……?」
「普通……だな……」
カイトが指に乗せた小鳥を見て、生徒達が揃って首を傾げる。どうやら彼らにはクーが普通の小鳥にしか見えないらしい。なお、借りていたのはクーだ。一番普通に見えるのがこいつ、という事でティナが寄越したのである。と、そんな生徒達を見て、クーがため息を吐いた。
『……駄目駄目ですな』
「「「!?」」」
自意識を持って語られた言葉に、その場の全員が驚きを得る。とはいえ、これについてはカイトも勿論わかっていた。なので笑うだけだ。
「あはは……これが、この系統の最上位。自律型の中でも自身の自意識さえ獲得している正真正銘の使い魔だ。と言っても、流石にこいつはオレのではないがな」
「……では、誰のなのですか?」
「ウチの魔女の、だ。流石にオレもこの領域の使い魔を作れと言われても中々に時間が掛かる。今回は準備出来る時間が時間だったのでな。彼女から借りてきた」
つまりは時間さえあれば出来るのか。全員がカイトの言葉の意味をそう理解したし、実際として彼も出来る。ただルゥらが居るのに創る意味がないので創らないだけだ。
「それに、オレとしても創る意味もない。なので、と考えてくれ」
「使い魔は使役されないのですか?」
「いや、勿論使役はしているとも。が、どちらかと言うとオレが使うのは君達と同じ系統の使い魔でね。さて、ではその話に移ろうか」
生徒の問いかけを受けたカイトはクーをティナへと返すと、そのまま次の説明に入る事にする。とはいえ、流石にこちらの内容で何かを呼ぶ事は出来ない。なので今度は普通に口だけだし、この場で使い魔を使役する者は全員がこの系統だ。なので必要も無かった。
「さて……では次の使い魔の系統だが、これは諸君らが知っている使い魔だ。流石にこれについては逐一の説明は不要だろう。普通に諸君らが持っている使い魔だ」
カイトの説明に、誰もが自分の使役する使い魔を思い浮かべる。そもそも使い魔が居る前提でこの授業に来ているのだ。逐一の説明を求めればローガンから叱責が飛ぶだろう。というわけで、説明も簡素だ。
「さて……これは使役する相手が変わろうとしている事は対して違いはない。例えば……教授」
「ん? 私かね」
カイトの問いかけを受けた教授――ジョンの解説役として呼ばれていた――が首を傾げる。
「ああ。貴方は確かビヤーキーを使役していたな?」
「勿論だ。もう数十年は使役しているとも……と言っても、最近は君も知っての通りあまり使役しないがね」
「あはは……まぁ、そういう事で基本的にこれは地球外生命体であれ使い魔の使役という一点に違いはない。無論、使役する相手に応じてその難易度は変わるがな」
カイトは改めてはっきりと、何らかの存在との契約によって生まれる使い魔に大差は無いと明言する。所詮、契約している相手が変わるだけだ。当然といえば、当然だった。そしてその一点で言えば、彼の使い魔達も変わらない。
「さて……それで先にも言ったが、オレの使い魔達もまたこれに該当する」
カイトは一つそう言うと、己の使い魔の中でも最古参となる月花を呼び寄せる。そうして、彼の横に白銀の美女が現れた。と言っても、狐面で顔を隠してはいた。
「彼女もまた使い魔だ」
「……獣人に見えますが」
「ああ。獣人の一つ。狐族だ」
おずおずと問いかけた生徒の問いかけにカイトははっきりと明言する。これについて別に隠す意味も無いし、必要もない。
「この様に相手に意思があっても使い魔としての契約は可能だ。無論、彼女の自意識もある。まぁ、ここらの契約に関する話は語れないと理解してくれ。が、強制していない事だけは明言しよう」
「というより、私からの申し出でしたので。ええ、申し出でした」
「あの時は驚いたがな」
月花の言葉にカイトは僅かな苦笑を浮かべる。あれが初めてだったのだ。出来るかどうかも分からず、ぶっつけ本番だった。彼としても驚いたのは無理もない。そうして、彼は更に使い魔の話を続けていく事にするのだった。
お読み頂き有難うございました。




