断章 第61話 ロンドン魔術師学校 ――二回目――
カイト達とイヴァン達が姉妹校提携を祝したパーティを経てそれぞれの夜を過ごしてから翌々日。カイトは再びロンドン魔術師学校へとやって来ていた。と言っても、今回は彼一人だ。前回一緒だったのは妖精族が居るかもしれない、というだけだ。とはいえ、今回は前回より少し早めに来ていた。
「お待ちしておりました」
「エヴァンス学長。先日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ今後共、お世話になります」
取り敢えずは社交辞令から。カイトはハロルドに案内された院長室にてイゴールと握手を交わす。そうしてそれが終わった後、彼はその横に立っていた壮年の男性に手を差し出した。年の頃としては三十代前半から中頃だった。
「カーライル准教授」
「お久しぶりです」
カーライル。そう呼ばれた男性とカイトは握手を交わす。彼とはこの間のパーティの折、イゴールの紹介を受けていた。聞けば先々代の学長の直弟子だそうだ。謂わばハロルドと同じ立場と言えば良い。フルネームはローガン・カーライルというらしい。担当は召喚術だそうだ。
色々と調整したがやはり急な話という事で高位のクラスでの学長クラスの授業は間に合わず、彼の授業となったらしかった。そう言っても、もう直弟子も全員が独り立ちも近い時期だ。最高学年の授業も教えているので別に問題はないだろう、という話だった。と、そうして握手を交わしあった所で、ローガンにハロルドが告げる。
「ローガン。今しがた君のゼミの生徒と会ったのだが……」
「ん? どうしかたかね」
「ああ。キャンベルが学生課に呼ばれているので授業に少し遅れる、との事だ」
「ああ、例の件か。把握している。なるべく遅れない様に言っているのだが……」
困ったものだ。ハロルドの言葉にローガンがため息を吐いた。とはいえ、この学生課は基本表と兼用だ。故にこちらの都合を理解せずにたらい回しにされる事もあり、彼ら裏の教員達もため息混じりだった。と、そんな会話を聞きながら、カイトはイゴールとの話を行っていた。
「そう言えば今日はクラーク教授が外出でしたか」
「ええ。クラークは少し会合がありましたので……」
「そうですか……此度はお会いする機会はもう無いですので、ブルーがよろしくと言っていたとお伝えください」
「ありがとうございます。お伝えさせて頂きます」
クラークというのはローガンの師匠で、イゴールと同じく何人か居る学長の一人だ。彼が現在のロンドン魔術師学校で召喚術のトップを担っているらしかった。
が、それ故にどうしても各地の地脈を管理・調整する謂わば地主のような者達とは定期的に会談を持つ事になっており、今日はその会合の日となっていた。
召喚術は時として地脈を使って対象を呼び寄せる。現に今日の講義でも地脈を使って演習を行う事になっている。地脈は重要なファクターだ。学長クラスが直々に会合に、というのは正しい話だろう。というわけで少しの会談の後、イゴールが一つうなずいた。
「では、後についてはハロルドとローガンに」
「はい」
「かしこまりました」
イゴールの言葉にハロルドとローガンの二人が頷いた。ここに来た理由は単に客が挨拶に来たというだけだ。元々パーティの時点でローガンとも彼の師と共に挨拶している。長々とここで話す必要はなかった。というわけで、カイトは今度はローガンの案内を受ける事となった。
「では、まずは私の個室の方へご案内します」
「頼む」
ローガンの言葉にカイトは一つ頷いて、院長室を後にして彼の個室へと案内される事となる。案内された部屋は准教授用の個室――表の学生が訪れる事もあるので院長室の下の階にあった――で、少し手狭ではあったがやはり色々な魔術的な道具が置かれている部屋だった。とはいえ、かなりの品の良さを感じさせる様子ではあった。
「ほぉ……」
「あはは。私は実は媒体として宝石をよく使いますからね。どうしても、このような形にならざるを得ないのです」
「それで……」
カイトの視線に気付いたローガンが笑って自身の部屋についてを語る。そこは魔術師の部屋というより、どちらかといえば貴族が道楽で魔術を習っているという方が良い部屋だ。
勿論、准教授の部屋なので品の良い調度品の類であれきちんと意味がある配置になっている。決して道楽なぞではない事はきちんと教育された魔術師であれば一目でわかる。
「ということは、契約の類も宝石で?」
「ええ。と言っても、どれがそれなのかをお教え出来ないのは、ご了承を」
「それは理解しているさ。召喚術を行う者にとって、契約に関する物とは何より大切な物だ。それは師であっても明かすべきではないのだからな」
「ありがとう」
カイトの理解にローガンが笑って小さく頭を下げた。カイトもティナもこういった契約の媒体となる物は持ち合わせていないが、基本的な使い魔との契約には何らかの媒体を必要とする事が多い。カイト達の様に意思一つで多種多様な使い魔を行使出来るのが異常なのだ。
例えば鏡夜を見ればよく分かるだろう。彼は呪符を使って使い魔を呼び出している。あの一枚一枚に対応する使い魔が異なっており、本来はあれが一般的なのであった。なので一般的に召喚術師と言われる者達はこの召喚に必要となる媒体を何より大切にしていて、喩え家を質に入れてもこれだけは手放さないのであった。
「だが、契約も宝石とは……確かに媒体としては良い物だが、その、不躾だが費用は大丈夫なのか? 確かにこの部屋を見れば大丈夫だと思うが……」
「あはは。ええ、まぁ。どうしても職業柄、こちらにその筋の宝石商を招く事もありますから……まぁ、その筋の商人なので」
「なんとかなっているものか。准教授の中で一番費用が掛かっているのは貴様だろうに」
「手厳しいね」
ハロルドのツッコミにローガンが僅かな苦笑を浮かべる。とどのつまり、彼の懐は痛まないという所なのだろう。なお、何故こんな事をハロルドが知っているかというと、彼は同時に表向き経済学も教えているらしい。故に経理の仕事も手伝っており、ローガンの魔術に必要な費用を知っていたからであった。と、そんなローガンは気を取り直した。
「ま、まぁ、それはさておき。兎にも角にも今日の演習でも宝石を媒体として使わせて頂きます」
ローガンはそう言うと、一つの少し大きめの宝石を宝石箱の中から取り出した。大きさとしてはこぶし大。中々に大きかった。と言ってもカッティングされているわけでもないので単なる宝石というより宝石の原石と言っても良いかもしれない。
「ふむ……確か地脈を使った召喚術の練習だったか」
「ええ。第二演習場から第一演習場に各自の使い魔を転移させる。その後、各自の使い魔を再び第二演習場へと転移する。それが今回の練習です」
基礎といえば基礎。それが今回の演習内容だ。まぁ、これについては時期が時期である事も相まって、仕方がない事ではあった。今の時期はヨーロッパの学校教育では丁度学年が切り替わる。
どうしても基礎的な内容を教えざるを得ない。更に言うと、幾らカイトから教えられると言ってもあくまでも学生に向けての講演だ。あまり高度にして学生を置き去りにしても本末転倒だった。
「使い魔は?」
「必要となる物は各自で用意させています。それは使い魔も一緒です。ただ召喚の為に必要なこういった素材は教員の側で、と」
「まぁ、当然か」
教員が全ての面倒を見る必要もない。なら、カイトもこれについては特に問わない事にする。学生がフラスコなどの実験器具を用意するのは可怪しいが、逆に学生が筆箱などを用意しないのも可怪しいだろう。魔術を、それも召喚術を学ぶ生徒にとって、実体を持つ使い魔や召喚獣という存在は一匹は持っておかねば格好が付かない存在だ。そちらの方が練習にもなる。自分達で用意するのが普通だった。
「とはいえ、そう言うという事は、何らかの存在を各自で使い魔としていると見ても?」
「ええ……まぁ、多いのは犬や猫、コウモリなどの小動物。極稀に狼型の魔物を、という所です」
「それはそうか……使い魔やらの授業も受けているのか?」
「ええ。私の講義を受けるのなら、前学年において使い魔の契約に関する講義は必修としています」
使い魔の契約。それは言ってしまえばカイトがルゥや月花達としている契約と一緒だ。まぁ、そう言ってもこれはそれより遥かに低級だ。
カイトが契約している相手は超級の存在ばかり。それに対して学生やローガンらが契約しているのは自意識の薄い小動物達。相手の魔術防御力が低い事を利用して意のままに操るに過ぎない。使い魔の契約、とは名ばかりで操作系の魔術と言っても過言ではなかった。
「そうか」
なら、それに合わせて講義をするべきだな。カイトは学生の力量を鑑みて、少しだけ内容を上方修正しておく。と、そんな学生についての話を少しした所で、ローガンが支度を整えた。
「おまたせしました。まずは第二演習場の方へと向かいましょう……ハロルド。君も来るかね?」
「ああ。師より彼の補佐をしろ、と言われている」
「そうか……では、行きましょう」
ローガンはハロルドの言葉に一つ頷くと、再びカイトへの案内を開始する。そうして向かったのは学校の外。正門の前だ。そこではすでに一台の車が停車していた。と、そんな中から一同の姿を確認したかの様に、一人のスーツ姿の男が運転席から降りてきて腰を折った。
「お待ちしておりました」
「ああ……では、指示通りに頼む」
「かしこまりました」
運転手はローガンの言葉に腰を折ると、後部座席の扉を開けて三人を招き入れる。そうして三人が乗り込んだ所で、運転手も運転席に座ってゆっくりと車を発進させた。
「第二演習場はロンドン東部にあるクイーン・オブ・ロンドンの別キャンパスに設置されています」
「そちらは確か表向き理学科があったと記憶していたが……」
「天文学科の所轄ですよ」
「なるほど。我々向きだ」
古来より占星術や星辰を利用した魔術というのはありふれた存在だ。天文学と魔術は非常に密接に関連していると言って良い。星辰を利用した魔術を学ぶ為の演習場があっても何ら不思議はなかった。所轄も天文学系の魔術師達の物になるそうだが、今回の様に地脈を使うような場合は融通しているらしかった。そうして、車が走る事三十分程。天文台がある大学のキャンパスが見えてきた。
「ここで待ちたまえ」
「かしこまりました」
ローガンの指示に運転手が頷いた。どうせここに長く滞在する事はない。ただ学生達の使い魔がきちんと準備されているか確認するだけだ。それに同行する為、カイトも少し早めに来ていたのであった。
というわけでキャンパス内を歩く事少し。三人はやはり地下にあった第二演習場へとたどり着いた。そこでは数人の魔術師達が作業をしており、その中でも指導者らしい男がローガンに気が付いた。
「カーライルさん」
「準備は?」
「整っています。ご覧になられますか?」
「頼む」
「はい」
ローガンの言葉を受けて、スタッフの指導者の男が演習場の中へと一同を招き入れる。そこに居たのは学生達が提出した使い魔達だ。
「ふむ……また色々と個性が出ているな」
「ええ。面白いものでしょう?」
「ああ」
カイトは舌を出す子犬に向けて手を差し出してみる。どうやらこの使い魔の主人はそこまで厳格に管理しているわけではないらしい。撫ぜて欲しそうにしていたので手を出してみたのだ。すると、自分から頭を撫ぜられに来た。
「ほぅ……お前は中々に良い素養を持っているな」
「わかるのか?」
「ああ。これでも使い魔に関する事では一家言あってな。長年見てきているとなんとなくだが、素養の有無ぐらいはわかる様になった」
カイトは子犬や他に近寄ってきた猫達を楽しげに撫ぜながら、驚いた様子のハロルドの問いかけに頷いた。やはりエネフィアでは自身の本拠地が竜騎士の総本山だったからだろう。自然、こういう動物達の素養の見方もわかったそうだ。と、そんな小動物達の首やどこかには鎖が取り付けられているのを見て、彼は一つ頷いた。
「ふむ……きちんと動かない様にはしているな」
「ええ。動かれて失敗、というのも馬鹿らしいですから」
「そうだな……ふむ」
小動物達と少し戯れた後、カイトは地面に刻まれていた刻印に眼を向ける。刻まれているのは使い魔を召喚しやすくする為の補助の術式だ。と、そんな彼にローガンが問いかけた。
「どうですか?」
「そうだな……いや、こちらは弄らない様にしよう」
「? 別に改良ならして頂いて構いませんが……」
一つ魔法陣を見て首を振ったカイトに、ローガンは首を傾げる。明らかに改良点が見えている様子だったのに、改良はしないと言ったのだ。当然だろう。
「いや、学生達はこれに慣れているだろう。下手に弄って慣れない事をして失敗しても事だ。後で改良の案については妻と共に考案し、送らせて貰おう」
「ああ、なるほど……それはありがとうございます」
そもそもこの講習はあくまでも学生達に向けての物だ。学生達にミスなく演習をして貰うのが第一である。そんなカイトの意見に、ローガンも頷くしかなかった。そうして、カイトは更に幾つかの状況を見て回り、再びロンドン魔術師学校本校へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




