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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第16章 英国物語編

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断章 第58話 ロンドン魔術師学校 ――夜会・2――

 ロンドンにて行われる事になった姉妹校提携を記念したパーティ。その中に天桜学園へのパトロンの一人として招かれたカイトはひとまず開会前をアレクセイから参列者達の事を聞きながら過ごしていた。そうしてしばらくした頃にやって来たロシア側の三人に合わせフェイリスが場に現れ、そういったパーティ前のちょっとした雑談については終わりを迎えることとなる。そして彼女の開幕の挨拶が終わった頃に、カイトは再びアレクセイと僅かな会話を交わす。


「そういえば、フェイはどういう立場になっているんだ?」

「? ああ、クイーンの表の立場ですか?」

「ああ」

「この場では基本は理事長代理です。理事長はご高齢ですので……」

「と、いう言い訳か?」

「ええ」


 カイトの問いかけにアレクセイは少し面白げににうなずいた。なお、これについては実際は引退している先代の女王――つまりフェイリスの母――が魔術で正体を偽装して就任しているらしい。で、それを二十年程続けて流石に周囲が不思議に思い始めた頃に今度は側近を就任させて二十年程経過させ、と繰り返すらしい。異族系の者が表に出る時によくやる手段だった。というわけで、カイトも特に驚く事なく納得を示した。


「ま、それはそうなんだろうさ……っと、もう始まっているのにわざわざお前と話続け、というのもな」

「ええ……では、また後ほど」

「ああ」


 カイトはアレクセイと笑って別れると、彼自身もまた夜会に乗り出す事にするのだった。




 夜会の中に乗り出したカイトであるが、そんな彼は基本は権謀渦巻く会話とはほぼ無関係だった。そもそも彼の世界的な評価は根無し草の流浪人だ。確かにジャクソンやフェイリス達とも互角にやり合う知性を持つので侮られる事はないが、それでもその根無し草の立場を利用されてするりと交わされる事が多いのであまり外交的な話はされなかった。とはいえ、だからこそ彼に話をしようという者も居た。


「なるほど……ヨーロッパの方は細剣がメインなのか」

「ええ。かくいう私も、最初はそれで教えられたものです」


 カイトが話していたのは先にアレクセイから話があったベル・エペイスト。ベフトォン家の令息だ。令息と言ってもすでに当人は二十代半ば。今回の夜会には婚約者同伴での事だった。すでに世界的にも婚約者がいる事は知られているらしく、こういった公の場にも問題なく連れてきているのだろう。

 そんな彼はやはり自身も武人だからか、カイトに甚く興味を示していた。なのでカイトとアレクセイとの会話が終わった後、自分も開会前からしていた雑談を足早に切り上げてやって来たのであった。そうしてしていたのは武術談義とでも言えば良いのだろう。


「最初は? という事は今は違うのか?」

「ええ……十年程前ですか。一時、グイド……現在の十三使徒のさるお方から武器の扱いを学ぶ事がありまして。その時から、大剣を使うように」

「大剣……ゲオルギウスか?」

「ご存知でしたか。ええ、彼より……まぁ、流石にまだ彼には遠く及びませんが」


 カイトの問いかけにベフトォン家の令息がうなずいた。グイドというのはゲオルギウスの本名だ。シメオン然りであるが、タカヤマの二人以外は全員が聖人の名を戴いているコードネームだ。聖人の名が与えられるのは最高位の十三人のみ。当時は彼もまだ十三使徒に就任する前で、その頃の名残で本名で呼んでいるらしかった。

 なお、ではこれは問題にならないのか、というとゲオルギウス当人は特に自分の本名が露呈する事を危険視していないらしい。確かに英雄達裏世界の住人達を除けば欧州最強と名高い彼だ。生半可なまじないでは通用しないだろう。カイトも少し調べればわかる事らしかった。

 そして公には大戦を引き起こしたくないという思惑と、裏向きには熾天使達の手前、カイトも呪いを掛ける事はない。問題ない、というわけだ。


「そうだ。そういえばミスター・葵」

「うん?」

「貴方は刀を使う、ということですが……独特な刀とお聞きしました」

「ああ、そうだな」


 問われて、カイトも改めて一度自らの武器を思い出す。やはりどこからどう見てもあの二振りは歪だ。普通なら片方だけで十分かつそれでも異質なのに、それを二振りだ。魔術による身体能力のブーストありきの裏世界だから振るえるのであって、普通に考えれば使えるとは思えない武器と言って良いだろう。


「切れ味は良いのですか? 日本刀と言えばやはり切れ味。その切れ味は私もおそらく引いて斬る事を考えるのならまず選択肢に入れるだろう武器です。例えば村正。この一振りを少しの伝手で手に入れたのですが……」

「お、おう……」


 どうやらベフトォン家の令息は武術だけでなく武器も好きらしい。もしかするとこの様子から、彼のもう一つのあだ名となるベル・ファナという名が付けられたのかもしれない。カイトがそう思う程に饒舌だった。


「あ、あー……ムシュー・ベフトォン?」

「という感じで、私としてはやはり昔取った杵柄と突く事を主眼とした鎧通しを一つ手に入れてみたのですが……」

「……あー……ムシュー・ベフトォン? マティス?」

「あ……し、失礼しました」


 カイトの再三の呼びかけで、ベフトォン家の令息――どうやらマティスと言うらしい――が恥ずかしげに自分が語り通しだった事に気付いたらしい。それに、カイトも僅かに頬を引きつらせながら問いかけた。


「い、いや、楽しそうだったしオレとしてもわかる内容で楽しめはするのだが……うん。老婆心から聞いておきたいが、婚約者には呆れられていないのか?」

「いえ、まさか。彼女はその筋の者ですよ」

「その筋? それは君と婚約するのだからそうだろうが……」

「ああ、いえ。彼女は私専属の鍛冶師です。先祖代々彼女の家は当家に仕えてくださっていまして……私が大剣に変える、と言った時には無理を言ったものです。今でも月に一回はそれで喧嘩をしていますから、大丈夫ですよ」

「……」


 あー、同じ穴のムジナだったか。カイトはマティスの発言に嘘が無かった――というより調べればすぐにわかる――事から、思わず納得してしまった。

 なお、この婚約だが実家の反対は無かったのか、と言うと後にカイトが調べた所ではあったらしい。が、マティスが婚約者の剣を使ってフランス最優の剣士となった事で実家を黙らせたそうだ。この腕をどこかの家に取られては我が家の不利益、と説得したらしい。その婚約者の家の方は弟が継ぐ事になっているので問題無いとの事であった。


「そ、そうか。要らぬおせっかいだったか」

「いやぁ、会う方会う方に言われますので。お気になさらず」


 お前は気にするべきだと思うが。カイトは喉元まで出かかった言葉をそっと胸に仕舞っておく。こういう一癖あるのは裏世界の達人にはよくある事だ。気にするだけ無駄だし、そんな事を言い始めればカイト自身が各方面からツッコミを食らう。というわけで、気を取り直した彼は更にしばらくの雑談をマティスと行う事にする。


「ほぅ……あの武器を」

「ああ。ちょっとした裏のルートで流れていた物を回収出来てな」

「それは素晴らしい。ドワーフ製の武器はヨーロッパでは手に入らず、でしたが拵えは最も実戦に即している。しかもあの鍛冶師の作は非常に肉厚で……」

「ああ……」


 やはりここら同じく剣士という事でカイトとマティスは似通った所があったらしい。何よりカイトも古美術品を好むし、特に刀剣関連には明るい。馬が合ったという所だろう。話は裏世界での武器の話になっていた。と、そんな趣味に近い話もしばらくした所で、流石にこれ以上は駄目だろう、とカイトが時計に視線を落とした。


「っと……少し長話をしたか」

「おっと……そうですね」


 カイトの視線の意味にどうやらマティスも気付いたらしい。やはりここらは高位の貴族の子息という所だろう。十分に教育がされているらしかった。


「では、また」

「ああ。機会があれば、是非日本に来てくれ。その時には秘蔵の武器でも見せよう」

「ありがとうございます。こちらも、よろしければ当家にお越しください。貴方であれば歓迎させて頂きます」


 二人は最後に社交辞令を交わして、その場を後にする。そうしてカイトは再び様々な者との話し合いに臨む事にする。と、そうしてそれが数人続いた頃。カイトは次は誰にするか、と視線を探りながら考えて興味深い人物がこちらに視線を向けている事に気が付いた。


「……」


 これにするべきだな。カイトは視線の主を見て、僅かに向こう側と暗黙の了解を得る。こういった視線や言葉以外の意思のやり取りを察したりするのは夜会の常だ。伊達にカイトも長年貴族をやっていない。


「ミスター・葵。よろしいですか?」

「ああ……君は?」

「イヴァン・ユーリエヴナ・ロマノフです」


 カイトの前に立ったイヴァンが柔和に微笑みながら手を差し出す。それに、カイトもまた手を差し出して握手を交わす。


「君が……姉君より君の話は聞けなかったからどんな人物かと思っていたよ」

「あはは。私の方は姉より貴方のお話を聞けましたので、この日を楽しみにしておりました」


 カイトの言葉にイヴァンは笑う。やはりこの場で最も注目を集める二人が揃ったからだろう。周囲の参加者達が僅かに二人の会話に耳を澄ませる様子があった。


「にしても、今まで表に出なかったのに随分と英語が堪能だな」

「ええ。見た目以上には、年を食ってますので」

「あはは。オレとどちらが年上なのだろうな」

「まさか。貴方には勝てませんよ、きっと」


 カイトの冗談にイヴァンも笑いながら軽口を返す。ここらはまだ、単なる社交辞令。本題の前の挨拶だ。そうしてしばらくの間、二人は軽い会談を行う。


「それで、どうかしたか?」

「いえ、姉二人が貴方の事を話すものですから。私も興味が湧いた、という所です」

「そうか……そういえば、お姉さん二人は?」

「彼女らなら、人混みに当てられた、と少し席を離れています。何分、箱入りでしたので……」


 まぁ、わからないでもないか。カイトはイヴァンの少し困ったような顔に納得する。別にこれが嘘でも本当でもどちらでも彼としては構わなかった事も大きかった。

 そしてこれについては半ば嘘で、半ば本当だ。やはり彼女らは箱入り娘。ここまで多くの人を見るのは初めてに近い。しかもそれが自分達の所へ来るのだ。軽度の人酔いになっても無理はない。


「それにしては君は慣れているな」

「あはは。僕はこれでも、色々と人と関わる事が多かったので……」


 やはり男と女。しかもイヴァンは武術まで修めている。なので姉二人に比べて人との関わりは多く、なんだったら限られた数ではあるが人里に出た事もある。それ故、完全に箱入り娘で男なぞ殆ど見たことのない姉二人の現状にイヴァンは僅かに困ったような顔をしていた。

 ここらは性差に応じて求められる物の差という所なのだろう。次世代の母体となる事を望まれている姉二人に対して、彼に望まれるのは多くの血を紡ぐ事だ。人馴れしておいて貰おう、とでも考えられていたのだろう。


「そうか……まぁ、もし機会があればこの場でも挨拶に伺わせて頂こう」

「そうしてあげてください。貴方ならまだマシでしょうから……」


 どうやら決して姉弟仲が悪いというわけではないらしい。イヴァンは僅かに照れくさそうで困ったような顔を浮かべながらも、僅かにカイトの申し出に感謝を浮かべていた。そうして、カイトは彼と共にしばらくの会談を行う事となる。


「あはは……っと、姉が戻ってきたみたいですね。少し行ってきますよ」

「ああ。もし可能なら、合図でもくれればオレも行こう。まだそちらの方がロシアとしても外聞が良いだろう」

「ありがとうございます」


 イヴァンはカイトの申し出に一つ頭を下げる。そうして去っていった彼に、カイトは僅かな驚きを得ていた。


「ふむ……」

「どしたの?」

「ん? ああ、モルか。イヴァンだ」


 どうやらカイトの表情を見て気になった、という所なのだろう。彼の横にはモルガンが立っていた。


「少し話をしてわかったが……どうやら、やんちゃ者というわけではないな」

「そうなの?」

「ああ。言葉の端々に品格が感じられた」


 少なくとも社交性はあったし、考えて物を話せるだけの知性も感じられた。カイトは内心で先程までの一幕をそう考えながら、僅かにイヴァンを厄介と捉える事にする。少なくとも品性だけの男ではない。カイトはそう考えていた。と、そんな判断を下している彼へと、イヴァンが僅かに頭を下げた。どうやら、大丈夫らしい。


「……少し行ってくる」

「頑張ってねー」

「あいよ」


 モルガンの言葉を背に、カイトは僅かに後ろ手に手を振って歩きだす。そうして、彼はロシアの姉弟との話し合いに臨む事にしたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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