断章 第57話 ロンドン魔術師学校 ――夜会――
ロンドンで執り行われた天桜学園を筆頭にした三カ国の裏を取り仕切る大学による姉妹校提携。これは特に問題もなく、正式に取り交わしが行われ締結される事となる。その後行われる事になった裏の学部同士による書類の取り交わしだが、これにはどうやら草壁家の次期当主として鏡夜も来ていた。
というわけで、彼と共にそれに参列していたカイトは、式典の開始と共に今度は正式な立会人として書類の署名に立ち会っていた。とはいえ、その前にカイトは一人、会わなければならない相手が居たのであっていた。
「はじめまして。土御門家当主、土御門 水風です」
「はじめまして、と言うべきかはわからんが……まぁ、はじめまして」
カイトの前に立っていたのは、三十代半ばから後半ぐらいの女性だ。服装としては巫女服に近い。言うまでもなく、陰陽師だ。彼女も涼夜と同じく補佐四家の一つ土御門家を率いていた。カイトが彼女に対してああ言ったのは、顔を合わせるだけなら何度と無く顔をあわせていたからだ。
が、カイト自身天神市を中心としている為、基本やり取りは御子神家だ。そして大阪に来ても今度は鏡夜が居るので応対は草壁家となる。もし必要があっても、その時は皇志に直接話を通すだけだ。
なのでこの両家以外の補佐四家とは殆ど関わりがなく、陰陽師達が勢揃いした時に何度か顔を見た程度でしかなかった。が、今回は彼女との話が必要になったのでここで改めて正式に、というわけであった。
「今回はありがとうございました」
「いや、礼には及ばんよ。特に何かをしたわけでもないしな」
水風の礼に、カイトは笑って首を振る。確かに今回カイトは立会人というわけであるが、彼は敢えて言えば異族達側の立会人だ。それに対して天桜学園大学部神秘各部は陰陽師と異族、つまりは天道家等で結成される<<秘史神>>との合同で運営されている。どちらの側にも立会人が必要だった。
ここらは日本だけの特殊性で、日本だけ立会人が二人居た。まぁ、その特殊性を見込んでの姉妹校提携だ。イギリス側もアメリカ側も問題視はしていない。と、笑うカイトへと水風がため息を吐いた。
「何かをしたわけでもない、ね」
「ああ、別にな」
「おかしな話よ。私達より貴方の方が伝手があるのだから」
「どうかした?」
水風から視線を向けられ、晴明が何時もの笑顔で小首を傾げる。まぁ、陰陽師達の立会人として誰が選ばれたのか、というと彼女だった。言うまでもないが陰陽師で最高位の存在は誰か、というとそれは間違いなく安倍晴明だろう。なのでカイトは日本側がこの姉妹校提携を重要視している事を示すべく、彼女に立ち会いを依頼したのであった。
「なんでもない。イギリスはどうだった?」
「面白い所だね。日本とは違う感じがあったよ」
「そりゃ、他国だからな」
笑う晴明にカイトもまた笑う。今回、立会人を受け入れてもらうに当たって彼女が一つ条件を出した。それはイギリス観光だ。それも裏も含んでの、である。というわけでカイトはアルト達に掛け合って、『常春の楽園』を含めた観光を手配していたのであった。なのでティターニア達とも会っていたらしい。
「妖精達って不思議だね」
「ティターニアでも会ったか?」
「うん。オベロンとかいう人も一緒に」
「口説かれたりしたか?」
「んー……なんだかカイトの匂いがする、とか言って興味なくしたっぽいかな」
どういうわけなんだろう。晴明が小首を傾げる。これにカイトも首を傾げるしかなかったが、後にオベロンに機会があって聞くとカイトの匂いがする。つまりカイトの女の可能性が高い。となると一緒に居るモルガンにも伝わる。なら確実にお仕置きが来る、となったらしい。幾らバカをやる彼だろうと見えている地雷を踏み抜く程の愚かさはなかったようだ。
「ま、口説かれないなら結構か。モルガンが怒るし」
「あはは……そういえば君の妖精ちゃん達は?」
「今は流石に一緒じゃねぇよ」
晴明の問いかけにカイトは笑ってイギリス側の参列者席を指さした。今回、モルガンとヴィヴィアンは立場上アルトの名代として来ていた。モルガンは姉、ヴィヴィアンは後見人代理という所らしい。
マーリン――ウーサー・ペンドラゴンよりアルトの後見人を命ぜられていたそうだ――が居ない今、その後見人の代理というのが彼女の正式な立場らしかった。それ故、彼女が物語の後に<<湖の聖剣>>を保有していた、というわけらしい。
「そっか。じゃあ、またあとでね」
「ドレスか振り袖か、楽しみにしておくよ」
「あはは」
カイトの冗談めかした言葉に、晴明が笑って立ち去った。そうしてひとしきりの雑談を終えた後、カイトは改めて水風に向き直る。
「失礼」
「いえ……我々だとどうしても晴明様とは普通に話せないもの」
「知っている……まぁ、こちらは立ち会うだけだ。何かをするわけではないが……これにはこちらも力を入れている。しっかり頼む」
「それに手抜かりはないわ」
カイトの言葉に、水風は一つうなずいた。まぁ、こちらは公表される事もないので単に署名を交わすだけだ。何かミスが起きるとは思えなかった。そうして、そんな話をしている間に場が整い、裏の調印式もつつがなく執り行われる事になるのだった。
さて、表と裏の姉妹校提携に関する調印式から数時間。夜も更けた頃だ。その頃になり、カイトは予てから予定されていたパーティに参列していた。と、そんなパーティの会場であるが、これは裏のバッキンガム宮殿で執り行われる事になっていた。
「おぉおぉ、こりゃすごい」
「世が世ならダンスでも行うんじゃろうがのう」
カイトの横。ここからは通常の面子での出席となる為同席したティナも僅かに驚いた様子を見せる。エネフィアのこういった夜会も確かに凄かったが、やはりエネフィアとは違い交通網が完備されているからだろう。世界各国の人が集まっており、裏という事も相まって服装も多種多様だった。と、そんな二人の更に横。そこではルイスがワイン片手だった。
「ふむ……やはり良いワインを使っているな」
「そりゃそうだろう……にしても、なんだろな。この不思議な格好」
「仮面夫婦、ではないがな」
若干の苦笑を混じえるカイトに対して、ルイスもまた若干の苦笑を混じえていた。今回、カイトはやはりマナーとして魔術の強度は抑えている。なので今回も仮面を被っていたのである。
魔術を使うこと自体がマナー違反といえばマナー違反なのであるが、そこは問題にならない。各国の大使や代表者は揃って各種のDNA情報を取得されない様に魔術で全ての情報を抹消するのが裏の外交での通例に近い。イギリスだって同じ事をしているし、日本だって当然だ。些か使う魔術が増えていた所で問題視はさほどされなかった。
「にしても……やはり世界中の大使が来るか」
「まぁ、ここはこういう場じゃからのう」
「ま、当然は当然か……つってもここまでガチ異族連れてるのがオレぐらいなんだろうけどな」
注目を一身に集めるカイトは、周囲の視線を感じながら楽しげに笑う。まぁ、熾天使が出てくる領域の正真正銘の堕天使と、地球では唯一となる魔女だ。世界的に見てみれば彼女らの存在を国として初めて確認した、という国も少なくない。これで注目されないはずがなかった。
「さて……どうするかね」
そんな注目を集めるカイトであるが、兎にも角にもどうするかを考える。何時もなら適当に相棒達と駄弁るわけであるが、流石に他国のパーティでイギリスの二人とばかり話してもいられない。
更に言うとまだ開始前だ。出席者も全員揃っているわけではない。すでに小さな段階での話し合いは持たれているが、敢えて言えば馴染みとの雑談に近い。まだ外交官達のおなじみとなる裏を読み合うやり取りは始まっていない様子だった。というわけで、カイトはその雑談を行う事にする。
「よぅ」
「これはブルー。来て頂きありがとうございます」
「あはは。主催者より直々に出席要請があれば来るさ」
カイトは頭を下げたアレクセイに笑いながら首を振った。このパーティの主催者はロンドン魔術師学校とそのパトロンとなるフェイリスとなっていた。で、カイトは公的には後者より出席を依頼されていたというわけである。
「それで、出席率はどんな程度だ?」
「驚異的、と」
「それはそれは」
くすくすくす、とカイトは笑う。後に聞いた話であるが、どうやら招待状を送った国の九割以上が出席していたらしい。今回、事が事なので来ているのは各国共に重役級だ。どれだけ世界的に見てこのパーティが重要視されているかわかろうものだった。
「で、どんな感じだ?」
「おおよそ、で良いですか?」
「もちろん。時間もそうは無いだろうからな」
「まず、あちら。ドイツのマルグリット嬢。あちらは父のグラーフ侯」
アレクセイは近くで父と一緒だったマルグリットをカイトへと指し示す。イヴァンとの会談では一緒ではなかったグラーフもここで一緒らしかった。後にカイトが聞いた所によると、イヴァンとの会談の時には彼の予定が合わず、本国に居たらしい。
が、このパーティには彼直々に来る事になっていたそうだ。なんだかんだドイツもこのパーティを重要視している証だ。まだ情勢を見極めている、という所なのだろう。
「次にあちらはフランスのベル・ファナ卿」
「ベル……ベル・エペイストか。フランス最優の騎士の一人。ベフトォン家の令息か。フランスの看板だな」
「ええ。フランスで最も美しき剣士にして、そして最も勇ましい剣士。剣術であればヨーロッパでも有数でしょう。お父君は今回は彼を名代にして、と」
ついで二人が見たのは、少し離れた場所に立っていた長い金髪の男だ。こちらはモデルと見紛うばかりの美貌で、社交界慣れしているだろう女性達が思わず眼を留める程の美丈夫だった。
が、これでも騎士で、フランスでも有数の腕利きらしい。ベルとは美しいというフランス語で、カイトの述べたエペイストとは同じくフランス語で剣士の意味。美しき剣士、とでも言う所だろう。
アレクセイの述べたファナはファナティックの略称で、狂信者の意味だ。と言ってもこんなパーティに来ているのだから宗教的な意味での狂信者ではなく、剣士として熱狂的な姿勢を示しているので、というわけらしい。敢えて言えば剣道オタク、とでも言う所だろう。
「名代にして、か」
「まぁ、表向きは」
「そうか……他には?」
カイトは引き続き、アレクセイよりこのパーティに参列している参加者達の事を聞いておく。こういった事は外交官も兼ねる彼の得意分野だ。聞ける事は聞いておきたい所だった。
「他にもイタリアやベルギー、ギリシア等ヨーロッパ各地から来ていますよ」
「そうか……そういえば、ロシアは?」
「三人はまだ、と言う所でしょう」
アレクセイは場の雰囲気から、イヴァンら三人がまだ来ていない事を把握する。あの三人は大国ロシアの秘蔵っ子だ。今まで一切姿を見せなかった三人が来ていれば必ず場が一度はざわめく。それが無かったのなら、まだ来ていないと見て間違いなかった。が、来ない筈はないと思っていたし、カイトもそうだろうと思っていた。
「そうか……まぁ、開場前には来るか」
「ええ……っと、噂をすれば」
「ん?」
「今、報告が入りました。来たそうですよ」
アレクセイはこめかみのあたりをとんとん、と叩いて入り口付近に視線を向ける。どうやら応対に当たっていた受付から密かに念話が入り、ロシアの三人が来た報告が入ったそうだ。そうして、数分。扉が開いて三人がメイドを連れて入ってきた。
「あれが、か」
「ええ。<<皇帝>>イヴァンとその姉<<極北の皇女>>ヴィーラとエヴァ」
「ふむ……」
ざわめく場の中心となった三人にカイトもまた視線を向ける。やはり今まで一切姿を見せなかった三人が姿を見せたのだ。各国共に興味津々らしい。と、そんなざわめきであるが、すぐに終わる事となった。フェイリスが来たからだ。これを読んでこの時間に来た、という事なのだろう。そうして、権謀渦巻くパーティが始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。




