断章 第55話 ロンドン魔術師学校 ――二度目へ――
ロンドン魔術師学校における一度目の講習を終わらせたカイト。彼はその後、ひとまずはイゴールの所へと向かっていた。
「お疲れ様です。ありがとうございました」
「いえ、この程度しか出来ませんが、お役に立てれば幸いです」
カイトはイゴールの謝辞に対して一つ頷いて首を振る。兎にも角にもこれで今回の講習は終わりだ。そうして応接用の椅子に腰掛けた彼は、改めて一応の明言を行っていた。
「一応、異族としての力は目覚めたと言って良いでしょう。が、ハロルド教諭ならお分かりとは思いますが、中には中々な才能を持つ者も見受けられた。彼らの練習の際には必ず誰か一人は優れた腕を持つ教員が同席するべきでしょう」
「ありがとうございます。その様に手配させて頂きます」
カイトの改めての注意を受け、イゴールもまたその手配を怠らない事を明言する。そもそも彼らからしてみれば未来の人財だ。それを守りこそすれ、不注意で失わせる道理はどこにもなかった。
「おまかせします」
「はい……それで、以前にミスター・葵が言われていた二度目の件ですが、お考えに変更はありますかな?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうですか。ありがとうございます……ハロルド」
「はい」
イゴールの指示を受け、ハロルドが卓上カレンダーを持ってきて、応接用の机に置く。それを手に、イゴールが口を開いた。
「これから二日後に姉妹校提携の式典が行われるわけですが……流石にその当日となると私も貴方も予定が合わないでしょう。学生の中にもこの式典に参列する者が居ますしな」
「それはそうでしょう。私としてもその日程は外していただきたい」
イゴールの指摘にカイトもまた笑う。なんだかんだとしている内に気付けばイギリスでの滞在もあっという間に終わりを迎えつつあり、もう二日後には式典だった。そして流石に今日言って明日というわけにもいかない。となると、式典の後になるだろう。
式典そのものは昼一番に開始される事になるが、幾つかの捺印やマスコミ向けの写真撮影等がありおよそ二時間の予定が組まれている。そこから少し間を空けて――着替え等がある為――これを記念したパーティが開かれる事になっていた。なので昼からは半日動けないし、当日は朝からホストであるロンドン魔術師学校関係者は大忙しだ。講習を行っている暇どころか学長クラスともなると授業の暇も殆ど無い。外すべきだろう。
「そうですな……それで、どうでしょう。式典の二日後に実は私と同門の学長の一人が、魔術の実習を行う事になっております。その指南に参加してはくださいませんか」
「ふむ……その内容をお聞かせ願えますか?」
「勿論です」
イゴールはカイトの反応に頷くと、ハロルドに再び指示を出して資料の入った封筒を持ってこさせる。
「これが、その授業の内容だ」
「ありがとう……ふむ。召喚術ですか?」
「ええ。何分難しい分野ですので……力をお借り出来れば、と」
「ふむ……」
カイトはイゴールの言葉を聞きながら、資料を精査する。召喚術といえば空間系の魔術の中でもかなり高度な内容と言える。確かに危険は危険だが、例えば軍事においては自軍を召喚出来ればかなり優位だ。研究がされていて不思議はない。が、再度になるが危険なのだ。カイトの助力を借り受けたい、というのは正しい判断と言えるだろう。
(……召喚術、というより召喚と送還か。使い魔を召喚して、それを正しい場所への送還する。召喚術の練習においては基礎の基礎と言われる内容だな)
資料によれば、どうやら今回行われる予定の実習はこれらしい。これについてはカイトも何度となくティナより練習させられていたし、なんだったら今は常時展開していると言っても過言ではない。
そもそもルゥ達は使い魔だ。それが彼女らの意思で自由自在に出たり消えたり出来るのは、カイトがこの召喚と送還の魔術を常時展開しているからだ。彼女らは確かに使い魔としては非常に稀有な存在だが、同時に使い魔としての道理を損なっているわけではない。普通の使い魔と同じ様に召喚も送還も魔術で行われている。であれば、当然の話だった。
(まぁ、この程度ならオレでもどうにかなるか。出来るしな)
ある意味では使い魔の召喚や送還はカイト自身にとっても馴染み深い分野と言ってよかった。この程度の基礎分野であれば十分に教示が可能だろう。彼はそう判断すると、一つ頷いた。
「……分かりました。これなら私も対応出来ます」
「そうですか。では、お願いしても?」
「ええ、勿論です」
イゴールの確認に対して、カイトは笑って快諾を示す。それに、イゴールが頭を下げた。
「ありがとうございます。では、その様に手配させて頂きます」
「お願いします」
「いえいえ。お願い致すのはこちらの方。では、また当日は本日と同じ様に門番へとお声がけください。ハロルドを迎えに向かわせます」
「わかりました。では、今日はこれにて。また二日後にお会いできる事を楽しみにしています」
「こちらも、楽しみにさせて頂きます」
カイトは立ち上がってイゴールに手を差し出し、握手を交わし合う。そうして、彼は今日の職務を終わらせて二度目に向けて動く事にして、ロンドン魔術師学校を後にする事にするのだった。
さて、カイトはロンドン魔術師学校を後にしたわけであるが、その帰り道にて彼はヴィヴィアンと話しながら帰っていた。
「ふーん。で、ティターニアが、ねぇ……」
「そうらしいね」
「まぁ、当然と言えば当然か。いや、てか普通か」
ヴィヴィアンからの報告に、カイトは苦笑を浮かべていた。実のところ、演習の終了と同時にこの事がティターニアにも報告されたらしい。となると当然、彼女が激怒するのは目に見えている。
モルガンと共にオベロンとパックの二人を仕置した後、二人を泉に吊し上げてモルガンの所に来たらしい。で、今は二人でホテルに戻って盛大に愚痴を言っているのであった。
なお、後の話になるが、この事――正確には今回見付かった二人の親――はティターニアも知っている所で、オベロンからしてみれば完全に同じ件で二度怒られたらしかった。まぁ、そもそも自業自得なので何か弁明出来る事はないだろう。
「ま、そりゃそれとして」
「うん」
「お前はここで呑気にしてて良いのか?」
「何が?」
カイトの問いかけにヴィヴィアンが首を傾げる。それに、カイトが問いかけた。
「いや、お前ここしばらく日本来てたじゃん」
「ああ、それ? 別に良いかな。私達一緒に行動する方が珍しいし」
「仲悪いってわけでもないんだろ?」
「仲は良いよ。滅多に喧嘩もしないし」
「あ、喧嘩はすんのか」
ヴィヴィアンの言葉を聞いて、カイトは意外そうに眼を見開いていた。このヴィヴィアンが喧嘩だ。カイトとしても想像が出来なかった。
いや、案外彼女もカイトの知らない所でモルガンと喧嘩していたりするが、サバサバしているのであっという間に仲直りしているだけだ。おまけにもうここ四人――ユリィを含む為――はお互いに親の顔より見た顔だ。今更喧嘩した所で尾を引く様な事があるわけがなかった。
「私も、人だからね」
「そりゃそうだが……お前の場合、怒ると笑顔で殴るからなー。あれ、怖いのなんのって」
「もうっ。怒らせてるのカイトでしょ?」
もう長い付き合いだ。おそらく全人類史で言えばヴィヴィアンとカイト以上に一緒に居た人物は居ないだろう。それ故、彼女のニコニコとした笑顔にも幾つかの種類がある事をカイトも把握している。
それでもいつまでも怒られたりバカをやったりしている所を見ると、二人共あの頃から中身は一つも変わらないのだろう。
「あはは……で、実際の所どうなんだ?」
「何が?」
「いや、戻らないで良いのか、って。世界の代行もあるだろ? 仕事、溜まってないのか?」
「ああ、うん。一応、必要が出たら連絡が来る様にはしてるけど……多分、もう当分は何も無いと思うよ」
のほほん、とした様子でヴィヴィアンは当分仕事はないと明言する。どうやら、自分の仕事が無くても特に寂しいとか困るとかは思わないらしい。まぁ、無理もない。彼女にとってすればこの仕事はカイトを待つ間の暇つぶしにも近い。カイトが居るのに今更それにこだわる必要はどこにもなかった。
「どうしてさ」
「現状、英雄達の大半はもうほぼ全て己の武器を手に入れているからね。私が武器を渡すのは大半が英雄だよ。対価を支払えないからね」
「なるほど……確かにそりゃそうか」
カイトは自陣営を思い出せばよく理解出来た。現在、神々の間で言われている事はカイトが地球最後の神話の英雄となるだろう、という事だ。そしてこれはかなり正鵠を射た言葉だ。
確かにジャックは人類にとって英雄となり得るだろうが、それでも神話の英雄にはなり得ない。覇気も胆力も十分だと言い切れるが、それでも根本的な力が足りない。
もし厄災種の様な魔物が今の人類に現れた時、彼を中心に軍を立ち直らせられても、彼が戦士として戦い討伐する事は出来ないのだ。であれば、もう後はカイトぐらいしか神話の英雄達と肩を並べられる存在はいなかった。
「だから、多分私が次に仕事をするとなるとカイト相手にじゃないかな。意味があるかどうかわからないけど」
「うーん……確かに何か必要になるとは思えんなぁ……」
自分の手札を見直してみて、カイトはヴィヴィアンの言葉に同意する。現状、カイトの手札にはシャルロットの神器である死神の鎌、村正の二振りを筆頭に神話級とも言える武器を幾つも手にしている。更には<<星の剣>>まであるのだ。
今更、世界側から対価を支払ってまで武器を貰う必要はなかった。それどころか彼の場合、逆に世界側が対価を支払って動かす事になるだろう。その対価として武器が与えられたとして、ヴィヴィアンが代理で渡すだけになる。ある意味では何時も通りといえば何時も通りの補佐の仕事だった。
「でしょう? だから、私はカイトと一緒で良いの」
「何時も一緒な気もしますが」
「駄目?」
「いいや、全然」
ヴィヴィアンと一緒でない自分というものが、カイトには想像出来なかった。故に笑うヴィヴィアンの問いかけに彼も笑って首を振る。と、そんなわけで適当に話していると、あっという間にホテルへ戻る事になった。
「ただいまー」
「ん? ああ、帰ったか」
「おう……ん? 珍しいな、お前がそんなの読んでるなんて」
「ん?」
カイトの問いかけを受けて、ルイスが自分の読んでいた雑誌に視線を落とす。確かに彼女も読書をするし、なんだったら暇があれば読書をしていると言っても良い。ジャンルは何でも読む。それこそ現代のファッション誌も読むし、なんだったらライトノベルだって読んでいる。
彼女は数千年封じられていたのだ。たった一、二年で現代の全てを見る事は不可能で、どれだけあっても時間は足りなかった。ほぼ常に読書をしていたと言っても良い。
とはいえ、そんな彼女も滅多な事では旅行誌は読まない。そもそも今は長い旅をする程の時間もないからだ。その彼女が、旅行誌を読んでいたのである。
「ああ、これか。別にどこにいきたいという事はない」
「じゃあなんで?」
「……フランスに行くだろう」
「おう」
「ワインを買おうとな。産地を見ていた」
「な、なるほど……」
やはり元一神教の天使長だからなのか、ルイスは非常にワインが好きだ。そしてフランスといえばワインが盛んだ。色々な産地から買い集めようとしていた、という所なのだろう。そうして、カイトはその後は彼女のワインの講釈に付き合う事になり、その日はそのまま終わりを迎える事になるのだった。
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