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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第16章 英国物語編

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断章 第52話 ロンドン魔術師学校 ――講演――

 イギリス政府より教会騎士達による襲撃の謝罪を受ける傍ら、カイトはイヴァンとマルグリットに関する情報をフィルマ家にて受け取っていた。そんな情報であるが、基本的にはマルグリットに関する情報が大半だった。


「ふむ……交友関係はやはり広いか。ある意味では騎士側のオレにも似た立場と言っても良いのかもしれんな」

「ええ。それ故、という事なのでしょう」


 カイトの言葉にアレクセイもまた改めて同意する。些かの語弊はあるものの、カイトとマルグリットの立場は似ていると言えば似ていた。カイトは異族側の顔役。それに対してマルグリットは騎士側の顔役だ。

 今後ドイツがどう転んだとて、そのつながりは断てない。戦争が起きたとて一度繋がれた縁は断てない。彼女の立場は彼女の在り方も相まって、国家の趨勢にさえ左右されるものではない。これはドイツ政府としてみれば厄介であると同時に、もし自分達の選択が誤りであった場合には有効だ。

 彼女の伝手を通じて相手勢力に和平等の申し出が出来るからだ。故に今回のロシアとの婚姻関係であったし、これは同時にロシアの思惑を読んでの事でもあったと考えられた。最終的に自分達が負けた場合、ドイツ政府はマルグリットを通じてロシアに掛け合い、更に日本に掛け合う事が出来るのである。


「ふむ……」


 であれば、ドイツは敵側に回ると考えて良いのかもしれない。カイトはドイツ政府の思惑を考える。戦争において重要なのは勝つことであるが、同時に負けた時の事を考えねばならない事もまた事実だ。

 如何にして上手く負けるか。それ次第で次の世界においての身の振り方も変わってくる。勝利だけしか見えていなければもし万が一敗北となった場合に悲惨の一言では事足りない。

 負け方次第では、そして負けたとてその後の情勢次第では日本の様に世界有数の経済大国になる事だって可能なのだ。負けた方が得と判断すれば、負けを認めさせる事だって出来るのである。


「やはりあの国は上手というか……うん。戦争が上手だな」

「二度負けて、今なお世界有数の大国ですからね」


 二度の世界大戦において、ドイツはどちらも敗北を刻んでいる。一度は国を真っ二つに割られてもいる。が、今のドイツを見て決して弱い国と見る者は居ない。軍事・経済どちらも大国と見做して良いだろう。これは負け方が上手だった、と言って良いのだろう。と、そんなドイツのある意味では世渡り上手な面を見て笑うアレクセイがカイトへと問いかける。


「どうしますか?」

「味方になるのなら問題はない。敵に回るのなら、今回も上手に負けて頂く……違うか?」

「愚問でしたね」


 どうせ現代の戦争では勝って領土を得られるわけでもなし。なら、上手に負けて貰って復興して貰った方が誰にとっても遥かに楽で良い。戦争はそれだけを考えれば良いのではない。その先の復興も見据えねばならないのだ。

 そして変な話であるが、その復興は勝者の義務だ。敗戦国となった国の面倒も勝者が見なければならない。そうせねば難民が溢れて苦しむのは自陣営だ。それを、現代の文明は学んでいる。それを学べねば待つのは難民により自国民が苦しみ、結果として自分達が倒れるという結末だけだ。

 これは面倒でも勝者の責務として、やらねばならないのだ。なら、上手に負けて貰って自分たちの面倒は自分達で見てもらった方が遥かに良いのである。


「さて……で、マルグリット嬢は……中々にすごい伝手だな。オレとしてもこの婚姻は有り難いかもしれない」

「ええ。異族達の顔役に対して、人間側の顔役。まさに、ドイツのあなたと言っても良い。ドイツは筆頭にして欧州全域に跨る聖ヨハネ騎士団、マルタ騎士団等名立たる騎士団に伝手はあります。お転婆故、ですかね。グラーフ氏の顔が目に浮かびます」

「あはは……だがだからこそ、骨を折っているんだろうさ。そしてロシアはロシアらしい……いや、今の大統領らしいと言うべきか、か」

「ええ」


 どちらにも伝手を持っておき、優勢が判明した時点で勝ち馬に乗る。大勝は得られないが大敗も無い確実な戦略。結局は他所の喧嘩だ。深入りはせず降りかかる火の粉は払うが、それだけに留めるというロシアの現在の基本戦略から外れていない。


「ふむ……まぁ、良いか。とりあえず感謝する。この様子だとマルグリット嬢をこちら側に引き入れれば最終的にドイツ相手に交渉がしやすくなるだろう」

「いえ、これも同盟に関わる事ですからね」


 カイトの感謝にアレクセイが笑って首を振る。こういった必要な事を融通し合うのが、同盟の意味だ。渡す事で自分達の利益になる情報をカイトに渡す事にイギリス側も躊躇いは無かったようだ。というわけで、カイトはロシアの『アナスタシア』の弟が娶る女性の情報を得てフィルマ邸を後にするのだった。




 さて、フィルマ家での会談と相談の翌日。カイトは再びロンドン魔術師学校を訪れていた。この日が一度目の講習の予定日だった。というわけで、彼はロンドン魔術師学校最下層、様々な訓練が行われる謂わば体育館とも実習場とも言える場所にやってきていた。


「これはまた……でかい空間だ」

「思いっきり走れそうだね」

「せっせこせっせこ掘るの大変だったんだろうなー、と思う私である」


 まぁ、兎にも角にも広い空間だったらしい。大体一般的な高校の体育館の倍程の広さはあるだろう。カイト達の様な存在ならまだしも、一般的な魔術師であれば十分に訓練が可能な広さは確保出来ていると考えてよかった。


「で……あれが、か」


 特に気にする事もなく、カイトはすでに集まっている生徒達の方を着目する。一応、大学の講義としては体育に相当するとなっているらしい。なのでスポーツ用の衣服に着替えていた。

 まぁ、カイトももしかしたら動き回る事があるかもしれない、とは明言してある。正しい判断だろう。そうして彼はハロルドの紹介を受けて、前へと進み出る事にする。


「さて……まぁ、いまさらここに居る者達にオレが何者で、何をした者かと言う必要もないだろう。君達がブルーと呼ぶ者だ。何か質問がある奴は……いそうだな」

「……いえ、その……あなたは良いのですが……その、その二人は……」


 カイトの促しを受けた生徒の一人が、カイトの横に浮かぶモルガンとヴィヴィアンを見ておずおずと問いかける。ここら、カイトからすると馴染みはないが授業中だろうと質問する姿勢はヨーロッパ的と言えるのかもしれない。まぁ、今回の場合はどう考えても日本でも質問が出るだろう。なのでカイトとしても当然と思っていた。


「見てわかる通り、妖精だ」

「いえ、それはそうですが……その、どう見ても片方はモルゴース様だと思うのですが……」


 質問した生徒がモルガンを見ながらおずおずと問いかける。


「モルゴース……は別人だねー。私はモルガン・ル・フェイ。ま、アーサー・ペンドラゴンの姉は合ってるからどっちでも良いけどね」

「は、はぁ……」


 そうなのか。ここらやはり裏に居ても裏の深淵に関わらないという所だろう。ここの生徒達は確かに異族として裏に関わっている。が、ここに居る様に裏の中でも比較的表世界に近い立ち位置だ。故に将来的には大半が政府の特殊機関に所属したり、秘密部隊に所属する事になる。アルト達とはまた別なのだ。故に、伝説は知っていても伝説の真実は知らない。モルガン達の事もまた然り、というわけなのだろう。


「ま、そういうわけだ。彼女らはモルガン・ル・フェイと<<湖の貴婦人>>ヴィヴィアン。騎士王アルトリウス・ペンドラゴンの関係者だ」

「「「……」」」


 それは知ってるよ。聞きたいのは何故その二人がここに居るのか、という事。そんな言外の雰囲気を出す生徒達に、カイトは敢えてそう嘯いた。そうして沈黙する生徒達に対して、彼は笑って告げた。


「あっははは。疑問はわかる。が、気にするな。気にしたって意味のあることでもなし。今日、諸君らが考えるべきことは何故オレが彼女らと一緒に居るか、ではない。オレから何を学べるか、だ」


 カイトは物の道理を生徒達に説く。なお、この同行している意図であるが、これは生徒達の更に後ろに控えているハロルドには伝えてある。それは敢えて異族側の存在という事を印象付ける為、だ。

 妖精とは見ればわかる通り、ファンタジーにおける最たる例の一つと言って良い。エルフ・ドワーフ・獣人。この三種族が異族の中で最も数の多い種族だ。大抵の創造物の中でもそうだろう。

 が、それでもイメージであれば妖精とて負けていない。故に彼女らが同席していたのである。魔力とは意思の力。であれば、イメージが無ければ駄目なのだ。自分が表世界とは違う非日常に居る、と明白に意識させねばならなかった。物理学や科学という物が一般化している地球において、まずはそれが重要と彼は判断したのである。そしてその上で、彼は更に場を整える事にした。


「え?」

「ここは……」

「さて……その上で言っておけば、オレが今回エヴァンズ学長殿より頼まれたのは君達の異族としての力を見て欲しい、という所だ」


 スナップ一つで様変わりした実習場に、生徒達が困惑を浮かべる。何をしたのか、と言うと単に異界化しただけだ。確かに実習場でも十分な広さはある。問題はない。

 が、ある程度の実力を見せつけておかねば、生徒達も自身の師事をすんなりとは受け入れられまい。故に敢えてわかりやすい変化を見せ付ける事で、彼我の実力差を分からせてやったのである。


「別に驚く事でもない。これは異界化という魔術。幻術ではない」


 草原の中心に立ち、カイトはこれが異界化であると明言する。が、生徒立ちは異界化にどうやら馴染みがなかったらしい。勿論、それでも自分達では到底及ぶべくもない魔術だとは理解していたが。


「異界化……ですか?」

「そうだ。ふむ……その様子だと魔術と魔法の差は知らないものと見える」

「魔法……魔術の言い回しの差ではないのですか?」

「違うとも。簡単に、あくまでも語弊を怖れずに一言で説明すれば、魔法とは世界を書き換える手段。魔術とは魔力を以って現象を引き起こす手段だ。魔法を使える者を我らは敬意を払い、魔法使いと呼ぶ。君たちに馴染み深い存在であれば、我が師であり『影の国』の女王のスカサハ。彼女は正真正銘の魔法使いだ」


 ここらはカイト達であれば常識といえば常識だが、そもそも魔法の存在を知らねばどうしようもない。更に言えばその魔法を知っているかどうか、というのはエネフィアでもかなり認知度は低い。なのでこれについては別にカイトも不思議とは思わなかったようだ。


「それでこの異界化とは敢えて言えば魔法を使えない者が世界を隔離して、擬似的に魔法を使う為の物と考えて貰えば良い。魔術の中でも難しい領域の魔術と言って良いだろう」

「この……異界化? ですか? これが出来れば何が出来るのですか?」

「いや、別にこれが出来たから何かが出来る様になる、という事はない。無論、やれと言われれば大抵の事は出来るがね。これは敢えて言えばオレに都合の良い空間だ。だからオレは魔術無しでこうやって炎を生み出す事も出来る」

「「「っ」」」


 何の前触れもなく生み出された炎に、生徒達が息を呑んだ。幾ら彼らとて魔術が発動すればわかる。その魔術の兆候が一切無いのだ。無から有が生まれたにも等しかった。


「火、水、風、土……なんだって可能だ。オレの都合の良い空間だからな。無論、それでも不可能はある。例えば、幾ら異界化をしたからとて人の精神を操る事は出来ない。人の精神とはそれもまた一つの世界とも見做せる。所謂、精神世界という所だ」


 あくまでもこれは万能に近い力であって万能の力ではない。カイトは改めてそれを明言しておく。


「まぁ、では何故こんな空間を生んだのか、というとそれは簡単だ。君達が全力を出せる様にする為、と考えて貰いたい。先の実習場が幾ら広かろうと当たり前だが、君達の全力を出すには不十分だ。故に、こちらでこの空間を用意させて貰ったと言って良い。君達だってわかるだろう? 君達が千人……いや、君達が千組集まった所でオレには遠く及ばない。遠慮なく全力で学んで大丈夫にさせて貰った、というわけだ。若い芽へのささやかな贈り物、とでも思ってくれ」


 カイトはこの異界化についてその理由とどういった物なのかを語り終えると、改めて全力を尽くせる事を明言する。そうしてそれらを語って彼はようやく、生徒達の調練を開始する事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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