断章 第50話 ロンドン魔術師学校 ――申し出――
イギリスが誇る魔術師達を育てる為の名門校・ロンドン魔術師学校。同盟の一端でそこからの講義の依頼を受けたカイト達であるが、幾つかのやり取りを経てカイトが魔術の講習を行う事となる。
というわけで、彼は一人ロンドンの外れにある普通の由緒正しき大学に偽装したロンドン魔術師学校を訪れていた。そんな彼は学長のイゴール、その弟子にして後継者と目されるハロルドの二名により学内を案内され、学長室にて改めて話を聞く事となっていた。
「まず、ミスター・葵もご存知の様にこの世界では現在、公には異族は迫害されております」
「ええ……嘆かわしい事です」
「ええ……私も異族の血を色濃く引いておりますし、弟子のハロルドもそう。嘆かわしい事です」
カイトの言葉にイゴールは嘆かわしさを前に出して首を振る。彼については事前情報からも異族の血を色濃く引いている事は知っていたが、どうやらハロルドもそうらしい。
なお、後に聞けば彼はすでに百歳を超えているとの事だ。父がアメリカでの米英戦争、所謂1812年戦争の折りにインディアン側との連携を図る為に従軍して亡くなり、その縁で親戚であったイゴールが引き取ったとの事であった。幸いその父の腕が確からしく、息子である彼も才能はあるだろうと見込んでの事だった、と言う話だった。
「とはいえ、それ故に現代では多くの魔術的技術が失われている。例えば、私が得意とするこういった魔術も、今では使えるのは私ぐらいなものでしょう。とはいえ、これももう全盛期より遥かに衰えておりましてな」
「ほぉ……」
イゴールは少し苦笑気味に手を僅かに上に持ち上げると、その先に真紅の刃を生み出した。夜の一族が得意とする<<血爪>>だ。が、やはり当人が言う様に刃にはかなりのブレが見て取れて、肉体的な老いから来るのだろうと察せられた。無論、この場では本気でやっていない事も相俟っているだろう。が、それでも、カイトが良しと言える領域からは随分と弱々しい事は事実だ。
とはいえ、この地球であれば十分過ぎると言って良い。少なくとも、老人が軽く見せられる程度で出来る領域としては十分に素晴らしいと認められた。それに何より、彼は魔術師だ。近接戦闘用の技が出来る方が凄いのである。
「いや、イゴール殿の年齢と出生、立場は伺っています。それでそれだけ出来れば十分なものでしょう」
「ありがとうございます……とはいえ、そういう所なのです。我々ではどうしても教えられる領域には限りがある。この様にこういった技術を私が教えねばならない程には、と」
なるほど。カイトもイゴールの言う事には納得が出来た。先にも言ったが、彼は魔術師だ。それが近接戦闘用の<<血爪>>を教えねばならない程、ヨーロッパでは異族に事欠いている。
しかも、これでもまだ上出来な方なのだ。これがまだキリスト教に属しながらも裏で密かに異族を匿っていたイギリスだから良いものの、他国であればどれだけ悲惨かは目も当てられない。
「それで、ミスター・葵には一度そういった技術の事について見てやって欲しいのです。お恥ずかしながら、当校の講師陣よりミスター・葵の方が遥かに技術として進んでいらっしゃる。が、自らの血を知りながら、自らの技術を使いこなせないというのは生徒達にあまりに不憫」
「そうですね……私とて曲がりなりにも異族の組織と繋がりのある身。可能な限りですが、お受け致しましょう。ですが、その、私は龍族となります。それ以外についてはさほど出来ないのですが……」
「ええ、もちろんそれは知っての事です」
一応、カイトは今まで自身は龍族に近い者だという事で世界には公表している。そしてこれについては嘘はない。彼の移植されているコアは龍族の物だし、そもそも彼の血統としても龍族だ。
現に彼が異族としての血を覚醒させた時に使える技術は龍族の物だ。それ以外については当然、出来なかった。が、それはイゴールも当然知っていての事だ。
「出来る限りで構わないのです。当校にも龍の血を引く者は少なくない。が、逆に龍の血を引く者に教えられる事は少ない。何分、私がこの通りですので……他の学長達も似たような所、と」
「……わかりました。どれほどお力添えが出来るかはわかりませんが、ご助力させて頂きましょう」
カイトは僅かに考える様な姿勢を見せた後、改めてこの話を受ける事を明言する。まぁ、この話はそもそも同盟に関わる話だ。なのでカイトとしては受けない道理はなかったし、異族達が復権すれば将来的に彼にとっても得となる話と言える。
何時か異族達の存在が公表された時、おそらく地球全体が大騒動になってしまうだろう。こればかりは仕方がない事だ。なにせ今までファンタジーだった存在が唐突に現実だと言われるのだ。今までの地球のあり方が大きく変わらざるを得ない。
が、変化するということは当然、反発も生む。そんな中で下手な暴走をして軋轢を生まない様にする為にも、学ぶ事は重要だった。と、そんな思惑を持つカイトの快諾に、イゴールが頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえ……これでも異族の保護をお題目として掲げる以上、貴校の申し出を断る理由がありません。それで、どうでしょう。よろしければ技術以外でもお手伝い出来る事がありましたら、お手伝いさせて頂きますが……」
「まことですか」
カイトの申し出にイゴールが僅かに目を見開いた。これは元々予定されていた事ではない。なのでカイトの申し出は本当に藪から棒で、同じ様にハロルドもまた驚きを浮かべていた。これに、カイトは微笑んで頷いた。
「ええ。元々妻が断った理由は皆さんの技術水準が分からないから。が、今回のお話で見れるのはあくまでも異族としての技術水準。皆さんの魔術師としての技術水準がわかりません。無論、教科書を見せて頂きましたのである程度はわかりますが、やはり生の感想を得ておきたいのが私の考えです」
「それでしたら、魔術の講習に切り替えさせて頂きますが……」
「いえ、先にも申しましたが、私としても若者達が異族の力を使えずにいるのは不憫でならない。そちらについては私が独自に受けさせて頂きます。その上で、今回のお話として魔術についても一度どの様な水準かを見させて頂ければ、と」
イゴールの譲歩に対して、カイトは別に問題はないと改めて申し出る。が、これは勿論、色々な思惑があっての事だ。そしてそれはイゴールもわかっていた。
「それは……有り難い申し出です。が、やはり何分急な事。色々と準備や他の者との話もある。お返事については、また後日という事でよろしいでしょうか」
「ええ、勿論です。元々、これは私が無理を言っての事。そちらあっての事ですからね」
イゴールの申し出にカイトは笑って頷いた。受け入れて貰えれば良し。ならないでも問題はない。別に彼としても受け入れられなければ受け入れられないで問題はないのだ。というわけで、彼はこの後はしばらく講習についての場所をハロルドから案内される事となり、学長室から立ち去った。その一方、残ったイゴールはフェイリスと話をしていた。
『ふーん……』
イゴールからの報告を受けたフェイリスはカイトの申し出の裏は何か、と考える。これはどう見ても自分達に利益にしかならない申し出だ。が、彼女は知っている。カイトとてそんな甘い人物ではない、と。とはいえ、考えられた事は一つしかない。
『……まぁ、良いか。その申し出、受け入れといて良いよ』
「よろしいのですか?」
『ああ。ブルーの思惑は簡単だ。ただイギリスの現在の力量……それと次世代の力量を知っておきたい、って所だ。本来なら隠すべき内容といえば隠すべき内容だが……それより、奴からの講習の方が遥かに利益だ』
イゴールの問いかけにフェイリスははっきりと良しとした理由を明言する。確かに、現在のイギリスの技術水準、それも軍事が関わる水準を知られるというのは避けるべき事だ。が、カイトは現状自分達が裏切らない限りは十年先までの仲間である事が確定している。であれば、だ。
『少なくとも、奴は十年先までは味方だ。私らが裏切らない限り、だけどねぇ。そして今の所裏切る見込みは無い。なら、ここで今の水準を知っておいて貰った方が実戦に入った際に有利に働くし、十年先の技術水準なんぞ、今の水準から推し量れるのはたかが知れてる。私らだってわかりゃしないんだからねぇ』
「なら、いっそ今の水準を教えて十年後の飛躍をした方が良い、と」
『そういうことさ。幸い、異族への伝手ならイギリスもさほど悪くはない。飛躍出来る可能性は十分にある……だろう?』
「はい。当校の芽は良き芽であると保証致します」
曲がりなりにも彼とて教育者だ。よほど悪い者でなければ自分達の教え子の事を悪し様には言わない。故にフェイリスの問いかけに、イゴールははっきりと頷いた。
『なら、奴という良い栄養剤を投与して更に良い花を咲かせられる様するのが、最善ってもんだろう』
「かしこまりました。それで、講習については如何なさいますか?」
『ふむ……どうせなら一番難しい授業に奴の力を借りちまいな。魔女でなくても私らからすれば魔術の知識は格上だ。十分に出来るだろうさ』
「良いのですか?」
『こういった図々しさは私らの持ち味さ』
僅かに笑うイゴールの問いかけに対して、フェイリスも楽しげに笑って頷いた。それに、イゴールが頭を下げた。
「かしこまりました。では、最上級生の授業の幾つかを見繕っておきます」
『頼んだよ。そこらは私らには分からないからねぇ……ま、そこらはそっちの好きにしてくれ。私が口出し出来る事でも無いしね。じゃあ、また適時報告してくれ』
イゴールの返答にフェイリスは頷くと、そのまま通信を切断する。そうして、イゴールはカイトに頼む講習を策定するべく、急ぎで各学科の学長達を呼び出す事にするのだった。
さて、一方その頃のカイトはというと、ロンドン魔術師学校の時計台地下へと足を踏み入れていた。
「基本的に、この学校で魔術師を養成する設備は地下にある」
「まぁ、どこも一緒か」
ハロルドの言葉に対して、カイトはさほど驚きは得なかった。というより、地下に魔術師の養成所があるのはこの時代では普通の事だ。どうしても魔術とは現代物理学とは大きく異なっている。見られれば一発で終わりだ。
そして異族の存在が伏される様になると共に、魔術についても邪な物として隠匿される様になっているという地球独特の事情がある。なのでその練習は大抵はどこかの山奥やこういった地下にならざるを得ないのであった。
「まぁ、わかっていた事だが……中は結局は普通の大学の地下か」
「日光が入り込まないぐらいだ、と思って頂ければ幸いだ」
「当然といえば当然だろうがな……にしても、随分と綺麗な様子だが……」
カイトはハロルドと話ながら、周囲を見回す。すでに言われている通り、この建物は三百年前には建てられている。それにしては地下は非常に綺麗で、築数年と言われても頷ける様子だった。
「当校ではイギリス各地の有力貴族の子女が多く通っている。篤志は多い。夏季休暇等で人さえ居なければ、地下の改修工事はどうにでもなる」
「なるほど。確かに」
そもそも大規模な土木工事であれ、魔術を使えば人力で何とかなる。ガス管等の工事が面倒といえば面倒だろうが、それも事情を知る業者に頼めばさほど問題にはならないだろう。
魔術の練習で失敗すればどうしても破壊が起きる事もある。そういった事情で耐久度を上げたりするのに数年に一度は小規模な工事が、十年に一度ぐらいのペースで大規模な工事が行われるそうだ。今は丁度三年程前に大規模工事が行われた後だそうで、綺麗に見えるとの事であった。
「それで、貴殿にはこの地下三階の大講堂にて講習を行ってもらいたい」
「これが……中々に大きいな」
「一応、この地下の存在を知る生徒の半数を収容出来る規模だ」
カイトが案内されたのは、地下三階の一番奥の部屋。上下にぶち抜きの巨大な大講堂だった。ハロルドの言う通り大講堂という事なのだろう。
後に聞けば、当主就任前の皇志も依頼されてここで講演を開いた事があるらしい。多くの人入りが考えられる場合に使われる部屋だそうだ。皇志の場合、東洋最強の魔術師という事でかなり席が埋まったとの事であった。
「なるほど……わかった」
「うむ……では、次に行こう」
カイトが頷いたのを受けて、ハロルドもまた頷いて踵を返す。まだ案内は残っていた。そうして、カイトは更に一通り地下の構造を見て回る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




