断章 第22話 遭遇編 楽園の歌姫 ――エルザ――
「・・・ん?」
エリザの案内で『最後の楽園』に降り立ったカイトだが、お互いに黙るとふと綺麗な歌声が聞こえてきた。
「あの娘の歌声・・・」
「・・・綺麗だけど・・・物悲しい歌だな・・・」
響いてきた歌声は綺麗で澄んだ歌声だった。だが、だからこそ、その歌声に乗った物悲しい感情がはっきりわかった。そんなカイトに、エリザが告げる。
「・・・鎮魂歌よ。欧州から逃げる最中で果てた仲間達への。」
「・・・そうか。」
「こっちよ。」
エリザは再び物悲しげなカイトの手を引いて、移動を始める。そうして一歩歩く度に、カイトの耳にははっきりと悲しげな歌が聞こえるようになる。そうして案内されたのは、小高い丘の側にあった湖の近くだった。その中央の石の上に、この鎮魂歌の歌い手は居た。
「・・・あの娘が歌ってるのよ。随分昔にあの娘の仲間は捉えられ、殺された。私と出会ったのはエリザベートと別れた後の事よ。ただ一人、慣れない足で必死に歩いて退魔師や強欲な貴族達から逃げている彼女と出会ったのよ。それ以来、ずっと一緒よ。」
「人魚か・・・」
人魚は水色の髪を持つ、神秘的な乙女だった。彼女の周囲の泉からはまるで亡くなった者達の魂が宿っている様に、小さな水球が浮かんでは沈んでいっていた。月夜に照らされたその姿は神秘的で、まるで彼女が死者の魂を慰めているようだった。
その光景は、カイトにとって平静には居られない物だった。カイトはそこに腰を下ろし、ただじっとその場を動かない。目を閉じているわけではなく、自らが無くした者達に思いを馳せている様子だった。
「・・・貴方も、色々と無くしたのね。」
「・・・まあな。でかい戦いを超えた。生き残った奴も居るには居るが・・・死んだ奴も少なくない。」
「酷い所、だったでしょう?欧州は。私達異族には生きにくい場所よ・・・」
その横に、エリザも腰掛けて告げる。おそらく彼女もまた、あまたの仲間を、家族を失ったのだろう。彼女が厭世的なのはそれ故なのかもしれなかった。
「たくさんの仲間が狩られたわ・・・吸血姫は元々男が居ない種族だから人数が少ない事もあるけど・・・もうそう何人も生きては居ないでしょうね。そもそもで私達の中には人間や多種族を格下と見做して狩る様な娘も多かったわ。狩られても仕方がないわよ・・・」
「そうか・・・」
その会話を最後に暫く二人が何も語らず沈黙を保っていると、泉の中心で歌っていた人魚が歌を終える。そうして、此方に気づいた。
「あら、エリザ。帰って来てたのですか?」
「ええ。ちょっと流れ者の妙な男に出会ってね。」
エリザはそう告げると、横のカイトを指さす。
「はじめまして、人魚姫のお嬢さん。オレは天音 カイト。綺麗な歌だった。歌の意味を聞いて拍手は無粋だと思い避けさせてもらったが、賞賛は贈らさせて欲しい。」
「ありがとうございます。」
鎮魂歌に拍手を送るのは亡くなった者達が眠るのに対して無粋だろう、そうカイトは考えて敢えて拍手は贈らなかった。
とは言え、言葉で歌い手に賞賛を伝えるのはまた別だろう。その心遣いを理解したらしい人魚は微笑んで頭を下げて、自己紹介を行う。
「エルザ・ローレライです。欧州の北西の海、今は・・・なんと呼ばれているのかは存じ上げていませんが、かつては水棲の庭と呼ばれた場所で生まれました。」
遠い過去を思い出す様に、自分の生まれ故郷の名前を告げる。何処か悲しげな表情は、彼女の同郷達がもはや滅んだ事を雄弁に物語っていた。
「ここは、そう言う場所なの。住む場所を滅ぼされ、かといって同胞の為人間に反抗して滅ぶ気概も無い。只々自らの天命が終わるのを待つだけの場所。終の棲家。」
「そりゃ、もったいないな、おい。」
そんなエルザの厭世的な物言いに、カイトが苦笑する。そんなカイトの言葉に、二人は首を傾げる。
「勿体無い?」
「いや、綺麗どころが二人も只々死を待つ身とか、全男子を代表して物申しただけだ。」
カイトの苦笑混じりの笑みで告げられた言葉に、二人はきょとん、と目を丸くする。そうして、二人に初めて厭世的な笑みではない笑みが浮かぶ。
「数百年生きて来たけど、そう言われたのは初めてよ。」
笑ってエリザがそう告げるが、エルザの方も口を抑えて笑いを堪えていた。どうやら何か変なツボに入ったらしい。後に判明する事だが、どうにも彼女は笑いのツボが少しおかしかった。
「そりゃ、見る目が無い男共で。」
「吸血姫を口説く男も少ないでしょう?」
「口説いたつもりは無いがな。」
カイトのその言葉を最後に、エリザが立ち上がる。
「案内してあげるわ。こんな場所でも、見れる所はあるわ。」
「そりゃどうも。」
「私もご一緒します。」
エリザがカイトを手招きしたのに合わせて、エルザの下半身が人魚のそれから人の足に変わる。更には水色だった髪の毛も金色に代わり、来ている衣服も水色のドレスに変わる。一見すると普通に人間にしか見えなくなった。
「あの髪色だと外を自由に出歩けないんです。」
カイトは別に何か疑問を呈したわけでは無かったが、エルザが勝手に解説する。まあ当たり前だが水色の髪の人間は染めていないと存在しない。カイトやティナと同じく必要に駆られての变化らしかった。そうして、三人は連れ立って里の中を歩き始める。
「総じて西洋風か。」
「ええ。何しろ欧州から逃げてきたとは言え、やっぱり故郷が懐かしい子達は多いわ。どうしても、欧州風に偏るもの。」
暫く案内を受けていたカイトだが、おおよそ見まわった所で得たのは、そんな感想だった。まあ里の大半が明らかに日本人離れした見た目だった事もあるが、総じて西側からの避難者だったのだろう。里の全容はほぼ西洋風だった。ほぼ現代日本の町並みと同じ『紫陽の里』とは逆に、古めかしい建物も多かった。
「案内、ありがとう。」
「ええ。気が向いたら、貴方もここにいらっしゃい。」
そうして案内も終わり、先ほどカイトが降り立った場所へと再び三人は訪れていた。エルザもエリザも此方に残ると言うが、カイトは当然自宅に帰らないといけない。ここでお別れであった。そうして、カイトは身を大空へと舞い踊らせて、再び大阪の夜空を飛び去っていくのだった。
「珍しいですね、貴方があんな事を言うなんて。」
カイトが飛び去った後、エルザがエリザに告げる。自分の倍近くも生きて、自分の数倍以上の別れを経験しているこの友人は基本的に他者が何をしようと気にしないし、アドバイスを送る事もまず無い。ましてや隠れ里であるこの場所に招き入れる等滅多に無かったし、そもそも移住を進める事は今まで一度もなかったのだ。
「・・・気まぐれよ。偶には、あんな男を迎え入れるのも里の為にはなるかもしれないから。」
この里はゆっくりと死に向かっている。エリザもエルザもかねてよりそう思っていた。仲間を失い家族を失い、生まれ故郷を追われてただ一人逃げ込んだ者も多く、当たり前だが心にも身体にも癒えぬ傷を負った者も少なくない。それ故、生きる事を諦め、ただ惰性で生きてゆっくりと死に向かう者も多かった。里の者が生きる気力を失っていれば、必然里も活力を失っていくのだ。
だが、エリザもそんな一人だった。一応は頭首としての責任から表向きの仕事もしているが、それにしても惰性だ。当人としては生きる事を含めてさえ、いつやめても良いぐらいの感性だった。
「ああいった男が居れば、少しは活気が出るのかも知れないわね。」
数多の仲間を失い、それでも先へ歩もうとするカイトが正直に言って、エリザには羨ましくあった。まあこれはカイトの事情を知らぬが故だったのだが、それでも似た経験をしながらも今を生きて未来に歩めるカイトが羨ましかったのだった。
「ふふ。」
そんな友人に、エルザは少し笑みを浮かべる。常に厭世的なエリザだが、これでもまだマシになった方だった。まだエルザと出会った時にはもはや自暴自棄と言ってもいいぐらいに色々な事にどうでも良くなっていたのだ。
そんな彼女に、また少しだけ活力が戻った様に見えたのだった。エルザとしても神様は好きではないが、今回のカイトとの出会いには感謝の気持ちを捧げても良いと思えるぐらいだった。
「行きましょう。ここは少し寒いわ。」
「そうですね。」
エリザとエルザはカイトが去った後暫くはその場に居続けたが、それも少しの間だけだ。エリザが踵を返したのに合わせて、エルザも踵を返した。そうして、二人は里の中に戻るのであった。
一方、自宅に戻っていたカイトだが、少し困惑した顔になっていた。
「まさか当主だったとはなー。」
「女と見れば誰彼構わず声を掛けるからじゃろ。そもそもエリザと言う名前の時点でおなごであるのは当たり前ではないか。」
「まあ、かの有名なカミーラのもう一人の由来とは思ってなかったけどな。」
二人は今日も今日とてヒメとヨミの二人と共にゲーム中である。ちなみに、何の因果か今日はスサノオも一緒なので、三貴子揃い踏みであった。
その最中にアイスが食べたいとのたまった魔王の為にコンビニに行って、ふと強い魔力に気づいてエリザの横にまで転移したのだ。彼女が居た所まで数十キロ近く離れていたが、それだけはっきりと分かったので少し怪訝になったのであった。
「む、罠忘れた。カイト、予備持って来ておらんか?」
「さっき使っただろ。スサノオは?」
『有るわけねえ。姉貴、もってるか?』
『は?持って来てるわけないでしょ?枠圧迫するしカイトが持って来てるのわかってんだから。』
帰って来たのは、確かにヒメの声だった。だが、何か声音が変だった。明らかに少し大人びて粗暴というか気が強そうな雰囲気があったのだ。
「・・・あれ?」
カイトとティナが首を傾げる。そうしてよくよく思い出せば日が暮れた頃からヒメのプレイが何時もの安全運転ではなく、強引に攻め立てる様なプレイに変わっていた。
『は?何よ?』
「あの・・・どちら様ですか?」
『は?天照大御神に決まってんでしょ。』
カイトのおずおずとした問い掛けに答えた声は、確かにヒメの物だ。それに間違いは無い。だが、どう聞いても口調が変わっていた。
『謁見を夜に行わない理由です。』
そんな二人に対して、簡潔にヨミが告げる。そうしてパソコンに反応があり、カイトが映像付きで通信を開始する。だが、そうして移ったのはヨミとスサノオの二人に加えて、ミニのスカートにシンプルな服装のハイティーンの美少女だった。
「・・・マジでどちら様?」
『だからアマテラスだって言ってんでしょ。』
確かに、画面の美少女の口に合わせて、ヒメの声が聞こえる。プレイ画面に移る映像も彼女の物だ。
『落日モードって、俺たちは呼んでる。太陽が落ちるとこうなるんだよ、姉貴。日食モードってのもあるんだけど、そっちはガチでやべえ。馬鹿力なんてもんじゃねえ。神様が本気でビビる程のクソ力だ。あの天の岩戸の大岩を腕力だけで動かすんだぞ。どんだけ』
『それ言うな、って言ってんでしょ!』
画面の中でスサノオがヒメ?に殴られて昏倒する。打撃音が非常に心地良い快音だったので、かなり痛そうだった。なお、更に続けて殴打が入っていた。
八百万の神々でも有数の暴れん坊であるはずのスサノオが一方的に打ちのめされているのを見ると、どうやら力関係は明らかであった。
『ほら、今まで日が落ちる前に散開してたでしょう?流石に貴方のご友人の前でこれは、と・・・まあ、あけすけになれるおかげで人見知りは無くなってくれるんですが、代わりに、ね。かなりガサツになってしまうので、遠慮させていただいています。』
ヨミが楽しげに告げる。どうやらこの状態のヒメは人見知りも無いらしい。説明を受けて状況を理解したカイトとティナだが、一つ言いたいことがあった。
「・・・ヒメちゃん。一ついいか?」
『何?』
殴打を終えて今度はスサノオを足蹴にしていたヒメに対してカイトが告げようとしたが、その前にカイトが何を指摘しようとしたのかに気づいたヨミが指摘する。
『ああ、いえ。私が。姉上。ミニ・スカートなのでパンツが丸見えですよ。』
『きゃあ!カイト、あんたね!いくらなんでも最高神に不敬よ!見ないふりしなさい!』
「ふりってなんだよ!勝手に見せたのお前だ!というか、今更最高神ぶってももうおせえよ!」
『うぐっ!』
真っ赤に赤面したヒメは苦し紛れにカイトに文句を言うが、カイトとてその程度で怯んだりする事は無い。と、そんなカイトに対してヒメが落ち込む。
『いいもんいいもん。引きこもるもん・・・』
「何故いきなりそうなる・・・」
「テンションの落差が激しいのう・・・」
ずーん、と落ち込んだヒメに対して、カイトとティナが呆れ返る。
『まあ、このようにテンションの落差が激しい上に傲慢になりますんで、夜の謁見は誰もやらないんですよ。で、昼の姉上は夜の性格を隠すので夜の生活も出来ないので、姉上はずっときむす』
『つーちゃん?それ以上言うと性別バラすわよ?』
『別に構いませんよ?私バイ・セクシャルですし。』
『そうだった・・・』
「んなカミング・アウトいらんわ!つーかなんでこっちがダメージ食らう情報が出るんだよ!」
急に出た性癖のカミング・アウトに、カイトが怒鳴る。そんな事を聞かされてどう反応しろというのか。と、そんなカイトに対して、ヨミが告げる。
『大丈夫ですよ。貴方もおんなじ臭いしてますし。』
「オレは男はねーよ!」
『え?』
その言葉に驚いていたのは、ヒメである。何故か彼女は驚愕に目を見開いていた。
『貴方バイじゃないの?』
「ちげーよ!」
『え、だって時々幼なじみの男の娘と妙な雰囲気に・・・』
「日本の太陽神はのぞき魔か!」
「男の娘?なんじゃ、それは。」
カイトの怒鳴り声を他所に、ティナが首を傾げる。この当時、ティナは当たり前だがオタク文化に染まっては居ない。なので知らなくても当然だった。
『ほら、皐月みたいな男の子の事。女の子みたいでしょ?』
「ほう・・・」
『普通に性欲の対象になるってんだから、日本は相変わらず侮れないわ。』
『タケルとか色々と女装してますからね、ウチは。』
『あれ出すなよ。酔っ払ってやりやがるんだから。』
基本的に八百万の神々の間では女装は認められているらしい。なにせ日本でも最古の英雄の一人であろう倭健命からして女装しているのだ。他にも神事において必要とされて女装する事は珍しくない。
「あ、ヨミはやっぱり女なのか?」
『どう思いますか?閨の中で確認してみますか?お互いにバイなので良い一夜になると思いますよ?』
「遠慮しとく。というか、勝手に人の性癖を決めるな。」
カイトはヨミが女装の中に自分を上げなかったのでそういったのだが、楽しげな顔でヨミが告げる。だが、カイトの方も即座にそれを遠慮した。如何に神様と言えど、男だった場合には目も当てられない。
「日本は色々と未来を生きておるのう。」
『別に男の娘とできちゃっても問題無いと思うわ。』
「日本、おおらかすぎんだろ。」
まあ神様からしてこんなのだから様々な文化が発展したのだろう。何か釈然としない物を感じつつも、カイトはとりあえずそれを流す事にした。
『姉貴。そろそろ次の敵狩ろうぜ。』
『そうね。』
「なんかどっと疲れた・・・」
「お主が興奮するからじゃろ。」
そうして、再び一同はゲームに戻り始める。その日は結局深夜まで5人はゲームを楽しむのであった。ちなみに、ヒメの落日モードの解禁に伴い、今後は夜も連絡を取り合える事になるのだが、それは横に置いておく。
お読み頂きありがとうございました。




